三日目 一行は東の沼へ葦刈りに
東門を出てすぐの場所に魔獣舎があり、土木ギルドの連中が初めて見る二種類の魔獣をそれぞれ一頭ずつ連れ出してくる。
ライツとロイツが跨がる魔獣は、ギャロピスと同じぐらいの大きさだ。二足歩行の大きな鳥のようで、全身クリーム色の羽毛に被われており翼の先端から大鎌のような刃が生えていて折り畳まれている。可愛らしい顔立ちをしており、額から後ろに流れる大きな赤い飾り羽根が特徴的だ。
ノックスさんとタチヤンさんが乗るのはノウトスよりもずっと大きい魔獣で、ずんぐりとした太い胴体に大きな頭、太くて短い足、分厚くて硬そうな灰色の皮膚。下顎の両側から前に向かって長く伸びる二本の角(?)には何やら金具が付いている。
鞍の下に取り付けられた金具が後ろに付く荷馬車を引いていた。
「ナン教授、アレはなんて魔獣?」
「うん? あぁ、若い二人が乗ってるのがカゼノカマだ。穀物の刈り取りや細目の樹木の伐採などに使われる魔獣だな。翼の先の大鎌で直接刈ることも出来るが、斬撃を飛ばして広範囲を刈ることも可能だ。斬撃は十メートルは飛ぶから運用には安全確認が必要だな」
おお、飛ぶ斬撃は俺にはまだ出来ない。十メートルを一気に刈れるのなら、農作業や雑木林の伐採はとんでもなく便利になりそうだ。
「大きい方はブルケラトプスだな。大きな二本の角にシャベルを取り付けて土を掘ったり、籠や網を取り付けて物を掬ったり運んだりと用途は様々だ。平らで大きい足の裏は、重量を活かして地面を踏み固めたりも出来る。土木業では最も重宝されてる魔獣だ」
へぇ~。まるで土木で人に使われる為に産まれてきたような魔獣だな。
普通の動物の馬や牛も人が使う為に産まれてきたかのような能力と使役し易さがあるから、別に不思議じゃないのか。
「待たせてすまない。では行こうか」
ノックスさんの号令で出発する一同。巨体の為やはり進む速度の遅いブルケラトプスに合わせてゆっくりと発進した。
総勢十三人、魔獣十二頭の大移動なので、門を出る者入る者、街道を歩く者からの注目を集める。
ちょっと照れ臭いかも。
東門から街道を進み、目的地までは馬車で三十分ほどらしいので、ギャロピスをポクポクと歩かせながらウェルから色々話を聞く。
市議会ではウェルの提案は、市長及び他議員からは懐疑的な目で捉えられた。
もしバーンクロコダイルが定期的に捕らえられるのであれば、素材で手に入る皮は皮革加工ギルドを今より大規模にしなければならないが、ワニ革の製品が増えれば何倍もの収益が期待できる。
牙や爪も様々な工芸品や錬金術にも使える。ジェムも質が良いので研究が進むし、供給量が増えれば 安価になる。
キューブの利用者も増え税収も上がるので、こんなに美味しい話はないのだが、やはり安全に捕らえられるのかという不安と、本当に肉が美味いのかという疑念が二の足を踏む理由らしい。
取り敢えずこんな案が出てますよって報告は、既に領主に向かって出されたそうだ。
「てわけで、できたら今日、ワニを一頭手に入れたいんだが、マビァ頼めるか?」
「うん、現場を見なきゃいけないけど、なんとかなるんじゃない?」
幻獣召喚で何回も倒して慣れてきたから、気易く答える。
他にもカレーが美味すぎたことや、クロブさんに驚いたこと。木工ギルドでのことなども話す。
ウェルはカレーの感想に大いに喜び、クロブさんとシヌモーンさんとの話には「してやったり」と笑った。やはり俺を驚かせたかったようだ。
ロージルさんに聞いた兵士達の冒険者に対する見下しと、さっきの門での反応の話もする。
「あ~それな。この国の軍全体に言えることなんだが、軍属になることにエリート意識があるんだ。もちろん全員って訳じゃなくて、大体三分の一くらいがこの思想の持ち主だから一応少数派なんだぜ。 国に仕えてるんだから分からなくもないが、集団意識とかいうヤツか? 何百年と脈々と受け継がれてきた選民思想のような考え方が原因なんだろうな。耳触りがいいもんだから、上に教えられたことをなんの疑いもなく信じ切っている。他の者を侮蔑するのは違うだろうに」
ウェルは詳しく知っていた。カレイセムはドライクル王国の中でも軍の怠慢は特別に酷いらしい。
「カレイセムほど魔獣の被害の少ない街はこの国にはない。だが一応国境に面した街だから必要以上に兵士の人数は多いんだ。門番と街の巡回ぐらいしか仕事がないくせに、他の街の同階級と同じ給料だからな。他所からの転属希望も多いそうだぜ。
結果どうなるかというと、サボり癖のある怠惰なクズが集まることになる。ワニを一度も討伐出来ていないのはこの街の市民の殆どがビビり性のせいもあるが、上手くサボって本気で戦っていないせいもあると思うぜ。
あと、ここ数年で言やぁ、クロブが頑張っているのも悪化の原因だったりもする」
「クロブさんが?」
「あぁ、アイツが人命救助からケンカの仲裁まで、なんでも解決しちまうからな。ほっときゃクロブがやって来て全部やってくれるってんで、兵士はますますな~んもしなくなってるってわけさ。だからってクロブに活動を止めさせるわけにもいかねぇ。アイツの性分からしても止められねぇだろうしなぁ。いざとなりゃ他所の街に行かせることも出来るが……。オレはクズな兵士よりアイツの方が大事だしな。好きにさせてやりたいってのが本音だよ」
なるほど。クロブさんの善行が性根が腐った兵士達のサボり癖を増長させてるなんて皮肉なもんだ。
「でも、ラクスト大尉やケラル伍長みたいにヘタレだが大抵は真面目な連中なんだ。その人らに賭けてみるしかないわな」
う~ん、なんとも頼りないがハナからそのつもりだったから任せるしかない。軍が使えないなら冒険者ギルドだけでやればいい話だ。
他にも色々と話す。
ナン教授にコカトリスの事も聞いた。矢で捕らえた死体を一つと、ナン教授が持つ『鎖縛術』というスキルで生け捕りにした二羽を確保したらしい。なにそのスキル。見てみたい!
生け捕りした二羽は雌雄だそうで、番にして卵を産ませてみるそうだ。
なんでも人の手で卵から孵した雛は人に懐くので、優しく育てれば蛇も人を呪わず石化しようとしないらしい。
他国で家畜化出来ているのはそんな理由からだった。上手くいけばウェルが養鶏をするそうだ。
殺したコカトリスは採寸した後、ウェルが調理の研究に使うんだと。コカトリス料理は他所では珍しくもないので名物にはならないが、調理法を工夫すればここでしか食べれない料理は作れるかもしれないらしい。
あと、石鹸の作り方も教えて欲しいとも言っておいた。
ウェルには怪訝な顔をされたが、元の世界の石鹸が油臭いので、こっちの良い香りがする石鹸とシャンプーを持って帰りたいのだが、あっちに戻る際にプレイヤーがこっちの物の持ち出しを許してくれないかもしれないことと、せっかく持ち出せても使いきったらそこで終わりなので、なんとかあちらでも再現できないか挑戦してみることを伝えると納得してくれた。
「いいぜ。ワニの件が一段落したら工場見学させてやるよ。油臭いってことは動物性の油脂を使ってんのかな? それなら塩析すれば臭いは大分抑えられるし、植物性油脂を使えばもっと良いものが出来る。でも保存状態が悪くて酸化したらどっちも臭くなるしな~。
聞いた感じからすると、技術的にそっちは大分遅れてるみたいだからなぁ。上手く再現出来るかまでは保証出来ないぜ?」
「それはあっちに戻ってから頑張ってみるさ。石鹸なんて作ったこともないけど、作り方さえ頭に叩き込んでおけばいつかはなんとか出来るかもしれないからさ。ありがとう」
お礼を言うと、ウェルは照れ隠しで頬を掻いて苦笑する。
「しかしまさかとは思ったけど、あの石鹸やシャンプーまでウェルの商会の商品だったんだな。幾らなんでも手広すぎやしないか?」
宿やレストラン、モウモの牧場に屠畜場、スパイスの栽培、さらに石鹸やシャンプーの製造販売までとは恐れ入る。
「何言ってんだ。良い香りや美味い物に関しちゃオレの鼻の独壇場じゃねぇか。石鹸作る過程で出来た香料を使って貴族向けの香水だって作ってるぜ。職場が増えれば雇用も増やせる。商品が増えれば給料も上げてやれる。みんなでハッピーになれるんだ。やらねぇ手はないだろ?」
ウェルの手腕につくづく感心する。本当に彼と知り合えて良かった。側をギャロピスに乗って進む紅月も誇らしげだ。その気持ち、良く分かるな。
色々と話していると、のんびりとした行進も短く感じられた。気付くと目的地に到着していた。
目の前に背の高い葦原が広がっていた。元の世界では、もっと海に近い場所で群生していた気がするが、異世界だから多少生態が違うのか?
それともプレイヤーのくれた言語変換スキルが俺の記憶からこの植物に都合の良い名称を『葦』と選んだのか。
どちらにしても元の世界では春頃にここまで高く育っている植物ではなかった筈だ。
ここをワニがいる沼地まで刈り取って、土を盛ってブルケラトプスで踏み固め道をつくる計画だそうだ。
近くの木にそれぞれのギャロピスを繋ぐ。
ノックスさんとタチヤンさんは荷馬車にある鉄製の板をブルケラトプスの角に装置していた。ライツとロイツはカゼノカマに跨がったままでやる気満々で葦原へと向かう。
「待て待て。いきなり刈るんじゃねぇぞ。葦原は生き物の宝庫だ。野鳥や鼠などの小動物が幾らでも生息している。そいつらを追っ払わねぇで斬撃を飛ばしたらワニを惹き付ける量の血が流れることになるかもしれん。まずは道にする幅を決めて沼地まで歩いてみて、生き物を範囲外に排除することが先決だ」
ナン教授の言葉に皆納得し、まずは俺とナン教授ロイツとライツで、沼地までの葦原から丁寧に生物を追い払う作業に入る。道幅は十メートルくらいにする予定で沼地まで五十メートルはあるそうだから結構な広範囲だ。
ナン教授は白い煙が出るお香のような物をあちこちに放り投げながら前へと進む。
獣や虫除けに使う煙玉だそうで、火を使わずに水に触れると薄い煙を噴き出すらしい。葦の根の間に落ちて水に浸かった煙玉から煙が立ち上り、忽ち野鳥達が飛び立つ。
範囲の両端にロープを張りながらゆっくり進んで行くと鳥が鳴きながら飛び立ち、幾つもの野鳥の巣を見付けるので範囲外にそっと移動する。
人の手が触れたことで親鳥が育児放棄しなければいいんだけど……。生き物達の住処を蹂躙している罪悪感にちょっと凹みながら先へと進む。足元の近くを小動物が走り抜けていくのを感じた。
足元の地面は沼の泥に生える葦の根で、びっしりと四方八方に伸びている。
泥の上に張った水に根は浸かっており、歩くとふかふかと沈んで少し歩きにくいので、時間をかけて何とか沼地に抜ける。
もしかしたら葦原を抜けたすぐそこにバーンクロコダイルがいるかもしれないので、そ~っと葦を掻き分けて先を覗く。幸い十メートル範囲にはワニはおらず、その先の沼地と川に四十頭は下らない数が背を出して浮かんでるのが見えた。
ロープを終点の葦にくくりつけ、ダメ押しで少し音を立てて小動物を追い払いながら来た道を戻る。
煙が少し薄らぎ準備が出来たので、生物が戻って来る前に葦を刈ってもらう。ロイツとライツがカゼノカマに乗り込み葦原へ駆け出した。
「ティーポ、斬撃を飛ばせ!」
「アウル、続いてやれ!」
ロイツ、ライツの順にカゼノカマに命令し、葦原が次々と刈られていく。ティーポとアウルって名前なんだ。
飛ぶ斬撃はクールタイムでもあるのか即時に連発はできないみたいだ。二頭で休み休み進んでいく。
刈って出来た道に溜まった葦をノックスさんとタチヤンさんの駆るブルケラトプスが鉄のシャベルで交互に掬い出していく。一トン以上ありそうなブルケラトプスが乗っても、葦の根は少し沈む程度だ。根は何重にも重なって張っているのだろう。
俺も護衛とはいえ、ただ見張っているだけなのも退屈なので、ブルケラトプスが掬いやすいように葦を適当に束ねたりもして手伝った。
一時間ほど作業を続け、沼地までもう少しというところまで進んだところでウェルが叫んだ。
「まずい! 血の臭いがする!」
ウェルの鼻は常人の十万倍の嗅覚を持つので間違う筈はない。
葦原に残っていた小動物を傷付けてしまったのだろう。あと少しで葦原を抜けるところまで来ていたから葦の隙間から向こう側がうっすらと見える。グルル……とワニの声が聞こえてきた。
俺は剣を抜きながら叫ぶ。
「全員後退! 来るぞ!」
葦原を進んでいたのは土木ギルドの面々とその魔獣達、ナン教授とウェル、紅月だ。
紅月はウェルの手を取り俺が叫ぶ前に走り出している。魔獣達も本能からかワニの脅威を察知しているようで、背を向ける事なくジリジリと後退している。
「教授! 状況にもよるがワニをここで殺しても平気か? 俺が殺せば血を多く流すことになる。他のワニを引き寄せることにならないか?」
切迫しているので敬語は無視だ。状況の理解を優先する。
「奴らに共食いの習性はないから、血に餓えて同属に食らいついたりはしない! だが同属を傷付けられたことによって危険を排除する行動に出る可能性が高い! 来るのが一頭ならなるべく殺さずに時間を稼ぎながら後退しろ。俺が鎖を取ってくるまで何とか耐えろ!」
そう言って、ナン教授は駆け出す。後方からウェルが叫んだ。
「今クロブを呼んだ! 可能なら出来るだけ耐えてくれ!」
どうやって数キロ先にいるクロブさんを呼んだのか分からないが、彼が言うなら間違いないだろう。
ウェルと紅月のふたりで木工ギルドの三人とロージルさん、御者さんに避難の指示を出している。少し離れたところに移動させるようだ。
俺の意識が一気に集中する。直後、目の前の葦を突き破ってバーンクロコダイルが突進してきた。
「くっ!」
即座にミラージュシールドを展開しミラージュバッシュでワニの鼻先を打ち返す。倍する反撃で仰け反るワニ。
俺は食らった衝撃で後ろに飛ぶついでにクールタイムを稼ぐ。仰け反って後ろに倒れるワニの後方から、更に葦を破ってくるワニ達の姿が見えた。その数六頭。
「おいおい! 流石に殺さずで捌き切れねぇぞ!」
俺は後ろに下がりながら愚痴る。
次々に襲い掛かるワニの噛み付きを盾で逸らしながら後退する。
このままじゃ後ろの土木組に追い付いちまう。そこに土木組の慌てる声が聞こえてきた。
「お、おい! 逃げろティーポ!」
「アウル! 走れよ! 逃げるんだ!」
後ろを見る隙もないが、魔獣達が主に逆らっているのは感じ取れた。生存本能か、主を守る為かは分からないが。
「マビァ避けろ!」
ロイツかライツか分からない声に反応して、俺は横っ飛びでその場から離れる。
直後、四つの飛ぶ斬撃がワニ達を襲った。硬いワニの外皮を貫き吹き出る複数の血飛沫。しかし、致命傷には程遠く、ますます怒りをその目に宿し猛狂うワニ達。
ヤバい、もう殺さずなんて言っていられる状況じゃない。
俺は一番近いワニに突進すると同時に剣に『シャープシフト』のスキルを発動する。
ワニの噛み付きを盾で左に逸らしながら横から首を断ち切る。他のワニから火球が殺到するのをシールドスキルで弾くのが精一杯で、葦原に次々と着弾。すぐに辺りが火の海になりそうだ。
後退しつつ二頭三頭と倒していくも、奥からワニの数が次々と増えていく。飛び来る火球をかわしつつ、襲い来るワニに深傷を負わせる。
これだけ数が増えてくると流石に一撃で仕留められる隙がない。
と、後方からドドドっと音が迫ってきた。
俺の横をブルケラトプスが走り抜け、近くのワニをシャベルで突き上げる。そのワニは喉を抉られ血と火燃液を吹き出しながら後方へ吹き飛ばされた。
ブルケラトプスに目を向けると、乗り手のノックスさんが恐怖に青ざめている。やはり乗り手を無視してブルケラトプスはワニに立ち向かったみたいだ。
さらに威嚇するかのようにシャベルを振り回す。思った以上に魔獣達は有能で好戦的だ。これを使わない手はないが、乗り手にも危険が及ぶ。
上手くいくかは分からないが思い付いたことを叫ぶ。
「ノックスさん! 下がりつつ魔獣を交代させながら攻撃出来ないか?!」
「わっ、分からんがやってみる! ブルーノ下がれ! 皆と交代で反撃するぞ! タチヤン、ロイツ、ライツ。後退しつつ、グルグル回って反撃だ! 押し留めるぞ!」
ノックスさんもビビって半分パニクってるのに見事な指示だ。さすがギルド長を勤めるだけはある。
ブルーノと呼ばれたブルケラトプスは、主の明確な意思を受け取り指示通り動き出す。他の土木組の魔獣も意志が伝わったのか、下がりつつもローテーションで回りながら反撃を始めだした。
これで少し余裕が出来た。
一撃必殺とまではいかないが、俺の討伐ペースも保たれていく。徐々に下がり葦原から抜けて地面が硬い土になる。足場が安定してより戦いやすくなった。そこにナン教授が駆け付けた。
「マビァ! こちらに一頭寄越せ! 俺が捕縛していく!」
ちらっとそちらに目を向けると、はち切れんばかりに筋骨隆々になったナン教授が、大量の太い鎖を担いでそこにいた。
何事ー?! と一瞬驚くが、そんな場合じゃない。
「了解!」
と叫び、一頭後ろに逸らして次のワニに備える。
盾で逸らし火球を弾き手傷を負わせていく中、後方からナン教授の「うおおぉぉっ!」とか「そりゃぁぁっ!」とかの叫び声とジャララララッと鎖の音が響く。
一頭倒して振り向くと、太い鎖とそれに付いた杭で地面に縛り付けられているワニの姿と、その背に立ち杭付きの鎖をブンブン振り回しているナン教授の姿があった。
「マビァ! 次を寄越せぃ! あと三頭は捕縛出来るぞ!」
その姿に頼もしくも感じながらも少し呆れ返る。
何このおっさんの技、超すげぇ。
鎖の数が限られるので限界はあるが、確実に生け捕り出来る技術とあの重そうな鎖を何本も同時に操る筋力は並みじゃあない。
「分かった!」
と叫んで、もう一頭ワニをナン教授の方に送る。
もうどれだけの時間が過ぎたのか分からないが、何とかワニ達を押し留めていた。
あれからすぐにナン教授の鎖は尽きて、後方でしゃがみこみ、すっかりしおしおに萎んだ身体を上下させながら荒く息をしている。
俺が四、五頭相手をしながら、土木組のローテーションでワニの進行を食い止めている。土木組は慣れない戦闘で始終吐きそうなくらい青ざめていたが、魔獣達の奮闘ぶりで善戦していた。
途中から紅月も参加して素早い動きと鋭い刺突技でワニを翻弄し討伐していく。
紅月はワニに狙われると即座に姿を消すので攻撃を受けることはないが、狡いなと思ってしまう。
回避盾をちょっとはしてほしいのが本音だ。
葦原と近くの草原や木々は、火球を被弾してすっかり火の海になっていた。その炎を時たま潜り抜けてワニが襲いかかってくる。
最初にワニを倒した時に火を消そうともがいていたが、あれは火燃液が身体に付いたからだったのか、炎の中を突っ切るのは平気なようだ。
葦原から出て周囲が開けてきたので、徐々に包囲されるように、一度に攻撃をしてくる頭数が増えてきている。
今は六頭相手にしている上に後方からの火球が飛来するので、躱わすのが精一杯だ。
それにシャープシフトの効力が切れていて、リキャスト待ちの今は、借りてきた剣の切れ味では大きな隙のできる強突きじゃないと一頭も倒せない。
ギリギリで躱すことになるのであちらこちら傷だらけになる。
立て続けにシールドスキルの効果時間外に火球を受けることになるので、火燃液がベットリ付いた盾は燃えていて、左腕と手は大火傷だが気にしている暇がないし、盾を手放すわけにもいかない。
二十秒に一度の『バッシュ』と四十秒に一度の『ミラージュバッシュ』で飛来する火球を弾き返す時に、盾に付いている火燃液と炎ごとワニに返せるのだが、盾にこもった熱は数百度を保ったままだし、さらに火球は降り注ぐ。
このまま火球を受け続けると俺の左腕は消し炭になっちまう。
土木組のカゼノカマは、駆け回りながら斬撃を放ってワニ達を撹乱している。
ブルケラトプスは動きが鈍いので、後ろに回り込まれないように後退しながら、ワニの隙を見て突進しワニをシャベルで突き上げていた。
乗り手の四人は失神寸前に見える。相棒の魔獣に振り回され、降りることも出来ずにただ必死に手綱を握っているだけだった。
前方にもまだまだワニが列を成している。いつまでも続くワニワニ大混乱にうんざりしていると、後方から叫び声が聞こえた。
「主ーっ!! お待たせしましたー!!」
声のした方をチラリと見れば、クロブさんがウェルの前にスライディング跪きをするところだった。
「クロブ良く来てくれた! 見りゃあ分かると思うが結構ピンチだ。それにワニはもう殺したくねぇ。なんとか追っ払ってくれ!」
「御意!」
言うや否や飛び上がり、巨体で伸身宙返りをして俺達の前に降り立つ。
うっそ~……。この人跪いた状態から十数メートル跳んで、俺達の遥か上を越えてきたよ……。
こちらに背を向けゆっくりと立ち上がるクロブさん。
「皆様、加勢させて戴きます」
一言残すと前方のワニの群れへと突進する。それからは、あっという間だった。
「うおおおぉぉぉ!」と、攻勢に移るクロブさんの戦い方は徒手空拳で、とにかく殴る蹴るの喧嘩殺法だった。
技らしい技もなく、しかしその一撃がとてつもなく重い。
彼の蹴りや拳は五メートルを超え体重七百キロは下らなそうなワニの巨体を軽々と弾き飛ばす。
クロブさんの猛攻に俺達と戦っていたワニ達も、あちらが一番の脅威と判断したのか、こちらから離れてクロブさんに襲いかかった。
急なワニの後退に、戸惑いながらも土木組の安否を急いで確かめる。乗り手達は既に気絶しており、魔獣達はまだやる気満々のようだったが、乗り手を気遣ってかその場に留まり、荒い呼吸を整えている。
俺は追い掛けて加勢しようとしたが、クロブさんの猛攻が凄まじすぎる。あの中に突っ込むのは岩の舞う竜巻に入るようなものだ。
さらに驚かされるのは、彼の異常なまでに強靭な肉体だ。
咬み付かれようが、太い尾で殴られようが、火球を浴びせられようが、服こそ破れ焼かれるものの本人はビクともしない。
次々と舞い上がるワニの姿に俺は呆然と見ているしか出来なかった。紅月だけは慣れているのか見向きもせずにウェルのところへすたすたと歩いていく。
数メートル吹き飛ばされたワニ達は、何をしても敵わないクロブさんに戸惑っているようで、じっと睨みはするが攻撃を止めた。
次の瞬間。
「があぁぁっ!!」
何かのスキルか、叫ぶ彼を中心に闘気が爆発する。その気を浴びたワニ達は恐れ戦き沼の方へと逃げていく。土木組の魔獣達も気絶した主達を乗せて逃げていった。
俺でも使える『威圧』の上位版『ウォークライ』に似てるが、それよりも強力そうだ。『ウォークライ』は相手に闘気をぶつけ、恐怖を与え怯ませたり硬直させたり逃走させたりするスキルで、格下の敵なら気絶させることも出来る。クロブさんの方が効果範囲は広いみたいだった。
「よし、状況終了です」
パンパンと手で服を払い、余裕で身嗜みを整える仕草をするが、服はかなりボロボロになってしまっていた。
しかし、その下の鋼のような肉体には傷ひとつ、火傷の痕ひとつ残っていない。
それにあれだけ暴れても息ひとつ切れていないとはバケモノだ。俺らの世界でなら間違いなくSランクに入るだろう。
おそらく何らかのスキルは所有してそうだ。その辺りも気になりつつも、緊張の糸が切れたのか、まだ表面を炎が焼いている盾を手放し、俺は尻からドスンと座り込み、深い溜め息を吐いた。
次回は十一月十五日(日)の正午に更新予定です。
よろしければまた読んでやって下さいませm(_ _)m




