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三日目 街へ帰る

 やっと片付けが終わり、俺とナン教授も街へと出発する。


 「君の世界は本当にとんでもないところのようだな」


 手綱を握り、ノウトスを進めながらナン教授が言う。


 「まぁ、今日みたいに死にかける事は滅多にないんですけどね。普段は心強い仲間がいるんで」

 「君より強い仲間か……。頼もしい事だ」


 頼もしいと言えば、土木ギルドの魔獣達はよく戦ってくれた。彼等がいなかったらみんな助かっていなかっただろう。その事をナン教授に話す。


 「そうだな。彼等の野生の闘争本能か、それとも『獣使い』のスキルの効果かは分からんが、殆ど深い傷を負う事もなく彼等は防ぎ切った。人力の兵士などよりも数十倍の戦力になる。……軍事利用など考えたくもないがな……」


 俺もそれを思い付いて、すぐに否定した。平和利用だけに使えるのならそれに越したことはない。


 「俺は元の世界がアレなもんで、魔獣の兵器としての価値をすぐに思い付きました。だけど、この世界ではこれまでに兵器としては使われていないんですよね? そこが俺にしたら不思議で仕方ないんですけど」

 「それはあれだな。『獣使い』が発見されてからニ百年だが、あまりその真価に気付いている奴がいないってのと、『獣使い』のスキルがあまり有名でないってこと。後は魔獣好きな連中は大抵争いが嫌いだってことだな。『獣使い』のスキル持ちは自分の魔獣を溺愛するから、今回のようなことがなければ戦いに巻き込むようなまねはせんよ」


 ニカッと笑ってみせるナン教授。それなら安心かな? 俺ももう巻き込みたくはないし。



 色々と話ながらポクポクと進む馬車は、三十分ほどかけて東門へと辿り着く。時刻は四時前くらいだろうか? 俺はナン教授と街の少し手前で一旦別れてガラムさんの店へと急いだ。……急ごうとした。


 「これはマビァさん、先程はご馳走さまでした」


 検問の兵士はさっき葦原まで来ていた連中だった。ここへ帰ってきて警備していた他の兵士達に自慢したところ「お前らだけ美味しい思いしやがって」と、仕事を押し付けられたらしい。


 「葦原で大火事なんてバーンクロコダイルが暴れてる証拠なんですから、誰だって行きたくなかったんですよ。大尉の同行に選ばれなくて良かったって喜んでいたくせに、俺らが美味い肉食ってきたなんて言ったらこれですわ」


 嫌なことを押し付けられたのに兵士達は怒るどころか余裕の笑みだ。肉の幸福感のお陰かな?


 「街に入るんですよね? でしたらギルドのタグの提示をお願い致します」


 ああ、そうだった。と俺は首から下げてるギルドカードを服の中から引っ張り出して兵士に渡す。


 「……なんですこれ?」


 兵士はきょとんとして俺のカードを見つめた後、俺にカードを返す。


 「何って、ギルドの……あ」


 俺の出したのはハンターギルドの登録カードだった。あれやこれやで忙しくて、冒険者ギルドでの登録をすっかり忘れていたのだ。いや、俺自身口では部外者などと言っていたが、ギルドを率先して動かすような事を昨日今日とやっていたせいか、内心既に冒険者ギルドの一員にでもなった気でいたのかもしれない。


 「あ~、俺まだギルドの登録していなかったわ」


 照れ隠しに頭を掻きながら言い訳をする。


 「えぇ?! もうとっくに冒険者ギルドを占めていたのかと思ってましたよ」


 占めるってそんな人聞きの悪い……。


 「でも、それでしたら規則上銀貨二枚の通行税を支払って戴くことになりますが……」

 「仕方ないよな。俺がうっかりしてたのが悪いんだからさ」


 ポーチから銀貨二枚を取り出して兵士に渡す。こっちの金は元の世界には持ち帰れないだろうから惜しくもない。

 街に入り際に、大尉がポケットマネーでウェルからワニ料理を買って駐屯地のみんなに振る舞う事を伝えると、兵士達は大いに喜んでいた。

 「大尉の説得に協力してやってくれよ」と頼んでおくと、みんな「了解しました!」と揃って敬礼してくれた。ここまで態度が変わるもんかよ……。肉効果すげぇな。



 改めてガラムさんの店へと急ぐ。走る俺を目で追う人達が一様に驚いて一歩引くのを不思議に思いながら、数分で金物屋に到着し扉を開けて中に入る。店内は無人だった。奥にいるのかな?


 「ガラムさーん。マビァです」


 声をかけると、奥から足音が近付いてきて扉から顔を出すガラムさん。


 「おう、マビァ……っておい! なんだその血は! 大丈夫なのか?」


 あ……、そうだった。今の俺、服ズタズタの血塗れだったんだ。そりゃ街の人達引くわな…。


 「あぁ、ごめん大丈夫だから。怪我はすっかり治してもらったからさ」


 そう聞いて安心して長い溜め息を吐くガラムさん。


 「驚かすなよ。で、何があったら三時間程でそうなって帰って来るんだ」


 カウンターの向こうの椅子に座りながら俺に問う。俺も勧められ座り、彼と別れた後の事をざっくりと話す。


 「……で、四頭は石化して現地に放置して、残りをウェルの屠畜場に運んだところなんだ」

 「それでよく死人が出なかったな……。そういえば外が少しざわついていた気がするな。籠って作業してたから気が付かなかった」


 俺達の所業に呆れ返るガラムさん。

 記者達が街は大騒ぎだって言ってたけど、ここはメイン通りからは外れているし、外が見えない作業場だと尚更気が付かなくても仕方がない。


 「それで、悪いんだけどさ。罠を一から見直す事になったから、ガラムさんにはこれから木工ギルドに行ってほしいんだ。いいかな?」

 「あぁ、元々木剣の件で行く予定だったしな。お前一度宿に戻ってから着替えてこいよ。その姿は心臓に悪い」


 俺に剣と盾を返しながら注意するガラムさん。「ちょっと待ってろ」と一言残すと奥に入り、古びたマントを貸してくれた。ギルドに借りた剣と自分の剣を穿き代えて、ギルドの剣を右手に持ちマントを羽織る。背の高いガラムさんのマントなので裾が地面に着きそうになる。少し上の方を巻き上げて使うことにした。


 「ありがとう。じゃあまた後で」

 「おう、先に木工ギルドに行ってるぞ」


 ガラムさんと別れて宿へと向かう。部屋で着替えるついでにシャワーを浴びて汚れを落とす。ウェルに貰った服に着替えて、急いで冒険者ギルドに向かった。また服が一組になってしまったので、この後で買い足さないとな。まさか一日でボロ布になるとは思わなかった。


 「マビァさん! お帰りなさい。あ、服変わってますね」


 ギルドに入るとカウンターのむこうからコニスが話しかけてきた。


 「ズタボロ血塗れの格好で街中走ってたら、すれ違う人達にドン引きされてな。着替えてこいって注意されたから着替えてきたんだ」

 「うわぁ……。そりゃ誰だってドン引きしますよ。聞きましたよ? マビァさん大怪我されたってロージル先輩が少し取り乱していましたから、わたしも心配してたんですよ」

 「そうなのか? そりゃ心配かけて悪かったな」


 カウンターに借りた剣を返しながら話す。


 「悪い。折角借りたのにもう使えないくらいボロボロになっちまった」


 剣を鞘から抜いて刀身をコニスに見せる。元々切れ味は悪かったが、刃は刃こぼれでガタガタになっていて、罅も走っている。あと数回ワニを防いでいたら確実に折れていただろう。


 「うぁ……。これは酷いですねぇ。盾はどうしたんですか?」

 「あっちもベコベコになってて使い物にならんから、ワニ肉焼いて食うのに鉄板代わりに使った後、バラバラに砕けた。弁償した方がいいよなぁ」


 なまくら剣と安そうな盾だったけど、今の持ち金じゃ足りないかもしれない。


 「お肉を盾で焼いて食べたんですか!? 野蛮ですねぇ……。 ロージル先輩から状況は聞いてますよ。二十頭もバーンクロコダイルを討伐したんでしょ? ギルドに入る利益を考えたら、使っていなかった剣や盾なんて弁償しなくてもいいんじゃないんですか?」

 「それならありがたいんだけどなぁ。あ、俺が全部倒したわけじゃねーからな? 俺は半分くらいしか倒せてねーから」

 「十分異常な数倒してますよ! ……なんで『くらいしか』ってなるんですか。変態ですか」


 俺が言えば言うほどドン引きするコニス。しかし変態はないだろ。戦闘に関して、元の世界とこことの認識の齟齬が大きすぎる。この冒険者ギルドは戦闘職の集団じゃないのか。なんでこの程度の戦果で信じられないなんて言える? いやこの三日で嫌ほど分かってるんだけど。


 「ま、いいや。記者の二人は来てる? 試験場でワニワニ大混乱見せるって言っといたんだけどさ。あとロージルさんも準備出来てるのかな?」

 「……ワニワニ大混乱って、なんか気の抜けたネーミングですね。ロージル先輩と記者さん達は試験場でお待ちですよ。さぁ行きましょう」

 「さぁって、コニスも来るのか?」

 「わたしもバーンクロコダイルを『幻獣召喚』出来るようになりましたから。一度に沢山出す必要があるんですよね? でしたらわたしも参加しないと数を揃えられません」


 ほほう、さすがスペック高めな娘だ。コニスは一旦カウンターの外に出てから食堂へ向かい、ウダウダしてる冒険者達に声をかける。


 「みなさーん。これからマビァさんが試験場にてバーンクロコダイルの幻獣召喚による討伐の実演をして下さいます。もう見ることの出来ない催し物になるかもしれないので、ぜひ見ることをお勧めします! ご覧になる方は試験場にお急ぎくださーい」


 あざとい仕草を交えながら冒険者達を勧誘するコニス。エールのジョッキやツマミの皿を持って立ち上がる冒険者達。飲み物や食べ物の追加を注文するヤツらまでいやがる。この様子だとコックや給仕までやってきそうだ。まるっきり見せ物だな。

 

 一仕事終えたとばかりの笑顔で戻ってくるコニス。一緒に奥へと向かう。


 「そういえば、幻獣召喚って魔獣をどこまで操れるんだ?」

 「操れませんよ? あの魔法に出来ることは発現場所の指定とターゲットの指定です。後は呼び出された幻獣が魂の赴くままに行動します。術士は幻獣が倒されるまで魔力を注ぐだけですね。注ぐのを止めればそこで幻獣は消えます」


 ふむふむ。それなら予想通りのことが出来そうかな? 今度はもう少し上手く立ち回ってみたいもんだ。


 「そういえばさ、俺まだ冒険者ギルドに登録してなかったんだよな。検問で止められてやっと思い出したよ」

 「やっぱり……。昼過ぎにマビァさんが出かける時に、わたしそれを伝えようとしたんですよ? すごい急いで出てって呼び止められなかったんですから」


 はぁーっと大きく溜め息を吐くコニス。そういや呼び止められてたっけ?


 「あれってそのことだったのか。ごめん、後で登録してくれるか?」

 「いいですよ。でもランクはどうします? マビァさんAランクは嫌なんですよね?」

 「Cがいいんだけどな……。ダメかな?」

 「他の者が誰も納得しませんよ。ギルドが改革した今、マビァさんがCランクの基準になっちゃったら、この先誰もCランクに上がることが出来なくなりますよ?」

 「そんな大袈裟な……。訓練が始まって実戦を数こなせば、いずれそこそこ戦える奴も出てくると思うんだけどなぁ」


 腕を組んでどうするか考えながら歩く。


 「クロエさんからワニとどう戦ったかは聞いてますよ? 信じられない話でしたけど、それがホントなら死んでないマビァさんは異常ですから。この国の誰もそんなマネ出来ませんから」

 「いやにはっきり言い切るな。この国だって王都に騎士団とか、王直属の近衛騎士とかいるんじゃないのか? そんな連中が俺より弱いって事はないだろう?」

 「立派な騎士様はいますけど、彼等が実戦で強いって話は聞いたこともありませんよ。騎士団への昇格は剣舞の美しさと馬術の見事さ、それと『小隊指棋』の腕前で決まるらしいです。後はお家柄ですね。ちなみに軍人の佐官以上が騎士です」


 なんと、この国での騎士は強さで順位が決まるわけじゃないのか。


 「なんだ? そのショウタイシキって」


 聞き慣れない言葉が出たので聞き返す。


 「知らないんですか? この国じゃ大会が行われるくらいメジャーなボードゲームなんですけど」


 元の世界でのチェスみたいなものか? と思って詳しく聞いたら似て非なるものだった。


 二十×二十の盤面で、一般兵十個、重装盾兵三個、弓兵四個、馬上騎兵八個、魔術師二個、神官二個、指揮官一個という、計三十個の駒を操り、一対一で勝負して指揮官を先に取った方が勝ちという、ここまでならまぁチェスに似たものなのだが。

 なんとこのゲーム、開始時に魔力でランダムにマス目が上下し、地形が変わるらしい。地形が変わってから自軍の陣地に駒を配置。一ターンに五駒まで動かせるのだが、駒それぞれに長所短所があり地形の高低差にも影響を受ける。

 例えば「弓兵の射程は下段のマス方向には一プラス。上段方向には一マイナス」とか「重装盾兵の移動速度が上段方向だと一マイナス。下段からの攻撃に対しての防御は左右に一マスずつ追加」等々、戦略の幅が先攻後攻の優劣しかないチェスとは比較にならないらしい。

 しかも駒は「15の2へ弓兵、12の4へ攻撃」等の命令(コマンド)で魔力により自動的に動くんだそうだ。しかも矢や魔法弾が駒から射出され相手の駒に当たると自動的に盤外へ瞬間移動するとか。

 なにそれ面白そう! でも俺はチェスとかボードゲーム全般弱いから観戦するだけでいいかな。強い人同士の対戦とか見てみたい。チェスなんかよりは戦局が分かりやすそうだ。


 しかし、ボードゲームの優劣や単独で舞う剣舞の美しさが実戦で何の役に立つと言うのか。いや、この『小隊指棋』は指揮官としての戦術や戦略の勉強にはなりそうだけど、そもそも兵士が碌に戦えないのでは話になっていない。つくづくこの国の平和ボケさに呆れ返る。

 それにしてもコニスのヤツ……。その後もどの騎士がイケメンだの、近衛の誰がカッコいいだのと色々な情報を出してくる。


 「……やけに詳しいな」


 ジト目でコニスを見つめる俺。


 「だってどこかで出逢えた時に相手のことを良く知っている方が、落としやすいじゃないですかー」


 にっこりコニスマイルで当然のように言い放つコニス。あぁ……。がっかりだよコニス。逆玉狙いなら可愛げもあるが、男を誑し込むことしか狙ってないなんて残念過ぎる。

 ……まぁいっか。コイツの幸せはコイツが決めるもんだ。好きにさせとこう。


 「あ、そうそう。本当かどうか知りませんけど強いって噂のあった人なら知ってますよ?」


 ニヤニヤ笑いの流し目でこちらを見つめてくる。「聞きたい? 聞きたい?」って感情丸出しだ。

 まぁ確かに少し興味あったので「ほ~、そりゃ誰だよ?」と聞いてみる。


 「へへ~。なんと! この街を含め三つの街を管理するルーリライアス領の御当主、カイエン・ベルク・ルーリライアス侯爵様なんですよ!」


 何が自慢なのか、無い胸をぐいっと逸らすコニス。あぁそんなことしたら服に押さえつけられてますますペタンコになるじゃないか。憐れみの視線をコニスに送りながら聞き返す。


 「で、噂ってどんなのなんだ?」

 「わたしが産まれた頃の話なので詳しくは知らないんですけど、カイエン様がまだ王都に所属していた若き騎士様の時に、大きめのジェムを国に何度も納めてるらしいんです。鑑定してみるとたま~~に家畜を襲うことがある『ホシノワグマ』って凶暴な魔獣だったんですって。

 休暇の日にふらりと一人で森に入って討伐してたらしいんですけど、普通はもっと大勢で倒す魔獣なんです。誰も討伐中の彼を見た人はいないので、噂止まりなんですけどね。

 でも彼の他に単独でホシノワグマを倒したって人は聞いたこともなかったですから、若い頃は騒がれていたって話です」


 なるほど、確かに微妙な話だ。

 この街の『凶暴な魔獣』って概念が犬ッコロを指しているので俺とは随分かけ離れているし、俺程度が強いと持て囃されているんだから、本人に会うかホシノワグマとやらを倒してみない限り判断に悩む。


 「カイエン侯爵様は、今はこの街の領主であると同時に国軍の中将閣下でもあるんですよ。だからこの国境のある領地を任されているんです」


 ほー、そんな立派なお方なのか。しかしこの街の駐屯軍を見る限り、あまり大した人物ではなさそうなんだけど……。取り敢えず名前は覚えておこう。

 次回は一月三十一日(日)の正午に更新予定です。


 よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m

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