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七日目 再び地下遺跡へ

 研究所の前に着くと、門番の兵士二人以外に誰も居なかった。門番はさすがに傘ではなく外套を纏っていた。


 「おはよう、中将や他の人達は?」

 「お、おはようございます! 中将閣下とテイレル大佐はまだですが、ゴルディー大神官様とエリンテル神官長様、それと冒険者ギルドのお二方はお着きになっています。雨ですので先に遺跡入り口の小屋に入っていただいてます」


 俺が近付くと、兵士二人がこちらへ敬礼して状況を教えてくれる。俺なんかに畏まらなくてもいいのに。てゆーか怖がられている気がする。


 「ありがとう、じゃ俺もそっちに行ってみるよ」


 緊張しているのかガチガチに固まる二人の間を抜けて裏側へと向かう。鉄格子に囲まれた小屋の扉は開いていた。


 「おはよー」


 小屋に入るとロージルさんとイルマさん、エリ公と知らない顔のおっさんが一人居た。この人がシャルとエリ公の父親であり教会の大神官のゴルディーさんか。四人で何やら話していた。

 あ、もうエリ公呼ばわりするのはさすがに失礼か? もしかしたらあと少しであの『ド変態紳士』が消え去るかもしれないんだ。あれさえなければエリ公は完璧な聖人君子だ。猿呼ばわりはもうしたくない。


 「あ、マビァさんおはようございます」

 「よう、おはようさん」


 ぱっと振り向いて挨拶するロージルさんと、なんだかダルそうに振り向くイルマさん。


 「あ、あぁ、マビァ、もう体調は良いのですか?」

 「ようエリィ、もう問題なく元気だけどなんで?」


 何故か随分と慌てた様子で、上ずった声で涙で目を潤ませながら俺の不具合を探るような発言をするエリィ。足を縺らせながらこちらへと小走りでやってくる。昨日の俺の体調をなんでエリィが知ってる? それになんで泣きそうになってる?


 「シャルが言っていたのです。地下遺跡の攻略中はほとんど怪我もされていなかったし、誰よりも余裕のある戦い方をしていたから他の方々の治癒を優先してマビァを一度も治癒しなかったと。でもシャルの気付かないうちにマビァは大怪我を負っていて、あと少しで治癒魔法では間に合わなくなるところだったと。皆様の身体を癒すのは神官である自分の役割なのに気付くのが遅れたと後悔していました」


 治癒魔法は傷を修復するためのもので、失った血を元通りにしたり増やしたりすることはできなかった。昨日の俺の失血具合は命を失うギリギリのところだったそうだ。いや実際その体感はあった。ああ……俺死ぬんだ……ってマジ思ったもん。

 それを見抜けなかったとシャルは後悔しているそうだが、あの混乱極まる戦闘と、その後リムスから与えられた多大な情報量を考えれば、見落としたって仕方ないだろ。


 「いやいや、それを治してくれたのがシャルなんだから、すっげぇ感謝してるよ。やっぱあの時ヤバかったんだな。でもあの後シャルはそれを気にしている様子はなかったぜ?」

 「グスッ……はい、帰ってきてからしばらくは元気でそのような様子はなかったのです。教会に戻ってからも作戦の行程を興奮して話してくれましたからね。あの娘にとってはとても刺激的で怖かったけど楽しくもあったようです。でもさすがに疲れていたのでしょう。話しているうちに眠気が襲ってきたようでしたので、話は一旦打ち切って眠らせました」


 俺がシャルと別れたのが正午過ぎだった。それから一時間ほど話をして、夜になるまで寝ていたらしい。八時前に飛び起きてきて、「マ、マビァさんは大丈夫でしょうか?!」と慌てていたそうだ。


 「マビァの重傷を思い出したのでしょうね。後から思い返してみれば治癒魔法が全く足りていなかったのではないかと不安になってきたようでした。貴方が死んでしまうような悪い夢でも見たようです」


 シャルは傷を治す魔法の他に『ギャロピスの永走』の反動を抑える魔法というのも他のみんなには使っていたと聞いた。それを使う基準は『ギャロピスの永走』の効果継続中にも関わらず、息が切れたり動きが鈍くなってきたら、だそうだ。

 なのに俺がそんな兆候もみせず平然としていたもんだから、シャルは驚きながらも他の人(特に研究員三人)の治癒や麻痺の解呪を優先した。

 リムスの部屋に入ってからは、リムスに持て余すほど多くの情報を見せられ聞かされて、全員がいっぱいいっぱいだった。部屋も暗い時間が長かったし、俺自身も他の全員も俺があんなに出血してるとは思わなかったので、シャルに落ち度はない。


 「スン……焦るシャルを宥めて、お泊まりの宿に使いを出したのです。そうしたらマビァもさっきまで寝ていたけれど、元気に走って出かけたと聞いて帰ってきたのです。皆驚きましたが、シャルを安心させることができました」

 「あ、あぁ、まぁね。そりゃ良かった」


 本当はガッチガチに筋肉痛になって、フェネリさんの拷問……もとい施術でなんとか動けるようになったんだけど、これは言う必要はないか。


 「それでシャルは? 昨日はかなり怖い思いをさせたから……、その、俺の方が心配になるんだけど。悪い夢も見たんだろ?」


 戦闘で酷く怖い経験をしていると、後になってもずっと消えない。その時の情景が何度も夢に出てくるんだ。

 俺だって、うなされて飛び起きることがたまにある。それが心の傷になって二度と戦えなくなるハンターも多くいる。

 十一歳の少女が初戦であんな苛烈な戦闘を体験したんだ。昨日は大泣きしたあと元気に振る舞っていたが、心の傷ってのは本人にも分からないところに潜んでいることもある。大丈夫だったのだろうか?


 「グスッ……それでしたら問題ありません。こちらの大神官……いえ、父上がシャルに心に安らぎを与える魔法と、夢見を良くする魔法を施しましたから。今朝私達が出る前に様子を見てきたのですが、安らかな顔でまだ眠っていましたよ」

 「そっか」


 良かった、とため息を吐いてエリィが示す人物と向き合う。シャル達二人の父親でありこの街の大神官だというゴルディーさんは、穏やかな表情でありながらも威厳を感じさせる人だった。片手にあの聖書を抱えている。

 四十代半ばぐらいだろうか? 身長はエリィより少し高いくらいだが、ローブに隠れる体格は細身のエリィと比べガッシリとした筋肉質に見える。首太いんだよ、(あご)の下(たる)んでないし。

 肩まで伸ばした髪と口周りを被う整えられた髭は息子達と同じ金色で、そこが父親譲りなのだなと思った。つまり顔は似てないし目の色も薄い茶色だ。

 どちらかと言えば厳つくゴツい造りの顔をしているゴルディーさんに比べ、エリィは化粧でもすれば美女と間違われるほどの超絶美形だし、シャルは成長すれば間違いなく美人になる美少女だ。多分母親似なのだろう。


 「はじめましてマビァ殿。私はこの街で大神官を務めさせていただいておりますゴルディーと申します。この度は我が子達が大変お世話になりました。初の戦闘任務に向かうシャルを身体を張って守ってくれたばかりか、エリィの症状を取り払えるかもしれない可能性を見出だして下さいました。本当にありがとう。………ありがどうっ! グスッ、エリィがあの症状を発症して七ヶ月、昨日ほど家族で喜び合えたことはありません!」


 俺の両手を取り跪き、涙を流して頭を垂れるゴルディーさん。いきなりだったので野太い声とゴツい両手が怖くてちょっと逃げようと引いたが、掴まれた手がびくともしない。


 「あぁ……マビァ殿。貴方の功績と女神サスティリア様の御加護とお導きに感謝いたします」


 うえぇ?! ちょ、ちょっと待ってよ、と驚きどうしたらいいのか慌ててエリィを見ると、コイツも感極まったのかその場に崩れ落ちむせび泣く。


 「こ、これでもう……、コニスさんに迷惑かけなくて済むのですね……。ありがとうマビァ、貴方にはどれほど感謝してもしきれません」


 おーいおいおいと泣き続けるゴルディーさんと、ひっく……ひっくと嗚咽するエリィ。二人の勘違いに我慢できなくなり、俺はゴルディーさんの手を力いっぱい振りほどいた。


 「あーもう! 誤解だよ! 俺はそこまで感謝されるようなことしてねーんだってば!」

 「……えぇ?」


 二人して涙でベタベタな顔を上げ、怪訝そうにこちらを見る。


 「戦闘でシャルを直接守ってたのは研究員の三人だし、シャルが本当に危ない時に身体を張って守ったのもあの三人なんだよ。俺は手一杯でシャルを守るって約束したのに間に合わなかった。だから感謝するならあの三人にしてくれよ」

 「……でもシャルが言うには、最終的に戦闘を終わらせたのはマビァだったのでしょう? 部屋いっぱいに雪崩のように衛兵(ガーディアン)が押し寄せ、壁際で飲み込まれる寸前に貴方が止めてくれたから皆なんとか死なずにすんだのだと話してくれましたよ?」

 「あれはその……、いや、そうじゃなくて、あの戦いは色々と複雑だったんだよ。とにかく俺一人の功績じゃないんだ。誰か一人でも欠けてたら突破できなかったんだから、せめてみんなを平等に褒めてくれよ。むしろ俺なんて褒められたもんじゃないんだ」


 結果論からすれば、リムスは俺相手にだけ手加減できなくて当たれば即死レベルの攻撃を繰り返していたが、他のみんなを殺す気は最初からなかった。とにかく電撃や麻痺毒で動けなくして遺跡の外へ運び出すつもりだった。

 侯爵や大佐は激しく抵抗したせいで多少流血を伴う怪我をしていたが、命に関わるほどのものではなかった。本当に死にかけたのは俺だけでなんともマヌケな話だ。

 それに、最初にリムスに警告された時に俺が話しかけていたら戦闘そのものが起きなかった。俺の頭がもっと回っていれば……。


 「まだ昨日のことで悔やんでいるのか?」

 「……侯爵」


 後ろから声をかけられ振り向くと、侯爵と大佐が傘を閉じながら入ってくるところだった。


 「不可能だったこと、今さら変えようのないことなどいくらでもある。昨日のあれはそういうものだったと俺は思うんだがな」

 「私も貴方が後悔しなければならない案件だとは思えません。あの場に居た誰もがその考えに至らなかったのですから」

 【我の言葉がマビァに強い後悔を強いているのですね。昨日の発言は取り消します。ごめんなさい。あの時の我は貴方に対して怒りの感情で接していました。無理難題を押し付けたのです】


 侯爵に大佐、リムスまでもが俺を諭し慰めてくる。

 ──そんなの分かってる。どうにもならないことなんていくらでもあるんだ。…………多分あの時(・・・)だって……。

 さっきまで心地良く軽やかに聴こえていた雨音が、いつもの重く冷たい音に戻る。雨の匂いが当時の記憶を、光景を、声を、脳裏に甦らせ焼き付ける。


 「……マビァ?」


 いつの間にか黙って俯いていた俺を、心配顔のエリィが見上げていた。久々に強く押し寄せてきた過去の記憶を振り払うように頭を振る。


 「いや、なんでもない。エリィのアレを消せるかどうかだって俺はなんにもしてないんだからさ、上手くいったのはホントたまたまなんだよ。感謝するならこれからそれをしてくれるリムスか、幸運に導いてくれたかもしれない女神様にした方がいいぜ。ほら、もう立ってくれよ」


 エリィとゴルディーさんを引っ張り立たせてから侯爵へ向き直る。


 「侯爵、仕事が増えて忙しくなってんでしょ? なら早く行きましょう。リムスも謝るなよ。昨日俺がお前の居場所を無茶苦茶にしたのは事実だし、怒られて当然なんだからさ」

 【……】

 「……うむ、では参ろうか」

 「ほらエリィ、二十メートルくらい螺旋階段を下るから頑張れよ」


 そう言ってエリィの背中をちょっと強めに押す。「うぁ」とたたらを踏んで、ゴルディーさんと二人で侯爵達のあとに続いた。押したあとでエリィの脆さを思い出してちょっと焦ったが、あのくらいなら大丈夫みたいだ。そのあとを俺が続いて、最後に戸惑いながらロージルさんとイルマさんが螺旋階段を降り始める。


 「マビァさん、先ほどのはいったい……」

 「ああ、ごめん気にしないで。全部無事に終わったことだからさ」

 「……君の表情はとてもそうだとは言っていなかったけどね」


 心配して声をかけてくれるロージルさんに笑って誤魔化そうとしたが、イルマさんに見抜かれて睨まれた。


 「わたくし達ギルド職員は冒険者の悩みや相談を聞くのも仕事の内なんです。わたくし達に解決できるかは別の話ですけど……。もしよろしければですが……」

 「うん、ありがと。それよかさ、ロージルさんの方こそ大丈夫だったの?」


 気持ちはありがたいけど、俺の抱える問題は元の世界での話だ。あまり関わらせたくないので話を逸らす。


 「え、えぇ。昨夜はまた突然に気を失ってしまってごめんなさい。その……すごく眠かったので、朝までぐっすり眠ってしまいましたわ」

 「ははは、俺と一緒だ。それで、なんでイルマさんがそんなに疲れてんですか?」


 恥ずかしそうに朱に染めた頬に手を当て、長い睫毛を伏せるロージルさん。出たよ『無自覚男タラシ』。そんなロージルさんを横目で見て、やれやれと小さく首を振るイルマさん。目の下の隈がすごい。


 「……君が帰ったあと、この子の様子をちらっと見てから帰ろうとしたんだけどね」

 「あ、ちょ、イルマ」

 「悶えるんだよ、寝たまま、大きな声で何度も」

 「もう! 言わないでって言ったじゃない!」

 「あー……」


 恥ずかしがって黙らせようと手を上げるロージルさん。その手を防ぎながら話し続けるイルマさん。階段降りながらだから危ないよ?


 「どんな夢見てたんだか知らないけどさ、『やんっ♡』とか『ああんっ♡』とか言って身悶えるんだよ。どうなってんのか、放っといて変なことになりゃしないか心配で帰れなかったんだ」

 「も、もう、やめてったら~。わたくし夢を見た覚えはないわよ。もし見てたらスキルが記録していますもの」


 ムスッと不機嫌な表情のままイルマさんが喘ぎ声を再現する。かなりエロい声を出したもんだから、前を行く大佐が驚いて振り返った。俺と目が合うと気不味そうにさっと前に向き直る。

 ロージルさんが眠ったのが七時半過ぎ。コーヒーをいただいて俺がロージルさんの住屋を出たのが八時前だったか? その間静かなもんだった。

 イルマさんが言うには、一~二時間に一度そんな感じになったらしい。

 一度なったあとは衣服や寝姿が少し乱れただけでまた静かに眠りはじめ、大丈夫か? と心配しながらリビングのソファーで眠っていると、一~二時間くらいでまたなって叩き起こされる。二~三分身悶えたかと思うとまた静かに寝始める。寝入り端を何度も繰り返し起こされたもんだから、今度はイルマさんが寝不足になったんだと。


 「朝方やっと静かになったと思ったらのそのそと起きてきて、『あら、イルマ泊まっていったの?』なんて寝ボケたことを言うもんだからさ、もー腹が立って……」

 「わたくし、三回も叩かれたんですのよ」

 「ははは……」

 「それでやっと目を覚ましたと思ったら、昨夜の手紙のことを思い出してまたぶっ倒れるんだからさ。も~たまんないよ」


 ガシガシと頭を掻きながらじろりとロージルさんを睨むイルマさんと、しょんぼりと自分の頭を摩るロージルさん。その様子があっさりと想像できて、もう苦笑するしかない。


 六時前にロージルさん宅を出たイルマさんは、自宅へ帰ってまずシャワーを済ませ、昨晩旧友と呑みに出かけていた旦那さんの朝帰りを軽めの朝食を作って迎え、昨日できなかった家事を済ませてから冒険者ギルドへ移動。ロージルさんを古代文明研究所に直行させたとコニスに伝えてから、先ほどここに到着したところだそうだ。


 「それはまた……。お疲れさまです」

 「今日のこれで治ってくれるとありがたいんだけどね……」


 と、大きくため息を吐くイルマさん。

 ほんとそうなってくれると一番いいんだけど、ロージルさんの場合問題はそれだけじゃないからなぁ……。

 前を降りる大佐が、なんかいつもの飄々とした感じと違い、こちらの方を気にしているような気配がある。振り向いたりするわけではないのだが、こちらの会話を気にしているというか。


 「どうしかしたかテイレル?」

 「い、いえ、もうそろそろ到着かなと。土砂が積もったままですので、足元にお気を付けて」


 大佐のすぐ後ろを降りる侯爵もなんかおかしいのに気が付いたようだ。大佐、やっぱり……。

 イルマさんに目配せするとイルマさんも気が付いていたようで、嫌そうな顔をして頷いた。

 そんなイルマさんを見て、自分がまた責められていると感じたのかしゅんとするロージルさん。こういったことには相変わらず鈍いので分かっているわけがない。

 とにかくロージルさんが大佐に『無自覚男タラシ』をさせないように、イルマさんと二人で監視するしかない。これ以上の面倒事は勘弁してほしい。




 しばらくして地下二十メートル地点の横穴に辿り着いた。遺跡通路への壁はもう開いていて、小さな小部屋になっていた。

 中へ入り、とにかくエリィを休ませる。もう足もヨレヨレで息も上がっていて顔色が悪かった。壁にもたれて座り、荒い呼吸を繰り返す。


 「おいエリィ、大丈夫か?」

 「ゼ~……、ゼ~……、は……、はい。これでも……少しは……丈夫に……なった……方……ですから」


 これでかよ。帰りの登りの方が辛いんだが。


 「ははは、心配無用ですマビァ殿。帰りは可能な限り登らせますが、気を失ったら私が担いで帰りますから」


 取り敢えず気を失うまでは登らせられるんだ。聞いてると厳しいように感じるが、シャルでさえ一人で登りきった階段だ。兄ならばせめてそれくらいこなしてほしいのが親心なのだろう。


 【では全員同時にスキャンを行います。我に危害を及ぼす可能性のあるスキルは一時的に接収しますので、抵抗せずこちらの指示に従って下さい。武器または鈍器として活用可能な物はここへ置いていってもらいます。もし隠し持って入ろうとした場合はスキャンで露見します。その者はこれ以上の進入を金輪際認めません】

 「うむ、分かった」


 リムスの声は侯爵の手にある小道具からではなく、部屋全体に響いた。全員一瞬驚く。

 立場上保身のために武器を手放せない侯爵と大佐は、ここでベルトごと剣を外して部屋の隅に置いた。俺も何かリムスに誤解されるような物がないかポーチの中を改める。うん、多分大丈夫。硬い物はお金くらいだが手拭いに包んで振り回さない限り武器にはならない。

 ゴルディーさんが手に持つ聖書を悩ましげに見つめていたが、それは問題ないだろ。確かに鈍器としての役割がメインなんだろうけど。


 それぞれ手持ちの物を確認して、気になる物があったらリムスに確認してスキャンが始まる。

 昨日と同じように数秒間、部屋が赤い光に満たされてすぐに元に戻る。


 【スキャン終了しました。では最初に不明な点について質問します。皆のパッシブスキルに『魔力操作熟練度』というものがありました。これは以前から気になっていたものなのですが、一体なんなのでしょう?】

 「ふむ? 我々は日常的に僅かでも魔力を使い生活しているのだからそれのことだろうか? 熟練度となれば魔法を頻繁に使う者がより成長している筈だ。この中で言えばゴルディーにエリンテルがもっとも高いのではないか? 対して俺とテイレルは生活魔法くらいしか使わんから低いかもな」

 【ゴルディー、エリンテル、イルマ、ロージルの四人がマスタークラスにまで至っています。カイエンとテイレルは中ほどまで成長していますね。……マビァは逆にゼロに等しいのですが何故でしょう?】

 「うるせぇよ、俺は今まで魔力を使ったことなかったんだよ。この街に来て初めて使ったんだ」


 ギルドタグの登録で魔力を注いだのと駐屯基地の練兵場でペンダントに注いだ。あれが魔力操作だとするならその二回だけだ。

 そう正直に答えたら、リムスが俺の言ったことをそのまま鸚鵡(オウム)返しした。あぁ、また俺が古代文明語で話したからリムスがここの言葉に変換したのか。

 俺が異世界人だと知っている侯爵と大佐は「そうだったのか」という顔になり、それ以外の人は「えぇっ?」と驚いた。


 「君の居たところは生活魔法を使ってないってのかい?」


 イルマさんの質問に首を傾げて誤魔化す。そもそも生活魔法ってのが分からない。水道の取っ手に魔力を注げば水やお湯を出せるとか、部屋の魔光灯の灯りを点けるにも魔力を注ぐとかはコニスに聞いたが、イルマさんの火やロージルさんの氷や風も生活魔法の内なのか?

 そういった攻撃に使える魔法は、元の世界では基本的に魔術師や魔法剣士にしか使えないものだ。俺だって魔力があるから小さな火ぐらい出せるのかも知れないが、特殊な訓練を受けていない素人がやると、魔力の制御に失敗して爆発したり、一気に魔力が放出されて大きな炎になり魔力切れで昏倒することになる。

 だから生活する上で、わざわざ魔法を使うなんてことはない。火打ち石と火口(ほくち)があればすぐに火はおこせるし、灯りはランプでいい。魔法が使えた方が絶対楽だけど、なければないで大して困らない。

 もっとも最近は魔物から取れる魂石(こんせき)を加工して便利な魔道具がどんどん造られているが、便利な物は王公貴族や軍で先に使われるので、俺ら底辺のハンターに回ってくるのは当分先だろう。


 【どうやらマビァは特殊なようですね。まぁ分かってはいましたが。マホウというものは我も知らない言葉です。魔力、つまり体内のエーテルを活用する何かのようですが】

 「ロージルさんとイルマさんがちょっとやって見せればいいんじゃない?」


 多分この二人の魔法が見た目で一番分かりやすそうなので役割を振ってみる。神官親子の神聖魔法には見世物に使えるようなものはないんじゃないかな? 二人は「え、えぇ」「ま、いいけどさ」と頷き掌を上に向けて前に出す。

 ロージルさんの掌には小さな氷が浮かび、イルマさんの掌には小さな炎が浮いた。


 【まさか、エーテルの物質変換ですか? 何の媒体や道具を用いずに生身でそれが可能だなんて、バスクーレル人やアエレフィー人では考えられない現象です。驚きましたが、エーテル……魔力操作を行わなければ、イルマの出したような炎は出せないのですね? そして炎が出せなければ貴女のスキル『炎熱操作』は使用不可能になると】

 「ああそうだね。もっとも魔力を封じられた上でスキルを使ったこともないけど、使う気もないよ」

 【分かりました。でしたらスキルの一時接収が必要なのはマビァだけですね】

 「だと思った。どうぞやってくれ」


 苦笑して両手を広げてそう言うと、横の壁の上の方でシュコンと音を立てて四角い穴が開き、奥から『キューブ』もとい『スキルリムーバー』がせり出てくる。

 直後光線が俺を貫いたが、今回はあの激痛はなかったし時間の引き延ばしも感じなかった。


 《手刀刺突スキル『ネイキッドダガー』を失いました》


 と脳裏に声が響く。何度目かの体験だがやっぱり気分のいいもんじゃないな。


 【では昨日伝えたように、こちらの腕輪を装着して下さい。それにより貴方がたの魔力操作を封じることになります】


 壁の下が薄く開き、ヒラグモが人数分の腕輪を背中に載せて出てくる。初めて見たロージルさん達四人はやっぱり驚いてた。大佐が腕輪を手に取り、昨日と同じように装着してみせる。みんなもそれに倣い装着したところで、通路への壁が開いた。


 【ようこそ当施設へ。奥まで進んで下さい】

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