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四日目 食後の一休みと、罠の模型

 「あぁ……。ミートパイも美味しかったぁぁ……」

 食後の余韻にどっぷりと浸り、リビングのソファーに沈み込む俺。目の前のローテーブルには食後のお茶が出されているが、今はミートパイの余韻を楽しみたくて口を直したくないのでまだ手をつけないでいる。


 「マビァくんにこんなに喜んでもらえて良かったわねお義母さん。ウナギが強烈過ぎてメインディッシュになっちゃったけど、全然負けてないわ!」

 「えぇ、良かったわ。あの人が解体小屋でウナギを捌き出した時から不安で仕方なかったですもの。せっかく用意した料理をそっちのけでウナギを調理して、余り過ぎるからってご近所さんどころか一地区全世帯に振る舞う事になるなんてね……」

 やや教授にトゲのある言葉を入れつつ喜ぶカイラさんとホーリィさん。そんなに教授宛に皮肉を込めなくてもパイがメチャ美味だったのは嘘ではない。


 外はサクサクのパイ生地に、モウモの挽き肉とニンジン・玉ねぎ・セロリ・ニンニクの微塵切りで炒めてトマトと煮込んだミートソースに、マッシュポテトとの二層になったジューシーなパイは、ウナギ料理とは全く別の料理だったので、甲乙付け難く俺的にはいい勝負だった。

 俺をもてなしたいホーリィさんとカイラさんの気持ちが籠っていたので、ウナギ料理の魅了効果さえも凌ぐ一品だったと言える。



 リビングに移った俺と教授は食休みを兼ねて色々話をする。当然この建物のことと彫刻のことに話は進んだ。

 「まだ全然この家の構造は把握してないですけど、ホントに遊び心満載ですね」

 「その通り! この家は子供達の本能の赴くままに遊んでおれば自然とたくましく育つ造りを目指した。チックもカーリーもまだ幼いが、この街の同年代のガキどもと比べたら、身体能力も知能指数も段違いだろうな。

 動き、触り、考え、造る。全てにおいてあの孫達ふたりは、既に俺の予想を超えて育っておる。先が楽しみで仕方がないわい」

 かなりご機嫌な教授は孫自慢でガハハと笑う。教授は息子さんも含めて子供の成長をより良くするために自宅を増築してきたんだ。そして彼の思惑を超えて孫達が成長しているのなら、こんなに嬉しい事はないだろう。


 この家の半分くらいしか見れてないだろう俺にも感じる事だが、無数にある扉は開けてみたくなる衝動に駆られるし、開けた先の部屋には教授が世界を回った時に見た異文化を詰め込んでいる。この街しか知らない他のご家庭のお子様に比べて、情操教育の差が半端ない。

 そして食事しながらみんなに話を聞いたのだが、滑り台やブランコ、ロープ登りだけでなく雲梯(うんてい)や一本橋、壁登り、ボール遊び等々、俺が見ていない場所にも身体を動かして遊ぶ遊具が満載だそうだ。この家で走り回って遊んでるだけで筋力・体力・バランス力・反射神経・投擲の技術等、あらゆる身体能力が鍛えられるらしい。


 「とは言え、よその子と比べれば優れておるかもしれんが、やはり人間だからな。本来弱い生き物だ。魔獣なんぞは生まれてただ育つだけで人間なんぞよりはるかに優れた身体能力を持つ。君のように何年も戦い続けた経験から対抗し得る技術は身に付けられるのだろうが、肉体的にはどの魔獣にも敵わんだろう?」

 「そうですね。魔獣に限らず野性動物にも劣りますよ。武器やスキルなしだったら野猿相手にも負けるかもしれませんね」

 「ガッハハハ! 俺も『筋肉増大』と『鎖縛術』がなかったらあんな風にワニを捕らえるなんて無理だからな。かと言ってそれらがあっても使いこなせなきゃ役にも立たん。何事も経験がものを言うということだ。

 この家は、孫達が将来何になりたいと思っても基礎が出来ておれば何にでも応用出来る。その為の遊び場なんだよ」

 なるほどなー。ゆっくり部屋を見渡していて、一点に目が止まる。

 「そういえば気になってたんですけど、あの太い柱の小さな扉も子供の遊具なんですか?」

 俺はこの家に入った時から気になっていた柱に目を向けながら聞く。

 「あぁ、あれは本来の目的は違ったんだがな」

 と言って教授は立ち上がり、「チックおいで」と呼びながら柱へと向かう。

 「はーい!」と走り寄るチックを扉の中へ入れ、柱の中のロープをぐいぐい引くと中のチックがせり上がっていく。しばらくすると上でチーンという鐘の音が聞こえた。「あたしもあたしもー!」とカーリーがせがむが、それを聞いたカイラさんがキッチンからダダダッと駆けてくる。それを察したカーリーがこそこそと俺の後ろのソファーの陰に隠れた。

 「お義父さん! ダメじゃないお腹一杯なのに今上に上げちゃ!」

 「ガハハ、多分大丈夫さ」

 「もー、吐いたらどうするのよ! 掃除はお義父さんにしてもらいますからね!」

 プンプン怒るカイラさんと苦笑する教授。

 「なあ、なんでカイラさん怒ってんの?」

 こっそり背後のカーリーに聞くと『特急シュート!!』の出口を指差しながら「あそこ見てて」と小声で言った。


 んん? と出口に目を向けるとシュポンッとチックが飛び出してくる。

 えぇーっ?! 腹一杯の状態であれで滑ってきたのか? 胃袋を上下に振り回したようなもんだ。俺もカイラさんも心配になってチックの元に駆けつける。

 「たっだいまー!」

 「チック! ダメじゃない食べてすぐにシュートしちゃ! いつも言ってるでしょ!」

 いきなり母親に叱られると思っていなかった様子のチックは、俺の後ろに隠れて「ご、ごめんなさい」と謝る。

 「大丈夫か? 気持ち悪くなったりしてないか?」

 チックの頭に手を置いて聞くが、

「なにが? へーきだよ?」

 と平然と返すチック。


 幼児体型でお腹ぽっこりが今はパンパンに膨れてるのに、『特急シュート!!』を滑って平然としてるなんて、この三歳児恐るべし。

 「ガッハハハ! だから言うたじゃろ。こやつらは伊達に育っとらんと」

 「なんと言ってもダメです。今度同じことやったら、三人とも次のご飯抜きにしますからね!」

 教授と子供達にビシリと言い放つと、カイラさんはキッチンに戻っていった。


 「……やれやれ。嫁さんは怖いのぅ」

 言いながらソファーにどかりと座る教授。子供達はちっとも落ち着かず、元気に走り回ってる。

 「見てもらった通り、あの柱は昇降機だ。三階まで建て増しした時に荷物の上げ下ろしが楽になるように作った。それをこやつらが乗って遊ぶようになってな。そのうちこやつらだけでお互いを引っ張り上げて遊ぶようになるだろうな」

 嬉しそうに茶をすする教授。子供の成長はあっという間だ。すぐに昇降機の中にも入れなくなる。そうやって徐々にここの遊具達は子供達の手から離れていくのだろう。教授はそれが楽しみであり淋しくもあるんだろうな。




 そろそろ夕日が沈む頃だ。街の南の壁に近く西の壁も遠くないナン教授の自宅は夕暮れがかなり早い。


 「ぼちぼち出掛けるか」

 教授も木工ギルドに向かうので、同じ目的地の俺も一緒に向かう。カイラさんは子供達をお風呂に入れてるそうで、ホーリィさんとだけ挨拶を済ませて街に出た。

 十五分程で木工ギルドに着く。受付で聞くともうすぐ模型のテストを始めるそうで、工房へと案内された。

 「やあ、ナン教授にマビァさん。丁度テストを始めるところだったんですよ」

 シヌモーンさんが歓迎してくれる。しかし無精髭が延びて頭もボサボサだ。しかし目だけ生き生きとしている。まわりの職員や職人も似たようなもんだ。

 「もしかして皆徹夜したんですか?」

 「はははっ。まぁね。でも良いものが出来たと思っていますよ」

 十分の一とは言え、高さ三十センチ、幅四十センチ、全長二メートルの大きさの模型が工房の作業台の上にデーンと置かれていた。試しに造ったとはいえ人が操作する部分、つまりロープを巻くリールや罠を落とすレバーは実物大で造られて模型の手前の台に取り付けられている。

 模型の向こうにガラムさんがいたので、手を振ると軽く手を上げて応えてくれた。

 「なかなかの出来でしょう? 塗装や細かいディティールまでは出来なかったのが悔やまれますが、勘弁して下さい」

 「何言うとるか。一晩でここまで作られた上にそこまで拘れては俺の彫ったワニがショボく見えるわ。腕の良い魔術師にでも頼んであのワニをゴーレムにしてもらわんと釣り合わなくなるわ」

 むふんっと鼻から息を吹く教授。何それ面白そう。あのワニが魔術で生きてるように動かす事が出来るのなら見てみたい。俺が目を輝かせてふたりを見ていると、こちらの視線に気が付いたふたりが苦笑を漏らす。

 「マビァさん、そんな高位の魔術師なんてこの街にはいませんよ」

 「いたとしても雇うにはバカ高い報酬が必要だろうな。こんな模型の試運転には割に合わん。冗談じゃ。忘れてくれ」

 なんだ、残念。


 「さぁ、テストを始めましょうか! 皆さん配置に付いて下さい」

 シヌモーンさんの号令で職人達が四人配置に着いた。手前リールとレバーにひとり、門を閉めるのにふたり、奥の見張り台の位置にひとりと実際に実物で着く配置になる。リールから伸びた紐は一度真下に行って罠の終点の床穴から出て見張り台の職員の手元に繋がる。ロープの先にはフックが付いていて、これをワニの模型の口に引っ掻けるらしい。


 「では始め!」


 見張り台役がロープを投げた(てい)で罠の外に置いたワニの口にフックを引っ掻ける。見張り台役の合図でリール役がロープを巻き、ワニが罠の中に引き込まれる。門役が左右から門を閉め、ワニを閉じ込める。罠の終点はV字に先細りになっていて、そこに引き込まれたワニの口先が突っ込まれる。リール役がレバーを引いて凹型の五つの枷がレールに沿って落下、着地の衝撃でロックが架かりワニを挟み込む。


 一発で成功したテストに「おぉー!」と室内の皆が声を上げる。

 「やりましたね! 設計通りです」

 「よし! 次はコストダウンと簡略化だ」

 へ? 模型は一回でお役ゴメン? 模型をバラし始める職人さん達に驚いていると、シヌモーンさんが教えてくれる。

 「模型通りに実物大を造れば成功する見通しは立ちましたから、これからは模型を改良して簡略化とコストダウンを図ります。強度を落とさず風雨に曝されて劣化しないよう見直すんですよ」

 「昨日徹夜したのに、またこれからやるんですか?」

 「いえいえ、昨日から今までは模型造りに皆力を注いでいましたが、頭の中ではその間にも改善案をそれぞれ考えていましたから、今日はそのアイデア出しだけですね。これ以上根を詰めるのは明日に響きますので、後一時間でお開きにしますよ」

 テストが成功したからか木工ギルドのテンションは高いままだ。ガラムさんも金属部品の話を職人さん達としている。

 「俺も混ざって来よう。昼間に測定した四頭の石化したワニの寸法を伝えねばならん」

 そう言って教授はその中へ入って行った。


 「こりゃまた、俺はお邪魔になりそうですね」

 到着したばかりでいきなり手持ち無沙汰になった。どうするかと頬を掻いていると、シヌモーンさんが別件があると言う。

 「木剣の試作品が出来てるんですよ。マビァさんには見て戴かないと」

 そうか、それもあった!


 シヌモーンさんに案内されて別の工房へ向かうと作業台の上に、木製の片手剣、両手剣、片手斧、両手斧が一本ずつ置かれている。

 「お~!」

 俺は駆けよって片手剣を手に取る。真剣に近い重さで軽く振り回したところバランスも良いと分かる。ガラムさんが設計の指定をした鉄の重りが良い仕事をしていた。木工職人の腕も確かで、綺麗に磨かれた刀身は美しいとさえ言える。

 「良いですね。これで防具さえちゃんと着けてれば大怪我せずに訓練できそうですよ」

 次に両手剣を掴んでみる。実戦では使ったことはないが、駆け出しの頃、ハンターギルドでの登録時の武器選択の時に振り回した事はあった。その時と感覚がそっくりなので問題なさそうだ。

 斧系は使ったことないので冒険者に持たせてみるしかないだろう。確か『黒い三連狩り』のマッチューが両手斧でガイヤーンが片手斧と盾、オルティーガが両手剣だった筈だ。

 「ではこのまま量産体制に入らせてもらいますね。こちらはこれから冒険者ギルドに納品しておきます」

 「ありがとう。助かります」

 たった1日で四本も出来るとは思わなかった。明日冒険者達が出てくるようなら、弓や槍、鞭等の使い手と手合わせをさせてみても良いかもしれない。

 時計を見ると七時半になろうとしていたので、ガラムさんを探しに元の部屋に戻る。


 職人達が模型の改良案を討議している中にガラムさんの姿が見えない。ありゃ? もう帰ったかな?

 「おう、さっき図面を持って急いで帰っていったぞ。なんでも話している内に改良のアイデアが浮かんだとかで」

 と、教授が教えてくれた。

 「俺、ガラムさんに晩飯差し入れするって約束してるんで、もう出ますね。教授、今日はご馳走さまでした」

 「ガハハ。それはお互い様だ。美味いウナギを狩ってくれてありがとな」

 もう少し話をしてから帰るという教授と別れ、俺は木工ギルドを出た。



 すっかり日が暮れ、街灯の照らす道をロージルさんの家を目指して歩く。ロージルさんの自宅は何故か工場の多いこの南東のブロックにある。各製造系ギルドの独身女性の職人が住む女性専用の集合住宅を一部屋借りていると言ってた。それを聞いて俺が行ってもいいのかと不安になったが、特に男子禁制というわけではないらしい。全ての部屋の玄関が外に面している三階建てだそうなので、夕飯を玄関で受け取って中に入らずに帰れば、変な噂も立ったりはしないだろう。


 木工ギルドとガラム金物店との中間くらいにあるロージルさんの集合住宅に着く。確か三○三号室と言ってたので、外の階段を上って玄関まで行き扉の前の細い鎖を引くと、中でチリリンと鈴の音が響いた。

 返事はなく開いた扉の向こうにはイルマさんが立っていた。掌に青い炎を浮かべ、いつでもこちらに飛ばせる構えでこちらを睨む。咄嗟に盾を構え溜め息を吐く。

 「……勘弁してよ。怖いなぁ」

 「ふん。ギルドでのこともあるからな。しばらくは要警戒だ」

 手を振って炎を消すイルマさん。そのまま玄関に立ち続けるので、俺を中に入れるつもりはないらしい。まぁ入るつもりはないからいいんだけど。

 「どう? 準備はもう出来てる?」

 「あぁ。今包んでいるところだ。もう少し待ってくれ」

 「……もしかして、俺のことも警戒してるんですか? ロージルさんに襲いかかるかもしれないと?」

 「……ここにふたりで帰って来てから、料理中に何度かガラムの話をしてあの状態にしたのだがな。……あれはヤバい。今も若干あの状態にある。たとえお前でも会わせるのは危険と判断した」

 はーっと深い溜め息を吐いて肩を落とすイルマさん。ロージルさん……。なんかますますパワーアップしてないか?

 「アレを鏡に映して本人に見せて自覚させるしかないんじゃないですか? ロージルさんにイルマさん以上の親しい人がいないんなら、イルマさんに頑張ってもらうしかないですよ」

 煙草を取り出し火を着けずに咥え、腕を組んで「う~ん……」と呻くイルマさん。なかなかに困難なミッションのようだ。

 「あの子のご両親も姉夫婦も近所に住んでるんだがなぁ。二十歳過ぎて親に相談することでもない気がするし、姉は姉で問題あるというか……。いや、貞操どころか命の危険もあるわけだから、真剣に取り組むならお願いするべきか?……いやしかし……」

 と、俺に話しているというより、ほぼ独り言で悩んでいる。

 ロージルさんのご両親はふたりとも職人だそうで、近所に実家があるらしい。お姉さんも実家のすぐ側に住んでいて頻繁に会っているそうなのだが。

 しかし、お姉さんに問題あるってどういうこと?


 「ご両親もお姉さんも知らない可能性ありますよね? イルマさんも知らなかったんですから。だとしたら、お父さんもヤバいよね? ロージルさんのお父さんのこと良くも知らないで悪く言う形になるけどさ、娘に手を出す父親の話はたまにあるから」


 こっちの世界ではどうかは知らないが、元の世界ではそういった話をたまに耳にする。孤児院で年下の女の子の世話を何人もしてきた俺は、基本年下は保護するべき者で恋愛対象になることはないし、劣情を抱いた事もない。

 だからといって、年下の子と付き合う他人を卑下する気なんて更々ない。両思いなら自由に恋愛すれば良いと思うが、俺は今まで年上しか好きになったことがないので、知り合いの年下の女の子は妹くらいにしか見えないってだけだ。

 話に聞いたことのある、自分の娘に手を出す父親の気持ちは分からないし嫌悪すら感じる。ロージルさんの父親がどんな方か知らないが、あのロージルさんを前にしてどうなるかまでは予想も付かないから見せないのが無難だろう。

 「あの人は父親として娘達を溺愛していたが、そんな感じに見えたことはさすがに無いがな。まぁそうだな。……もう少し考えてみるよ」

 イルマさんはやれやれと肩を竦めて苦笑した。


 と、その時奥からパタパタと歩いてくる音がした。部屋の奥から現れたロージルさんは、想い人に初めて届ける手料理にかなり緊張している様で、頬を赤くして潤んだ瞳、艶っぽく微笑み無自覚痴女っぷりがますます上がっている。

 仕事着のブラウスとタイトのミニの上に着けたエプロンが初々しく、腕捲りをして露になった白い腕が細く綺麗で、襟元のボタンを二つ外して見える鎖骨が色っぽく、アップにした髪が懸命に料理したせいかややほつれ、それがまたエロく見える。


 ……こりゃイルマさんが警戒するわけだ。


 「ごめんなさいマビァさん。この気持ち抑えられなくて……」

 ハァハァと息も荒く近付いてくるロージルさん。

 まるで最近旦那に相手にされない新妻が身体の火照りを持て余し、劣情を抑え切れなくなり若い男に迫っている様な絵面だ。

 やはり強烈だがもう慣れた。気持ちを鎮めて両手をロージルさんの肩に置きクルリと向きを変える。わけ分からずに「へ?」と呟くロージルさん。

 「イルマさん。鏡」

 「おう」

 イルマさんは部屋の中に手を伸ばし手鏡を取り出してロージルさんの前にかざす。さっきまで持ってたんだろうな。

 「ロージルさん、マイナス百点です」

 「あっ!……」

 自分の姿を見て顔の赤みが消え、むしろ白くなっていくロージルさん。事務室でのトラウマが甦ったな。

 「ギルドで部下に厳しく指示を出す、いつものロージルさんで良いんですよ。思い出してください」

 「そ……そんな事言われても、わたくしいつも自然体のつもりでしたし、いつもとアレの時の区別が付かなくて……」

 「ロージルさんがさっきの状態になるのは、ガラムさんを思っている時だけです。仕事の時は仕事に集中してるから普通なんですけど、これからはその普通を時々意識しながら過ごしてみてください。

 部下に指示した後とか、一仕事終えた後とか、自分の事を見つめ直してロージルさんの二つのスキルで分析させて情報をまとめて、それに倣って演技するんですよ。アレを演技で上書きするんです。

 あのスキルなら出来るんじゃないですか?」

 スキルと聞いてイルマさんの表情がピクリと動く。

 『何でお前が知っている』なのか『スキル? 何の話だ?』なのか……。

 それは後でふたりで話し合ってくれ。


 「イルマさん。知ってるでしょうが、ロージルさんは普段の仕草から色っぽくて艶かしいんですよ。

 イルマさんが気がついた時は逐一指摘してやってください。男にどう見えてるか教えてやって」

 「……あたしは男心が分かるわけじゃないんだけどね。了解、厳しめにやっとけばいいだろ」

 「うぅ……」

 ぎりりと煙草を齧るイルマさんに、苦難にヘコみそうになるロージルさん。取り敢えず手探りでもいいから進んでほしい。ロージルさんの肩をポンと叩き、夕食を受け取る。結構重いなこれ。

 「上が夕食用で下が夜食用です。どちらもガラムさん……」

 と、ここでまたポッと赤くなるロージルさんだが、頭をブンブン振ってなんとか立て直す。

 「ガラムさんが既に買っているパンとチーズを、少し焙って挟んで食べられる様にしておきました」

 細やかな心配りだ。さすがロージルさん。

 「分かった」と返事をしてガラムさんの店へと急ぐ。


 階段を下りて路地を曲がる前にちらりと顧みると、ロージルさんの部屋の前に赤い小さな光が見えた。


 イルマさんもお疲れ様。


 ロージルさんが『団地妻』に進化した!

 うそです。見た目だけです。


 次回は四月十一日(日)の正午に更新予定です。

 よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m

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