三日目 神官シャルンティン
俺は立ち上がって、ウェル達の方へ歩み寄る。
ウェルもギャロピスを近くの木に手綱をくくりつけ、大勢のノウトス馬車達の先導を始める。一旦街道に一列に停車させてから、ウェルはこちらを見て苦笑した。紅月が当たり前のように傍にいた。
「な~に先に美味そうなことやってんだよ。お前らは」
俺の頭を軽くチョップして愚痴をこぼす。
「こっちに来る半分くらいの場所まで美味そうな香りがしてたんだぜ? オレだって早く部位の食べ比べしてぇのに先に始めやがって」
「悪い悪い。ほらクロブのスキルの関係でさ、急いで食わせる必要があったんだよ」
他の連中に聞かれていい内容ではないので、俺はウェルに小声で伝える。
「あぁそっか。かなり無茶させたかもな。マビァ、ありがとな。お前はホント気の利くヤツだから助かるわ。で、何でラクスト大尉や兵士達も肉食ってんだ? あの兵士達は東門でお前の事を罵ってた奴等だろ」
「あれはまぁ……。鞭の後の飴ってとこかな? これから俺らや大尉が動きやすくするための撒き餌みたいなもんさ。大尉が昨日の軍の会議で説得に失敗したらしくて、大尉の味方をさせるためにあいつらを誑し込んでる最中ってとこだな。胃袋さえ掴んどけば、大抵上手くいくだろ?」
わいわいと焚き火の周りで肉を食いながらクロブに話しかけている兵士達を見て言う。
クロブはこちらに気付いていてこっちに来たがっているが、兵士達に肉を勧められ話しかけられて動けないようだ。
「じゃあ血抜きは全部終わってんだな? じゃあチャッチャカと積んでいくか。と、その前に」
そう言ってウェルは一台の馬車を並べているワニの側へ着ける。御者の隣に座るローブ姿の女性に手を差し伸べて降りるのを手伝うと、二人でこちらへやってきた。いや、女性というには小さ過ぎる。左手に持つ錫杖が酷く大きく見える。
コニス、紅月に続いてまた薄ぺったんなちみっ娘かよ、迸らんわ~。と見つめていると、長身で一歩が大きいウェルに追いつこうと小走りする胸の辺りがローブの中でたゆんたゆんと弾んでる。
「なん……だと……?」
とつい呟き、そのちみっ娘の顔を見ると、やはり童顔な大人の女性ではなく、完全に子供だった。お子様巨乳という嘗てない未知との遭遇に思考停止していると、ウェルがそのちみっ娘を紹介してくれる。
「教会で癒しが出来る子を借りたいとお願いしたら、こちらのレディを紹介してくれた。シャルンティンちゃんだ。この若さで神聖魔法がとても優秀なんだそうだ」
背中まである金髪をハーフアップにして、紫色の瞳は宝石の様だ。白を基調としたローブが神聖な職だと主張している。しかし、見れば見るほど胸以外は少女……いやもっと幼く見える。
「はっ、はじめまして! 教会から参りましたシャルンティンでしゅっ!」
激しく深くお辞儀をしたせいで、弾んだ胸に顎をぶつけてセリフを噛むシャルンティン。
「あ……あぁ、マビァです。よろしく。ちなみにシャルンティンさんはおいくつ?」
あれでも実は小さい大人で歳上かもしれないから確認を取る。
「は、はい! 先月十一になったばかりです」
……ないわー。胸だけエロい、ちみっちゃいお子様なんて、目に入った瞬間だけつい視線が胸に惹かれそうになるが、即座に倫理観が邪魔して『女』として見えなくなるので萎える。
これを繰り返すとなると精神的負担がかなり大きそうだ。なんせ性的欲求が一瞬だけ刺激され、心の奥底で蓄積されていく感じがするのだから……。
……そもそも俺は年下の女の子はまるっきり対象外なんだよ。
十歳まで孤児院で小さい女の子の世話もいっぱいしてきたせいもあるし、
「あたし、マビァ兄ちゃんのお嫁さんになる!」
なんてセリフ何人からも何度も聞いたけど、思春期を迎えたその娘らは俺になんて歯牙にもかけなくなり、街で見かけて声をかけても、
「あ、うん。今急いでるから」
と、見事な塩対応。正直苦手意識まである。
俺がモテるのは五~六歳くらいまでの幼女だけだったりする。全っ然嬉しくない。
見た感じシャルは精神年齢はかなり幼そうだ。俺の知る思春期女子特有のトゲトゲしさがまだないので、扱いはなんとかなりそうだが、やはりあの胸は目に毒だ。コニス・紅月・フェネリさんという薄ぺったくて揺れないスリーカードを見慣れ過ぎたせいで、こうも無防備に弾まれると精神的にキツい。
ウェルの奴、なんてお子様連れて来やがった……。
「それよりも大火傷をされたと伺っております。傷を早く見せて下さい」
そんな俺の心の動揺などには全く気付かずに、俺の左腕を見てくれる。ポーションでは止血をして内部の筋肉を再生し、その後水で洗っただけなので、焼け爛れた皮膚はそのままだ。乾いていない表面に風が当たるだけでズキズキと痛む肘から先を見て、シャルンティンは一瞬怯むが、すぐにお祈りを始める。
「女神様、慈悲深く気高き我らがサスティリア様。我が名はシャルンティン。我の心を捧げます。どうかこの者の傷を癒し、痛みを和らげて下さいませ」
彼女にとっては重いであろう錫杖を左手で頭上に掲げ、右手を俺の左腕に翳して祝詞を唱える。
光が天から錫杖へ降り注ぎ、全身がぼんやりと光ると、その光はシャルンティンの右手に集まって、俺の左腕を包み込む。
光に包まれた左腕は、みるみると傷を回復させ、あっという間に火傷を負う前の左腕に戻っていた。驚きの早さだ。ウチのメイフルーも良い腕してるが、それよりも早い。
「ありがとう。すっかり元通りだ」
左腕を曲げたり回したり、ぐっぱして具合を確めながらシャルンティンにお礼を言う。
「えへへ~。どういたしましてです」
素直に喜んでテレるシャルンティン。なんか小動物みたいな可愛さだな。あの動きに合わせてポニポニ動くふたつの何かさえなければ、心乱されることはないんだが。
「そうだ、シャルンティンさん。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「あ、シャルとお呼び下さい。わたしの名前長いですから。なんでしょうか?」
「じゃあシャル。石化の解呪って出来る?」
「はい、出来ますよ~。状態異常の回復ならなんでも得意です!」
おお! ホントに優秀なんだな。
「じゃあ、この後ちょっと実験するんだけど、手伝ってもらってもいいかな?」
「じっけんですか? わたしに出来ることでしたら、よろこんで。なんか面白そうですね!」
ワクワクしてぴょんぴょん跳ねるシャル。ヤメテ、ぽよんぽよんするからヤメテ。そっと目を逸らす俺。ウェルに近付き、そっと耳打ちする。
「バーベキュータイムの延長だ。俺達が食ってたワニは荷馬車に積んでも発進させないでくれ。この子も餌付けして誑し込む」
「お前、言い方……。そりゃ計画には神官が必要だけど、あんな小さい子巻き込むのか?」
ジト目で睨んでくるウェル。紅月がその後ろで「下衆」と呟くが聞こえないふりをする。
「大人だと堅物が多くて扱いにくいだろ? あれくらい純粋そうな子なら、簡単に落とせる。まかせとけ」
「……悪いヤツだなお前。傷付けるような事だけはすんなよ」
「わかってるって。俺だってそんなのは嫌だよ」
ニッと笑ってやると、ウェルは俺の背中をバンと叩いて紅月と一緒に荷馬車の方へ向かう。クロブを呼んだら喜んで来て、他のウェルの部下達三人と一緒に馬車から何やら降ろして、組み立て始めた。
聞いたところ簡易式のクレーンだそうだ。滑車が四つあり太いロープを通して引っ張りあげると、何も使わずに持ち上げるより軽く上げる事が出来るんだそうだ。少しその原理の説明を聞いたがよく分からなかった。
ノウトス二頭立ての荷馬車が計十台。ウェルが手配したのが五台、ロージルさんが冒険者ギルドから手配したのが五台だそうだ。最後尾に停めた馬車はナン教授のもので、教授は一番遠いその場で降りて荷馬車からコカトリスを降ろす。
コカトリスは頭を黒い袋で被せられ翼ごとロープでぐるぐる巻きにされて、蛇の尾は木の棒で真っ直ぐに伸ばして固定されていて、少々可哀想に感じる。それを抱えてこちらにやって来ている。
クロブが少しワニのお腹を持ち上げて、他の部下がロープの先に付いた網を下に拡げて腹を包み、クロブを含めた四人でロープを引いてワニを上げる。バックで荷馬車を着けて二頭ずつ載せていく。
「こんなにいっぱいのワニさんどうするんですか?」
シャルが今まで見たこともないだろう光景に疑問を感じても仕方がない。俺は調子を合わせて話すことにする。
「最近街の人達を襲って怖がらせた悪いワニさんたちだからね。俺達は悪者退治にきたんだけど、ちょっと間違って沢山やっつけすぎたんだ。ワニさんの皮はとても丈夫な鎧やカバンが作れたり、歯や爪も錬金術でお薬や護符が作れるから、街の人達にとても役に立つんだよ」
俺達が食ってて結構スプラッタな状態のワニがシャルの視界に入らないように身体で隠しつつ、言葉巧みに洗脳……じゃなくて思考誘導……でもなくて、情操教育していく俺。
「へぇ~。そうなんですか。わたしだったらみんなまとめてぱーっと浄化できますけど、消えてなくなっちゃうと街の人達が困るんですね?」
「そうなんだよ。でも必要なところを取ったらそのままにしておくのは可哀想だからね。シャルには後でちゃんと供養してほしいかな」
今ぱーっと浄化されるなんて、さっきの死闘が無駄になる。内心焦りながら必死に言い訳を付け足す。
「ほら、ワニさんが暴れて火を吐いたから葦原が燃えてなくなっちゃったんだ。このままだと葦を使って物を作ってお仕事にしてた人達が、お仕事がなくなって困っちゃうんだ。
その人達には、ワニさんから取れた物を使って色んな物を作るお仕事を、また葦が生えてくるまでの間にしてもらおうと思ってるんだ。お仕事がなくて、ご飯が食べれなくなったら大変だからね」
「そうですね。おなかが空くのは辛いです。わたしも沢山食べる方だから分かります」
少し切なげに眉をひそめるシャル。
「沢山食べれることはいいことじゃないか。シャルはお肉は好き? モウモさんとかブタさんとかニワトリさんとか」
「はい! どれも美味しくて大好きです。お野菜は苦手な物もありますけど。全ては女神様のお恵みですので、残したりすることは不敬だと教えられています」
やった! 思った通りだがシャルは肉好きだ。さもありなん。ベジタリアンがあそこまで発育が良い訳がない。ちなみにシャルは胸以外はお子様体型らしいストンツルンとしていそうなのがローブの上からでもなんとなく分かる。いや、この年齢と身長でボンキュッボンだとかえって不気味になって萎えるからいいんだけど。しかし、勿体ない精神が教義にあるならありがたい。もう落としたも同然だ。
「ワニさんのお肉はどのお肉よりも美味しいからね。ここに来た時から美味しそうな匂いがしてただろ? ワニさん退治で俺達腹ペコになっちゃったからさ、さっきまでワニさんのお肉でバーベキューしてたんだ。後でシャルにも食べてもらいたいんだけどいいかな?」
「わぁ! それは楽しみです! さっきからいいにおいがしてておなか空いてきてたんですよ」
よしゲットだぜ! シャルに見えない位置で拳を握る。
「じゃあ、実験してくれるおじさんが来てるから、もうちょっと待ってね。実験が終わったらお肉を焼いて食べるから」
「はい!」
ニコーっと嬉しそうに笑うシャル。うう、騙したつもりはないが、穢れた俺の心がシャルの純粋な眩しい笑顔でジリジリと焼かれるように痛む気がする。
胸を擦っていると、丁度ナン教授が到着した。
「マビァくん、傷は治ったようだな。悪いが石化の方も手伝ってくれ」
「はい、勿論です。それとこの子、シャルンティンにも石化した後の解呪の実験を手伝ってもらうことになりました」
「おう、それは確かに必要な事だな。シャルンティンちゃんか、俺はナンおじさんだ。ワニは縛ってあるが大きくて怖いぞ? 大丈夫かな?」
「シャルとお呼び下さい。ちょっと怖いですが、がんばります!」
「そうか、シャルちゃんは頑張りやさんだな。手伝ってくれてありがとうな」
シャルの頭を撫でるナン教授。流石お孫さんといつも出掛けているだけあって子供の扱いが上手い。シャルも嬉しそうににへらーと笑っている。
荷馬車にワニ二頭と尾を二本積み終わったらシートを上からかけて遮光してロープで固定する。一台目が街に向かって帰っていった。これなら早く済みそうだ。去り行く荷馬車を見ているとこちらに二頭のギャロピスが駆けてくるのが見えた。
「面倒な奴らが来よったな」
ナン教授がぼやく。やってきた二人はクロエとハンセルだった。これだけ大騒ぎになってんだ。そりゃ来るよな。
さて、なんて話すべきか考えていると、流石に自分達だけが肉を食ってる場合じゃないと思ったか、大尉を先頭に兵士達がやってくる。遅いし、やっぱ少しずれてるなぁあいつら。
「マビァ君、我々はまだ状況の説明をされていなかったと思うんだが、お願いできるかな」
バーベキュー中にいくらでもする時間はあったと思うんだが……。少し呆れながら答える。
「今、記者がふたり到着したからまとめて話すよ。それにウェルやナン教授、ロージルさんの証言もあった方がいいだろ? だからこっちの片付けが終わるまで待っててくれないかな。
俺らの事を疑ってる兵士さん達も、記者の取材を見といた方がいいんじゃないか? 自分達が今から見る俺らの証言と、タブカレのハンセルが明日売る新聞記事の内容。どう違ってるかその目で確めてほしいな」
こちらに駆け足でやってくる二人の記者を見ながら兵士達に言ってやる。彼らは表情を引き締めて、強く頷いた。そこへ二人が到着する。
「マビァさん! 何が今日は何もないですか。今までで一番大きな事件じゃないですか!」
「おーおー。これはまた派手にやらかしましたなぁ。近年稀に見ぬ大火事ではありませんか」
クロエは少し腹を立てた様子で、ハンセルは面白がるように俺に言ってくる。
「悪ぃな二人とも。大尉達にも報告がまだなんだ。他の証言もあった方がいいだろ? 後でまとめてやるから適当に写真でも撮って待っててくれや」
俺に言われるまでもなく写真を撮り始めるふたり。俺とナン教授とシャルはその場を離れ縛られたワニ達の方へと向かう。
「いいのか? 好きに撮らせても」
ナン教授が眉をひそめて聞いてくる。
「今日のはもう隠しようがないでしょ? 上手くいけば展開を早く出来るかもしれません。軍もあいつらも巻き込んでやりましょう」
俺はニヤッと笑って返す。
「なんか考えがあるんだな? なら急いで終わらせるか。他にもやることは山程出来たからな」
俺の自信を感じ取ったのかナン教授は真面目な顔で頷いた。
取り敢えずこれにて年内の更新を終了致します。
年明け三日(日)の正午に一応更新を予定しておきます。
宜しければまたお付き合い下さいませ。
では、少し早いですが、良いお年をm(_ _)m




