三日目 レストラン『キィマ』
俺達がレストラン『キィマ』に着いた時に、丁度お昼の鐘が鳴り響いた。扉を開けて店内に入ると物凄くデカいゴリマッチョのウェイターが迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。これはガラム様、ロージル様、いつもご利用戴きありがとうございます。そしてマビァ様ですね。主から伺っております。ようこそお出で下さいました」
三メートルは有りそうな巨体を姿勢良く屈めお辞儀をする。スキンヘッドの左右側面にタトゥーがうなじまで施され、眉のない顔は凶悪そのものだ。
ウチのリーダーのトーツも子供に泣かれるくらい厳ついがその比じゃないくらい怖い外見をしている。礼儀正しく笑顔で対応してくれるが、その笑顔が逆に怖い。
それに戦い慣れた者が放つ独特のオーラのようなものを感じる。この人かなり強そうだ。
トーツや他の凶悪面ハンターを見慣れている俺ですら、小さく「ひっ!」と悲鳴を上げて一歩下がってしまった。だけどガラムさんもロージルさんも親しげに話しかける。
「クロブさんこんにちは」
「ようクロブ、三人だけど席はあるか?」
「はい。ご案内致します。どうぞこちらへ」
クロブと呼ばれた大男は奥に入ろうとするが、俺の硬直がまだ解けてなかった。驚きで息まで止まっている俺の肩をガラムさんがポンと叩く。
「初めてだとみんなそうなるから安心しろ。当然の反応だ」
「クロブさんは見た目に反してとても優しい紳士なんですよ。わたくしは初めての来店で気を失いましたけど……」
恥ずかしそうに頬を指先で掻きながら赤くなるロージルさん。普段とのギャップが可愛いなおい。
「申し訳ありません。主の命令によりわたくしが席までの案内とお会計をさせて戴いております。初対面の方には必ず驚かれますので、主には配置換えをお願いしているのですが『この店ではお前はそこが最適なんだよ』と換えて戴けません」
心底申し訳なさそうにするクロブさん。
「こう見えてまだ二十歳だしな。マビァよりちょっと上くらいか?」
うそっ?! 貫禄ある二十歳だなおい。二重に驚かされてカクンと顎を落とす俺を見て、してやったりと笑うガラムさんと苦笑するロージルさん。クロブさんもペコペコお辞儀しながら「どうぞどうぞこちらへ」と席に案内してくれるので付いていく。
店内は結構広く、四人掛けテーブルが十程とカウンター席も十人分くらい。二階は個室がいくつかあるそうだ。昼の鐘が鳴ったばかりだというのに、既にテーブルもカウンターも半分以上に先客が座っており、その半分ほどが猛烈に食欲をそそられる匂いを放つ料理を食べている。初めて嗅ぐ強い香りは香辛料か? 俺達の世界じゃスパイスはバカ高かったからちょっと使うだけでも高級料理だった。……もしかしてお高いお店だったりする? いや、ウェルの経営方針は『お値段以上にお客に満足してもらう』だった筈だ。ここも俺の常識外できっと安いに違いない。信じてるからなウェル!
「ウェイターがすぐに参りますので少々お待ちください」
俺達をテーブルへと案内したクロブさんは一礼して戻って行く。
「この店はな、気軽にお一人様の軽食やランチなどから、団体での高級コース料理でパーティーなんてことまで対応してくれるんだ。あまり時間の無い時に一人でササッと食べることもできるし、大事な人とディナーをフルコースなんてのも人気あるんだ」
案内された席につきながら教えてくれるガラムさん。そこにキランッとメガネを光らせクイッと上げてロージルさんが食いつく。
「あら、そんなことをご存知だなんてガラムさんも大事などなたかとご利用されてるんですか?」
両肘をテーブルに突いて組んだ両手に顎を載せ、上目遣いに微笑んでガラムさんを茶化すロージルさん。すっげえ色っぽいんですけど。
「いや、俺は大抵気軽にお一人様のランチの方さ。初めてランチを食べに来た時あまりの美味さに驚いてな、こりゃフルコースも食べてみなきゃって夜一人で来て以来ハマッてな。たまの贅沢に時々ディナーに来るんだ。普段はランチでどっちもお一人様さ」
肩を竦めて苦笑するガラムさん。
「わたくしはランチでしか利用したことがごさいませんの。わたくしもガラムさんの真似をしてディナーに来てみようかしら」
組んだ手の人差し指をくるくると回しながら、伏し目で長い睫毛を瞬かせるロージルさん。意外とこの人もあざといのか?! コニスよりはるかに色っぽいしボンキュッボンだから破壊力が桁違いだ。まるでサキュバスにでもなったかのようにエロい色気を放出している。
さっき木工ギルドで仕事をするガラムさんに向けていた熱い視線はやっぱりそういう類いのものだったのか。だけどガラムさんはどうだろな? この人との付き合いはまだ数時間だけど、俺の勘では恋愛に関してはかなりの朴念仁っぽいぞ。
「ああ、ランチも美味いがディナーは格別だ。毎月コースメニューが変わるんだ。一度ハマると次のメニューが気になって仕方なくなるぞ」
ほらやっぱりな。ディナーの美味さを共感できる仲間が増えそうなので喜んでるだけに見えるガラムさん。
独り者で一人飯に慣れすぎてるから、ロージルさんの熱視線に気付きもしないし「一緒にディナー」なんて発想も浮かばないみたいだ。でもロージルさんはスキルのおかげか無反応なガラムさんに対してのリアクションがない。
特にダメージも無さそうにお色気たっぷりにフフッと笑ってガラムさんを見つめる。
「ではここでまたガラムさんとお会いすることもあるかもしれませんわね」
「ああ、そうだな。ぜひともお薦めするよ」
ガラムさんはテーブルの上のナプキンを広げ、膝に掛けながら言う。話題を切る為に自然にロージルさんから目を逸らしたようにも見えるし、ロージルさんのお誘いに全く気付いてないようにも見えた。
むぅ、どっちだ?
ロージルさんも、残念そうな感じはない。薄く微笑んでナプキンを手に取った。
誘惑したように見えたが、俺の勘違いか? 大人の恋の駆け引きなのか普通の会話なのかどうかさえ分からなかった。
俺もまだまだだなぁ……。
丁度その時、ウェイターがやって来てグラスに水を注いでくれる。
「俺ここは初めてだからさ、メニュー選びは二人に任せるよ」
多分まったく知らない料理を食べることになりそうだから、二人のオススメを頼んでもらった方がいいだろう。
「そうか? 奢ってもらうのに悪いな。今日はあまり時間もないから日替わりランチでいいんじゃないかな。ロージルさんどう思う?」
ウェイターから受け取ったメニューを開いて見ながら言うガラムさん。
「はい、それが最適と思います。日替わりランチ三つでお願いします」
ロージルさんもメニューを見てすぐにウェイターに返す。注文を聞いたウェイターは一礼して戻って行った。
「最適といえば、なんでクロブさんが今の役職に最適なんだ? はっきり言って見た目だけなら恐怖が具現化したような存在だぞ?」
入口の方に目を向けると店内に飾られた観葉植物や棚などの向こうに、肩より上を覗かせて刺青スキンヘッドが見えている。後ろ姿だけでも小さい子供や心の弱い者のトラウマになってもおかしくはない。
特にこの街はビビりの集まりだから、目に映るのも避けたくてこの店に来たがらない客がいても不思議じゃないんだが……。
「彼はあんな外見ですし立派な活動をなさっているのでこの街じゃ一番の有名人なんですよ。それに彼の気質は誰もが認めるものなのです」
「俺がこの街に来てからの五年間でも、事故での人命救助は全部あいつがやっているようなもんだからな」
こんな平和な街でも火事や交通事故、水難事故等がたまにあるらしい。
しかしこの街の兵士は知っての通りヘタレ揃いだ。火事を起こした建物に飛び込んで人命救助をするとか、溺れる人を助けるとか出来るはずもない。
兵士達が現場でまごまごしているうちに、強靭な肉体と怪力を活かして人々を助けてきたのでこの街のヒーロー扱いされていて、人々の信頼は厚いらしい。だけど基本恥ずかしがりやで新聞の取材にも写真撮影は断固として断っているんだとか。
アレに「絶対に新聞に写真を載せるな」と凄まれると流石のハンセルでも逆らう気にはなれないらしい。
だからか直接面識のある者にしか面はわれてないので、ロージルさんのように新聞で存在を知ってたり遠目で街で見かけたりしていても、初めてここに来店した際に突然目の前にあんなのが現れたもんだから、あまりの恐怖に気絶してしまったそうだ。
慣れてしまえば誰もが会いたいヒーローなので、良い客寄せにもなるんだとか。
「それにこんな辺鄙な街でも外からの人間は結構多い。そういう奴らが何かトラブルや事件を起こしたとしてもヘタレ兵士じゃ対応出来ないだろう。クロブが出張れば大抵相手がビビって即解決だ。この店は街のほぼ中心だからな。どこに行くにも丁度いいってのもある」
「それなら宿の方でもいいんじゃないか? あそこもここと位置的にはそう代わらんだろ?」
「宿だとお客様は全て外からの人になりますから、来るお客様全員に常にダメージを与えてしまいますよ。それにお客様に『もし『キィマ』という店に行くことがあるならこんな人物がいるのでお気をつけください』と注意をしておけば、トラブルはまず起きません。クロブさんにダメージを貰うのはわたくしのような存在は知っていてもここにいるとは思わなかった街の人だけなんです。不意討ちさえなければ、彼は憧れと尊敬の対象なんですよ。本人にその自覚はないみたいなんですけどね」
「それにあいつがあそこにいつも見えてるから、他の居酒屋で酔ってバカ騒ぎするような奴らでもここではおとなしいもんだ。だからこの店はいつも居心地がいいし安心して気安く来れる。最高の抑止力なんだよ」
なるほどな~。ふたりの説明に納得する。そんな優秀な人材を確保してるウェルも流石だ。クロブさんも絶対にスキル持ちだな。後でウェルに確認してみよう。
しかし軍の無能さが益々浮き彫りになるな。
「じゃあ軍のこの街での存在価値って何なんだ? 何も仕事をしないんじゃあ市民からの反感が出ないのが不思議でならないんだけど」
「それはここが一応、隣のヨーグニル王国との国境線に面した街だからな。ヨーグニルとの主な貿易路は別の街にあるし、ドライクルの首都からは離れているから場所的には辺鄙だが、キューブがあるお陰で他国から入ってくる人は少なくない。
ヨーグニルはここドライクル王国とは何百年も友好条約が保たれているし、王族や貴族同士の嫁取り婿取りが多いから、ほぼ兄弟国とも言えるお互いに争う理由のない豊かな国なんだ。国境線の街道には検問所もないしな」
緩い! 緩すぎるなこの国は。でもこの街の城壁は大きく立派なものだし、兵の数だって少なくなさそうだ。そこに矛盾があるように思える。
「でもだからといって友好関係が破綻する可能性はゼロって訳じゃない。例えば流通の面だけでも、カレイセムから東に行こうとしたら必ずヨーグニルを通らなけりゃその隣のサドバサン王国には行けない。この国では手に入らないけど必要で、サドバサンやその向こうでしか手に入らない物資が欲しい場合はどうしてもヨーグニル経由で輸送しなければならないんだ。この国の海路輸送はあまり発展してないから、東に向かうにはまだ技術が足りないらしい。コスト面を考えたら今のところ陸路しかないってわけだ。もし近い将来ヨーグニル内で政変が起こってサドバサンへの陸路を断たれたらどうする? それに今はこの国がほぼ独占している『獣使い』のスキルを他の国が狙っていたとしたら? サドバサンがヨーグニルと結託してドライクルに攻め入るなんて事もあるかもしれんだろ?」
さっきこの街のことを『辺鄙な』とガラムさんは言ったが、この街は隣国との接点なので攻め入られた場合、重要な拠点になるのは間違いない。しかし、俺からしたらカレイセムの街はとても美しくて、随分と文明が進んでいるように感じるのだが?
それについて質問すると、世界の反対側から各大陸を渡り歩いて色々見てきたガラムさんにしたら、この国全体が辺鄙で文化的にも遅れているらしい。
他国より優れているのは『獣使い』のキューブが有ることだけなんだそうだ。
しかし、なんかいきなり物騒な話になったな。サドバサンって今ギルマスがキマイリャの件で謝罪文を書いてる国だよな。まさかあれだけで戦争になったりしないと思うけど。
「まさか、そのような可能性もあるというのですか?」
ロージルさんも急に出てきた戦争話に不安げだ。
「ああ、悪い悪い。何もそういう事実があるってんじゃないんだ。でも『獣使い』のスキルは他国から見ればそれだけで全ての産業を一段階上げることが出来る素晴らしい技能なんだ。持たない者には妬まれるっていうただの一般論だよ。今は他国の者がスキルをキューブから得ようとすると色々誓約が厳しかったり大金が必要だったりで利用者が制限されるだろ? だから他国ではまだ本格的に魔獣を利用して事業を成功させた者はいないみたいだ。精々金持ちお貴族様が魔獣をペットにして自慢している程度らしい。でもその内『獣使い』の価値に必ず気付くだろう。そうなった時、よその国がこの街を占領してでも手に入れたいと思っても仕方がない程の魅力があるんだ。まぁ、今のところ平和を壊してまで欲しいって訳じゃないんだろうな」
ガラムさんはグラスの水を一口飲んで、フッと笑みを溢す。
「俺は帝国からここまでいくつも大陸を渡ってきたし、国も四十以上見てきたからこの街の人と視点が違うんだろうな。国の方針なんて驚くほど急に変わることなんて結構あるんだよ。跡目相続争いで二つに割れて紛争してる国や、貧しさに堪えかねて隣国に攻めいる国も見た。この世界で戦争をしてる国は少なくはない。俺の出身国が滅んだのは例外だろうけどな。この大陸はどこも平和だから実感わかないかもしれんが」
頭をガシガシ掻きながら説明してくれるガラムさん。ロージルさんもそれを聞いてホッと溜め息を漏らす。
「要するにこの街の軍は体面を保つための建前だよ。それに台風や地震なんかの急な災害時にも大勢の人の力が必要だろ? 駐屯兵はそういう時に一番役に立つ。統率された百人単位の集団なんて軍以外じゃ、まあ見ないよな? そういう時の為の保険でもあるわけだ。あいつらもまるっきり無能って訳じゃないんだぜ」
そうか、俺の世界を基準にして考えるからここの軍の評価がダダ下がりだったんだ。俺達の世界じゃ戦闘職に就いている奴らは皆、常に魔物と戦っているからな。戦っていない=無能ってなるけどここじゃそうじゃないんだ。改めて平和な国ってのを実感する。
「いや~、目から鱗が落ちた気分だ。俺ん所と根本から違ったんだな。納得した」
そう言うとガラムさんはフッと苦笑を漏らす。
「ああ、アレと一緒にされたんじゃこっちが堪ったもんじゃないな」
スキルで剣の記憶を観たことを思い出したのだろう。顔はなんとか笑ってるが少し顔色が悪くなったのが分かった。
ロージルさんがその様子を不信に思ったのか「アレ?」と聞いてくる。あぁロージルさんには異世界のことやガラムさんのスキルのことを話してなかったんだ。
「えーと、ガラムさんには話の流れで、俺の出身地での魔獣との激戦のことを心胆寒からしめるほどに事細かに説明することになってね」
取り敢えず誤魔化すことにする。俺的には信じてもらえるかは別にしてロージルさんには異世界のことを話してもいいんだけどな。ガラムさんのスキルはガラムさんの問題だから俺が勝手に話すわけにもいかないし。
「……なるほど……」
ロージルさんは俺とガラムさんの様子を見てスキルで何か感付いたかもしれないけど、それ以上は追及してこなかった。その時ウェイターが料理を持ってくる。
トレイのように大きな陶器の皿は複数の器をひとつに纏めたような作りで、二つの丸くて深い凹みにはドロリと粘度の高いスープが二種類あり凄く強いスパイスの香りを放っている。
平たく広い凹みに宿で食べたような薄焼きパンが二枚とドーム状に盛られた黄色い穀物。隣の凹みにドレッシングのかかった生野菜のサラダと、これまたスパイスの効いていそうな赤いチキンのグリルがゴロリと二つ大きく載っている。
一緒にテーブルに置かれた長細い籠が三つ。中にはフォークやスプーンなどが入っていて、それを使って食べるらしい。
「ごゆっくりどうぞ」と一礼して下がっていくウェイターにありがとうと言って、二人はカトラリーに手を伸ばす。俺は食べ方が分からないので二人の様子を見る。
「すっげえ良い匂い! なんて料理? どうやって食べるんだ?」
香りに刺激され空腹感が猛烈に襲ってきた俺は興奮して二人に聞く。ははっと笑ってガラムさんが教えてくれる。
「これはカレーって料理だ。ここから南の方にある大陸の国でよく食べられる料理だな。カレーってのはひとつの料理を指す名前じゃなくて料理の体系の総称なんだ。素材やスパイスの組み合わせで無限に近いほど色んな味を表現できる。このチャパティを手で千切ってカレーに付けて食べる。このサフランライスはスプーンで掬って同じくカレーと一緒に食べるんだ。今日のカレーはサグチキンとモウモとひよこ豆のトマトカレーだな。サグチキンはホウレン草のペーストで作ってるから緑色なんだ。別の日に来れば他のカレーも食べれるからオススメだぞ」
カレーマニアかよ!!
ガラムさんが立て板に水の勢いで説明してくれ、嬉々としてちゃぱてぃなる薄焼きパンを千切っている。こりゃかなり通ってそうだ。
ロージルさんもガラムさんの様子に苦笑しながらサラダにフォークを運んでいた。俺も食うぞ!
次回、やっと昼飯です。カレーを食います
カレーといえば……、問題作になるかもしれません(^^;
次回は十月十八日(日)の正午予定です。
よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m




