五日目 SIDEコニス コニスのスキル 前編
マビァのいない応接室でのお話を三人称で進めます。
いつもと違う前後編ですが、楽しんで戴ければ幸いです。
マビァを閉め出したコニスはソファーの元の位置へと座り直す。
「も~、あの人はホントにムチャクチャですよね! マビァさんのペースに乗せられてうっかり話しちゃうところでしたよ」
プリプリと怒るコニス。大抵の男なら上手にあしらうコニスであるが、マビァだけは言動の予測が出来ず、彼がここに来て以来いつも振り回されっぱなしであった。
一昨日、SSランクを捏ち上げて無理矢理押し付けたので少しは溜飲を下げられたし、翌日の朝刊では数割り増しにキラキラと良い男に写る聖騎士マビァに大笑いした。
そのお陰か、休みの日に行く朝の教会での礼拝時の恒例の一悶着でさえ少しは気分良く乗り越えられたし、その後も思い出してはクスクスと笑えるほど、心穏やかに一日を過ごす事が出来た。
しかし、今朝の新聞を見てまた驚かされた。
あの男は一日たりとも話題にならない日はないのかと、呆れながら出勤してきてみれば、新聞記事には載っていない『淫乱ロージルの夢をマビァに見せられた』という話題で、冒険者ギルド内は持ち切りだった。主に男達の間で囁かれるようにだが。
(こんなことなら昨日は休むんじゃなかった)と強く後悔するコニス。
ギガントイールを素手で倒したところも見そびれてしまったし、ウナギ料理が『翡翠のギャロピス亭』で売られたのも知らなかった。
彼女の地元の王都でも食材が滅多に出回らず食されることのない料理だし、出回ったとしても高級食材なのでギルド幹部とはいえなかなか手の出せない物が、ギルドのすぐ近くの宿屋で格安で振る舞われたのだ。それをみすみす食いっぱぐれたのだから悔しくて仕方がない。
しかしたった今、昨日見そびれた『えっちぃロージル』をマビァのスキルや魔法の能力ではない証明として、まさか突然目の前で見せられる事になるとは思わなかった。
コニスは十六歳になったばかりで、自身の持つスキルを利用して男の協力者を増やしてはいるが、恋愛経験も男性経験もない多感な普通の少女である。卑猥な事に対する免疫は殆ど無い。
それなのに目の前に座るロージルを、マビァが一言二言で突然劣情迸る淫乱女に変貌させ、絶頂に至らせて気絶させるのを見せられた。
コニスにはマビァが何かとんでもなく淫靡なことをコニスに見えないところでしたようにしか見えなかった。
しかしイルマは何故か手鏡を懐から取り出してロージルに見せようとし、それに失敗したことを怒りはしたもののマビァのした行為自体を責めたりはしなかった。マビァも少しやらかしたのを反省しただけで、目の前で起こった出来事を当たり前のように受け止めている。コニスはもうわけが分からず大混乱してしまった。
マビァがもう少し丁寧な話の流れを作っていたら、自身のスキルのことを話してしまっていただろうとコニスは思う。彼の雑な話の展開のお陰で冷静さを取り戻せ、彼を部屋から閉め出すことに成功した。よくあの混乱から立ち直れたものだと、無い胸を撫で下ろす。
混乱の大元であるロージルは、まだふわふわとろんとした表情で現実に意識が帰ってきていないように見えた。コニスは心配になりイルマに尋ねる。
「ロージル先輩、大丈夫なんですか? まだふわふわしてますけど」
イルマはコニスの言葉を聞きながらロージルに手鏡を持たせ、ロージルが自分の顔を見れる位置に上げさせる。
「この子は恋を自覚した辺りから自分を見失いやすくなっててな。今のところ、こうやって自分のいつもの姿を見つめ直して常に意識させることが、あの状態にならない一番の解決法なんじゃないかってのがマビァくんとあたしの出した答えだ。しかし、さっきのようにいきなり爆弾を落とされてはどうしようもないからな。先が思いやられるよ」
鏡を見つめているうちにロージルの表情が変わっていく。先程の事を思い出したのか赤くなったり青くなったり、ニヤけそうになる頬を強ばらせたり、落ち込んで沈んだ顔になったりと、まるで自分の顔と感情相手に格闘しているようにも見える。最後にすぅはぁと深呼吸をして、いつもの自分に戻ったロージルはコニスの方を向く。
「コニス、取り乱してごめんなさい。驚かせたわね」
にこりと微笑むロージルはとても清楚で美しかった。先程の淫靡さなど欠片もない。
「そりゃ驚きましたよ。……さっきのマビァさんの説明はホントなんですか? とてもそうには見えない状況でしたけど」
「あたしも彼と同じ認識なので間違いない。この子はただ単に初恋をしてるだけだよ。そうは見えなくてもな」
イルマは新しい煙草に火を着けながら話す。その間もロージルは鏡に映る自分から目を離さない。
「なるほど……。状況を整理させて下さい。ロージル先輩には片想いの男性がいるわけですね? その方に昨晩お弁当を作ってあげた。受け渡しを手伝ったのがマビァさん。彼はロージル先輩の初恋を応援しているんですね。で、想い人さんが今晩も料理を作ってほしいとマビァさんに伝えた。そして……」
コニスは一旦言葉を切ってロージルの表情を伺う。ロージルは鏡を見つめたまま頬を赤らめ、嬉しさのあまりにニヤける頬をヒクヒクさせているが、なんとか堪えている。
イルマもハラハラしながら身を乗り出してロージルの様子を伺う。なんとか大丈夫そうだと判断したイルマはコニスに続けるように頷いてみせる。
「……マビァさんが言うには、お弁当を作ったのがロージル先輩だと、想い人さんにはあっさりバレたらしいと」
恐る恐る続けたコニス。ロージルは聞くのが二回目なお陰か意識を飛ばす事なく鏡を見つめて堪え抜く。三人揃っては~っと長い溜め息を吐いた。
「それで、わたしが想い人さんにちょっかい出して、私の虜にならないかと心配してるわけですね?」
と、コニスは苦笑するが、ロージルにとっては真剣な悩みだった。
「ごめんなさい。わたくしの勝手な思い込みだとは分かっているのだけど、どうしても頭から離れなくて……」
「さっきも言ったがコニス、お前の素行が悪いから変な噂も立つんだ。恋人達の仲を裂いて男の方を誑し込んだとか、次々と男を惑わせているとかな。一番有名なのが……」
言葉を出し切る前にイルマは声を詰まらせた。いつも素直な喜怒哀楽を見せるコニスの顔に、見たことのない陰が射した気がしたからだ。
ソファーの背もたれに身体を預け、溜息混じりに煙を吹くイルマ。
「……まぁ、全部信じるわけじゃないがな」と言いながらもじろりと睨みを効かせる。
その時には普段のコニスの表情に戻っていて、不満で「む~~」と唇を尖らせる。
「全部誤解ですよ。勝手にケンカ別れしてこっちに来た男なんて面倒事の種にしかなりませんから、まともに相手にしてませんし、ある程度見込みのある男以外にはわたしから近づいたりしません。わたしがやってるのは男達を侍らせて逆ハーレムを作りたいんじゃないんです。恋人探しでもありません。あ、取り敢えず想い人さんの名前を教えて下さい。現状でわたしが関わっているか調べますので」
それを聞いたロージルは(もう既にガラムさんがコニスと関わっていたらどうしよう)という不安が過り、また情緒不安定になったのでイルマが答えた。
「名前はガラム。ガラム金物店の店主だ」
コニスは「ガラムガラム……」と呟きながら虚空を見つめ瞳を上下に動かす。まるでイルマ達には見えない人名リストに目を通しているようだった。
「よかった。まだわたしが知り合っていないお方のようです。今後、もしガラムさんとお会いするような事があっても、手を出さないことを約束します」
小さな拳をグッと握って見せ、コニスは誓う。それを見たロージルは少し落ち着く事が出来た。
「やれやれ、これでひと安心だなロージル。しかし、それならなんだってそんなに大勢の男どもを惹き付けようとしてたんだ?」
「わたしのスキルは男相手にしか使えないからそう見えるかも知れませんが、わたしがやってるのは『明るく楽しいギルド運営ゲーム』なんですよ」
「「ギルド運営ゲーム?」」
予想外の答えにロージルとイルマは首を捻る。
コニスが就職先に冒険者ギルドを選び、さらに幹部候補試験に首席で合格した目的は、派遣先を王都以外にさせられるからだった。
彼女が通った職業訓練校は、家業を継ぐ必要がなく職人も目指さない者が、国の役人や銀行、各ギルドの職員などから将来の職を選び、就職するための学校だ。
王都出身のコニスは、小さい頃から図書館に通い、異国について書かれた本を読んだり、王都ではない風景が描かれた絵を見ては、自分の知らない景色を夢想しいつか行ってみたいと憧れる、好奇心の塊のような少女だった。
そんな彼女はとにもかくにも王都を出てみたいと願いながら成長する。
実家はそれなりに裕福だが末っ子なので後継ぎの心配はない。職人を目指せばいつかは独立して他の街で開業することもあるだろうが、そこで根を張り各地を転々とすることはなくなる。
国の役員は外交官ともなれば理想通り外国へ行き放題にはなるが、他国へ対し国の代表として派遣される重責なんてまっぴらゴメンだ。もっとお気楽に生きたい。
銀行や各ギルドの職員は、一般試験での採用となると普通は地元出身者が地元の職場に採用される。それでは王都から出られない。
そこでコニスが目を付けたのが冒険者ギルドの幹部職だった。
この国は何百年と戦争の心配も無く、魔獣も他国と比べれば弱く危険も少ないので、冒険者ギルドはほとんど薬草や鉱物等の採取業に成り果てていた。
特に王都周辺は他の街よりも安全で、近隣の農村を魔獣から守る程度の仕事しか無かったので、閑職そのもの。職員達の異動もなく幹部から末端までが、寿退職以外ではほぼ定年まで居座るので空きが少ない。
だが銀行や他のギルドは都市ごとで民間運営されているのに対し、冒険者ギルドは国営の組織である。一般採用でも各都市への派遣がほとんどだし、幹部候補ならより良い待遇でスタートを切れるし、視察と称して外国へ出向くことも出来る。
どこの街に派遣されるかは運任せだが、冒険心の強いコニスにとっては望むところだった。
そして彼女はめでたく最果ての境界線のある街、カレイセムに派遣されることになる。
コニスが言うには、いかに自分が楽しく面白くギルドを発展させ運営していけるかを日々楽しんでいるのだそうだ。
ここに来た当初は冒険者の質の悪さと支部としての収益の低さ、ロージルとイルマの他数名以外の職員のやる気の無さに呆れ、自分がより自由に動けるようにするためにギルドを活性化させることに力を注いだ。
生来の甘え上手頼み上手を活かして歳上職員達を味方に付け、受付嬢も兼任して冒険者達に発破を掛けて収益を上げていく。
特に男の職員や冒険者は、彼女のスキルを使えば面白いように掌で転がってくれるので、僅か一年足らずでギルド関係者の過半数の心を掴み、場を整えてきた。
本当は女も上手く使役したいのだが、彼女のスキルの性質上、男にしか使えない……と、コニスは思っている。だから虜にした男の職員や冒険者達を言葉巧みに操って仕事をさせ、ギルドの発展に貢献させているのだが、元々がスペックの低い連中なので、期待していたような成果は出ていなかった。
ここに来て一年近くやってみて、そろそろ変化が欲しかったところにやって来たのがマビァだ。
「マビァさんが来て最初の実力検査を見た時に、これは大きく変わるかもとワクワクしてたんですが、あの人ギルドの在り方を根底から覆してくれました。予想を超え過ぎてて、ワクワクなんかどっかに吹き飛びましたよ。ギルド中大混乱でしたよね。
でも、それまでの退屈な日々に比べたら、先が見えない分楽しかったりもしてます。
マビァさん自体は性格がゲスくてアレなんで、腹立たしいこともありますが、ギルド発展のキーマンであることには変わりありません。本人は用が済んだらここを出ていくつもりらしいので、それまでは使えるだけ使いたいんですけど、なぜか彼にはわたしのスキルがあまり通用しないんですよね」
なるほど、とイルマとロージルは頷く。
確かにマビァが来てからのコニスの働きは目を見張るものがあった。誰よりも率先して動き、残業も早朝出勤もして新しい体制に馴染もうとしていた。
でも疲れて嫌になるほど働きはしない。だから昨日は休暇を取っていた。コニスにとっては仕事も人生も楽しくなければ意味がない。嫌な事や辛い事もあるけれど、上手くさらりと逃げる方法も知っているし、たまにはそれを奮起するための起爆剤に利用したりもする。世渡りの上手い娘だった。
「つまりわたしはギルド運営に使える手駒を増やすためにスキルを有効活用しているわけです。ギルド外でも普段のお買い物にちょっとオマケしてもらえる程度には、店主さんに気に入られるようにスキルを使っていますが、マビァさんが言うように『誰彼構わず初対面の男全員に』ってわけじゃないんですよ。
だからわたしもロージル先輩の初恋は応援したいです。ロージル先輩。わたしのスキルを受け取ってみませんか? これがあれば少しは上手くいく確率上げられると思うんですよ!」
ぐっと身を乗り出してロージルに言い寄るコニス。その気合いに満ちた眼差しに確信を感じて、ロージルは勢いに圧され頷きそうになる。そこをイルマが止めた。
「待て待て、まずはどんなスキルなのか教えてもらおうじゃないか。スキルを受け取るかはそれからの話だ」
「もちろんどんなスキルかちゃんと説明してからですよ。……でもイルマ先輩、スキルを受け取れるって知ってるって事は、やっぱり先輩もスキル持ちなんですか?」
座り直したコニスが上目遣いでイルマに尋ねる。イルマも隠す気はないのかアッサリと答えた。
「まぁな、あたしのスキルは『炎熱操作』だ。魔法の炎の温度を三百度から三千度くらいまで調節することが出来る。鉄板もある程度の厚さまでなら焼き切ることが出来るぞ」
そう言って右人差し指を立てると、指先三センチほど離れた空間にポッと小さなオレンジ色の火が現れる。それが上に尖るように伸びると同時に色がオレンジから青へと変わり、最後は白く輝いて見つめていられないほど眩しくなった。空気もジリジリと焼けるような熱が伝わってくる。
「あっついですよイルマ先輩!」
目を瞑っても瞼越しにも眩しくて堪えられず、手で顔を覆いながら叫ぶコニス。するとすぐにふっと光が消えた。
「悪い、まぁこんな感じだ」
大して悪びれもせずに応えるイルマ。
「す、すごいですね」
なんて人だとコニスは思った。
(なんでこの人ここに居るんだろ? 鍛治ギルドで職人やった方が絶対活躍出来るし、人の役にも立てるのに……)
しかし、個人の才能や特技とやりたい仕事が一致しないなんてのはよくある事で、また逆にやりたくない職に就いているのに才能や特技を活かせる職に転職しないなんて事もよくあったりする。人生ままならないものなのだが、コニスは割と思い通りに生きてこられている方なので、ここでは男を脅す程度にしか役に立たないスキルを持ちながらここにいるイルマの気持ちが分からない。
「わたくしは『情報分析』と『情報管理』の二つです。わたくしが五感で感じた情報を『情報分析』が勝手に分析して、『情報管理』で情報の分別・統廃合・蓄積を行います。集められた膨大な情報をいつでも参照出来ますし、スキルがわたくしに必要だと判断した情報は勝手に知らせてくれます。
また、現在の状況を過去の類似した事象と照らし合わせて、少しだけ先読みすることが出来ますが、スキルが勝手にやっている事なので、少し持て余しているって感じですね」
ロージルが鏡から目を外してコニスに答える。恋愛事から話が逸れればすっかり普通のロージルに戻っていた。
なるほど、気が付けばなんでも誰より先にやっているロージルの仕事の早さと、少ない問答から的確に相手の話の内容を理解する聡明さはそこにあったのか。とコニスは納得する。
ロージルは伝票処理など計算が必要な場合でも、いつも計算機など全く使わずにスラスラと数字を書き込んでいた。報告書の文面もスキルが勝手に作ってくれるのであれば、事務仕事においてこんなに便利なスキルはない。
もっとも、ロージルがこれまで努力してきたからこそスキル修得に至ったのは言う迄もないだろうが。
「『炎熱操作』に『情報分析』『情報管理』ですか。いいですねぇ分かりやすくていい名前で……」
はぁ、と溜め息を吐くコニス。
「なんだ、お前のは違うのか?」
「わ、わたしのはその……変ってゆーか、ちょっと恥ずかしいんですよ。……笑わないで下さいね?」
モジモジと身を捩らせて恥ずかしがるコニス。ふたりに笑わないことを約束させた。
「わたしのスキル名は『真実の愛の物語』です」




