二日目 説明と実演
「この黒板使わせてもらいますねー」と言いつつ俺は皆の前に出てチョークを持つ。本来司会進行役だったギルマスも座らせ見渡すとコニスも座ってこっちを見てた。何で座ってんの? お前仕事あるんじゃないの? 仕事してこいよ的な笑みで見詰めていると、
「あ、私昨日から今朝まで夜勤で、それから今まで残業してまして、今お茶配ったのでお仕事終わりです。だから今ここにいるのは私の自由ですよね!」
と言って薄い胸を張る。迸らんわ~。とギルマスを見ても、
「これ聞かせたら帰らせますので多目に見てやって下さい」
と手を合わせて言われた。仕方無いなぁ。
「じゃあコニス。今度記者にペラペラ喋ったらお仕置きするから。黙っててくれるって約束できるならいいぞ」
優しい笑顔で力を込めて言うと、「ひぅっ!」と小さい悲鳴を上げつつもコクコクと頷いたので、まあ良しとする。
「じゃあ始めます。あ、その前に俺はあのワニのことは何も知らなかったし、見たことも聞いたことも火を吐くことも知らなかったというのをお忘れなく。
あの日の朝、道に迷っていた俺は細い川を見つけて水を飲みに近付きました。ついでに全身血まみ……全身泥々に汚れてたので何もかも洗って綺麗にしようとしたのです」
血塗れと言いそうになったところで、何人かがピクリと動いた。やっべえ危なかった。
「鎧と鎧下を脱いで川に浸けて水流で泥を溶かし、下着姿のまま川に入って丸洗いしてた時にワニが現れました。必死で川原に上がり、剣と盾を装備すると裸足のままでワニと対峙することになりました」
「じゃあ、下着姿で裸足のままあのバーンクロコダイルを討伐したというのか? 恐ろしくないのか君は」
大尉が驚愕している。他のみんなも想像したのか、やはり青い顔をしていた。
「でもやらなきゃ食われますからね。それに俺の鎧なんて気休め程度の防御力しかありません。あのワニの強力な顎で噛み付かれたら、どんな場所でもぐちゃぐちゃに潰れてますから。俺の戦い方は基本的に回避です。敵の攻撃に当てていいのは剣と盾だけですよ」
そう言いながら、黒板に現場の地形を描いていく。上に川、真ん中に川原、下に土手(草生えてる)と線で分けて書き、川原の川寄りに横長の楕円を描いてその中にワニと書く。ワニの右斜め下に丸を描いて横にオレと書く。
「これが戦闘開始時の位置関係ですね。ワニは右側が顔です。ご覧のように右に回れば川なので負け確定です。なので左にジワジワ回って、この辺で一度試しに斬りかかろうとした時に、尻尾の不意打ちが来ました。尻尾で弾いた十個近い拳大以上の大きさの石が飛んできたのです!」
ワニの楕円に曲がった尻尾を描き、小さな丸を幾つも描いて、流れ星のように尾から飛んで来てるように見える線を引く。
「俺は咄嗟に『ミラージュシールド』を展開し、大半は石を防いだのですが、ひとつだけ左の太股に当たりました。でもワニの石飛ばしは囮でほぼ同時に噛み付いてきたので、脚の痛みを堪え後ろに跳びつつ、牽制で剣を横薙ぎしました」
『ミラージュシールド』のところでみんなが「へ?」って顔をするが無視して進める。
「剣は鼻先を斬りましたがやはり顔と背中の皮が固そうなので、お腹を狙う事にして、まず右にフェイント。誘われて噛み付いてきたところを、こう盾で逸らして右に回りつつ逆手に握った剣で喉を突き刺しました」
実際に盾と剣を使って動いて見せる。が、イマイチみんなの反応がおかしい。
「深く刺した剣を抜きそのままこの辺に跳んで振り向くと、ワニの喉が赤く膨れ上がりこっちに向けて口を開いたので、咄嗟に『ミラージュシールド』を上と右に展開、続いて『ミラージュバッシュ』で飛んできた火球を…」
「まっ!待て待て待てっ! なんなんださっきからみらーじゅしーるどとかなんとか…。さっぱり解らんぞ?? まずその説明をしてくれないか?」
なんだよ、いよいよ佳境に入ってこれからって時に。でも文句を言ったのは大尉だが、みんなも困った顔をしていた。あ~。飛ばしすぎたか。
「えーとですねぇ、『ミラージュシールド』とは盾専用の防御スキルでして、一秒間だけ盾を三枚に増やすことができるスキルです。石から身を守ったときは、こう横に展開しました」
そう言って実際にスキルを使って見せて、横並びの青く薄光りする三枚盾が一秒だけ出て消える。
「再使用できるまで四十秒かかります。火球の時は上と右に展開した直後に『ミラージュバッシュ』を使いました。これはミラージュシールドが発動中の時だけ使用できる反撃用スキルで、あらゆる物理攻撃を相手に倍にして返すことが出来ます。見せますのでちょっと待って下さいね」
クールタイムが終わるまで少し待ってもらう。仄かに光っていた盾の光が消えるとクールタイムの終了の合図だ。盾を構え青いミラージュシールドから赤のバッシュにして突き出して見せる。
「ワニの炎は粘液が燃えてるので物理攻撃でした。普通に盾やミラージュシールドで受けてたら、盾に粘液が貼り付いてそのまま燃やされていたでしょうね。機転を効かしてバッシュで打ち返したから良かったのです。これで二つのスキルの特性は解りましたか?」
みんななんとか納得してそうなようだが、なんかおかしいな。
「スキルだと? では君は他所でこの街に有るのとは違うキューブからスキルを二つも修得しているというのか?」
大尉が立ち上がって聞いてくる。そこをギルマスが俺のフォローをしてくれる。
「ラクスト隊長、彼はキューブなんてこの街に来るまで知らなかったようです。彼のスキルは彼自身が鍛練に鍛練を重ね、何にも頼らずに会得した物だそうですよ。彼は他にも幾つか修得しているそうです」
「な………。そんな事が古代の遺産を頼らずに出来るというのか」
そう呟くと、力無く席に座った。
「結局、俺達には無い力が有ったからバーンクロコダイルも倒せたし、実力試験で伝説級の魔獣も倒せると言う訳か」
この言い草にはちょっとブチ切れかけたが、必死で堪える。
「…では、大尉は俺がスキルを使ったからワニを倒せたと言うのですね? スキルを使わなければ俺は勝てないと」
「実際にそのミラージュシールドとバッシュで倒したのだろう? スキルのお陰ではないのか?」
「ミラージュシールドはたった一秒、防御範囲を広げるだけです。使いどころを誤れば効果はないですし、防御専用のスキルですから何回使おうがワニは倒せません。またバッシュは確かに反撃スキルですので、ワニからの直接攻撃なら倍返しでダメージは与えられますが、今回使ったのは火の着いた粘液を跳ね返しただけです。倍返しの効果は粘液の跳ね返る速度が倍になるだけで、火の大きさや熱さまで倍になる訳ではないですし、そもそも火を吐くワニに火を当ててもダメージはありません。精々慌てさせるくらいですから、やはり今回バッシュでは倒せていません」
「君は他にもスキルが色々あるんだろう? 攻撃用のスキルで倒したんだろう」
「この戦いでは先に述べた二種類のスキル以外使っていません。見ていなかったから俺に説明させてるんでしょ。だったら勝手に断定しないでもらえますか」
「だが、君には強い力が他にもある。その時点で我々に倒せない敵も倒せると言うことじゃないか。俺が知りたかったのは我々兵士にもできるバーンクロコダイルの倒し方のヒントだ。強い力がないとアレに勝てないと言うのなら我々にはどうしようもないということではないか」
結局俺が攻撃用のスキルで倒したと決めつけている。スキルがないと勝てなくてもいいと言い切りやがった。
ああ言えばこう言う。自分が納得出来なければ相手が嘘を吐いていると決め付ける。自分達が勝てないのは、どうやっても勝てないほど敵が強いからだと諦め、勝てない自分達は悪くないと開き直る。このとことんまで腐り果てた甘ったれな態度にブチ切れ寸前だ。俺は顔面が怒りでピクピクするのを感じながらひとつ提案をする。
「いいでしょう。じゃあ俺がこれからスキルなしで簡単にワニを倒すところをお見せしますよ。あの戦いを再現して鎧とブーツも脱いで、剣と盾だけでやります。これでもう文句はないですか?」
「ああ、それなら問題ない。是非とも知りたかった事だ」
「では、俺が見せた後には、ケラルさんと一緒で構わないので、二人でワニを倒して戴けますか? 俺の使う剣と盾はこれを使います」
タネもシカケもないことを分からせる為に武具も見せる。
「…まるで激戦を戦い抜いたかのような、使い込まれた剣だな。我々の新品同様の剣と大違いだ」
「そうなんですよ。今すぐにでも手入れに出してやりたいんですけどね」
あんたらが邪魔するから未だに手入れ出来ていないんですよ。と裏に皮肉を込めたつもりだが気付く訳ないか。まぁ、これでお前の武器がいいからだってイチャモンは付けられないだろう。
「お二人とも今日は盾はお持ちでないですが、討伐時にはどうされてますか? 軍の剣術では盾を使わないとか…」
「いや任務の時には装備している。ギルドマスター、二つ借りれますかな?」
「はっはい! 試験場に大小色々取り揃えておりますので、ご自由にお使い下さい」
あ、試験用に武具は置いてあったか。だったら宿から鎧を着てくることもなかったかもな。
「では、俺はご覧戴いた剣と盾のみでスキルは使わずに、皆さんでも戦える方法でバーンクロコダイルを倒すことをここに誓います。お二人にも国の軍人としての誇りと名誉に懸けて、ワニを討伐することを誓ってもらっても宜しいですか?」
俺は剣を胸に掲げ誓いっぽいポーズをする。ハンターはそんなことしなくても、大抵覚悟は決まってるからな。余程のことがない限りそんな面倒な儀式めいたことはしない。今回は、こいつら兵士の逃げ道を無くすためのパフォーマンスに過ぎない。
「ああ、もちろんだ」「はい!自分もです」
そう言い、この国流のなのか誓いのポーズをした。ふふふ。これでさっきみたいな言い訳出来ると思うなよ。おそらく悪い笑顔をしてるであろう俺の顔を見たコニスがビクッと震えたのが見えたがほっとく。
「ではギルマス、バーンクロコダイルとの模擬戦の準備をお願いします」
「はい分かりました。では皆さんは試験場までお願いします。コニスくんジェムの準備を頼む」
「え?」って顔をして渋々動き出すコニス。そういえばあいつ、仕事終わって帰るんだったな。さっさと帰れば巻き込まれずに済んだのにな。
俺だけが試験場に入り、軍人の二人はギルマスの近く、上段の観覧席の召喚台の近くに立っている。ウェルは今そこにはいない。表の記者二人もここに来てもらうように頼んだのだ。ウェルは怪訝そうな顔をして「いいのか?」と聞いてきたが、俺は「後から見てもないのに、噂や想像だけで書かれるよりはずっといいと思う。ただ見せてやる条件として、大袈裟な書き方はするなと釘を刺しといてくれる?」と言うと、ウェルは笑って二人を迎えに行った。
コニスもバーンクロコダイルのジェムを取りに行ってるのでここにいない。待ってる間に大尉とケラルが見えやすい位置をギルマスに聞いて、大尉は右から、ケラルは左やや後方から見るために別れる。後でお互いが見たものを話し合って、どうするか決めるのだろう。
そこへ噂を聞き付けたヒマな冒険者達や職員がぞろぞろと見学にやって来る。総勢で三十人くらいか? 俺が条件をあの時と同じにする為に、下着の上下と剣と盾になってるので、こちらを見てニヤニヤ嗤っているヤツもいた。
やがてコニスとウェル達三人が戻って来て、手の空いた職員も増え、準備が整ってきた。記者の二人はまたあの道具を辺りに向け、時々あの強い光が光ってる。なんなんだ、あの道具は。
ギルマスが壇上に立ちこちらを向いて頷いたので、俺も頷き返す。
「では、これよりこちらのマビァさんが、昨日討伐したバーンクロコダイルとの戦いを再現して下さいます。昨日彼は川で下着姿で身体を洗っている最中にバーンクロコダイルに襲われましたので、それも再現する為に鎧もブーツも脱いで戴いています。また、彼は昨日あのワニを初めて見たので、どんな存在かを知らずに戦いました。今回は知った上で、他の誰にでも出来る対処法で倒して下さるそうです」
そう聞くと、観客がざわざわと騒ぎ出す。まぁどんなことを話しているのかは想像できるが、俺は気持ちを高め集中しだしたので気にならない。
「ではマビァさん、お願いします! 出でよバーンクロコダイル!」
ギルマスが掲げるジェムからオレンジ色の光が飛び出して、俺の前方十メートルほどの場所に現れる。あの時のヤツと同じ大きさのワニだ。アイツのジェムなので当たり前らしいが。
ワニがこちらを獲物と認識したところで俺は走り出す。不意討ちだとか後でイチャモン付けられたくないからな。ワニの左斜め前からの突進でヤツの攻撃範囲に入る直前に、右側にフェイント。ワニの噛み付きを誘って、盾でそれを逸らす。右回転で剣を逆手に持ち喉に刺す。ここまでは昨日と同じ流れでここからスキル無しのアレンジ。同じように一度跳んで離れるが、振り向き様にすぐに喉目掛けて突っ込む。ワニが喉を赤く光らせ膨らませるところを、先程刺した傷と交差するように差し込み、引き抜きながら左斜め下に広く切り広げる。幻の血と粘液と炎が吹き出るので、盾を翳しながら右回転でワニの右前足を回り込み、のたうつ脇下に剣を刺す。肺が有るであろう場所に肋骨を避けて刺し込んだ剣を捻って傷口を広げ、そのまま飛び下がって剣を払い鞘に納めた。納めて「あ、剣に血は付かないんだっけ?」と思ったが、いつもの癖だ仕方がない。
ワニの幻が消えていく中、静まり返った客席を見上げると、誰ひとり固まって動かない。大尉とケラルにも目を向けるが、カクンと大口を開けたまま固まっていた。はぁ~~~~っと長ーい溜め息を吐いて、俺は大尉に向かって大声で言う。
「どうです? 大尉、ケラルさん。 貴方達の望み通りに特別な力なんて使わずに、誰でもできる方法でワニを倒してやった感想は?!」
聞くが思考が全くついていかないのか、茫然としている。確かに今まで、ワニ一匹を大勢で取り囲んでそれでも何時間かかるか分からないって作戦しか考えられない人だ。
今、目の前で起きた事実。たったひとりで三手で二十秒もかからずに倒されたんだから、自分が築き上げてきた戦いの常識が崩壊してもおかしくないわな。
あー、俺も最近体験したわ。アルフレイドさん達『赤竜石隊』の苛烈な攻撃を見た時に。いやいやいや、俺みたいな最弱Cランクの通常戦闘とアレを一緒にされたんじゃ堪ったもんじゃない。
徐々に観客達がざわめき出す。「なぁ何があった?」「いや、わかんねぇ」「早かったよな、何秒だ?」「凄かった…のかな」と口々に言うがほぼ全員理解して無いようだ。
「おーい大尉さーん」と声をかけると、ビクッと反応し、「あ、ああ。すまないがもう一度見せてもらってもいいだろうか?」と言うので、目線をケラルに移すと「じ、自分ももう一度お願い致します!」と焦りながら答えた。
「ギルマスゥッ!!」
俺は怒鳴ると、やはり呆けていたギルマスがビクッと動き「は、はいぃ!」と上ずった声で返事をする。俺の怒鳴り声でまた観客が静かになった。
「後三回連続でワニ出して下さい。最初はさっきと同じ倒し方でやります。後の二回は違う手順での倒し方を見せます。他の冒険者も今度はよく見といて下さい。既に一回見せたのに、あと三回も見せるんです。もう二度と教えませんので、見えないだの分からなかっただのの言い訳は聞きません。そのつもりで。大尉もケラルさんも誓いに懸けて、それで宜しいですね!」
そう言われて、流石に真剣に見詰めてくる観客達。何があったのか分からないのが悔しいのだろう。大尉達も俺の念押しにグッと頷いたが、どうなるやら…。
そして、三連戦違う立ち回りで倒すのに三分とかからなかった。
二戦目からの違う手順と言っても、顔や背中に剣は通らないので柔らかい脇腹から下を狙うしかないのだが、ワニはその大半を地面に押し付け隠している。なので倒し方としては基本一戦目にしたのが一番効率がいい。二戦目は後ろから近付いて尾をかわし、肺を貫くというあまり変わらないものをやった。三戦目は少しお遊びで背に跳び乗って、振り落とそうと横回転して胸が見えたところを心臓一突き。これは無理に出来なくてもいいだろうが、簡単に倒せそうな感じは伝わった筈だ。大尉とケラルは一緒になにやら話している。
「大尉ー? 約束通りお二人で戦って戴きますが、もう少し時間かかりそうですか?」
と、わざとお伺いをたてる。
「あ、ああ。今作戦を立てるから少し時間をくれ」
「分かりました。あと五分ですよ」
時間を決めないといつまでもやりそうにないからな。さて、暇潰しに弄れる冒険者はいないかな?
再びざわつく観客達に聞き耳を立て、「なあ、あのバーンクロコダイルって実は弱いんじゃね?」って声が聴こえてきたので言ったヤツを見つけビシッと指差す。
「よーし! そこの貴方よく言った! 弱いと思いましたよね? そうなんですよ弱いんだよコイツらは。じゃあ挑戦してもらいましょうか。こっちに降りて来てください。仲間も一緒でいいですよ! コニス連れてこい!」
戦いを生業とする冒険者が、弱いと感じた魔獣相手に退いてたら稼ぎにもならない。しかもアイドル(笑)のコニスの前なら格好もつけたくなるだろう。コニスはとっくに時間外労働だろうが残ってる方が悪い。一瞬暗い表情が見えかけたが、男(信者)達の手前イメージは崩せない。コニスマイルのまま俺の所へ男達を連れて来た。
こっそり「も~っ! 後で何か奢って下さいよ?」と言ってくるが、「ずっとおもしれーもん見せてやってんじゃねーかタダで、嫌なら帰れよ。仕事終わってんだろ? まぁ見てなって、これからこのギルドに大改革が起きるかもって時なんだ。そこは特等席だぜ?」と言ってやると、目をパチクリさせた後、男達の手前笑顔を崩さずに一歩下がる。
「さあ、来てもらった貴方達に質問だ。名前とランクを聞いてもいいかな?」
男達は二十代中頃の三人パーティで、名前はマッチュー、オルティーガ、ガイヤーンのDランクだそうだ。
「ほう! お三方揃ってこのギルド支部のトップランカーではないですか! やはり三人揃っての連携がお得意で?」
「おうよ! 俺達にかかりゃ列を成してる魔獣どもを次々に薙ぎ倒してやってらあ! 『黒い三連狩り』って巷じゃ有名よ!」
そう言って、偉そうに胸を張り威張る…ええと誰だっけ? やんやと褒め囃し立てる俺。そしたら三人のやる気が面白いように上がる。
「Dランク三人なら充分に倒せるさ! では挑戦して戴きましょー!」
自信があるようで、三人は意気揚々と中心へと歩いていく。
だが、バーンクロコダイルが現れた途端、悲鳴を上げバラバラに逃げ惑い、飛んでくる火球を避けるので精一杯だ。たった一頭のワニ相手に三人揃って逃げ惑う姿は戦闘初心者以外の何者でもない。少しでも戦闘経験のある者なら三人もいれば、囮役と攻撃役に別れて対処するなど基本中の基本であり、それすら出来ていない奴らがこのギルドのハイランカーだなんて冗談としても酷すぎる。
「なあ、あいつらがいつも狩ってるってどんな魔獣なんだ?」
後ろのコニスに聞くと、トトトっと小走りで近付いてきて教えてくれる。あざとい。
「野菜畑に出る『アオムー』ってイモムシ型の魔獣です。こーんなに大きいんですよ」
と、両手で横長の楕円を胸の前に描く。確かにイモムシにしちゃデカい。レタス二玉分くらいだろうか? お前のもそれくらいあったらいいのにな。
「成長するとキレイな蝶の『アゲアゲハ』になるんです。野菜さえ被害がなければ攻撃力のない無害な魔獣ですね。ちなみにどちらもFランクですよ」
「じゃあ、列を成してる魔獣って…」
「大抵、野菜畑って畝が列を成してますよね」
「『黒い三連狩り』って…」
「日焼け対策で黒い頬っ被りしてるからじゃないですか?」
野菜畑の害虫駆除かよ! いやその手のお仕事をされてる方々には、大変なお仕事だと思うし、美味しい野菜を守ってくれているから感謝で一杯だけど、曲がりなりにも『冒険者』の名の付く、しかもギルドのトップランカーがやるお仕事か?! あまりの逃げっぷりが哀れになり、仕方ないので応援を呼んでやる。
「大尉、ケラルさん。時間ですのでもう待てませんよ。今、冒険者の三人が苦戦中です。これでこの街の平和を守る軍人様が、大事なお国の税金で裕福に生活しておいて、彼ら市民と共に戦えないってことはないですよね? 二人で戦うより有利ですよ? 降りてきて彼らを助けてやって下さいよ」
まだ何も言わない大尉とケラルをこれでもかと挑発すると、渋い顔をしながら会場へ降りてきた。
「ケラル伍長、我らドライクル王国軍人の名に懸けて、必ず討ち取るぞ!」
あ、ここドライクルって名前の国だったんだ。と今更のように思うが正直どうでもいい。二人は「うおお!」と勇ましく進むが遅い! のたのたと腰を引いたおかしな体勢で走る。しかもワニと少し目が合うと「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、頭を抱えて踞る。おい軍人の名どこに行った。
俺は一見して何十分経っても進展の無さそうな戦いを放っておいて、もそもそと鎧下と鎧、ブーツを身に付け、チラリと周りを見る。コニスは死ぬほど退屈だがアイドル(笑)の立場を捨てられないのでそこから動けず、手をお尻で組み、片足の爪先で床をグリグリして「私退屈ですよ~」アピールをしている。あざとい。
ギルマスはそろそろ魔力切れか? 息も荒く少し顔が青い。
ウェルはどこ行った? と探すと観客席の別の場所にいて、見たことのあるおっさんを連れていた。こちらと目が合うと手を振るので行ってみる。
「おうっ! マビァ、来て下さったぜ。こちらが魔獣研究の権威、ナンチャッツ教授だ。お前昨日教授にちょっと会ってたらしいな? さっき教授が言ってたぜ」
「君が新聞で騒がれてた救世主だったか。確かに昨日、木の棒にバーンクロコダイルの皮と、火燃袋をぶら下げてたから狩って来たかとは思ってたが、その程度でこのバカ騒ぎとは見ちゃいられんな」
そう言って下の試験場の騒動を呆れて見下ろすナンチャッツ教授。
「昨日はお世話になりました。まさか魔獣の研究者だったとは驚きですよ。俺はてっきり街へ納品ついでに、子ども達と遊びに来たお父さんだと思いました」
そう、昨日西門を通った時にノウトスの馬車を操ってたおっさんだ。魔獣大好きっぽかったけど、専門家だったってわけだ。ナンチャッツ教授は昨日の農夫風な装いとは格好が違ったが、ギルマスの様にしっかりとフォーマルな装いではなく、そのまま魔獣研究に遠出に出掛けてもおかしくない格好をしている。
「がっはっはっは。アイツらは孫だ。俺と行くフィールドワークが好きでな。昨日までの一週間、草食系の大人しい魔獣の生態を調査に行ってたんだ。ガキの発想力と観察力は凄いぞ! アイツらはいい研究者になれるわい」
ナンチャッツ教授は若く見えるがお孫さんとは。しかしあんな小さい子を一週間も野外調査に出すとは、どんな息子(娘?)夫婦なんだろう。
「俺がバーンクロコダイルを狩った事には驚かずに、あの惨状の方に驚くとは、ナンチャッツ教授は魔獣狩りもできるんですか?」
俺は下の試験場で逃げ回る無様な男達を指差しながら言う。
「俺の名前言いにくいだろ? ナンでいいぜ。そうだな、研究者として肉食系の生態を調べるとなると、やはり危険は付き物だろ? 草食系でも種類に依っては、繁殖期とか危険な時もある。時には殺すしかない場合もあるからな。兄ちゃんほど鮮やかに倒せやしないがな、アイツらほど腰抜けでもない」
ナンさんまたはナン教授と呼ぶことにしよう。苦笑して下を眺める彼は、どこで戦いの心得を身に付けたんだろう。この街の環境では難しそうだから、外国でか独学なのか。研究者って言うより彼の方が冒険者に見える。
ギルマスの方に目をやると、もう限界みたいだったので、下のを終わらせることにする。
「じゃあナンさんウェル。下のを収めてきますので、後程お話を聞かせて戴きます」
俺はお辞儀して下に急ぐ。ナンさんとウェルも「おう、行ってこい」「しっかりな」と送り出してくれた。
次回は7月12日(日)の正午に更新予定です。
お絵描きが捗らない…○| ̄|_