初日 戦利品の査定結果
「マスター、マビァさん大変です!」
飛び込んで来たコニスは、ハァハァと肩で息をして汗だくだ。まぁこれ迄の反応でこういうリアクションが来るのは予想してたから、俺はソファーに深く座り冷たいお茶を楽しんでた。ギルマスは一体どうしたのかと固まっていた。
「先程のマビァさんの討伐品、バーンクロコダイルでした!」
「なっ、なんだとお!」
ふたりの予想通りの反応が安物の芝居でも観ているようで、俺は冷めた感じでコップのお茶を回しながら「そうだよー」と普通に返す。ギルマスが俺の方をチラッと見て「間違いないんだな?」とコニスに再度確認を取る。
「はい、間違いありません。ベテラン鑑定士のティッカルさんのお墨付きです!」
「…そうか。いや確かにマビァさんの実力なら倒せる相手なのだろう…しかし…」
いまいち納得のいってないギルマス。だから俺はあんたに実力を語られるほど見せてねーだろ。
「まぁ落ち着いて。で、査定してもらった金額はどうなりました?」
そう俺に聞かれてポカンとしたコニスは、左手に持ってた皮袋を思い出したかの様に突き出してきた。
「は、はい!こちらになります。合計で金貨一枚と大銀貨六枚。十六万カルダです」
やった。漸く現金が手に入った。これで飯食って宿屋に泊まって、できれば風呂に入りたいな。でもこの場を収めとかないと後々面倒だな。そう思ってるとまた廊下が騒がしくなる。ドカドカと響く足音に「ちょっと、お待ちください!」と焦る女の声。バンッと開いた扉の向こうにいたのは、今度は兵士だった。
「申し訳ないギルマス。少し失礼」
「ラクスト大尉? どうしました。何かあったのですか?」
ギルマスなら大尉クラスの軍人とも知り合いか。ってこの大尉さん西門の? この人大尉だったんだ。大尉さんは座ってるこっちに向いて話し出す。
「やぁ、マビァくんだったね。どうやら獲物の換金は無事に済んだようでよかった。君が倒した魔物はなんだったかな?」
そういってニヤリと笑う大尉さん。なんだバレたんなら仕方がない。俺も開き直って座ったまま対応する。
「先程は本当に助かりました。お陰で今晩の宿代くらいにはなりそうですよ」
「ラクスト大尉、マビァさんに御用のようですが、彼の討伐の査定をしたのは我がギルドです。獲物はバーンクロコダイルだったそうですが…。何か問題でもあったんですか?」
「そうそう、大尉さんや兵士さん達がまだ一匹も捕らえられてないって話のヤツらしいんだけど、倒しちゃ悪いヤツでしたか?」
と、ちょっと挑発的に言ってみる。嫌味が過ぎるかな? とは若干思っているが、いい加減疲れが溜まってて多少イラついているのだ。できれば早く終わらせたい。
「いや、そうではない。話は現場を見に行った兵士にさせる。ケラルくん先程の報告をもう一度頼む」
大尉さんが脇に避けて促すと、後ろからひとりの兵士さんが入って来て敬礼をする。後ろの廊下にチラッと見えたのはもうひとりの受付嬢だった。あの子がさっきの焦って止めてた声の子かな?
「報告します。通報のあった現場の火災原因はバーンクロコダイルに依るものでした。現場付近には焚き火の後と土手に僅なブーツの足跡がひとり分、バーンクロコダイルは燃え尽き骨だけになっており、大牙と前片足の爪、そしてじジェムが無いことから討伐者が持っていると思われます!」
火災…ん火災? と聞いてやっとトカゲに火を着けて逃げるように去ったのを思い出した。後の村の美しさや、楽しい街までの旅ですっっっっかり忘れてたーっ?! ヤバい大火事になってたらどうしよう。
「それで火災はどうなった?」
大尉さんの言葉に、態度は余裕に座ったままで、内心ヒヤヒヤしながら答えを待つ。
「火災はバーンクロコダイルのみで、付近に被害は無し。戦闘でも周辺に焼け跡がなく討伐方法が全く判明しません。私達の到着時には黒煙こそ凄かったものの、炎は焚き火程度になっており火燃液も燃え尽きていました」
ふーー、よかった、火事にはならなかったんだ。あの粘液は火燃液っていうんだな。わかりやすいがそのままだ。あ、あの液自分の分、取っとくの忘れてた。
「というわけだ、ギルマス。私は彼にどうやって倒したのかどうしても聞きたい。それで急いで押し掛けてしまった。申し訳ないと思っている」
大尉さんは頭を下げて謝罪する。
「いやいや、我々ギルド側も彼がバーンクロコダイルを討伐したのではと知ったばかりでして、その証言と裏付けをして戴いたので、こちらは感謝しかありませんよ。是非とも私も討伐方法を知りたいものです」
そういってふたりは座ってる俺の方を見つめてきた。ええい暑苦しい。ギルドの方を何とかして今日は終ろうと思っていたけど、もうやる気なくしたわ!
「わかってるよ。あ、今かなりイラついてるから口調は勘弁な。まず確認だ。そこの兵士、ええとケラルだっけ? あんたがその火災の通報を受けたのは何時だ?」
いきなり話を振られ焦るケラルくん。キョロキョロした後大尉さんを見て、大尉さんが頷いて促すと説明してくれる。
「は、はい。確か通報は二時を回った頃だったと思います。現場にはギャロピスで一時間半ほどかかりますので、到着は三時半過ぎだと思います」
「俺はヤツを倒してすぐ火を着けた訳じゃない。さてギルマス、あんたも現場経験あるなら分かるだろうが、俺が持ってきた戦利品の解体と支度、どれくらいの時間で出来る?」
今度戸惑ったのはギルマスだ。ちょっと面白いな。
「あ、え、ええとそうだな………。一時間半か二時間ってところじゃないでしょうか」
「そうだな、いい線いってる」と俺は頷くが嘘だ。あの程度の作業はもっと速く終わる。
「つまりそれより早い時間には倒してたって訳だ。じゃあ最後に大尉さん。あんたなら何時間でヤツを倒せる? 別に一小隊使ってもいいぜ」
やはり困る大尉さん。倒したこと無いのは俺は知ってるからな、しっかり考えてくれよ。
「………すまない。分からないが、最低でも三時間はかかると思う」
「分かった。俺ならもう少し速く倒せるが、つまり何が言いたいかというと、そんな早い時間から戦って、重い戦利品を担いでここまで歩いて、ギルドに着いたら着いたで、試験だって戦わされたんだ。もうヘロヘロの限界なんだよ。だから明日の昼過ぎから、またここでってことにしてくれないかな? 頼むよ」
そう聞いて、無理強い出来る者は誰もいなかった。「あう…」とか「うっ…」とか言って黙り込んでしまう。しかしこれは俺が仕組んだ心理的な罠だ。
まず高圧的な態度に出て注意を引いた後に、予想外の相手に予想外の質問をする。今回は下っぱっぽいケラルくんに時間を聞いて考えさせることによって他のみんなの注意がケラルくんに向き、同時に彼等も時間のことを考え始める。これで主導権は取ったも同然だ。
次にギルマスに経験者だろとやんわり脅しをかけ時間を答えさせる。どうせ長めに答えることは想像出来たが、それを肯定してやる。そうすることによってギルマスに俺が共感を持っていると錯覚させる。
次は大尉さんに出来もしないことを押し付ける。それにより大尉という立場でありながら目の前の若造に劣るという自己嫌悪を誘い、それを否定したいプライドを刺激する。しかし、既に俺にバーンクロコダイルを一度も倒せたことがないと言ってしまっているので、嘘を吐いてまで虚勢は張れない。大尉さんの言い様で分かるが、プライドの許す限りの長い必要時間を言わせることに成功する。
最後にどれだけ自分が大変だったかを説く。ここまででみんなに時間経過を考えさせたので、あっさりと共感され、最後に態度を和らげてお願いすることでみんなの同情を俺が総取りすることが出来るってわけだ。会話中の時間もハッタリでなんの意味もない。意識と考えが複数に別れて、まともな思考をさせなくしただけだ。
一見回りくどいように見えて、少しの会話で確実に相手を全員納得させて、全てこちらの思い通りに運んだ。一番労力の少ない勝ち方だろ。
「わかりました。明日の昼過ぎにお待ちしております」
「そうだな、私もその頃にこちらにお伺いしよう。無理を言って済まなかった」
ほら、ギルマスも大尉さんも納得してくれたろ?
少々ゲスいやり方だか、たまに使うのもいいもんだ。
「じゃあ悪いんだけどさ、ギルド推薦の宿なんかないかな? 出来れば風呂にも、入りたいんだけど」
「あ、はい、ありますよ。コニスくん、案内して差し上げなさい」
「はい!かしこまりました。マビァさん、ではこちらへ」
俺はコニスについて出て行く時、「じゃあまた明日~」と残ったみんなに眠そうに言っておいた。
最後までわけが分からず不思議そうに首を傾げていた受付嬢が印象的だった。
ちょっと短いですが、キリがいいので今回はここまで。
絵を描いてると執筆が遅れるというジレンマ……。
次回は6月7日(日)の正午に更新予定です。
また読んで戴けると嬉しく思います。
宜しくお願い致します。