二日目 早くも二人目?
「お帰りなさいませ。マビァ様」
『翡翠のギャロピス亭』のシェルツさんに迎えてもらう。フロントの壁掛け時計を見たら、もう七時は回っていた。
「ウェルに伝えたい事があるんだけど、どうすればいいかな?」
「直接お伝えしたいのであれば、オーナーの元へお連れする事も出来ますが、伝言を承るだけで宜しいのでしたら、こちらでお伺い致します。勿論迅速にオーナーの元へお届け致します」
なるほど、それなら直接連れてってもらうより速そうだ。
俺はガラム金物店が協力を申し出てくれたこと。ガラムさんもハンセルに狙われているので、俺が剣と盾をメンテに出したことはお互いバレない方が良さそうだということを伝えて欲しいとお願いする。
シェルツさんはメモ帳にサラサラっと話を聞きながら書いて、一度確認の為に音読した後、世話係りさんに渡す。
世話係りさんは俺にお辞儀をして奥に引っ込んだ。着替えに戻った時とほぼ同じ光景を見てしまったので強い既視感に襲われ脳が混乱しそうになる。
軽く頭を振って、シェルツさんにお礼を言い食堂へ向かった。
食堂入り口に来ると先程の世話係りさんが迎えてくれる。
またもや既視感、食堂では昨日晩と今朝も、全く同じ世話係りさんが全く同じ席まで案内してくれて、グラスに水を注いでくれるまで、寸分違わぬ動作で給仕してくれた。
「あのー。君は先程フロントにいた人だよね? 昨日、俺が部屋に案内された時からずっとお世話してもらっている気がするんだけど…。当たってます?」
「はい、その通りでございます。マビァ様」
世話係りさんは小柄な女性だ。男装になるのだろうか。黒のベストに白いシャツ、黒のパンツに黒革の靴。黒の蝶ネクタイで、いつもどこにも皺のないピシッとした美しい装いをしている。青く見える銀髪を前髪は眉の位置で切り揃え、セミロングを後ろでひとつに括っていた。
いつも見る人を落ち着かせるような薄い微笑みを湛え、彼女が慌てる様子など想像出来ないほど、美しい所作で仕事を完璧にこなしていた。
「俺、君以外に他の世話係りの人を見てない気がするんだけど。まさか一人で全部やってる訳じゃないよね?」
「はい、勿論他にもスタッフはおりますし、今も働いておりますよ」
俺は辺りを見回してみる。楽しそうに談笑するグループや、黙々と大量の夕食に挑む若者達。ワイングラスを片手に優雅に時間を過ごす上品な紳士とマダム。結構な客入りだが、スタッフがこの世話係りさん以外には見当たらない。もしかして、と聞いてみる。
「これって……もしかしてスキル使ってる?」
俺の言葉に初めて世話係りさんの表情が動き、僅かに驚いた目をした。そしてニッコリと微笑んで、話してくれる。
「さすがはオーナーが認められた御方でございます。では、どのような能力かご理解戴けますか?」
お、ちょっと遊んできたな? 目に悪戯な色が含まれる。
「ん~~~」と考えながらもう一度回りを見てると、一人の客が手を上げて誰かを呼んだ。誰もいないのだがその客は何かを目で追うように顔を動かし虚空に話しかけている。
もしやと思いそこに意識を集中すると、世話係りさんと同じ格好の女性が半透明にうっすらと見えてきた。
「これは『隠密』に近いスキルかな。どう言えばいいかな…。特定の人物以外には見えなくなるというか、意識すらさせない感じ……ってところかな?」
「御名答です。これは『認識阻害』というスキルです。このスキルは任意の相手に自分の存在を感知させない働きをする能力です。訓練により対象を十人にまで増やせます」
それは凄いな。俺がこの世界に求めて来たスキルとは真逆というか、天敵というか。でもなんでそんな能力が宿で必要なんだ?
「それはお客様に大勢の中のひとりではなく、たった一人が御世話をする事で、より強く宿の印象を心に長く止めて戴く為にございます。
例えばわたくし一人で対応したお客様が、宿を離れる際にわたくしの対応に大変御満足をして戴けたとします。その後、そのお客様がこの街に再来なさる機会があった場合に、当宿を思い出すと同時に、より強くわたくしの事を思い出して戴き、『カレイセムに行くならあの人にも逢いたい』と思って戴ければ、再度この『翡翠のギャロピス亭』を選んで戴ける、という訳です。
わたくし達スタッフは宿の看板でもあり、また再会したい知人でもあるのです」
へー。先の先まで考えてあるんだな。さすがウェルのスタッフってところか。でもたった一人だと淋しい宿って印象も与えないかな?
「そこはお客様の御滞在中の表情を精査して、常にスキルの度合いを調整出来るよう訓練されております。マビァ様、ゆっくり見渡して戴いても宜しいでしょうか?」
言われた通りゆっくり見渡すと、まずぼんやりとスタッフさん達が何人かいるのが分かる。一人に焦点を合わせるとその人をはっきり認識できて、隣の人に視線を移すとさっきの人が目の端で人なのか物なのか分からなくなるくらいボヤける。
本来人の目は焦点が合っていない場所はボヤけるものだが、それをより強くした感じで、視覚以外の感覚からもそのスタッフさんの存在自体がボヤけた感じだ。
ほー、確かに他にもスタッフさんはいるがどんな人がいたかまでは覚えられない感じだ。これなら淋しさは感じない。
「おぉ…凄いなこれは。今の調整も君の指示で他のスタッフの人達が俺だけを対象にスキル調整をしたってことだよね? それが一番凄いと思う」
「お褒めに預かり光栄にございます。それでは他にご質問がございませんでしたら、給仕を続けさせて戴いても宜しいでしょうか?」
「では、最後にひとつだけ。君の名前を聞かせてもらってもいいかな? これからもお世話になるわけだし、いつまでも君って言うのも失礼な感じだし」
俺が照れ隠しに頭を掻きながら聞くと世話係りさんは笑顔で答えてくれた。
「これは大変失礼致しました。わたくし、当宿の接客担当を勤めさせて戴いております、フェネリと申します。今後とも宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ宜しくフェネリさん。早速ワインはお任せするので、料理と一緒にお願いします」
まさかまたすぐにスキル持ちに出会えるとは思わなかった。やはりこちらの世界のスキル持ちは能力を隠す傾向にあるのか? フェネリさんは自分達の『認識阻害』がスキルだと知っていた。しかも何人いるか分からないスタッフが同時に使い制御していた。ウェルが知らないとは思えないしな。また後で聞いてみよう。
またもやほぼ待つこともなく出てきた料理は、めちゃくちゃ美味かった。俺がいたシーヴァの街では見たこともない料理で、フェネリさんが運んでくる匂いだけでヨダレが溢れそうになる。
『川海老とアスパラのマカロニグラタン』と『ホロホ鳥の旬の野菜を詰めたグリル』という名のメイン二品。いつもの山盛りサラダのドレッシングはさっぱり系で、パンは全粒粉の薄くて平べったい熱々の物だった。メイン料理やサラダを載せて食べる事を勧められたので、やってみるともう止まらない。
グラタンの白いソースが衝撃的な美味さで、たっぷりかかってトロけたチーズとの相性も良く、三回もおかわりしてしまった。
元の世界だと運動量が多くて太る隙などなかったが、ここに来てからは比較的全く動いていないに等しい。人生初めて太るかもなと思ったが気にせず食べる。明日の予定は決まっていないが、どこかで木剣でも手に入れて自主練するのも悪くないな。
夕食が終わり、風呂に入る為にフロントに寄る。シェルツさんにポーチを預けるとフェネリさんが昨日借りた屋内着とサンダルと下着を用意してくれていた。これはまた新しいものをサービスで提供してくれた。
さっき着替えてベッドの上に投げてきた鎧下も、買ってきてテーブルに置きっぱなしの衣類もクローゼットに移してくれたそうだ。荷物の移動はウェルの指示らしい。当分世話になることになったからありがたい気遣いだ。
さて、今日も楽しいアワアワタイムだ。昨日湯船で寝てしまって、それはそれで極楽気分だったのだが、今日はもう少し雰囲気を味わいたい。
フェネリさんが着替えを持ってきて籠に入れてくれる。脱いだ物も入浴中に洗濯に出してくれるらしい。
今日も何人か先客がいるが、気にせずに洗い場でアワアワになり、薬湯とハーブ湯を楽しんだ。
薬湯は回復ポーション入りなのかと思ったが、鉱物の成分が溶け出しているらしく、やや硫黄のような匂いと白く濁ったお湯が特徴だ。少し温めのお湯に浸かっていると、全身の筋肉がほぐれていくような感覚になる。
ざっと体をお湯で流した後、ハーブ湯に入ると、物は分からないが何種類かのハーブを煮出したようないい香りに包まれる。これも堪らんな…と心地好く浸り、またうとうとしてきたので寝る前になんとか脱衣場に出れた。体感的には短かったが、一時間以上入っていたようだ。
やはり風呂と石鹸、シャンプーは元の世界でも再現したいな。すぐには無理でもいつか絶対! と、本来の目的を忘れるくらい風呂にドップリはまった俺は、覚悟と決意を明後日の方向へ向けて燃え上がる。
フロントでポーチと鍵を受け取り、部屋に戻った俺はすぐにベッドに潜り込み、朝まで爆睡するのであった。
やっと二日目が終わります。
濃密な毎日を過ごすマビァの流れる時間は遅いですが、よろしければまたお付き合い下さいませm(_ _)m
次回は8月30日(日)の正午予定です。
よろしくお願い致します。




