三日目 カレイセム東門前にて
東門に着くとウェルが手を挙げて迎えてくれる。側近らしき女性がウェルの隣に立っていて、左手にギャロピスの手綱を三頭分持って連れていた。
ナン教授はこの前乗っていたノウトスの側に立っていて大きな紙を広げてガラムさんと話をしている。
木工ギルドのギルマス、シヌモーンさんもなにやら道具を幾つか持った職員らしき人を三人連れて来ていて、各々ギャロピスの手綱を持っている。
多分ウェルが用意したノウトス車が一台あり、御者がひとり乗っている。
他に五人ほど人がいてなにやら話し合っていた。俺達二人を含めて十五人のなかなかの大所帯になっていた。
「おうマビァ来たのか」
「ああ、護衛が一応必要かもって思ったんだ。ナン教授がいるからワニへの対処法は大丈夫だろうけど、まさかってこともあるから確実に討伐できるヤツがいた方がいいかと思って」
そう聞いて掌で額をバチンと打ち、天を仰ぐウェル。
「あ~~っそうだった。そりゃありがたい。繁殖地に行くのにそこに頭が回らなかったな。オレとしたことが情けない。マビァの言う通りこの街の平和ボケはオレにも影響していたらしい」
モウモの牧場や屠畜場の経営までしているウェルでも野生の凶暴な魔獣の捕獲計画自体は初めてだし、危険な範囲にまで近付くわけではないから楽観的に考えていたようだ。
ナン教授も罠の設置位置は四~五十メートル離れた場所に設置するから問題ないと判断したらしい。
そりゃ観察の為に繁殖地の近くに数日間だけキャンプをするのと、この先何年も常設して使用する罠とでは勝手が違う。その時々の状況に合わせて罠の場所を使い分けなくてはいけないのだ。
ワニの群れの規模の増減も視野に入れなければならないし、沼の左右に片寄ったりすれば、群れの端が罠から遠くなると釣り糸が届かなくて釣れなかったり、逆に近いと狩りの際に複数のワニが釣られてくる可能性が増える。そうなれば危なくて罠への誘い込みなんて出来るわけが無い。
まあ、そうならないように罠は三ヶ所に設置して使い分けるらしいんだけど。
今回は葦原を切り開いてその三本道を沼まで通すのが目的だ。
ナン教授によれば、ワニに近付き過ぎないのと、血の臭いを出さなければ、大して危険では無いらしい。葦原を抜けてすぐのところにワニが居なければ問題ないそうだ。
「う……ウェルゾニアさん……。ハァハァ……お待たせ……しました……」
後ろから疲れきったロージルさんの声がした。
しまった! 俺のペースで走って来たのがロージルさんにはキツかったらしい。
木工ギルドへの速足は息を上がらせながらでも付いて来れたので忘れていた。
ウチのパーティの女性陣は俺よりタフだし足も速いから、それと錯覚してしまったようだ。
「あぁ! ごめんロージルさん! ロージルさんのペース考えずに走ってた」
両手を突いた膝をガクガク震わせながら、ハァハァ喘いでなんとか立っているロージルさんに慌てて謝る。
「マビァさん……ハァハァ……。そんな重い剣と盾を持って……あんなに速いなんて……凄いですね……ハァハァ」
カレーで汗をかかなかったけど、走らせて結局汗だくになってしまった。上気してほんのり赤い頬と少し乱れた髪でハァハァ言いながら上目遣いでこちらを見上げるロージルさん。
頬から首筋に流れ、胸元に落ちていく汗がなんかエロい。
おぉっ、と見つめる俺の後頭部をズビシッとウェルがチョップした。
「いてっ!」
「お前なぁ、ウチの店からここまで走らせたのか? 一キロ以上あるじゃねぇか。ちったぁレディに気を使え! さ、ロージルさんはこちらの馬車へどうぞ」
「ありがとう」
ロージルさんの手を取り、ノウトス車に連れていくウェル。呼び名は馬車でいいのか。とどうでもいいことを考えながら殴られた頭を擦る。
ウェルはロージルさんを馬車で休ませ、近くにいた五人がウェルと一緒にこちらへやってくる。ありゃ一人は記者のクロエだった。
「マビァ、お前に紹介しておく。こちらが土木ギルドの長で市議会議員でもあるノックスさんと、測量と舗装の監督をしてくれるタチヤンさん。ギルドメンバーのロイツとライツ。土木ギルドはみんな獣使いなんだ。今日も沼までの葦原を刈って道を造る下準備をしてもらうことになってる」
「おう、噂はかねがね。ワシがノックスだ。護衛をしてくれるんだってな? 宜しく頼む」
少し薄汚れた作業服に軽そうな兜を被った、口髭に白髪の混じった六十代くらいの親父が握手を求めるのでその手を握る。背はそう高くないが横幅ガッチリで腕も太い。いかにも力仕事で生きる男って感じで貫禄がある。
「あんたが救世主さんか。タチヤンだ。面白いことに関われて嬉しいね」
「俺はきっかけだけで、やってるのは全部ウェルですよ」
続いてタチヤンさんと握手をする。服装と兜は四人とも同じだ。土木ギルドの制服なのかな? 俺より少し背が高い四十代くらいのおっさんでやはりゴツい。さすが監督をするだけあって、一見して頼りがいのありそうな風貌だ。
「オレがライツ。こっちがロイツな。みんな間違えやすいからこれ見て見分けてくれ」
ライツとロイツは全く見分けがつかない瓜二つな二十代前半くらいの双子だった。ヒョロッと背の高い二人でノックスさんとタチヤンさんと同じ仕事をしているようには見えない。でも絞まってしなやかな筋肉をしているので、弱々しさは感じない。
ライツの胸と背中、兜の前と後ろに『ラ』とこちらの文字で書いてある。ロイツの方も『ロ』と書いてあって、全く同じタイミングの仕草で胸の文字を立てた親指で指し示す。
「新聞読んだよ。あんたすっげぇ強えぇんだってな! 今日の護衛で魔獣狩りするのか? だったら見てみてぇな!」
やたらとはしゃぐロイツに同調して「なっ!なっ!」と騒ぐライツ。ホントに大人かコイツら。ちょっとウザイ。
俺の手をふたり同時に片方ずつ取って、両手でブンブン振って握手する。
「いやー。できるだけそんなことがないようにしたいから、わざと連れてくるようなマネしないでくれよ?」
「「そんな怖いことしねーよ。見れるなら遠くからな」」
俺が苦笑気味に言うと、同時に同じことを言い、両手で二の腕を抱いてブルブルと震え上がってみせた。
双子とはいえ、どれだけ気があってんだよ。
その後も俺の強さの秘密とかこの街に来た理由とか、息ぴったりに合わせて同じ質問をしてくるロイツとライツに、「ちょっ……まって……」と戸惑っていると監督のタチヤンさんがふたりにゴツンと拳骨を落とした。
「「いってえーっ?!」」
頭を抱えて涙目で踞る二人の後ろ襟をタチヤンさんが掴み上げる。
「チョロチョロ動いて迷惑かけてんじゃねぇ! それと物騒なこと言うな! ほら行くぞ!」
立たせた二人の背中をバンバン叩きながら馬車へと向かう。
双子は「いてぇ! いてぇって!」と文句を言いながら歩いて行った。
ノックスさんはやれやれと溜め息を吐きながら馬車へと向かう。
「ああ見えて魔獣使いは上手いんだ。あんまり大きくない街だからなここは。魔獣を使うお陰で効率がいいから土木職人は二十人ちょいしかいない。そんなかの腕利きの四人があの人達だ」
ウェルが土木ギルドのことを教えてくれる。彼らの評価は高いようだ。
土木工事は一度に行う規模は大きいが、一度造ってしまうとその場での修繕は数年先になるので仕事がなくなる。
この街での大規模工事は今のところなくて、あちこちの修繕をちょこちょこするくらいなので常在の職人は少ないらしい。必要な時はよその街から集めるし、よその街にも出張で出掛けることもあるそうだ。
「へぇ、頼もしいね。で、市議会の方はどうだったんだ?」
「あぁ。それは後でな。今はコイツがさ」
そう言い、クロエに目を向けるウェル。目を逸らして「ははは~…」と苦笑するクロエ。なんだ?
「クロエには同行を許したんじゃないのか?」
「コイツはオレがガラムさんと話してる隙に、土木ギルドの連中に紛れ込んでいたんだよ」
「緊急の市議会の内容が何も掴めないんですよ! 普段なら会議後の記者への質疑応答を設けるじゃないですか! ウェルゾニアさん達はこれから外で何かするんですよね? 木工ギルドに土木ギルド、冒険者ギルドにナンチャッツ教授、なぜか金物屋のガラムさんまで絡んでるなんて、何がこの街に起こっているのか気になるんです。是非取材させて下さいよ!」
クロエが熱く訴える間に、ガラムさんとナン教授がこちらへと来る。
「おい記者さん。頼むから俺の事は記事にしないでくれよ? 俺はこの街の鍛冶屋だけじゃ人手が足りないから臨時で駆り出されてるだけだ。聞かれても何も分からんし答えようがないからな」
あ、ガラムさん、嘘ついて逃げた。まぁ一番無難な手だな。
「ガラムさん帰るの?」
「ああ。話は聞いたから俺は帰ってやれる事をやった方が良さそうだ。現場に行っても役に立たんしな。マビァ、夕方に取りに来い。終わらせといてやる」
「うん分かった。宜しくお願いします」
俺が頭を下げると、肩をポンと叩いてガラムさんは去っていった。
「俺からも話せることはねぇぞ、記者のねえちゃん。俺は外に出るついでに近隣の魔獣の分布状況を見るだけだ。どっちかと言えば冒険者ギルドの手伝いになるからウェルとはやることが違う。な? 役に立つ情報じゃねぇだろ?」
ナン教授も嘘は言っていないが……という感じの言い方をする。完全にウェルのアドバイザーなのに知らないわけがない。そのすっとぼけ方に迂闊に笑いそうになる。
「市議会後の質疑応答がなかったのは、会議で何も具体的な事が決まってないからだよ。市長やコリバトさんもまだ討議中だ。俺もまだ手探り状態だから立案だけで終わる可能性も高い。だから取材されても困るんだよ」
「ハンセルみたいに憶測で嘘ばっか書くなよ。ってそういやハンセルはどうした?」
俺は周りを見渡してみるが、こちらを興味深そうに見ている野次馬は多いが、ハンセルの姿はどこにも見えない。
「あんな人のことなんて知りませんよ! でっち上げ記事しか書かないんだから、取材しなくても書けるんじゃないんですか?」
むくれて言い放つクロエ。よほどハンセルのことが嫌いらしい。
「そうか? どうせ来てもお前みたいに追い返されるのを分かってて来てないのかもしれないよ? それだと記者としての資質はお前よりかもな。無駄がない」
俺がニヤリと笑ってやると、ウェルも肩を竦めて苦笑して首を横に振る。
「……お二人ともタブカレの写真のように邪悪な顔になってますよ。……わかりました! じゃあマビァさんが午前中にやったことを聞かせて下さい。そしたら帰りますから」
ごねられても困るので、俺は冒険者達の強化方針のお試しをしたことと、体力作りの為のランニングをさせていること、安全に対戦訓練するための木剣造りを木工ギルドに依頼したことを話しておいた。
「もういいな? じゃぁ帰った帰った」
俺が話終わるやいなや、ウェルがクロエに質問もさせずに後ろから両肩を掴んで、街の中央方向に向きを変え、押して帰りを促す。
「あっ……。分かりましたよ。また聞かせて下さいね!」
クロエは一旦諦めたようだ。これから冒険者ギルドにでも行って、俺の話の裏でも取るのだろう。中央通りを駆けていく。元気だなぁ。
「やれやれだぜ。じゃあそろそろ出掛けるか。マビァ、ギャロピスは乗れるか?」
ギャロピスの体格や骨格自体は馬そのものだったが、まるで鎧でも纏っているかのように、亀の甲羅のような硬くてツルツルした表皮が部分的に覆っている。鼻筋も甲羅に覆われていて、鼻の上に小さな角が横並びに二本生えているのが特徴的だ。
「馬なら乗れるけど魔獣はどうかな? あ、馬ってこっちにもいるんだっけ?」
こっちの世界に来て、馬はまだ見ていない。魔獣以外の家畜や犬猫もいるし、野生動物も俺らの世界と似通ってそうだが、元の世界にいた馬系の別種はユニコーンやペガサスの二種類だけで、こいつらは人を乗せることは滅多にないと聞いたことがある。それらは『ゲート』から出る魔物じゃなくて、目撃証言の少ない希少な野生動物だった。
「馬ならよその国に行きゃあいるな。この街は『獣使い』のスキルが手に入る『キューブ』があるからな。この街のギャロピスは『獣使い』に調教されているから馬よりも扱い易いし、魔獣だから特殊能力もあって有能なんだ。馬に乗れるんなら問題ねぇよ。ほら」
そういって側で手綱を持って控える女性を顎で示す。その人から手綱を受け取って「どうも」と礼をした後、俺はウェルに不満を言う。
「なあウェル? この女性を紹介してくれよ。確か初対面だったよな?」
「そうだっけ? そいつはオレの護衛の紅月だ」
目から下を薄布の覆面で隠している細身のその女性は、目を伏せ軽く会釈してくれる。無口な人らしい。なんかウチのレイセリアに近いものを感じる。ちっこいし薄ぺったいし無表情気味だし。
年齢は顔を隠して分かりにくいが多分十代だろう。見えている部分だけでも彼女の美少女っぷりは分かる。
背は低めで長い黒髪を後ろで三つ編みにして、額には金属板の付いた鉢巻きをしている。
見たことのない前あわせの臙脂色の上衣に、薄手の茶色い革鎧を装備し、上衣と同じ色のミニスカートの下には、両サイドで編み込みの黒い革パンツが細い脚に似合っている。
背中に短めの刀を斜めにかけており、腰のベルトにも鍔のない短刀に見える物とポーチなどが色々付いている。
暗殺者に近い職に見えるが、色は派手目だ。服装や人種からして異国の人に見えるけど……。
「何年か前にカレーのスパイスの調達と研究の為に南の大陸に行った時にな、行き倒れていたところを助けたら忠誠を誓われちまった。さらに遠くの東の島国で諜報任務に就いていたそうなんだが、支えていた組織に裏切られ消されそうになって、そこまで逃げてきて力尽きたところをオレが拾ったってわけさ」
なかなかヘビーな話をウェルがおどけて語ってくれる。
「そりゃまた……、マビァです。よろしく」
「ええ、知ってる」
握手しようとして伸ばした俺の手を握る素振りも見せず、こちらの目を見返してくる。そりゃウェルの護衛なんだから知ってるよな。伸ばした手の行き場を誤魔化すように後ろ頭に手を持っていき、頭を掻いて苦笑する。
「ずっと見てた」
「……は……?」
紅月の不思議な言葉に固まる俺。今なんてった?
「えっと……? 見てた……? って何を」
「貴方のことを」
…………よく意味が分からない。
ずっと? 見てた? 俺の事を?
言葉を噛み締めるように脳みそに入れていく。どうやら聞き間違いではなさそうだが理解は出来ない。助けを求めるように視線をウェルに移すと、ウェルはそっと目をそらした。
「……ウェル?」
どうやら原因は彼らしい。つつ~と横顔に汗がひとつ流れる。しばし沈黙が流れたので「おい」と声をかけると、観念したのか作り笑いで弁明し始めた。
「はははっ。いや~、初めてお前に会った夜にな? お前を尾行させたんだよ。どーしてもバーンクロコダイルの事を知りたかったからさ。いや、オレはな? お前が冒険者ギルドに行った後の宿屋とか知れりゃよかっただけだったからそのつもりで命令したんだけどな。コイツ、翌日の朝までお前を監視してたらしくて……」
なんと、あれから朝までずっと? 紅月に目を移すと彼女はコクリと頷く。
「そう、ずっと見てた」
「ギルドの時も……宿屋も……?」
「お風呂もトイレもシャワーも」
「ぎゃーぁぁっ!」
紅月のあまりの発言に、俺の恥ずかしさは頂点に達し、その場に頭を抱えて踞る。
おそらく美少女だろう紅月にずっと見られてたなんてどんな羞恥プレイだよ! しかも風呂なんか湯船の中で股間丸出しでしばらく寝てたんだぞ?!
浮き上がる身体、湯船に揺蕩う股間のイチモツ……。そんな無防備な姿をじっくりたっぷり美少女に見られてたなんて! まだ十七才恋愛未経験の俺はナイーブなんだよ! 女性に見せたいとも見られたいとも思っていないアレを長時間見られていたと言われて恥ずかしくないわけあるか?!
あぁ……、俺のガラスのハートに罅が入る音が聴こえる……。
踞りしくしくと泣く俺に紅月が追い討ちをかける。
「大丈夫。平均的?」
「あ、こら! これ以上は止めてやれ!」
サムズアップした右手を俺に突き出す紅月。それを叩き落とすウェルの同情がガラスのハートに杭を打ち込む。
……平均的って何がだよ~なんで疑問形なんだよ~。
「ま……まぁアレだ。悪かったよ。そこまでお前が落ち込むとは思わなかったし。マジでごめんな?」
少し落ち着いてきたので、盛大に溜め息を吐いて、まだ熱い顔を上げ涙を拭いなんとか立ち上がる。でも恥ずかしくて紅月の顔は直視出来ない。
「いいよもう……。ウェルも悪気があったわけじゃないんだし。あ、じゃああの時くれた服やブーツってお詫びも兼ねて?」
「う……。まぁその……実はな。ほらっ! 紅月も謝れ」
「……ごめんなさい。お詫びに私のも見る?」
「こら! またお前はそういう……」
こちらにスカートの中を見せようとする紅月の頭を、ウェルがバシッと叩く。俺はといえばスカートが持ち上がり出した時点でさっと目を逸らす。
見ろと見せられてジッと見れるほど俺は肝が座ってないんだよ! どーせヘタレだよ!
エロいことは好きだけど、実際にその現場に立ち会うと羞恥心が勝って逃げ出したくなる。自分がここまで純情だとは思わなかった。
自分のヘタレな態度を誤魔化すために話題を変えることにする。
「でも、全然気配もしなかったし姿も見えなかったぞ? 『認識阻害』にしては凄すぎないか?」
「ああ。コイツのは『認識阻害』とコイツ独自のスキル『忍』との二重がけだからな。まず見つからねぇよ」
『忍』スキルは、元の世界の『隠密』とほぼ同じらしい。発動することによって姿、音、気配を周囲に溶け込ませることが出来る。それプラス『認識阻害』で相手の意識から外れることが出来るなんて、確かにまず見つからないだろう。狭いシャワールームやトイレで二人っきりになってても俺は気付けなかったんだ。尋常な隠れっぷりじゃあない。
「じゃあその……、俺を監視……してた時以外でウェルに会ってた時は、必ず紅月さんが近くにいたのか?」
「そう、私は主の護衛だから。あ、さんはいらないから。私も貴方のことはマビァと呼ぶ」
少し紅月の目の印象が柔らかくなったかと思っていると、紅月が左手を出してくる。
ああ、利き手では握手をしない主義だったのかと納得して、その手を握った瞬間に引き寄せられて、いつ抜いたのか背中の刀を首筋に当てられていた。
無防備だったのもあるが、全く反応が出来ない早業だった。
「主の護衛は私が務める。マビァは他の連中を頼んでもいいか?」
脅迫にも近い頼み事だが、実力の一端を見せる為のパフォーマンスだったのだろうと解釈して「ああ、分かった紅月」と答えると、目が少し笑って解放してくれた。
「やめろっつってんだろーがっ!」
と、ウェルが紅月の頭をまた叩くが紅月はニコニコと嬉しそうだ。
「わりーなマビァ。そういう事で宜しくお願いするわ」と溜め息を吐くウェル。
この若い押し掛け護衛には、流石のウェルも手を焼いていそうだ。
その後、木工ギルドの面々と軽く挨拶を交わし、ギャロピスに乗り門を通って外に出る。
その時何人かの兵士が俺に気付き、忌々しいものでも見るかのような目でこちらを睨んできた。門を通過する際に囁く声が聞こえてくる。
「あいつだ。余計なことしやがって」
「ウチの隊長、たかが冒険者風情に唆されたって話だが、あんな弱そうな若造にか?」
「デイリーの記事も怪しいもんだな。タブカレの方が信頼できるんじゃないか?」
等々と、俺が通り過ぎた後にコソコソと囁いているのがなんとも情けない。言いたいことあるなら堂々と言えよな。
ロージルさんの方に目を向けると、今にも食って掛からんばかりに怒っているのをなんとか我慢しているようだ。
俺の視線に気付くと深く深呼吸をして無理やりだが微笑み返してくれる。俺もニッと笑って頷き返した。
今はこんな奴等に関わっているほどヒマじゃないんだ。どうせ後で関わることになるからその時でいい。
しかし、思った通り大尉は苦戦しているみたいだ。ここの軍トップとはいえ、援護はケラルひとりだから仕方がないんだけどな。
俺は兵士達の悪意に気付かないふりをして、東の門を通過した。
次回は十一月八日(日)の正午に更新予定です。
よろしければまたお付き合いいただけたなら幸いですm(_ _)m




