四日目 土木魔獣の真価
三十分程で現場に辿り着く。黒く焼け残った葦の根元近くが毬栗頭の髪の毛のようにチクチクと生えている。根を浸す水面が陽の光を受けてキラキラと反射していた。
俺は荷馬車を降りてすぐに沼に向かおうとしたら教授に呼び止められた。
「マビァくん。これを持っていきなさい」
渡されたのは二十センチほどの長さの二つの筒をくっつけたような道具だ。手に持つとまあまあ重い。筒の両端に大小のガラス板がはめ込まれている。
「これは……遠眼鏡ですか?」
元の世界で軍の兵士が見張りに使っているのを見たことがある。でもあれは筒一本だったしもっと長かった。ウチのパーティにはレイセリアが『鷹の目』のスキルを持ってるし、トーツも『身体強化』である程度視力を上げられるから、あんなお高い道具は必要としたことがない。
「遠眼鏡とは随分と古い表現だな。これは双眼鏡といって両目で遠くを見ることが出来る道具だ。試しに覗いて見るといい」
言われるがままに覗き込む。確か小さいガラス板の方から見るんだったよな?
丸く切り取られた景色がぼんやりとボケてて見え辛い。
「真ん中のダイアルを左右どちらかに回してみなさい。どこかで見ようとしている場所にピントが合う筈だ」
一度目を離してから双眼鏡を見る。これか? 今度は覗きながらダイヤルを回してみると像が次第に鮮明になってきて沼の対岸にある燃えた葦原がはっきりと見えた。
そこを肉眼で見ると随分遠い。二百メートルは離れていそうだ。改めて双眼鏡で見るとすぐそこにあるように見えた。
「おおすっげぇ! あんな遠くがすぐそこに!」
いつもレイセリアは『鷹の目』でこんな風に見えてんのかな? ずっと見てるのは眼が疲れそうだしピント調節にコツがいるけど面白いな。色々見たくなる。
「なかなかの倍率だろう? もう一つのダイアルで見たい距離も変えられる。少し練習してみなさい」
教授がノウトスの手綱を近くの木に繋ぎ、桶に水を入れノウトスに飲ませる間にあちこちを見て遊ぶ。
十メートルほど離れたウェルの部下がクレーンを荷馬車から下ろそうとするのを見てみると、ピントは合うが近くに見えすぎてよく分からない。彼の服に顔をひっつけて見ているみたいになる。
丁度良い大きさに見えるように調節すると、彼の顔がすぐ隣にいるくらいに見えた。こちらが見ているのに気が付いた彼がニカッと笑って手を振ってくれる。手を振りかえし、次は少し遠いインディに合わせる。
今度は腰から上が入るように調節していると、こちらに気が付いたインディがこっちを睨みガルルルと唸ってるのが見えた。試しに手を振ってみる。
「遊んでんじゃねー!! ぶっ殺すぞ!!」
怒られた。
しかし面白いな。すぐそこにいるように見えるのに声は遠く感じる。
「がははは! 慣れたようだな。そのストラップを首にかけて使いなさい。繊細な道具だからな。落とさんでくれよ?」
「分かりました。行ってきますね」
首にかけた双眼鏡を両手でしっかり持って、小走りで沼の縁まで向かう。
縁に近づき歩く速度を落として注意しながら進む。ワニが水の中に浮かんでいる時は鼻と目と背中を水面から出しているから、どこにいるのか一目で分かる。
沼の水面をゆっくり見渡すが凹凸は一つもなくワニが一頭もいないのがはっきりと分かる。念の為に卵が埋まってる川縁まで様子を見に行くも、ワニの姿はない。
双眼鏡で川の対岸を見てみると、そちら側に沢山のワニがいるのが見えた。恐らくあれらがこちらから追い出された群になるのだろう。
一晩経っても一頭もこちらに戻ろうとしないほど、クロブの恐怖が群全体に刷り込まれたようだ。こちらとしては今は作業がしやすくてありがたいんだけどね。
安全を確認出来たのでこちらを見ているガテスさんに手を振って両手で大きく丸を作りOKの合図を出す。
双眼鏡で土木組の動きを見ると、ガテスさんの合図でブルケラトプスが一斉に動き出した。
それぞれの角に装着しているパーツの形が違うということは四頭の役割が違うのか? 土を掬う一頭と岩を取ってくる二頭が荷馬車を引いて乗り手なしでどこかへ走っていく。
残りの一頭は切り出された葦の根の塊を水中から引き上げるのが役割なのだろう。フォークのような爪が六本前に伸びたパーツを取り付けてある。
インディは道の真ん中に立ち、左右に一羽ずつカゼノカマを立たせ道の縁を切らせながらこちらへ進んでくる。
二メートルほど進むと横に一本切り込みを入れ、前に進むを繰り返す。
その後ろから待機していたブルケラトプスが根にフォークを突き刺して四角い根の塊を引き揚げ後ろに運んでいく。
どんどん根が切り取られていく間にも、他所に行っていたブルケラトプスが土と岩をピストン輸送して山になっていった。
ブルケラトプスは自分で荷馬車に土を盛って運んできては土を山に積み、また荷馬車を運んで土を取りに行く。鈍そうに見えるのになんとも器用な魔獣だ。
ナン教授の様子も双眼鏡で見てみる。
鎖を解かれクレーンで持ち上げられた石化したワニの寸法を巻き尺で測ってはノウトスとウェルの部下達とで荷馬車に載せ、次のワニに取り掛かっていた。あちらはすぐに終わりそうだ。
俺も沼の監視は油断せずに行うがワニの姿はない。たまに魚が飛び跳ねるくらいで平和なもんだ。
「おい、そこも切り取るからどけよ」
後ろにインディがもう来ていた。
「もう来たのか。早いな。魔獣達の力ってこんなにすごいんだな」
その場から離れながらカゼノカマを褒めると、最後の一ブロックをザクッと切ったカゼノカマ達は誇らしげに胸を反らし、額の飾り羽根をピコピコ動かした。どうやら嬉しいようだ。
「インディもすごいな。まだスキルのない見習いなんだろ? それなのに二羽同時にこんなに正確に操れるなんて、そんなこと出来るヤツなんてそうそういないんじゃないか?」
「そっ、そんなことねーよ。この子らがスゲーんだ。おれはこの子達を信頼して任せてるだけだ」
褒められて照れ臭いのかこちらから赤い顔を逸らしモジモジしながら言い訳をするインディ。
「次はどうするんだ?」
根を切り抜いた道は水路のようになっている。後ろからブルケラトプスが迫ってきているので、もと来た道を戻るわけにもいかない。
「今度は二本目の道をこっち側から切っていくんだ。ほらあっちでサブマスが次の道の始まりまで移動するから、こっちも合わせて移動してサブマスの合図でこっちから切っていく。あんたはおれの近くで見張ってればいい」
なるほどその方法なら効率が良い。
「了解」と答えインディとカゼノカマ達の後を付いていく。
沼は一番長い直径が百五十メートルほどの楕円形をしている。
二本目の道は南に流れる川と垂直になるように造られるみたいだ。
街道側のガテスさんの合図でインディがカゼノカマ達に指示を出し切り進めて行った。俺は沼側で見張りだ。
「三本目はおれが向こうから場所を決めるから、お前はおれに合わせてあっち側に歩けよ。今度はお前がいる場所に向かって切り進んでいくからな」
インディが振り向いて俺に指示を出す。
「ああ、分かった」
俺も返事をして見張りに戻る。一本目の根の引き揚げがそろそろ終わりそうだ。次は岩や石を水路のようになった道に埋め立てていく。
ウェルの部下達はもう街へと帰るようだ。昨日と違い四頭だけなので作業が早い。教授は自分の荷馬車に戻り、なにやら手帳に書き込んでいる。
三本目の道を切り終わったところで昼休憩にする。
教授と土木組は一度ブルケラトプス達を川に浸けて汚れを落とした後でパーツを外し、教授の水樽でタオルを濡らして魔獣達の顔を拭いてやる。
土木組は持ってきていた魔獣達の餌を準備していた。
ブルケラトプスの餌は牧草を刻んだ物に穀物、リンゴなどの果物を混ぜた物だそうだ。四頭分ともなるとかなりの量になる。持ってきた荷物の殆どは魔獣の餌だったみたいだ。
カゼノカマは鳥らしく穀物を好むらしい。大きなバケツに数種類の穀物を混ぜ込んだ物に嘴を突っ込んでモリモリと食べる。
教授のノウトスもブルケラトプスと同じような配合の物を食べていた。
ここでは食事も魔獣優先なんだな。なるほど魔獣を溺愛するようになるという『獣使い』のスキル持ちらしい習慣だ。
俺達も手を洗い昼飯にする。土木組は屋台で買ったらしい薄焼きパンにタレに浸けて焼いた肉や生野菜を巻いて食べる料理だった。
教授が用意してくれたのはホットサンドという料理だ。外は四角く硬く焼かれたパンのようだが中にハムやチーズ、ピーマンにトマト、ピリ辛のソースが入っている。
教授曰く熱々の焼きたてを食べるのが一番美味いのだそうだが、常温まで冷めてても充分に美味い。
二枚の薄切りのパンを専用の調理器で具材と一緒に挟んで焼くらしい。
これは元の世界でも鍛冶屋に造らせれば再現出来そうだ。夜営でパーティのみんなに作ってやって喜ばれるのを妄想すると、一人でついニヤけてしまう。でも重いかなぁ? 『軽量化』の付呪を付けると高い買い物になるし、悩むな~。
昼飯を終えると作業を再開する。
カゼノカマは役割が終わったので木陰で休ませる。残るは三本目の道の根の塊の引き揚げが半分くらい。
一本目の岩石の埋め立てが終わって、今は土を盛ってブルケラトプスが踏み固めている。
二本目の岩石の埋め立てがもうすぐ終わりそうなので、根を引き揚げ終ったブルケラトプスにはパーツを交換して土を取ってきてもらうことになる。
ここまで魔獣達が優秀で、要所要所で指示するだけで後は勝手に働いてくれるのなら、人間のやることは殆どない。ナン教授もやはり昨日の疲れが出たのか木陰でノウトスとお昼寝中だ。あまりに平和な空気に俺の意識も時々緩みそうになるが、なんとか気を引き締めて見張りを継続する。
正午過ぎの陽射しを受けた水面がギラギラと光って照り返す。春の柔らかい陽射しとはいえ両面焼きだとさすがに眼が辛い。目を細めて光を見ないようにしようとした時、水面の光の向こうで何かが動いた気がした。
「なんだ?」
急ぎ剣を抜く。左手の盾を天に突き出し大きく振り回す。作業前に決めた『警戒せよ』の合図だ。土木組が魔獣達に作業を止めさせるのが音で分かった。
盾を構え腰を落として様子を伺う。
水面を走る風の音、遠くの木々のざわめき、高く飛ぶ鳶の鳴き声しか聞こえない時間が暫く続く。
水中で大きなものがうねるのが見えた瞬間、それは水面から飛び出してこちらに食いついてきた!
咄嗟にバッシュでその巨大な頭を頭上へと跳ね上げる。
「な、なんだぁっ?!」
逆光に照らされ頭上高くでうねる巨大な長い生き物は、直径が五十センチはあろうかというウナギだった。
大きく跳ね上げた筈なのに胴体はまだ水の中にありその長さに驚く。ぬめる粘液でバッシュの威力が半減したのか大して効いた様子もない。
仕留めるには空中に頭がある今しかない。うねる首を狙い、左の斬り上げで飛び上がり振り抜く。
片手剣斬り上げスキル『ライジング・チョッパー』
大型の魔物の頭部や首を攻撃する為のスキルだ。三メートルほど飛び上がれ技後の硬直がほとんどなく、空中で他のスキルに繋げて連撃を狙う為の多段攻撃発動技。
この時も続けて技を繰り出そうとしてたのだが、一撃で呆気なく首を刎ねてしまったので、ちょっと肩透かしを食らった感じで着地する。
ウナギの胴体も半分が葦の根の上に載っかってピクピクと痙攣していた。
流れ出る血が体内からドクドクと湧き出し、辺りの水面を赤く染めていく。俺は剣を水でさっと洗い流し、ポーチから出したボロ布で拭き取っていると、後ろから教授の声が聞こえた。
「おーい! マビァくん。そいつを沼に沈めるなよ。あと血には弱い毒があるから目などに入らんようになー」
教授が鎖を一本持ってこちらに駆けてくる。このウナギを持ち帰るつもりのようだ。
まだ胴体が半分水中にあるので、このままだと粘液で滑って水中に戻ってしまいそうだ。
俺は剣を杭代わりに胴体を貫き葦の根に絡ませる。水中にあるウナギの半分をズルズルと引き揚げると全長八メートルは超えていた。
盾を見るとバッシュで弾いたのに粘液がベッタリと残っているので、沼の水でしっかりと洗い落とす。そうしているうちに教授が到着した。
「やったなマビァくん。こいつを仕留められるとは運が良い」
「なんなんです? このでっかいウナギは」
「がははは! 見たまんまだよ。『ギカントイール』と言ってな、何でも食う魔獣だ。産まれたばかりのバーンクロコダイルの数少ない天敵の一種だな」
「でもワニが産まれるまでまだ何ヵ月かあるんですよね? それに何でも食うったって俺を食うのは無理があるんじゃ……」
食いついて来た時、このウナギは大きく口を開けていたが、精々頭が丸ごと入る程度の大きさだ。それにワニと違ってそれほど歯も鋭くない。首を食い千切るだけの力があるのだろうか。
「こいつは大きい川にはどこにでもおる。ワニが産まれる頃は入れ食い踊り食い状態だろう。それでもワニが増え続けているってことはこいつの数が少ないのか、ワニの増え方が異常なのか……。
君を狙ったのは恐らく剣や盾の反射光をガチガザミの甲羅の反射光と勘違いしたんだろう。ガチガザミはこいつの好物だからな。こいつを釣る時の餌に使う国もある。噛みつく時にだけ伸びる隠し歯があってな、顎の力も強いぞ。人の腕ぐらい簡単に食い千切るからな」
教授は落ちているウナギの顔の口を開き歯茎を押さえると、薄くて長い鏃のような歯がニュッと何本もズラリとならんで出てきた。何こいつ思ってたより怖いぞ。
ガチガザミは一昨日の会議で新しい討伐対象に選ばれた魔獣だった筈だ。たしか川辺にいるカニ型と聞いた。硬い甲羅をバリバリ食い砕くのなら俺の首などあっさり食い千切るだろう。
「それならこれまでもこいつの被害にあった人がいるんじゃないですか? でもギガントイールなんて話題にすら出なかったですけど」
「そう、この街に限らず他所でも人が襲われたという記録が少なくてな。大抵がガチガザミ狩りの冒険者がウナギのカニ狩りに巻き込まれたって話ばかりで、この国に至ってはあんな狂暴なカニ狩って食うヤツなんぞ俺くらいのもんだ。
この街では漁師達も獣使いのスキル持ちが多く、漁の相棒としてコロットセイという魔獣を使っておるが、何故かそれらを襲うのもワニだけだ。俺も人が襲われたのを見たのも、この川で捕らえたのもマビァくんが初めてだ。
がははは! つくづく君は稀運の持ち主のようだな」
俺の背中をバンッと叩き笑うナン教授。そんな珍しい運嬉しくない……と思うも、そもそもプレイヤーに摘まみ上げられて今ここにいるのは、プレイヤー曰く全異世界中で俺一人だけらしいので、これ以上にない稀な事例になる。なんてこった。
ヘコむ俺をよそに教授は作業を進める。ある程度血抜きが終ったウナギの断面の脊椎に鎖の端の杭を打ち込み、胴体に螺旋状に鎖を巻き付けて反対の端の杭を尾の横から刺し込む。突き抜けた杭に切り落とした頭も突き刺した。これでぬめるウナギを運びやすくなったが、八メートルはある極太ウナギが軽い筈がない。五百キロはあるんじゃないか?
教授がどうするのか見ていると「むんっ!!」と力を込めるとボコッと全身の筋肉が数倍に盛り上がった。
「うおっ?! それなんかのスキル? 昨日も見た気がしますけど」
いきなりだったので俺は驚いて一歩引く。教授は自分の身体にウナギをぐるぐると巻き上げ運ぶつもりのようだ。
「これは『筋力増大』だ。マビァくん、尾の方を持ってくれんか? 俺の荷馬車まで運ぶ」
運ぶ途中でスキルの説明をしてくれる。
『筋力増大』は文字通り十分間、筋力を数倍に増やせるスキルだ。スキルレベルによって二倍から二十倍にまで増やせるようで、教授はスキルレベルの上限に達しているが、年齢的にもフルで使うと使用時間が短くなるらしく、今は十倍でこのウナギを一人で運ぶにはちょっと足りないから俺に手伝わしているそうだ。
ウナギに打ち込んだ鎖を両手で持って尾の方を運ぶが、ずっしりと重く七十キロは下らないと思う。頭だけでも二十キロはあるんじゃないか?
ほとんどの重さを持上げしっかりした足取りで運ぶ教授の後を、ヨタヨタした足取りで付いていく俺。
端から見てるとなんとも情けない姿のようで、インディが、
「なんだそのへっぴり腰は! なっさけねーの!」
とヤジを飛ばしてくる。
『身体強化』のスキルを持っていればこんな情けない姿を晒す事はなかったので、そこまで達していない俺の弱さの指摘をしたインディの言葉はごもっともだ。なので怒りも湧いてこない。
なんとか教授の荷馬車まで運び荷台に載せると、教授は隅に丸めていたシートを広げてウナギに被せ、冷蔵の魔道具を発動させて封をする。
「これだけデカイと脂が載ってて美味いぞ。俺が異国で学んだ料理を振る舞ってやろう」
それはすっげぇ楽しみだ。急いで仕事を終わらせねば。
水で汚れを落としながらご満悦なナン教授。俺も汚れを落とした後、俺はまた見張りの為に沼へと走る。
後一本、道を岩石で埋め立てて土を盛って踏み固めればここでの作業は終わりだ。予定通り二時頃には街に帰れそうだ。
また何かが飛びかかってくるかもしれないので、改めて気を引き締めて俺は沼と向き合った。
次回は三月十四日(日)の正午に更新予定です。
よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m




