五日目 新聞を読む
そういえば昨日は記者をふたりとも見なかったな。と、思いながら四つ折りになっている新聞を開く。
デイリーの見出しの『SSランカーの実力?! マビァ氏ギガントイールを素手で倒す!!』という大文字を見て俺はテーブルに突っ伏した。紅月の気配が現れ「ぷふっ」という吹き出し笑いをしてまた消える。
「ク、クロエの奴、いつの間に」
あの時あいつ、冒険者ギルドにいやがったのか。見出しの下に大きく載せてある写真は、俺を後ろから撮っていて俺の奥に迫りくるギガントイールの巨体があった。この位置だと試験場への入り口辺りから撮したな。
「今度は素手で倒したって? お前やる事がどんどん化け物染みていってんじゃねーか」
お茶を啜りながらニヤニヤ笑いで聞いてくるウェル。軽く睨み返してやりながら応える。
「ホントの素手じゃさすがに倒せっこないよ。今まで碌に使った事のない奥の手のスキルを上手く使えただけさ」
右手を前に出して手刀を作り、スキル『ネイキッドダガー』を発動。右手は赤い光を纏うが一秒にも満たない時間で光を失う。それを見たウェルは大袈裟に驚いてみせた。
「へぇ! 戦闘用のスキルって殆ど見たことないが、そんなのもあんだな。それはアレか? 素手でも物が斬れるようになるのか?」
「いやいや、一瞬だけ鋼鉄よりも重く硬くする事が出来るんだ。抜剣が間に合わない不意打ちなんかの対処や、剣が弾かれて飛ばされた時なんかの緊急時専用のスキルだよ。インパクトの瞬間に発動させないといけないから慣れが必要なんだけど、実戦では殆ど使う機会のない隠し武器っていうか、そんな感じかな?」
言いながら新聞の記事を目で追う。
「昨日午後3時頃、冒険者ギルド食堂にて取材をしていた私の耳に、またもやマビァ氏の快挙の噂が届いた。なんとこれまでこの街での目撃例はあったが捕獲例のないギガントイールを東の沼で仕止めて来たというのだ。ロビーと食堂の職員や冒険者達がざわつき出した頃、二階から大勢の人達が降りてきた。なんでも今から試験場にてギガントイールの幻獣を呼び出すらしい。我々記者陣はその様子を特等席で撮影する事に成功した……」
その後、俺の戦う姿をまだ見ていない冒険者達に見せるという口実で素手で戦う羽目になったこと。何度かの回避の末にウナギを壁に激突させて、隙を突いてウナギを逃走状態にしたことが正しく書いてある。
俺がその後に二階の事務室に戻っている間にクロエはナン教授の自宅へと向かった様だ。ちゃっかりと列に並び教授に取材をしようとしたが、煙たがられて答えてくれなかったらしい。追い払う為にウナギを少し貰って食ってる。
教授達の後ろのテーブルでウナギを食ってる土木ギルドのサブマス、ガテスさんと見習いのインディを発見。話を聞くと、なんと俺がウナギを倒した瞬間を見たと言うので詳しく聞いたようだ。笑顔でウナギを食らうふたりの写真が載っている。
「もうすぐ作業が終わろうとしていた時、沼の縁に立つマビァさんが警戒の合図を出しました。急いで魔獣達を下がらせ、休憩中のナン教授を起こしに走ったんです。しばらく沈黙が続いたと思ったら本当に一瞬の出来事でした。マビァさんが巨大なウナギの頭を盾で跳ね上げたと思ったら、自身も飛び上がってウナギの首を斬り飛ばしたんですよ。『あっ』と思った時には彼は三メートル上の空中をウナギの首と一緒に舞っていたんです。驚いたなんてもんじゃなかったですよ」
「ねえちゃんウナギ食ったか? スッゲェ美味いよな! マビァの奴もホントに強ぇとは思ってなかったから、あんな瞬間が見れてラッキーだったぜ! でも重たいモン運ぶのは苦手なんだな。へっぴり腰でさ、なっさけねーの。冒険者ってみんなあんなに強ぇのかなぁ。だったらまた戦うところ見てぇな!」
……ふたりともまぁペラペラと喋りやがって。嘘でも大袈裟でもないからまぁいいか。
その後クロエはホーリィさんから「残りのウナギは『翡翠のギャロピス亭』にマビァが持っていった」と聞いてこの宿に取材に来た。教授宅で俺と会わなかったのはニアミスだったようだ。
フロントのシェルツさんからウナギ料理を五時から外来のお客にも販売すると聞いて、一番に並んでディナーを食べたらしい。ディナーの写真が載っている。
コイツ、記者のクセに食事が美味いという表現は下手なのか、それともあれだけ美味いと語彙が減るのか分からないが、「なにこれ」「凄く美味しい」「たまらない」「?!」「!!」等々、文章と言っていいのか分からない駄文が続く。
締め括りとして、俺がこの街にいる内は今回のような突発的な美味しいイベントがまたあるかもしれないと書かれている。確かに今度は西の沼に行く事になるんだろうから、またウナギに襲われる可能性はあるが、街の人に期待を持たせるような締め括り方してんじゃねーよ。
それ以外の記事は、ウェルの取材と明日の屋台の配置地図と各店舗のメニューが大きく載せてある。
メニューはステーキ、串焼き、煮込み、ラーメン、スープギョウザ、シュウマイ、ケバブサンド、カレーライス、シチュー、メンチカツ、コロッケ等々……。俺が知らない料理名がいくつもある。これは食ってみたいが、街を十字に区切る東西南北のメイン通りのあちこちに屋台を配置する上に、売り切れ御免で振る舞うから全食コンプは無理だろうな。
次にタブカレへと手を伸ばす。こちらはウェルの事がメインの記事らしい。『ワニ料理の無料配布、市議会も承認! 商業ギルドも全面協力』という見出しと市議会で議員達に食べてもらった料理サンプルの写真、デイリーと同じ屋台の配置地図とメニューが載せられ、ウェルの手腕を褒め称える記事が書かれている。
「ハンセルにオレらを持ち上げる方へ大袈裟に書いてくれとお願いしたのはオレらだけど、二回目なのにどーにも慣れねーよな」
ウェルは頭をガシガシと掻きながら言う。心にもないだろう記事を書かれてむず痒いらしい。「でもな」と言葉を続ける。
「今回はお前が知っとかなきゃいけない事が書かれていたぜ」
ウェルは指を持ち上げる仕草をする。新聞記事は俺が試験場で倒して見せたウナギの話や、それの大袈裟な写真が数枚。
教授宅でのカバヤキパーティーに、『翡翠のギャロピス亭』で販売されたウナギドッグと記事は続いていたが、どうやらページを捲れという事らしいので次へと進む。
そのページの見出しは『冒険者ギルド内に燻る不満』とあった。
記事の内容は、俺が二日目の昼に行った前と後では職員の仕事量が倍になったという事だった。魔獣のランク付けの見直しと討伐報酬の変更。それらの新しいマニュアルの作成。冒険者達への説明と対応。『幻獣召喚』魔法の修得と冒険者相手への実践。それによる魔力消耗からくる疲労。木造武器の手配もそうだ。
とにかく、これまでする必要の無かった仕事が複数増え、書類仕事は時間が進むにつれて減っていくのだが、幻獣召喚は冒険者に求められれば断れず、交代しながらでも魔力が続く限りは応えなければならなかったらしい。
一昨日、一昨々日で疲弊しきっていた職員達だったが、昨日は冒険者達が筋肉痛でダウンした為に魔力を使わなくて済んだので一息吐けたようだ。
実際には俺が行おうとしている冒険者達の訓練は準備もまだ終わってもいない。本格的に始まると幻獣召喚を利用する者が増えるだろうし、冒険者達が強くなればさらに強い魔獣を召喚せねばならなくなる。消耗する魔力量が増えるのだ。
不満が増え続けているが、相手はSSランカーになった男(俺)だ。この数日で化け物染みた強さを見せ付けられてきたので、怖くて文句のひとつも言えない。何らかの対策が必要なのではないか? と締め括っていた。
なるほど、昨日、一昨日の俺に対する職員や冒険者達の反応がおかしかったのはこういう事か。
しかし、本当にそんなに大変だったのか? コニスは昨日休んでいたけど、それまでは元気いっぱいだったし、ロージルさんもイルマさんも幻獣召喚には多めに参加してたみたいだけど、疲弊した様子は無かった。
そういえば昨日の午前中にロージルさんと似たような話をしたのを思い出す。確かあの時はコニスに全部押し付けようと結論が出た筈だ。もう一度話し合う必要がありそうだ。
「こりゃすぐにギルドに行った方が良さそうだなぁ。そういえば、市議会に大尉も参加したんだよな? 東門の兵士からはワニ肉を振る舞ったのに、説得がイマイチ上手くいかなかったって聞いたけど」
「ああ、結構困ってたみたいなんでアドバイスしといた。『このまま部下の統率が執れないと、俺はカレイセム駐屯地から外され、もっと厳しいリーダーにすげ替えられる筈だ。そうなればこれまでの様にダラダラとサボる事は出来なくなるぞ。現体制で上からの命令に従うのと、厳しい新リーダーの元で従うのはどちらが楽か考えてみろ』と言ってやれってな」
ふー、やれやれと肩を竦めて苦笑するウェル。
「あの人がここまで自分で物事を考えないで、人の意見をホイホイと受け入れる人だとは思いもしなかったぜ」
まったくの同感だ。最初に会った時には喰えない人かなと思ったのにな。ラクスト大尉はどうやら自分の許容範囲を超えると考える事を放棄しているようだ。
「ウェルは今日どうするんだ?」
「オレは明日の準備で大忙しだよ。もう早くから屋台の組み立ては始まってるし、昼までに社外の雇う人達への教育をしておきたい。昼はここで食って午後から各屋台のリハーサルだな。今回は売り上げがあるわけじゃないが、ウチの商会のアピールをする絶好のチャンスだから、出来るだけ多くの人に満足してもらえるよう頑張るぜ!」
葦の工芸品を作って生計を立てている人達を優先的に、売り子として雇ったそうだ。「働いてもいないのに金だけ受け取れるか」と賠償金の受け取りを拒否されたので、その給料を損害賠償として支払う事になったらしい。
明日の数時間だけでは時給を高めにしても大した稼ぎにはならないので、明日以降も工芸品が材料不足で作れない期間の補填として、しばらく雇う事になった。
楽器職人達は、優先的に美味い物を食べさせてくれるのならと賠償金の受け取りは断ったらしい。
材料のストックが沢山あるし、仕事も減ってないから困ってないってのが理由だそうだが、断り方が男前でカッコいい。
後は葦を刈って肥料の材料にしている農家達への保証だが、四角く切り取った葦の根が沢山あると話すと、それが乾燥したら貰うと言ってくれた。
農家達はしっかりしていて、「賠償金が貰えるのなら貰う、その代わりあんたの所に卸す野菜を作る。畑の拡張にその金を使うので先行投資だと思ってくれ。今後あんたが野菜を買い取ってくれればいい」と言われたらしい。
ウェルは「良い野菜が作り続けられるのなら買い取る」と挑発したらしいが、農家達は「おう、まかせろ!」と、ドンと胸を叩いて笑ったそうだ。
東の葦原焼失で話が拗れるような事にならなかったのでホッとした。関係者がなかなか気持ちの良い人達ばかりで良かった。
「じゃあ今日は、俺がそっちで手伝う事はないのかな?」
「あぁ。今日は自由にしてくれ。てゆーかお前、さっきも言ったがこっちに来てから戦いばっかしてんじゃねーか。ギルドでの用事が済んだらちったぁのんびりしてもいーんじゃねーの? バタバタしてるオレが言うのもなんだけどさ」
「いやいや、元の世界じゃ五人パーティだったからさ、毎日数十頭単位で魔物を狩らないと採算が合わなかったんだ。それに比べりゃこっちでの戦いは一人とはいえ準備運動みたいなもんさ。一昨日のワニワニ大混乱の時には腑抜けてたから大怪我したけどな。それ以外の戦いだけじゃ腕が鈍るし、食い過ぎて太りそうだよ」
言いながら立ち上がり盾を装備する。
「紅月のお陰で美味い朝飯にありつけた。ありがとな」
紅月がいるであろう辺りを見つめながら礼を言うと、スッと姿を現した紅月が「わたしは何もしていない」とそっぽを向いたまま応える。耳が赤くなっているので照れてるんだろう。
分かりやすい反応に顔がニヤけるのを隠すように俺は部屋の外へ出た。




