二日目 ナクーランド帝国の顛末とスキルの考察
「俺がこの街に来て五年目か。帝国を出てからは七年近くになる。二年半前くらいか。この街にも帝国の末路が届いた」
そう言ってガラムさんが帝国を出た後の世界を語ってくれた。
その間に帝国は大陸にある国々を取り込んで、魔獣を狩りながら大きくなっていた。他の大陸世界は大きく帝国に反発し、その大陸にしか存在していない魔獣の保護を訴えた。
世界魔獣研究会によると、『全ての魔獣の生態系は世界の自然そのものと直結している。もし大陸単位で大きな生態系の変動があればバランスが崩れ、世界全ての急速な崩壊に繋がる可能性がある』と長年提唱してきた訳だが、帝国の一件でそれが証明される事になった。
帝国のある大陸全体に暗雲が立ち込め異常気象が頻発した。帝国は世界の要請を受け入れ魔獣狩りを中止する。しかし帝国はその時既に次の段階まで技術を進めていた。
この星の生物が誕生してから数十億年。帝国が十年弱で狩ってきた魔獣の数よりも、遥かに多い数のジェムが大地の奥深くに存在していると書かれている古代の文献を発見する。
自然死、事故、災害による死、自然の淘汰、進化の淘汰、あらゆる死によって数十億年分のジェムが、長い時間を掛けて蓄積し、世界中のあちこちの地下深くにドロドロに溶けて滞留しているというのだ。
数年で魔獣狩りに限界が来ることが分かっていた帝国は、その液化ジェムを採掘し代替燃料として研究を重ね、ついに実用化に辿り着いた……かのようにみえた。
帝国首都の中央都市にあるエネルギー供給施設で、液化ジェムの実用試験が行われた際に原因不明の大爆発を起こした。
都市の半分を吹き飛ばした爆発は、遠く離れていた筈の王宮や行政区、研究施設でも謎の誘爆を起こし、多くの死者を出した。爆発の原因は依然として不明だが、研究不足なのに焦り過ぎたのだろうというのが大方の意見らしい。
爆発現場を中心に、広い範囲で灰が降り積もり、一夜明けた頃には辺り一面は緑一杯の草花に覆われ、数日後には深い森に変貌していた。
その様子に帝国の終わりを確信したそれまで取り込まれていた周辺諸国は、それぞれ王家の復権や民主化などを起こしながらも、次第に元の生活に戻りつつあるという。
生き残った元帝国民も諸国の支援により立ち直ってきているが、やはり便利で豊かで贅沢三昧だった生活をしてきた者にとって、劣る文明社会での新しい暮らしは、なかなかの苦痛を強いているようだ。
大陸の隅まで追いやられた魔獣達は、元帝国中央都市の巨大な森に住み処を移し、順調に数を増やしているそうだ。
この世界的な大事件を、今では『星の大粛正』だの『魔獣の怨念返し』だの『女神の大制裁』と呼ばれ、ただの技術革新に失敗した事故だとは誰も思っていない。
魔獣を殺し過ぎた帝国を、この世界での唯一神、女神サスティリアが天罰を与えた。という考えで皆納得していた。
「というわけでな、いい反面教師が天罰で滅んだせいで、魔獣に対する扱いは世界的にもかなり慎重になっているが、帝国がおかしくなる以前までのやり方なら大丈夫だろうというのが世界の共通認識なんだそうだ。
帝国からは遥か地の果てのこの街に、その大事件のニュースが届いたのは、爆発から半年以上も経ってからだった。
俺は元帝国民で当事者だから驚いたが、この街の市民にとっては『そんな国があったんだね』くらいのあっさりした反応さ。
だがやはりこの国の上の連中や古代の遺産研究をしてる奴らはビビったみたいでな。この街も魔光灯が普及して以降はなんの進展もない。
そこまで技術の進歩を恐れる事はないんだけどな。でもそれは帝国での進んだ文明を当たり前に受け入れていた俺だから言えることなんだろう。
帝国の夜なんか都市中が色んな色の光でギラギラしてて昼より輝いていたし、魔獣や動物ではない乗り物が道を走ってたり空を飛んでたりしてたんだ。
この国との文明と技術の差は大きすぎるんだ。俺からしたらこの街は数百年前の世界だよ」
ふっと溜め息混じりの苦笑を漏らすガラムさん。
そんな下手したら世界が滅ぶような危険な出来事がこっちの世界にもあったんだな。ってこれか! ナン教授が言ってた大事件ってのは。
しかしガラムさんから見てこの街が数百年前なら、俺達の世界はどうなるんだろう。さっきウェルにも同じこと言われたのに。
「だから、まだあんたが気に病む必要はない。この星の守るべき自然の営みや生態系の在り方ってのは魔獣だけを指すわけじゃない。人間も含まれているんだ。増えすぎた魔獣の討伐を人間が行うのも自然の一部ってわけさ。
ナンチャッツ教授のような著名な人が土台作りに関わっているなら大丈夫だ。間違っていたなら的確に指摘してくれるだろうよ」
「そっか……。ありがとう。少し安心した」
そう聞いてほっと溜め息を吐く。安心したところで別の質問に移る。
「他にも聞きたいことがあったんだ。さっきのガラムさんの話に出てきた能力『九十九神の言霊』だっけ。それはスキルなんだろ? 俺がこの世界に来て、自力でスキルを修得した人にあったのはまだガラムさんだけなんだけど、他にも同じスキルを持ってる人とか、別のスキルを手に入れた人とかで知っている事はないかな?」
そう、キューブ以外でスキルを修得出来たと聞いたのは今のところガラムさんだけだ。この街の冒険者も兵士も誰も戦闘系のスキルを持っていないし、ギルマスや大尉の反応を見ても、自力で修得出来るなんて夢にも思ってなさそうだった。
それは平和過ぎて本気で訓練していないからだと俺は思う。しかし技能系のスキルは違う。鍛冶、木工、建築、料理など、『常により良いものを造る。己の技術の限界に挑戦する』といった職人気質は得てしてスキルを修得しやすい傾向にある。
例えばめちゃくちゃ美味い料理を作る『翡翠のギャロピス亭』のメインシェフさんは、何かのスキルを持っている可能性が高い。
他にはナン教授もそうだ。俺の大銀貨の文字が読めなかったので『解読』持ちではないらしいが、バーンクロコダイルを何度か討伐していそうなので、戦闘系のスキルはいくつか持っているだろう。
しかしギルマスも大尉も、俺が自力でスキルを得たと聞いた時、そんなヤツ見たことないって言っていた。
長い歴史の中で、技能職の何人かがスキルを自力で修得していて、それを誰かに話していれば、世間には『スキルは自力で修得できる』という事実が一般常識といて定着していただろう。それならギルマスや大尉に、俺がスキル持ちであることをあそこまで驚かれる事はなかった。
つまりこの世界のスキル持ちは、自分がスキル持ちである事を隠しているか、自分がスキル持ちだと思っていないかのどちらかか、あるいは両方だと思う。
「これはスキルなのか? スキルとは古代の遺産『キューブ』から得られるもんだろ? キューブは帝国にも何個もあったが、使用料がバカ高いのと必要に感じなかったから触ったことはなかったが。
俺は自分の能力のことは誰にも話さなかった。
俺の剣を買った冒険者が、折れたその剣を持ってきて『ナマクラを高く売り付けやがって、タダで交換しろ!』と言ってきた時があった。
俺は能力で剣の軌跡を見てみると、魔獣に斬りかかったところを避けられて、岩を叩いて刃こぼれしていた。魔獣を捕り逃したその冒険者は怒り任せに剣を地面に叩きつけた後、ブーツで踏みつけて折ったんだ。
それを冒険者に言ってやると、何故それを知っている? って顔になり、汚い捨て台詞を吐いて帰っていったよ。その時あまりこの力は知られない方がいいかもしれないと思ってな。それ以来黙ってるんだ。
俺の師匠や兄弟子、弟弟子達と集まって寄り合いをしていた時に、さりげなく力の事を探ってみた事はある。
『剣がこれ迄の戦いを話してくれればいいのにな』とか『あの客の刃こぼれの理由とか分かればいいのに』とか酔った冗談として聞いたんだ『お前ならどう思う?』てな。
『それはいいな』と同意する者もいれば、『そんなに都合のいい話があるか』とバカにする者や様々いたが、自分にはそれが出来るとか、そういう能力があるって話は出なかった。
まぁ俺と同じ様に隠している場合もあったから、本当にいなかったかまでは分からんが、少なくとも俺はこれ迄に能力を持った他の者にあった事はないな」
なるほど、やはり『自分が修得したものがスキルだと知らない』『スキルはキューブから授かる物』『自分がスキルを使えることを隠している』の三点がスキルが知られるのを妨げているっぽい。技能系スキルは戦闘系と違って発光しないからな。ガラムさんが俺の剣を見た時の反応は、俺の剣の軌跡が異常過ぎてだったから、普通の剣を見る時は精神統一しているようにしか見えないだろうし。
「なるほど…。ガラムさんの『九十九神の言霊』はスキルで間違いないよ。修得時に脳裏にスキル名と『はい』『いいえ』の二択があったんだよね。それがその証拠なんだ。
じゃあ帝国にあったキューブの数とスキル名は覚えている?」
「えーと、数は十二個だったか? どれも武器の技だった気がするな。今は爆発と森に埋もれて使い物にならんだろうな」
そっかー、いや逆に帝国に求めるスキルがなくて良かったよ。もしそこにだけしか可能性がなかったら、地の果てほど遠い別大陸の大密林の中に探しに行かなきゃいけなかった。
「でもそうか、これはスキルだったんだな。俺だけに宿ったあまり良くない力かと心配する事もあったんだ。他の人も隠してるだけかもしれないんだな」
「そうだな。俺は十以上持ってるよ。それも俺が異世界人だからなのかまでは分からないけど、修得の仕方も同じだった。俺の世界では教会の司祭様にお願いすれば消す事も出来たんだけどね」
「そうなのか。一時は嫌で嫌で仕方がなかったが、こっちに来てからは殆ど使ってないから、別に消えてほしいとまでは思わなかったな。最も、さっきのは本当に死ぬかと思うくらい強烈だったがな」
「あ、あはは…。失礼しました」
ニッと笑って見せるガラムさん。俺も苦笑で詫びる。
「いや、マビァさん。あんたの剣は常に護るための戦いをしている。この剣と盾は俺がしっかりみといてやる。明日の夕暮れにでも取りに来な」
「マビァでいいですよ。こっちこそ助かった、ありがとう。ではまた明日に。あ、ウェルに話を通しておくんで、その時にはそっちもお願いします」
よかった引き受けてもらえた。色々と役立つ話も聞けたし考える事も増えたな。すっかり遅くなり暗くなった帰り道。あれこれ考えながら宿へと急ぐ。
今日一日で普段使ってない頭を使い過ぎだ。元の世界では普段戦ってばかりで、頭を使うのは戦闘訓練の時にスキルの組み合わせとクールタイムの有効的な使い方とか、複数の敵を如何に少ない手数で倒すかを考えるくらいだ。あとは酒場でのカードゲームやボードゲームくらいか? 殆どは負けてばかりだったけど。とにかく腹へったので飯食って風呂に入りたい。今日は残り二つの湯船にも入ってみなければ。
次回は8月23日(日)の正午予定です。
お暇でしたらまたお付き合い下さいませ。




