シーヴァ絶対防衛戦3
弩弓砲の防衛を始めてどれくらいたっただろう? 戦ってる時は時間の感覚が狂うからな。三時間くらいってところか?
俺は何匹目になるか分からないグリフォンの心臓に刺した剣を抜きながら空を見上げる。相変わらずの曇天に黒煙も増してますます暗く感じる。西の丘の稜線(あれを越えると海だが)を見るとオレンジ色に輝いている。落陽に差し掛かった証拠だ。
「時間的にヤバいんじゃねぇか?」
水晶体を仰ぎ見ると、まだ半分くらい残っている姿が見える。
「おい!トーツ!」
俺は周りを見ながらトーツに近づく。他のメンバーもこちらに気付いたらしく、それぞれの獲物を始末して駆け寄ってきた。トーツもロックリザードの首を落として振り向く。
「なあ、これ間に合うのか?」
俺は不安になり弩弓砲を見ながらトーツに聞く。
「ああ。あの夕陽の光が消えたら魔物の量が一気に増える。これまでのように分散して各個撃破ってわけにはいかなくなる。密集して迎え撃つ。」
トーツは皆に下がる合図を出す。レイセリアはナイフで小物の魔物を仕留めながら、使えそうな矢を集めて回っている。さすがだ。
「もみくちゃにされるくらい溢れ出るぜぇ? 嫌なんだよなあれ、オレの持ち味活かせねえじゃん」
確かにガジィーの戦闘は鞭でのそれを思わせる。鞭より攻撃範囲は狭いが、十全の攻撃力を発揮しようとすると遠心力を加速させる空間が必要になり、それが彼の舞うステージになる。
「ガジィーにはこんな時のための剣術もあるじゃない。当分使ってないんじゃないです? 腕サビついてませんか?」
「あれは地味だからオレの好みじゃねぇだけだよ。鍛練なら毎日やってらぁ」
後ろ歩きで迫り来る魔物達を斬りながらメイフルーに答えるガジィー。メイフルーも重い杖の先を遠心力に載せ魔物を殴り潰しながら下がる。
そうだったのか。彼は自分の修行姿を人には見せない。いつも朝早くどこかへ出掛けたり、おねーちゃんらと飲んだ翌日の朝帰りが遅かったりはそのためだったのか?
「よし、ここらで迎え撃つ」
弩弓砲から二十メートルほど離れた位置で止まるトーツ。とはいえ現在進行形で盾でオークをまとめて数匹殴り飛ばしてるんだが。
弩弓砲を中心に『ゲート』側に半円を描くようにCランクが壁をつくり、魔物の進行を阻む。A・Bランクのハンター達は強敵のみを引き受け、弱い魔物はこちらに任せてくれるようだ。レイセリア達弓使いや魔術師は射線が通りやすい後方の高台から狙い射てるように集まっている。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。西の稜線のオレンジの光が、左右からゆっくり狭まり点になり明滅して消える。
…一拍の間があり…。
ドゥッという音と共に『ゲート』から闇が溢れだした。これまでに出ていた魔物達を押し退けるか轢き殺すほどの勢いで迫り来る。
『ゲート』から更に大きな影がゆっくりとせり出す。あのシルエットはドラゴン…? 闇の竜種か? その姿が二…三…と増えていき五体現れて動きを止めた。
「なんだよあれ……」「あんな化け物見たこともねぇぞ」「…Sランク級じゃねぇのか? おい、まだSランカーひとりも来てねぇよな?」と、周りのパーティから口々に不安の声が上がる。空気から覇気が薄れていくのを肌で感じる。
と、その時。
グォア゛オオオオオォォォォォーーーン…
聞いたことのない大きな咆哮を顔を持ち上げた竜五体が上げ、身がすくみそうになる。そこをとなりのトーツが背中をポンと叩いてくれた。
「死ぬなよ」
この絶望的な光景の中、トーツの落ち着いた低い声が耳に届く。ぐっと息を飲み、俺は覚悟を決めた。どんな状況だろうができることをやるしかない。
竜なんて化け物は上のランクのハンターに任せるしかないんだ。盾を構え、剣を握りなおし、腰を落として接敵に備える。
まず弓使いの矢が魔物の波の最前部に降り注ぎ、絶命するか脚などに刺さり体勢を崩すだけでも後続の魔物が押し潰して息絶える。次に魔術師のあらゆる魔法が荒れ狂い、広範囲を吹き飛ばし大地を抉るほどの破壊を及ぼすが、爆炎をものともせず進んでくる魔物達。
いよいよ前衛との接敵。大盾使いや防御力に自信のある大斧使いなどが構え、衝撃に備える。トーツもミラージュシールドの大盾用上位スキル『グランドシールド』を発動。三分間幻の盾を四枚、自分の好きな位置に可動できる。今は左右に一枚ずつと盾の上に横並びに二枚出した。
そして衝突。激しく打ち付ける音に金属の軋む音と唸る声。防御職の戦士達の足が地面にめり込みながらわずかに後退するも、なんとか波を押し留めた。
俺はその盾の間をすり抜け、魔物の急所に剣を突き立てる。剣を抜き次の魔物が俺に気付く前に刺し殺す。これが俺の役割だ。狡いようだが圧倒的な火力を持たない俺にできるのは、死なないように立ち回り、敵の注意を惹かず、素早く致命傷を与える。まるで暗殺者のようだがそれほど速くもなく、かといって剣はこちらの方が大きいので一撃の破壊力は上だ。分厚い肉のオークやオーガ相手なら俺の方が暗殺者よりも効率が良いと自負している。そして大火力は頼りになる攻撃職がいるんだ。俺の役割は彼等が取り零したヤツらの始末でいい。
すぐに矢と魔法の第二波が降り注ぐ。様々なスキルと魔法によって吹き飛ぶ手足に舞い散る血肉。衝撃波に押されてたたらを踏むオークジェネラル級の首を、飛び上がって盾の攻撃スキル『シールドエッジ』で切り飛ばし、落下中に食いついてくるダイアウルフの口の中に剣を突き入れる。更に迫るダイアウルフ数匹を盾と剣を駆使して迎え撃つ。
拳闘士のインファイトのような互いの攻撃の応酬にさすがに無傷ではいられない。二メートルを超える大きさのダイアウルフ数匹の牙が次々と肉を抉り頬を掠め、血が舞い散り、その匂いに魔物が興奮して更に激しく牙をたててくる。ポーションはあとひとつ。後はメイフルーの治癒スキルに頼るしかないか。
トーツもフレイムレックスという大型の二足歩行の炎に包まれたトカゲみたいなのとやりあっている。密集隊形もなにもない。あんなの敵も味方も近づけねえよ。実際に暴れるフレイムレックスに触れた魔物が十数匹引火し、あちらの被害が広がっていく。
ガジィーは剣の強化スキルのひとつ『ハードシフト』で剣の硬度を上げ撓りをなくし、左手に鎖で編んだグローブをはめて刃に手を添えて戦う近接戦闘スタイルで群がる敵を捌いている。「あぁ!まどろっこしい!」と愚痴をこぼしながらなのが彼らしい。
メイフルーはできるだけ回復に専念できるように後ろに控え、たまに陣形を抜けて来る魔物の処理にあたっている。大きな怪我をして下がるハンターにも駆け付けて治癒を施していた。
「一旦集合! メイフルー。回復を頼む」
フレイムレックスを倒したトーツが号令をかける。かなり苦戦したらしい。全身あちこちに火傷が見え血が鎧下を染めている。鎧の下まで焼かれているようだ。それもそのはずで、フレイムレックスはCランクのハンターが神聖スキルや精霊魔法の防護も受けずに一人だけで戦っていい相手ではない。
ガジィーは掠り傷程度なので、皆を守るために前に立ち魔物を蹴散らす。俺も結構流血してるので軽く治癒してもらった。
「ものの数分でこのザマだけど、どうするよトーツ?」
ガジィーの言葉には「正直かなりヤバい」という言いたくても言えない気持ちがあり、隠すことなく伝わってくる。
ある程度回復したトーツは、無言でガジィーの横に立ち守りを再開する。俺も複数の魔物に斬りかかりながらパーティの決断がどうなるのか耳を傾ける。
「私の治癒もいつまでも使えませんよ」
メイフルーも不安げな顔をする。しかし神官としての仕事を忘れず、神聖スキル『耐火の防護衣』をトーツにかけた。まだフレイムレックスが何頭かこっちに向かってくるのを見たからだ。その為の対策だが、その分治癒スキルの使用回数が減った。
トーツだって分かってる。返答する答えはひとつしかない。
ハンターの矜持に「死ぬまで戦う」なんてものは基本的にない。戦いの中で己が死ねば、当然自分の人生はそこで終わりだし、自分が死んだことによってパーティの戦力が確実に落ちる。仲間の全滅にまで繋がりうる最悪の選択でしかない。ここでパーティリーダーとして最良の選択は「撤退」しかない。ハンターは生き残るための最低限の余力を残してギリギリを見極め、可能な限りの戦果を上げて退くのが基本だ。
だがこの度の防衛戦は状況が違いすぎる。数匹でも魔物を後方へ取り逃がし、弩弓砲を破壊されれば『ゲート』を閉じることがほぼ出来なくなる。そうなれば後は無限に湧く魔物に圧倒されたハンターや軍は、じきに力尽き全滅する。シーヴァの街は滅び、この防衛戦に全兵力を投入したカンカルドア王国自体も滅亡し、隣国にまで被害が及べば、もうここまで押し返して『ゲート』を塞ぐなんて不可能だ。その内に他のエリアでも大型の『ゲート』が開く。この大陸中に魔物が溢れ人が生きていられなくなるのはそう遠い未来ではないだろう。
それは皆分かっていることなので、誰もが「撤退」と言う一言を拒むかのように、黙々と敵を潰していく。
「あ…」
前方でAかBのハンターが一人、宙に舞い上がるのが見えた。
その姿は腕が不自然な方向に折れ曲がり意識も失っているようで、ただ打ち上げられる力のまま上がっていく。それに向かって一頭の竜が炎のブレスを吐く。直径十メートルはありそうな極太のブレスがそのハンターを包み、炎の塊が俺達の上を通り過ぎた。消し炭すら残らないその上位ランクハンターの死は見ていた者達に強烈な戦慄を植え付ける。
「…う……。うぁ…」
誰かが呻き、じわじわと防衛線が下がっていく。
明らかにじり貧だ。周囲の他のパーティにも重苦しい空気が漂っている。ここにいるのはCランクハンターばかり。『ゲート』防衛戦の経験者は少く、前回の二年前のはもっと小さなものだったらしい。今回程の大きさの『ゲート』、見たことのない強敵の数々、こんなの乗り越えた者なんてCランクのハンターには皆無な筈だ。だけど……。
「がああああぁっ!! クソッ!」
俺はヘタれかけた気持ちを奮い立たせ、力一杯叫んだ。皆がぽかんとこちらを見る。
「やるしかねえんだろ!」
目の前のオーガの棍棒をかわし、肋骨の隙間を狙って肺に片手剣刺突スキル『スティング』を撃ち放つ。剣は鍔本まで食い込み抜き放つと、傷口と口から血と空気を勢い良く吹き出し苦しむオーガの首に剣を叩き付けた。
「逃げ場なんてねぇだろうが!」
ゴブリンの群がやって来る。普通のゴブ数匹とゴブリンシャーマンにホブゴブリン、ゴブリンロードの合わせて十数匹? 数えてられねぇが揃い踏みだ。殺せなくてもいい。とにかく動けないか攻撃出来なくすればいい。
手前のゴブリンの側頭部を盾で殴り、その勢いのまま回転して隣のゴブリンの顔面に剣を突き立てる。結果を見ずに殴ったゴブリンの脚を袈裟斬りに切り離し、次のゴブリンの喉に盾の縁を叩き込む。四匹目の鉈を持ち襲いかかる右手を切り飛ばし、五匹目の攻撃を盾で逸らして火炎魔法を放ってくるシャーマンに向けて回し蹴りで飛ばし火だるまにする。同時に襲いかかってくるゴブの攻撃を後ろに飛んでかわし、攻撃で体勢が崩れたところを片手剣突進スキル『ライトニングシュート』で猛襲しゴブ数匹の胴体を両断しシャーマンの心臓を貫く。技後の硬直前に無事そうなゴブ一匹の腕を掴み、錆びた斧で斬りかかってくるホブゴブリンへの盾にして攻撃をいなし、クールタイムを稼ぐ。
ゴブリンに食い込んだ斧を引き抜こうと力を込めるホブゴブリンの膝裏に蹴りを入れ、顔が下がったところを横薙ぎで両目を潰し、両足のアキレス腱を切って放置。ゴブリンロードが怒りの声を上げる中、俺は一息深く吸い込み言い放つ。
「ここが潰れたら街は終わりだ! その次に国が滅びる! みんな分かってた事じゃねえのか!」
そう、閉じられなくなった『ゲート』は無限に魔物を排出し、やがて手がつけられなくなった国々は滅ぶしかないのだ。
ゴブリンロードが長剣を袈裟斬りで繰り出す。俺はかわすがヤツは即座に切り返し逆に斬り上げる。その動きに合わせ斜めの体勢で飛び上がり、盾で受けその力を利用して側転、その勢いを載せて『ワイドスラッシュ』を放つ。斬り上げた体勢で無防備だったゴブリンロードの左脇腹から右肩にかけて深く切り裂き、肺も心臓付近も割かれたヤツは絶命し倒れた。
硬直が解けて立ち上がる俺はもう一度叫ぶ。
「まだ援軍だって増えるんだ! この程度で日和ってんじゃねえよ!」
俺の言いように、皆が沈黙………。
プッとトーツが笑い吹き出したのを皮切りに、皆に笑いが伝染し爆笑された。
「な……?」
俺が分からずに、でもちょっと恥ずかしくなってきていると、
「あ~~~っははは。俺達がぺーぺーのアイツに言われてたんじゃ世話ねぇなあ」
「ほんとザマぁねえや。恥ずかしくてこっちが赤くなりそうだぜ」
「ボクぅ~。青くて可愛いわねぇ。帰ったらイイコトしてあげようか?」
と、他のパーティの面々からからかわれ、顔が熱くなるのを感じた。
トーツとメイフルーも「ウチのみそっかすがドーモすみません」とニヤけながらペコペコ頭を下げている。レイセリアは弩弓砲の大きな車輪の上に立ち、こちらに背を向けて何やらプルプルと震えている。
ガジィーは俺のところへ走ってくると、
「ほんっとお前は期待を裏切らねえなぁ。まっ、良くやったよ。お陰で士気は戻った」
と、頭をガシガシ撫でられながらなんか褒めてくれるが、なんで笑われてるのかが分かんない。
「お、俺なんかやらかした? なんであんなに笑われてんの?!」
分からず聞くとガジィーが、
「いや~~。カッコよかったぜぇ? ビシッと仁王立ちでキマってたさ。こっちに背を向けてさぁ、見ろ! 俺の背中についてこい! と言わんばかりの気迫でさぁ。ウププッ。だけどな。ただゴブリン相手に無双したって、Cランクじゃ自慢にもならんぜ?」
クククッと笑いながら、背中をポンポン叩いてくる。
それを聞いてかなり恥ずかしい事をしたのに気が付いた。そうだった。ゴブリンなんてのはEランク成りたての初心者でもタイマンで負けることのない相手。ましてやロードがいようとも、ここにいる俺以外のCランクの皆さんなら、先程の群なんぞスキルや魔法の一撃で倒せる相手だった。
「あああぁぁぁあああああぁぁぁあっ!」
あまりの恥ずかしさに叫び、まだ魔物が押し寄せているのに踞り、真っ赤な顔を手で隠す俺であった……。




