三日目 新聞記者再び
話を聞いてて、ひとつ疑問に思う事があった。
「これは聞いてもいいのかな? フェネリさん達大勢が持つ『認識阻害』はどうなってんだ? ウェルが同じスキル持ちを集めたのか、それともひとりが複数に修得方法を教えた?」
俺は後者だと思っている。『認識阻害』を知った俺は「ここには俺が感知出来ない誰かがいる」と強く意識しながら辺りを見ると、そこに『認識阻害』使用中のスタッフがいればぼんやりとだが姿を見付けることが出来る。
これがまた美人さんばかりなんだ。女性客に対応する為かイケメンスタッフも数人いるんだよね。
まぁ美人さんイケメンさんは平凡な顔立ちの俺らに比べて、好奇の目で見られ易いから、それを疎ましく感じてこのスキルを手に入れ易いって言われればそれも納得出来るんだけど。
「あのスキルはフェネリが必要なスタッフ達に授けたんだ。お前んところのスキル修得はどうかは知らねぇが、ここではスキル持ちはスキルを授けたい相手に『種』を植え込むことが出来る。受け取った側はスキルを深く理解し、修練を重ねれば修得出来るってわけさ。ちなみにオレも修得してる」
俺らの世界では無い事象だな。俺らのところでは修練方法までは有料で教わるが、後は本人の努力次第だ。『種』がある分、こっちの方が修得し易いのかもな。
「マビァも『種』貰っとくかい? 戦闘職でも活かせると思うんだよな」
確かにフェネリさんからこのスキルの事を聞いた時に、奇襲や複数の敵を同時に相手にしなければいけない時などには使えそうだと思った。出来れば修得したいスキルなんだが…。
「ん~~…。貰いたいのは山々なんだけどな。ここの人達はどうかは分かんないけど、俺の世界では個人ごとに修得出来るスキル数の上限ってのがあるんだ。俺が今使えるスキルの数が……二十ちょいかな?」
「二十以上だって?! 異世界じゃひとりがそんなに修得してるもんなのか?」
目を丸くして驚くウェル。フェネリさんも目を見開いていた。
「戦闘が絶えない俺達の世界じゃこれくらい普通なんだよ。俺なんか弱い方だから寧ろ少い方さ。でな、問題は今の俺が後いくつ修得出来るかが分からないって事さ。もし今ここで『認識阻害』を修得してしまうと、目的のスキルに出会った時に手に入れられないかもしれないんだ。俺達の世界なら教会の司祭様にお布施すれば修得したスキルを消す事も出来るんだが、この世界だとどうなんだろうな?」
「この世界の神と呼ばれる存在は、オレの知るところ女神サスティリアしかいない。古代文明だとどうだか知らないがな。オレも神の御業にまで商売の手を広げて罰が当たるようなマネはしたくねぇ。教会が施す神聖魔法や品は大体把握してるが、スキルを消すなんてのは聞いたことも見たこともないな。だが数千年の歴史がある宗教なら隠している事もあるかもしれねぇ」
ウェルは肩を竦めた。それはウェルには届かない知識だという意味だろうか。
「じゃあやっぱり目的のスキルが最優先だから、今は貰えないよ。俺が欲しいのは自分が隠れるスキルじゃなくて、隠れているのを見付けるスキルなんだ」
俺も肩を竦めて苦笑する。
「まぁ、スキルの事は取り敢えず置いとこうぜ。話は戻るが暫くは街をうろつくのは止めといた方がいい。ハンセルもまた来るだろうし、もはやお前は街一番の注目の的だからな。ギルドと宿の往復くらいで止めといた方が無難だろうな」
そうだった。今日どうするかって話から随分ズレた。
もうどれだけ俺の顔が知られているか分からないし、異世界出身の俺はこんな形で有名になったら世間がどう動くのなんかなんて想像も出来ない。
「どうなるか分かんないけどさ、取り敢えずギルドに行ってみるよ。その後はその時考えるさ」
そう言って俺は席を立つ。ウェルはフッと笑って資料に目を移し、手を振ってくれた。
フロントに鍵を返し外に出た俺を待っていたのは、やはりクロエとハンセルのふたりだった。
昨日と同じく宿の扉を開けた途端に白い眩しい光を浴びせられる。こうやって撮られたのがさっき見た光の当たった俺の顔の写真ってのは分かるけど、何で光を当てるのかまでは分からない。
「あのさ、それ眩しくて嫌なんだけど、止めてくんない?」
ハンセルの写真では悪人面に写っていたので、出来るだけ表情に気を付けながら嫌だと言ってみる。
ただ口調は昨日ギルドの試験場でぶっちゃけたので、砕けた調子でいくことにする。
「あっ、ごめんなさい。今日はここだけなので、後はフラッシュは焚きませんから」
「あぁ。やはり眩しいですよね。私もここだけにしますね」
素直に謝るクロエと、悪びれた感じもないハンセル。態度からして記事と印象が同じだな。分かりやすいけど。
取り敢えずギルドに向かいながら話すことにする。
「おはようございます、マビァさん。今朝の記事は読んで戴けましたか? 私、出来るだけ誠実な記事を目指して書き上げたつもりなんですけど。……タブカレさんのところのように、臆測だけで陰謀説を書くなんてマネはしてませんから!」
クロエは後半ハンセルをジロリと横目で睨みながら言う。やはりハンセルの記事は真っ当な同業者からしたら腹立たしい物らしい。
しかしハンセルは肩を軽く竦めただけだ。
「私も取材で感じたままを書いているだけですよ。臆測だなんてとんでもない。集めた材料から完成されるものを推理している途中経過を発表しているだけですよ」
あぁ、やっぱりそう逃げるよな。
少い材料から出来る推理は答えの幅が広すぎて、どんなに真実から的外れでも『嘘はついていない、ただ推理が外れただけ』と逃げられるし、偶然的を射ても『やはり私は正しかった』と主張できる。
こちらの結果待ちで幾らでも変化を付けられる書き方なんだ。
「そんなの真の報道ではありません! 読者を惑わすような記事を書けば市民に混乱を招きますし、勝手な陰謀論でウェルゾニア氏に多大な損害が出るかもしれないんです。いつもこんなやり方で、記者として恥ずかしくないんですか!」
クロエがハンセルにやけに咬み付く。こりゃあこれまでもやりあってそうだな~。でもハンセルは何も動揺していない。軽く溜め息を吐いて答える。
「私は私なりに真剣にやっていますよ。ただクソ真面目に記事を書くだけでは貴女と同じつまらない文章になるだけです。報道とはいえ大衆を楽しませる書き方をしないと、読んでもつまらないものが出来上がるだけです。新聞は刺激の無いこの日常を楽しませる娯楽でもあるんですよ。私は真実にちょびっとスパイスを効かせているだけです。
後は読者様が、どう楽しめてどう捉えるかにお任せしていますがね。売上げはそこそこ好調なんで、答えは出てるんじゃないですかい?」
「なんですって?!」
声を荒立たせるクロエ。だがこれはクロエの方が歩が悪そうだ。放っといた方が俺にとっては得なんだろうが、この空気感が嫌いだな。
「まぁまぁ。記事にされた当事者の俺からすればクロエさんの方が好感は持てたな。ただ俺自身かなりの田舎者なんで、取材を受けたりカメラで撮されること事態が慣れてないんだ。誠実に嘘なく書いてくれたクロエさんの記事は良かったと思うんだけど、本音を言えば自分は目立ちたくないから、放っといて欲しいんだけどさ。この街に大きく関わることだからそうもいかねーよな~。目立たないってのはもう遅そうだし」
周りをくるっと見ると皆こちらを見ている。やはりこの注目の浴び方はもう手遅れだ。俺は「あ~ぁ…」と力なく苦笑した。
クロエも俺の取り直しで少し気を削がれる。
次にハンセルに目を向ける。
「ハンセルさんの記事には驚いたよ。特に写真がね。俺達あんな顔してた覚えないんだけどなぁ?」
「写真は嘘を吐きませんよ? 私が撮った瞬間がああ写っただけでして、私も狙って撮れた訳じゃないんですわ」
写真が嘘を吐かないってのは本当だよな。だって写真は喋れないもんな。ハンセルが嘘吐きなのは分かっちゃいるが、証明は難しいか。
「あんたの記事を読んで呆れたよ。書きたいのは報道じゃなくて、あんたがさっき言ってた通り大衆の娯楽なんだな。デイリーカレイセムが誠実な記事を書くほど、タブロイドカレイはそれには裏があるように大衆に感じさせ、好奇心と不安を煽り翌日の売上げに繋げる。記事自体は根拠のない嘘ばかりをまるで推理したかのように書いてあるだけで真実には程遠いけど、読者は何も知らないからあんなのでも信じるよな。まったく恐れ入るよ」
「いやいや。新聞記事ってもんは読み手がどう捉えるかが答えなんですわ。デイリーさんの発行部数と同じだけ売れてるってことは、読者様に楽しんで戴けているって証拠でしょう? 情報が少いから推理で補うしかない。だったら楽しめる内容の方が読者は喜ばれるんですよ。分からないものを分からないって書くだけじゃプロの記者とは言えないですからね」
俺の皮肉を平然と受け止め肩を竦めるハンセル。薄く苦笑しながらクロエを見下した感じでチラリと見る。カチンときたらしいクロエがハンセルに食ってかかろうとするのを、俺は手を上げて制する。
「読者を楽しませるのは悪いとは言わんが、俺やウェルの書かれ方は気分が良いもんじゃねぇな。陰謀だの有名な詐欺師だのは、あまりに酷いんじゃないのか? あんたの楽しみ半分で傷付けられた俺らの名誉はどうしてくれるんだ?」
「それは勿論全てを明らかにしてくれていたなら、あんなこと書くことなんてなかったんです。マビァさんの出身地や経歴。ウェルゾニア氏が秘密にしているあれこれを語ってくれていたら、その通り書かせて戴きますよ」
俺が自分の事を語らないのは、俺の事を碌に知らない人に言っても、まず信じて貰えやしないからだ。
「実は異世界から来ました」なんて、たとえ真実でも笑えない冗談よりも酷くて、記事になんて出来やしないだろう。
それに冒険者や兵士達を鍛える上で、俺が異世界人だというのは弊害にしかならない。だから、信頼出来る数人にしか話すつもりはない。
「だからって人を犯罪者扱いするのは許せるもんじゃないよな? 大体誰にでも人に話せないことのひとつやふたつはある。ウェルなんか大きな事業をやっていると水面下での交渉事なんて日常茶飯事だろ。それを全て悪い企みをしてるように書かれるんならあんたに話すことはもうねえよな?
あんたの言い分は『悪く書かれたくなけりゃ全部話せ』っていう脅迫か? 今日の記事で汚された俺らへの謝罪と撤回をしないで、これからも同じことを続けるつもりならもう付き合い切れねぇぞ?
今ここで宣言しとくが、明日も嘘の記事や捏造した写真を載せるんなら許す気はねぇ。別に批判や反対意見を書くなって訳じゃない。思ったことを書いてくれていいが度の過ぎた臆測や根拠のない嘘は書かない方がいい」
ハンセルのカメラに手をかけて、殺気を込めて睨み付ける。同格までの敵の戦意を一時的に削ぐスキル『威圧』を少しだけ効かせる。
ひきつった笑いを浮かべて気圧されて一歩下がろうとしたハンセルを、カメラごと手を掴んだ俺の手が逃がさない。
俺を見ていたクロエも青ざめた顔をしているので、威圧のおこぼれを食らったらしい。やり過ぎたかな? と思いパッと手を離してやる。もうギルドの前まで来たので締め括ることにした。
「今日はギルドの様子を見に来ただけだから、大した進展はないだろう。他を当たってくれ。ハンセルさん、さっきの事、真剣に考えてみてくれよ」
ハンセルは俺に握られた場所を擦りながら目を反らし、クロエは「は、はい。ではまた」とぎこちない笑顔で手を振ってくれた。俺も手を振り替えしてギルドに入る。
やれやれ。こっちに来てからは対人面での精神的な消耗が激し過ぎるぜ。元の世界で魔物相手に連戦してる方が気が楽だ。
カランコロンとドアベルが鳴る中、ギルドのロビーに入ると周りの冒険者や職員から注目を受ける。
「あ、マビァさーん。待ってましたよ」
コニスがパタパタと小走りでやって来た。
……ま~たなんか疲れそうな予感がするな。ニパァとあざとい笑顔を向けてくるコニスにうんざりしながら、俺は軽く溜め息を吐いた。
次回は9月13日(日)の正午予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




