三日目 駆け付けた大尉と兵士達
大尉とケラルがギャロピスを降りて、辺りの異様な光景を見渡しながら歩いてくる。
まあそういう反応だろうな。俺も周りを見て苦笑する。
辺り一面葦の焼け野原で、まだあちこち煙が上がっている中、鎖で縛られた生きたワニ四頭と、血抜きして並べられた十八頭のワニの死体。地面にはおびただしい程の血が流れた跡。服がボロボロのクロブと、同じくボロボロな上に血塗れの俺がバーベキューの最中で、辺りに肉の焼ける美味そうな匂いが充満している。まともな光景じゃない。
「途中でウェル達と会わなかったか?」
「あぁ、事情を聞こうとしたら、急いでいるからこの先にいるマビァ君に聞けと言われてな。話してくれるか?」
「いいけどさ、今良い感じで肉が焼けてんだ。ちょっと待ってな」
大尉を待たせて俺は座り、木の枝とナイフを使って肉をひっくり返していく。厚切りの肉から滲み出た脂で光る盾の上で、肉が返される度にジュワァァといい音を立てて脂が跳ねる。程よく焦がした表面はカリカリに焼けていて実に美味そうだ。堪らない匂いが更に広がると、ごくりと唾を呑み込む音が後ろからいくつも聞こえてきた。
振り向くと大尉とケラルの目は肉に釘付けだ。後ろの他の兵士達も、近くの木にギャロピスをつないだ後、匂いに釣られてフラフラとやってくる。
「食ってみるかい?」
数本残っていた串焼きの内の二本を、大尉とケラルに渡し、残りの串焼きはクロブに食べさせる。後ろの兵士達から「あぁ……」と小さく声が漏れたが取り敢えず無視だ。
「ありがとう。いただきます」
もう一度ごくりと唾を呑んで、受け取った串焼きにかぶりつく二人。一齧りした途端に目を見開き一瞬止まった後、ガツガツと食べ始める。
「激ヤバだろ? この肉」
「あ、あぁ! こんなに美味い肉は食ったことない!」
飲み込んだ後答えた大尉は、さらに食らいつく。ケラルも激しく頷いて同意するが、しゃべる間も惜しいように食べ続ける。羨ましそうに見てくる後ろの兵士達にも俺は声をかけた。
「お前らは要らねぇよな? 東門では散々コソコソと罵ってくれたんだ。俺達がしていることは余計な事なんだよな? だったら一生食えなくても文句はないだろ」
兵士達はグッと息を詰めてこちらから目を逸らす。そう、彼らは先程東門で俺の事を罵った奴らだった。
「これからこの街をこの肉で盛り上げていくことを俺達は模索中だ。市議会を通し、話は領主まで行ってるから、これからはこのバーンクロコダイルを中心に街が栄えていくことになるんじゃないかな?
大尉、今食って貰ったのは、ただ切って焼いただけの素人料理だ。ウェルんとこの料理人が調理したら、市議会も領主も納得すると思うか?」
食い終わった串を物足りなそうに見つめ、大尉とケラルは激しく頷く。
「あぁ! これは間違いなく領主が、いや国が動くレベルの物だ。安全に捕獲することさえ目処が立てば必ず了承される!」
「あっと、乱獲して絶滅するような事にはするなよ? 今回は想定外の事故で止むを得ず狩り過ぎちまったけど、昨日提案したように数を調査し、管理して捕獲制限をした方がいいと思うんだ。それを軍にしてもらいたい。大尉、そちらの緊急会議は上手くいかなかったようだな」
悔しそうに項垂れる二人。後ろの兵士達も気まずそうに目が泳いでいる。
「……なんとか説得を試みようとしたんだが、聞いてくれたのはこの街出身の兵士達だけで、半分以上の他所から来た兵士達は『冒険者風情の言うことなど聞けるか。上からの正式な命令でない限り動く義務はない』と突っぱねられては俺も強くは言えなかった」
大尉は兵士達の方へ振り向く。
「だが! これで俺が言ったことは証明されただろう。マビァ君達がやっていることが街を変え、豊かにしてくれる。これはこれから、この領地において名誉ある仕事となり我々軍人として誇りを胸に……」
「ちょっと待ったぁ!」
演説中の大尉にストップをかける。話の腰を折られ、不思議そうに振り向く大尉とケラル。
「マ……マビァ君?」
「ステーキが最高の状態で焼き上がったんだ。そいつらは置いといて先に四人で食っちまおうぜ。取り皿なんかないから、このままじゃ火が通り過ぎちまう」
肉を枝で押さえながらナイフで切り分けていく。
ナイフは力を入れずともスッと入り、刺しの入った赤身の肉の断面がとても綺麗だ。
カリカリジューシーなミディアムレアに焼き上がった。
「さぁ、ラクスト大尉、ケラル伍長。今いただかないと勿体ないですよ」
クロブも兵士の怠慢ぶりには日頃から思うことがあったのだろう。後ろの兵士達にはしっかりと冷たい。
「あ……、あぁ」
説得の義務よりも食欲に負けてフラフラとこちらにやってくる大尉とケラル。
俺はナイフで一切れ刺して食う。
鉄板で焼くステーキは串の炙り焼きとは香りも食感も全然違った表情を見せる。
カリカリ食感の香ばしさと溢れ出る肉の旨味が口一杯に広がって溶けるように喉の奥に流れていく。
思わず声が漏れる。
「ん~! 美味すぎる! あぁ、そういえば大尉。ロージルさんから聞いたんだが、兵士達はずいぶんと冒険者達のことを見下してくれてるみたいだな?」
肉に手を伸ばそうとした大尉とケラルがギシッと固まって止まる。
「お前ら軍人は選ばれたエリートのつもりなのか? やってることと言えば門番と巡回くらいのもんで他には何もしない役立たずっぷりらしいじゃねぇか。
冒険者達は戦いの方はまだからっきしダメだが、毎日食って生きていく分は自分達で汗水流して稼いでるのに、それ以上に役立たずのクセにお給料をいただいていながらワニの一匹も狩れずに、市民の安全も守れない兵士達に見下される謂れはないよなぁ? クロブはどう思う?」
クロブに話を振って、次の肉を口に運ぶ。クロブはデカイので大きな一枚肉を一口で食べる。
大尉とケラルは固まったまま汗ダクダクだ。
「そうですね。事故や人命救助を私に丸投げして見ているだけなのに、事後処理はまるで自分達の手柄のように横柄な態度で市民達に接してますからね。聞いた話だと軍人の皆さんは私の事を『使ってやってる』気でいらっしゃるご様子なようで。
私は私個人の意思で市民の皆様の安寧を守りたく活動させて戴いておりますが、いつどこでどのようにしてそのような話になっているのか、理解に苦しみます」
そう言って後ろの兵士達にニッコリと微笑みかけるクロブ。超怖い。ひぃっ、と言う小さい悲鳴が後ろから幾つか聞こえた。
「ク、クロブ君! 私はそんなこと一度も思ったことないぞ! いつも君の活躍には感謝してもしきれないほどだ!」
「私もです! クロブさんの活躍にはいつも憧れと尊敬の念を抱いております!」
慌てて言い訳をする大尉とケラル。……やっぱ一日じゃ本質はそう変わらんか。
「そーいう個人の話をしてるんじゃねーだろーが。大尉、軍という組織は一体どうなってんだって話じゃねーのか?部下の愚行は上官の監督不行き届き。あいつらの責任はトップのあんたの責任でもあるだろ。あいつら十人かそこらを責めてもしょうがないんだよ。ここの駐屯基地全員の連帯責任だ。
まずはクロブに任せっぱなしにした事への謝罪。冒険者とギルド職員を不当に見下してきた事への謝罪。そして、これまでの怠慢を反省して今後街と市民の為に誠心誠意働く事を全員で誓え。
出来ないってんならしょうがねぇ。市議会で市民全員に兵士達をどう思っているのか意見を募らせて、まとめた物を領主に上申してもらう。多分「役立たず」とか「給料泥棒」なんて意見が多いだろうな。
侯爵様なら結構な発言権を持ってるんじゃないか? 正式に上からの命令があればちゃんと働けるんだよな?」
俺の脅しに青い顔になる大尉。一度固く目を瞑り、まっすぐこちらを見つめ返してくる。
「……いや、確かにマビァ君の言う通りだ。俺はまた勘違いをして道を誤るところだった。兵士達の報告を鵜呑みにして市民達の感情にまで思いをはせる事はなかった。我ら軍人の使命は国と国民の安全を護ることが第一。市民のひとりであるクロブ君に丸投げして手柄を取り上げるなど恥ずべき行為だ。
ましてや冒険者ギルドの方々を見下し蔑んでいるなどと思いもしなかった。俺の監督不行き届きと言われても致し方無い。どうか謝罪と反省の機会を与えてはくれまいか」
大尉は俺とクロブさんに対して、片膝を突き頭を垂れる。ケラルも同時に膝を突いた。
いや、こうもあっさりとこちらの言い分を百パーセント受け入れられると、それはそれで心配になるんだけど。ケラルもどうなんだよ。ちゃんと自分の意思で動いてんのか?
……しかしまぁ、大尉の言ってることは間違ってはいなさそうだ。以前のように言い訳して保身に走るような真似をしないだけマシだ。
「あんたらはどうなんだ? 俺は余計な事をしている邪魔者か? クロブはあんたらの便利で都合のいい道具か? 答えてくれ」
俺は兵士達に歩み寄り問いかける。
クロブは焚き火の前に座ったまま肉を食う。自分が見つめたり立ち上がって近付いたりすれば、それだけで相手を威圧して恐怖で支配出来てしまうことをよく分かっている。
目を伏せて聞いてないふりをして肉を食っていた。
かえって俺は十七のガキだ。こいつらは俺が戦うところを見ていないから、力で自分が劣っているとは思わないだろうし、十数人対一だから集団意識で強く出られる。それにガキに上から目線でものを言われれば腹も立つ。本心が出やすいはずだ。
改めて人数を数え直すと十三人だった。皆自分達がしてきたことをプライドが邪魔してか中々口を開かない。
それなら、ともう少し煽ることにする。
「あのな、別に俺達はこっちの言うことに従えって命令しているわけじゃないのは分かるか?
俺は国から給料って形で金貰ってんだから、それに見合った働きをしろっつってんだよ。今のお前らはその額に誇れる仕事をしてると胸張って言い切れんのか? 無償で動いているクロブよりも立派な働きを毎日してんのか? あんたらがどこの出身で、ここに来て何年目かなんて知らねぇが、大尉の言った軍人の使命ってヤツをやってきたって胸張って言えるヤツは、ここに何人いるんだ?」
誰もこちらと目を合わそうとしない。俯き、しかし何か言いたげにしている気配はある。
「誰もいないのか? じゃあその軍人の使命を果たしていないあんたらの軍人としてのプライドってなんだよ。何を持ってして冒険者ギルドの連中を見下していられる。給料泥棒で役立たずのあんたらが。銅貨一枚だって自力で稼いでないあんたらより、冒険者達の何が劣ってるっていうんだ?
あんたらが貴族だってんなら、身分の違いは当然あるから俺達平民は見下されたって仕方ないかもしれねぇ。だがあんたらも大半は平民出身なんだよな? そんなに俺らを見下したいなら、貴族階級でも取って騎士様にでもなってからにしろや。怠惰にダラダラ生きてるヤツなんかにその資格は一生回って来ないだろうけどな。そんなヤツらが他人を見下してんじゃねぇ」
俺が逆に言われたらめちゃクソ腹立つ言い方でとことん煽ってやると、何人かが顔を真っ赤にして口々に言い出す。
「偉そうな事言ってんじゃねぇ! このクソガキが!」
「詐欺師の口車なんかに乗って堪るか!」
「そうだ! 新聞読んでみんな知ってんだぞ! 騙されるかってんだ!」
「お前の方が害悪じゃねーか! この場で捕らえてやらぁ!」
彼らのその言いように、他の全員が「え……」と呟き、その場の空気が凍りつく。
俺を罵った四人も、この勢いに乗って俺を糾弾しようと思ってたのに、他の全員から呆れた視線を向けられたので、同じく「え……」と凍りついた。
「……お前ら、タブカレの記事を本当の事だと思ってんの?」
兵士のひとりが四人に小声で尋ねる。四人はお互いに顔を見合せ、「え….…、だって」「でも」とか呟きながら周りの様子を伺う。
そこで大尉が「フッ」と笑いを漏らすと、四人以外の兵士達もプークスクスと笑いだした。
「あんな記事のどこに真実があるってんだよ!」
「恥ずかしいなーお前ら。それじゃバカにされたって文句言えねーよ」
「デイリーと見比べるから、あの新聞は笑えるんじゃねーか!」
あ、いや。書かれた俺は何ひとつ笑えないから。
そもそも新聞なんて文化のない世界から来てるから、俺だって書かれた事を本気だと受け止めるし。実際こうやって真に受けるバカもいるし、冒険者にも何人かいたしな。ハンセルの奴、今度やったら新聞社ごと叩き潰すつもりだったし。
自分達が間違っていたのだと気付き、恥ずかしそうに萎縮する四人と、それをからかい半分に罵倒する他の兵士達。それを見かねて大尉が声をかける。
「もうそこまでにしろ!」
上官の命令にピタッと声が止み、全員姿勢を正す。
「昔から『真実のデイリー。娯楽のタブカレ』と言ってな、この二つの新聞は楽しみの少ないこの街での一番身近な大衆娯楽なんだよ。デイリーの正しく、たまに大袈裟になるが決して嘘を吐かない記事を読んだ後に、タブカレがどれだけ無茶に歪めてくるかを楽しみ、『またバカな事を書いて』と笑うのが、この街で新聞を読む上での正しい作法だ。
帰ってもう一度タブカレを読んでみろ。『らしい』とか『思われる』なんて語尾ばかりで、何ひとつ断定はしていない。
『嘘は言っていない。でも本当の事は決して言わない』のがタブカレのスタイルなんだよ。
あれは遊び道具であって報道なんかじゃない。真に受けるな」
大尉が四人に諭すように語りかける。
しかし、納得がいかないと反論する。
「でも、あの新聞の写真は……」
「そうです。あの記者だって言ってるんです。『写真は嘘を吐かない』って」
それを聞いて大尉も他の兵士達も呆れ返り、首を横に振る。
「それはそうだ。写真は喋れないから嘘を吐きようがないじゃないか。それも含めてタブカレスタイルなんだよ。写真の仕組みは分からんが何らかの偽造だ。昨日俺もケラル伍長も撮されてるから、あんな事実はなかったと証言できる。
そんな事に簡単に振り回されるのなら、お前達はあの新聞を読まない方がいい。デイリーだけを読みなさい」
俺も腹立てるくらいなら読まない方がいいかも。自分の事を書かれているだけに、娯楽だと思って受け止められる余裕が今の俺にはないもんな。
「さて、これでマビァ君に対する誤解は解けたと思ってもいいのかな? それに思い込みによって間違う事があると、今回君達は学んだはずだ。俺も大きく間違えてばかりで、今それを正そうとしている最中だ。
君達が信じている軍人としての信念は本当に正しい事か。人を見下す行為は自分を貶めることにならないのか。もう一度よく考えてほしい。
先程も言ったように、バーンクロコダイルによる事業はこの領地において大きな躍進に繋がるものになる。その為には我々軍もこれまでのままではいられないんだ。
いずれ正式に領主様からの通達でやらなければいけない仕事だ。それならその時になって嫌々動くより、それまでに準備を整えて動けるようにしておいた方が気持ちいいじゃないか。
率先して働けば上からの覚えも良くなる。俺だって昇進の推薦もしやすくなるんだがな」
そう言ってニヤッと笑う大尉。流石にこの街の軍のトップだけあって、中々の統率力がある。十人程度であれば、かもしれないが。昨日は説得に失敗したみたいだし。
その後、兵士達は俺とクロブに謝罪してくれた。さっき俺を罵った四人は渋々だったけど。
「俺はまだ冒険者ギルドの会員じゃないから、謝罪はいらない。謝ってくれるのならギルドの奴らにしてくれ。仲良くやってくれるなら助かる」
と言ったが、やはり罵った事については罪悪感があるようで、そこは素直に受け止めてやることにする。
「じゃあ、みんなで肉食おうぜ! 肉!」
俺は次々に肉を捌きはじめる。
手の空いている奴らに、追加の薪と串代わりになる木の枝を取りに走らせ、焚き火の火を大きくして、ウェルが来るまでバーベキューを楽しんだ。
大食いのクロブを含む十七人でも、一頭のワニ肉は食べ切れない程の量がある。
あちこちの部位を焼いてみて「これは煮込んだ方が良さそうだな」とか、「タンはやっぱりネギ塩が合いそうだ」とか言いながらわいわいと食べる。
最初から食べ続けていた俺がそろそろ腹一杯になってきた頃、ウェル達が大勢の馬車を連れて戻ってきた。
次回は十一月二十九日(日)に更新予定です。
そして、誠に勝手ながら次回の更新をもちまして、年内の更新を終了させていただきたいと思います。
年末の忙しさと、心身ともに不調もあり、お仕事に専念することに致しました。
続きを楽しみにしておられる方がいらっしゃるのか分かりませんが、もしいらっしゃるのでしたら、年明けに続きを更新致しますので、よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m
マビァくんの冒険はまだ三日目の半ばですw
次回もお暇でしたらお付き合い下さいませm(_ _)m




