七日目 話の続きと今後の対応
それには今聞いたヤツらの迷惑行為の詳細と、捕らえられるまでの経緯(俺のことは伏せられていた)、そして犯行を行ったマスキッテ領兵士一家二組の名前が書かれていた。末尾にウェルゾニア商会がマスキッテの駐屯基地に対し抗議するむねが書かれている。
「あれ? フンボルト配下の兵士だったんだろ?」
「フェイクニュースだよ。騙されたふりしてフンボルトのヤローを泳がせて出方を見るんだ。今ここでこっちが実行犯を自白させたってバレたら、目的も何も解らないまま手を引かれちまうかもしれねぇだろ?」
「当面マスキッテ側には悪いが、あちらにはすぐに詳細を伝令する……っていうかウェル任せになってしまうがな」
少しバツが悪そうにウェルに視線を送る侯爵。ウェルはそれを受けて「お任せ下さい。オレの得意分野ですので」と、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
「当然フンボルトの思惑通りに進んでいるように見せかけるために協力してもらうつもりだ。こんな下らんことをされて、何一つやり返せないのは悔しいからな。こちらが尻尾を掴むまでは放っておいた方がいいだろう」
なるほどね。確かに今フンボルト伯爵に訴えても、実行犯には偽造ではあるが本物と同等の身分証がある。マスキッテ領に在籍しているのだから、本物の身分証の方こそ偽物だと言い張り、そんな奴らなど知らぬ存ぜぬで切り捨てられて終わるだけだ。どうせなら反論できない証拠を集めて、元締めを引っ捕らえた方が気持ちいい。
表に出せない実行犯の自白によると、今回の計画はどうやらフンボルト伯爵が企てたもののようだ。
ここ数日慌ただしいお隣ルーリライアス領のカレイセムの情報を聞き付け、諜報員をカレイセムへ派遣。昨日の休日に『ワニ肉祭り』が催されるのを知ってすぐに、実行犯である兵士二人とその家族をカレイセムへ向けて出立させる。なにせ子供連れの大家族二組だ。移動に二日は掛かったそうだ。
「ウチでの悪さがどうにも手慣れた遣り口だと思ったら、ヤツらこれまでにもフンボルト伯爵が気に入らない相手の領地で、祭りがある時を狙って同じ手口で何度も実行してたんだとよ」
「ルーリライアス領の近隣は軍人至上主義を快く思っていない領主が集まっている。それらの街にマスキッテ領から来た風に装った兵士一家が訪れては、今回のようにつまらぬ迷惑をかけていたらしい。実行犯の自白では、奴らの所業が我が領地の運営とは関係のない些末な事柄がほとんどであったから、これまでなんの情報も入って来ていなかった。まったく知らずにおったわ」
そりゃそうだ。実行犯達の行動を改めて見直すと、迷惑をかけられた宿屋にとってはマスキッテ領の兵士に対する心情はかなり悪いものになるかもしれないが、その悪評はせいぜい市民止まりで、その領地の領主やマスキッテの領主まで届くことはまずないだろう。しかも祭りの日限定となると大勢の人が集まり、この手のトラブルはあって当たり前だ。他のトラブルに紛れて印象も薄れる。こんなことやる意味があるのか?
「アイツらの証言じゃあ、宿から出た街中でも兵士に捕らえられない程度の悪事を働いていたらしいぜ。マスキッテ配下と名乗りながらな。それに、他にも同じことをさせられてる兵士一家が何組かいるらしいぜ。でもそれが誰でどこで何をしてるのかは知らされてないんだとよ。もしかしたらこの街の他の宿にも入り込んでいたのかもしれねぇなぁ」
「それもあるだろうけど、本物のマスキッテファミリーってのも来てたんじゃないか? 祭り好きなら昨日みたいなイベントに来ててもおかしくはないだろ」
「そこら辺は上手いこと情報操作やらで本物が来られないようにしていたらしいぜ。それをやったのはアイツらじゃなくて別の班らしいから、アイツらに聞いたところで詳しくは知らねーってよ」
実行犯の自白によると、この任務を任されたアイツらに十分な報酬が支払われていたらしい。祭りが催される街への小旅行を兵士一家にプレゼントする代わりに、現地での悪行が強要されている。子供達は大喜びでイタズラや嫌がらせに加担するが、妻達からは度々だと不満の声も出る。それを抑えるための十分な報酬なのだが、それにはこの任務を他人に漏らしてはならないという口止め料も含まれているそうだ。だから、自分達がこの任務に就いていることを他の兵士は知らないし、他の兵士の中に何人同じようなことをしている者がいるのか知らないという。
ウェルはこの後商業ギルドで情報を集めるそうだ。あの実行犯達はもう二年くらい同じようなことを各地でやってきたらしいので、別の組が潜入していたのならまだ情報は集まるかもな。
「俺は今から詳しい事情と犯人らの情報を文官に書かせて、領内の他の街の市長とマスキッテ領をはじめとしたフンボルト領以外の近隣領主にこの新聞と一緒に送らせてくる。マビァ、遺跡入り口で落ち合おう」
「これがただの腹いせの嫌がらせなのでしたらいいのですけどね。何かの下準備か大きな目的があるのであれば放ってはおけません。まったく、無駄な仕事を増やしてくれるものです」
俺への説明が粗方済んだのか、侯爵と大佐は急ぎ出ていった。
しかし、大佐の言う通り主犯であると思われるフンボルト伯爵の目的がはっきりとしない。
「どうにも杜撰で場当たり的な遣り口に思えるけど、これまでによく捕まらなかったもんだよな?」
「アイツらの言い分だと、万が一捕らえられたとしても無罪放免で助かるようになってたみたいだぜ」
「…………その街の兵士の何割かは軍人至上主義派だからってか?」
「ククッ、まさにそれよ。この街だとヤーデン中尉がその役割だったらしいぜ。誰かさんのせいで意識不明の役立たずになってたけどよ」
これまでも何度か耳にした『軍人至上主義』という勢力。外野の俺からすればさっぱり解らない存在だが、この国では強い勢力なんだなってくらいには理解している。
実行犯達は真相を自白するまでに、何度も「ヤーデン中尉を呼んでくれ!」と叫んでいたらしい。
ヤーデンはあー見えてここの駐屯基地の副官なので地位は高い。統括官のラクスト大尉が少々抜けているので、本来ならこの手の案件の揉み消しは楽にできていたのかもしれない。
しかし、今回の現場は領主御用達の宿屋でありご本人が滞在中。しかもそこの経営者が秘密ではあるが領主の弟だ。領内での横暴な振る舞いをする者を見逃す筈がない。さらにヤーデンが現在意識不明なのだから、助けを期待できる筈もなかった。
実行犯達の自白によれば、街に入ってすぐにしなければいけなかったことは、祭りの影響であっという間に満室になるであろう『翡翠のギャロピス亭』の部屋を確保することと、ヤーデンとの連携を確実にするために当人と面会することだった。
一行がチェックインしたのが一昨日の二時頃だったっけ。俺がぶっ飛ばしたあとだったのかヤーデンとは連絡が取れず、仕方無しに命令通り実行していたという。運のない奴らだ。
「なるほどなぁ、アイツらがここに泊まったのが不運だったってわけか」
「ってゆーか、お前さえ居なけりゃただの迷惑な客で終わってた筈だぜ?」
俺を指差してクククッと笑うウェル。そう言われても俺はヤーデンにも風呂場のアイツらに対しても、腹が立ったから怒りをぶつけただけだ。どうにも過剰に持ち上げられているように感じたので、視線を逸らしてエッグ・ベネディクトを頬張る。……めちゃ美味しい。
「そういやあのガキどもの処遇はどうなるんだ? 犯罪者の子となると世間の風当たりが酷くなるし、自宅に帰しても生活できないんじゃないか?」
憎たらしいガキどもだったが、あのくらいの年頃までならちゃんと教育すれば矯正可能だ。しかしなによりも問題なのが、親に言われた通りに悪事を働いていたから悪いことをしているという自覚が薄いってことだ。むしろ親達を拷問したこちらが悪者だと思われているだろう。このまま帰したらこちらを逆恨みしたまま親のいない生活に入り、世間からも疎まれることになる。こうなるとどこまで性格が歪むか分かったもんじゃない。
「ガキどもにはシェルツが『親のいうことを聞いて悪さをした結果がこれです。どちらが悪いのか分かってますね?』って、ヤツらが納得するまで言い聞かせたってよ。親の処罰が決定して刑期が終わるまでは、迷惑かけたウチで罪を償うのと教育も兼ねて下働きで使ってやることにした。ちったぁ真人間に育つんじゃねぇか?」
複数の業種を経営するウェルゾニア商会には、下働きや見習いがするような雑用はいくらでもある。ガキどもは全員で十三人。俺に突っかかってきたのが多分最年長だろう。アイツはひとりで働かせ、その他の子供は年上と年下を二人一組にして別々の場所に分けて働かせる。そうすることで兄弟友人同士が結託して反発したり、謀をめぐらすのを防ぐのが目的らしい。
「さすがウェルだ。抜け目がない」
「せっかくただでコキ使える労働力なんだぜ? 使わなきゃもったいねーだろ」
おどけて笑うウェル。でも十三人の衣食住を引き受けるのが負担でないわけがない。俺個人なら子供一人だけでも長期間預かる財力なんてねーもん。ウェルのことだ、きっとただ働きさせて使い潰すような真似はせず、飴と鞭を上手に使い分けて子供から信頼されるようになるのだろう。
その後は新聞に目を通しながら、ウェルから昨日の話を聞いた。
デイリーの紙面のほとんどを占めていた記事は全ワニ肉料理のレビューで、記者が何人居るのか知らないが、手分けして全料理を食べた感想をそれぞれが書いている。五十食以上あったのだから、結構大変そうだ。
やたらと語彙がお粗末なレビューがいくつかあった。これ書いたの多分クロエだよな……。
タブカレの方では、『鐘』……もとい『調和のオベリスク』の北側で侯爵達がやらかした赤い大グモを使った謎の行為を、「ウェルゾニア氏が他国から呼び寄せた、奇術士旅団による大掛かりなイリュージョン」だと発表していた。写真も石柱の前に佇む俺達の遠景のものと、柱を登る大グモ達。上空を渡る大グモのぼやけた影の三枚だけで、誰が何をしていたかなんてさっぱり解らないものばかりだった。いりゅーじょんってなんだ? ハンセルはあの場にいたのか?
「あぁそれな。あのあと『キィマ』に昼飯取りに行ったろ? あん時にハンセルに捕まって質問されたから適当にホラ吹き込んどいた」
なるほどね。記事は「赤い大きな蜘蛛が石柱を駆け登り、街の四方へ糸を張って去っていくという大掛かりな奇術を披露したにもかかわらず、かの旅団は前ふりも自己紹介もせず、演出の意図も見えない興行には観客の拍手もまばらで、不満の声が上がっていた」と、中々の酷評だった。でもその通りなので正直に書かれていてありがたい。本来の目的を隠すのには丁度いいくらいだ。
全体をざっと流して見たが、お忍びで侯爵が来てることがどこにも書かれていない。
昨日の新聞は読めてないがどうだったんだろう? クロエがめんどくさくて、侯爵がお忍びで来ているらしいってチクって追い払ったから、探してた筈なんだけど。
「クハハッ、兄上は公職での身形とお忍びでのそれが全然違うから、よっぽど親しいヤツか勘のいいヤツしかすぐに解らねぇだろうぜ。その点ロージルちゃんとコニスちゃんはやっぱ優秀だよなぁ」
基本的に侯爵にお目通りができるのは、市長や銀行支社長、各ギルド長などの代表者だけらしい。それらは二ヶ月に一回、領主城で行われる定例議会で領主と顔をあわせるが、その他の下っ端は新任時の就任式で一度挨拶を交わすくらいで、そのあとは滅多に会える機会がないそうだ。
それはコニスもロージルさんも同じなのだが、ウェルが見た感じでは二人は最初から侯爵と分かって相対していて、イルマさんは二人の反応を見て気が付いていた。ギルド内の職員達の反応もそうだったという。
侯爵と対面してからの年月を考えると、コニスは八ヶ月前に会っているのだろうから、アイツの鋭さなら分かるだろう。ロージルさんはスキルのお陰かな? あの人はほとんどの異性に興味はないけど、彼女のスキルが侯爵の顔と名前を覚えていて教えてくれるのだろうから、一度会っていて忘れていても問題はない。イルマさんが一般人らしい反応をしたと言える。
「新聞社へのタレ込みには兄上も同行したんだ。口止めと情報操作を確約させるためにな。今回の件については、こちらの思い通りに書くように命令してきたぜ」
今回の記事は読んだ者にマスキッテ兵士に対する悪感情を、僅かにだが抱かせる内容になっている。市民の感情を操作するのに新聞はうってつけだが、気を付けなければ実は何も悪くないマスキッテ領を読者全員が恨んでしまうかも知れない。その難しい匙加減をウェルゾニア商会や侯爵の文官と連携して進めていくようだ。
「当面は捕らえた実行犯が真相を話さずに、ルーリライアスはマスキッテ所属の兵士の犯行と疑っていない体で情報を流す。オレは商業ギルドと市役所で情報を集めてから、タンサセム経由でマスキッテ領に入るつもりさ。夕方までには着きたいね」
マスキッテ領には領城の城下街しか防壁のある大きな街がないらしい。『領都マスキッテ』と呼ばれるそれはカレイセムなどのルーリライアス領の街より随分大きく国境線に面して築かれ、さらには対岸にまで繋がる大きな石橋が掛かっているので、絶対的な防御力を持つ強固な城塞都市なんだそうだ。俺の住む街『シーヴァ』に似た作りなんだろうか? ちょっと見てみたい。
「さぁて、今日も忙しくなるぜぇ! 頼むぜ紅月!」
「マスキッテの魚料理が楽しみ。主、お弁当も用意して」
「わーってるって。そんじゃマビァ、先に出るぜ。戻るのは明日だ」
「あぁ、気を付けてな」
エッグ・ベネディクトがあと一個残っていた俺より先にウェルが出ていく。もう少し時間に余裕があったので、食べ終わってからコーヒーを一杯ゆっくり楽しんでから部屋を出る。階段を降りながら窓の外を見るとまだ雨は降っていた。
「マビァ様、傘はお持ちではありませんよね?」
フロントに鍵を返して玄関に向かおうとすると、シェルツさんに呼び止められた。初日に荷物を全部落としたと言ってあるので、シェルツさんは俺が何も持っていないことをよく知っている。
ああそうか、ずっと天気が良かったから雨具のことを考えたこともなかった。
「走って行けば大丈夫かなって思ったんですけど、ダメかな?」
「小雨と言えない程度には降っているようですので、研究所までの距離があれば全身ほどよく濡れるかと思われます」
起きた時より強くなってる気がする。確かにそう強い降り方ではないけど、雨具が欲しい降り具合だ。今日はこれまでより気温が少し低い。濡れたまま地下なんぞに潜れば風邪を引くかもしれない。
「よろしければこちらをお使い下さいませ」
「いいの? ありがとう」
シェルツさんが差し出してくれる傘を受け取った。初めて傘って物を手に持った。布束に見える本体をぐるりと縛る止め紐をパチッと外すと、ばらりと布束が解れる。んん? どうやって開くんだ?
剣でいう柄っぽいところを掴んで、あちこち見ていると手元に丸い突起を見つけたので押してみる。すると突然傘がバッと開いて驚いた。
「うぁっ!」
思いの外大きな声が出て、ロビーで寛ぐ他の客の視線がこちらへと集まる。恥ずかしい……。
開いた傘の内側は思っていたよりも複雑な構造で、木製の細い部品が綺麗に組み込まれていた。継ぎ目継ぎ目には金属が使われてあり、強度を高めているのが分かる。柄から伸びる丸い軸に、さっき手元から急に飛び出した円筒状の部品があった。それを軽く引っ張ると、弓の弦のように引き戻される力を感じる。手元まで引っ張るとそれに合わせて傘は閉じていき、柄まで戻すとカチリと止まって傘が閉じた。なんだか弩みたいだ。
ふぅ、これで使い方が分かった。使い方も知らない田舎者に見られないように堂々と出よう。
「じゃあシェルツさん、いってきます」
「いってらっしゃいませ。お気を付けて」
外に出てバッと傘を開き雨の下へと入る。傘に張られた布を打つ雨の音が心地良かった。開く瞬間もちょっとした快感があって面白い。ちょっと癖になりそうだ。
「雨の日に外を歩くのに、不快や気鬱さ以外の気持ちで歩ける時があるなんて思いもしなかったな……」
この身軽さは、何も武器や盾を持ってないとかではない気がする。手の中でクルリと傘を回すと水玉が放射状に散った。
ちょっとのんびりしすぎたかな? 雨の中みんなを待たせて最後に到着するのも気が引ける。いつもより人気の少ない道を、少し駆け足で急いだ。




