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六日目 ガラムさんの工房にて

 今回はちょっと読みにくくなってしまいました。

 ガラムさんの作業工程の描写が複雑で、文才のない私では上手く纏められなかったと反省しております。

 旋盤機による切削加工の描写なんてやったことなければ想像しにくいし、誰も興味ないですよね。(自分はこういうの読むのは好き)

 ごめんなさい、読み飛ばして下されば幸いです。

 ガラムさんという鍛冶職人が、なんかすげーことやってんなーってのが伝われば良いだけですので……。

 すぐにガラムさんの店裏に着いた。敷地に入りながら様子を伺うと、勝手口を入ったところの部屋は灯りが消えており、隣の工房は灯りが点いていた。そこにガラムさんが居るのだろうが、いつものトンテンカンという鍛冶屋らしい音とは違い、キィィィー……という剣で鉄の板でも引っ掻くような甲高い連続した音が聞こえていた。違う行程に入ったのか? と考えながら、勝手口に『マビァなら勝手に入ってくれ』という張り紙が貼られたままになっていたので、勝手に入って工房へ向かい軽くノックした。しかし甲高い音にかき消されたのか、ガラムさんの返事がないので扉を開けて工房へ入る。

 途端に耳をつんざくほどの大きな音になって、慌てて耳を塞いだ。顔をしかめながら見えたのは、こちらに背を向けたガラムさんが、なにやら複雑な形の金属の塊に向かい、何かの作業をしている姿だった。この音を聴こえないようにするためなのか、お椀のような物が左右の耳に被さっている。


 「ガラムさーん!」


 と、試しに大声で呼び掛けてみたが、ガラムさんはまるっきり反応を示さない。仕方がないので、あまり邪魔になりそうにない位置でどんな作業をしているのか見させてもらい、一区切り終わるのを待つ。



 ガラムさんが扱う金属の塊……機械は、これまた小さく平たい金属塊を掴み、目にも止まらないほどの勢いで回転していた。

 その上から、なにやらトロッとした粘液を細く滴しながら、ノミのような刃物があてがわれ削られているように見える。あの粘液はなんだ? と目を凝らしてみている間にも、凸凹(デコボコ)している側面を切粉(きりこ)を次々と飛ばしながら、真円になるまで削っていった。こうもあっさりと真円を描く円盤を作り出す機械に驚嘆する。

 いや、元の世界にも木工品なら回転させて削る工具や技術はあった筈だ。しかし、硬い金属を削るとなると、回転させる力も速度も木工用のそれとは段違いだろう。半端な力では削る刃が当たっただけで回転が止まってしまう。

 もはや俺の知っている鍛冶師とはまったく違う領域にあるガラムさんの技量に驚く。


 「すっげぇ……」


 と、呟く俺の声はガラムさんに届かなかったようで、真円に削り終った素材を取り外し、新たな素材をはめて工具で固定し、素早く削り始めた。その後も次々と加工していく。俺はただ耳を塞いで見ていた。




 側面を削り終ると、はまった素材はそのままに今度は削る刃物の方を取り替え、今度は平たい面を削っていく。右手のハンドルを回すと焼き入れされくすんだ表面の素材が、まるで果物の薄皮を剥くように外側から内側に向かって薄く削られていき、削られた切粉が螺旋状の糸になって長く伸びた。

 片面が綺麗に削られた素材を裏返し、反対の面も素早く削る。その加工が全部終ると、今度はV字型の刃物で側面の縁を薄く削る。外側から二センチほどの幅が先細りに加工され、次々と美しい円盤が造られていった。

 全てを加工し終え、木箱に円盤を並べたガラムさんは耳当てを取り、ふぅ……とため息を吐いた。


 「お疲れ、ガラムさん」


 一区切りついたようなので背中に声を掛けると、ビクッと驚いて振り向く。


 「な、なんだマビァか、来てたんだな」

 「うん、声掛けたんだけど、集中してたからさ。ガラムさんの技量に目が釘付けだったよ」

 「……元帝国にあった工房だったらもっとマシな物が造れるんだけどな。これでもこの街の鍛冶ギルドに任せるよりは俺の方が精度の高い歯車が造れるみたいだから、俺が一手に引き受けることになったんだ」


 苦笑して別の木箱に入った完成品らしい歯車を数種類見せてくれる。様々な形の歯車は形も大きさもまったく違い、どれも工芸品のように美しかったが、ガラムさんにとっては満足のいく仕上がりではないらしい。

 今回の罠を造るにあたり、最初に鍛冶ギルドと役割分担の話し合いがされたのだが、ガラムさんの求める精度はこの街の鍛冶ギルド基準では「そりゃ金属細工師の仕事だろ」と嗤われるものだったそうだ。

 この街で見られる歯車は大まかに分けて二つ。

 例えば懐中時計などの極小細緻で軽量精密な物なら金属細工師の仕事で、そもそも鍛冶師の仕事ではない。

 また、街をぐるっと囲む防壁の門に使われているような重い物を動かすための大きな歯車は鋳造製で、数年で交換しなければならないそうで、それがガラムさん的には強度面でまったく頼りないものだったらしい。

 今回求められる歯車は、罠に使われるギアボックスの複雑な機構から想像できる通り、そのどちらでもない精密さと強度が必須だった。

 ちょっとの圧力で壊れてしまう時計の繊細さなどではなく、また大雑把な造りでも運用できるが、強い力では砕けてしまう粗悪な金属塊ではない精巧強固な一品。それがガラムさんの求める最適解だった。


 俺のところでは歯車は大きな門の開け閉めや、水車や風車に使われているものは木製で、時計塔の中にあるものは金属製らしいのだが、一介のCランクハンターごときが街の時計塔の機関部に入れるわけがなく、当然見たことがない。ただこっちも複雑な形の金属加工は鋳造が造りやすいと聞いたことがある。

 しかし鋳溶かした金属を型に流し込んで造る鋳造加工は、確かに歯車のような複雑な形の部品をいくつも複製するのには向いているが、ガラムさんの見立てではこの街の鍛冶ギルドが材料に使う鉄ベースの合金では錆びやすく、石のように粘りけのない欠けたり割れたりしやすい物しかできないらしい。

 それでは罠に採用しても年に何度も交換修理が必要になるし、バーンクロコダイルのような危険な魔獣を捕らえている際に壊れると罠そのものを破壊される危険があるし、人的被害も出かねない。

 そうガラムさんが主張したら、鍛冶ギルドの連中のプライドを大きく傷付けたようで、「金物屋ごときが利いた風な口を挟むな」だの「だったらお前に何ができるんだ」だのと罵られたので、一晩で試作の歯車をいくつか造り、ギアボックスのラフ設計図と罠に耐え得る強度計算の算出結果を鍛冶ギルドマスターの前に叩き付けてやったそうだ。

 美しいこの歯車に驚愕して物も言えないギルドの面々に「お前らの造る鋳造の歯車を持ってこい」と言い、持って来させた粗雑な歯車を持参したハンマーで軽く叩き割った。

 怒声をぶつけてくるギルドの面々を無視して、さっきよりも強い力で自分の持ってきた歯車を何度も何度も叩いてみせる。

 ガラムさんの造った歯車は、鍛造と切削加工によるもので、真っ赤に光るほど熱して叩き、何度も折り曲げ圧縮してあるそうで、ただ鋳型に流し込んだだけの物とはまるで強度が違っていた。

 多少の打痕が付いても全く割れることがない歯車をギルマスに滑らせ、「まだ何か文句があるか?」と静かに言うと、呆然として佇む面々を見回したギルマスは、「……お前さんに敵う鍛冶師はウチのギルドにはいねぇ。昨日酷いことを言ったことは謝る。その上で厚かましいかもしれんが、必要な技術を教えてもらえねぇだろうか?」と謝罪されたそうだ。

 それで鍛冶ギルドへの指導も引き受けてたんだ。




 「やるなぁ。その場で見ていたかったよ」

 「いや、腹が立ったとはいえやり過ぎたな……。俺もまだまだ青いよ。恥ずかしい限りだ」

 「なんで? 腕の差は明かだったんだからバカにされて捩じ伏せるのは悪くないじゃんか。むしろガラムさんの実力を読めずにケンカ売ってきたのは鍛治ギルドの方なんだろ?」

 「だからって相手の作った歯車を砕いていい理由にはならない。あれだって職人が丹精込めて作った品なんだ。だろ?」

 「う……、そりゃあ……」


 そう言われると言葉に詰まる。納得のいっていない俺の様子を見てガラムさんは苦笑を漏らした。


 「俺だって職人としての矜持はあるから、バカにされれば腹も立つ。だが相手だって同じだろう? それなのに相手を捩じ伏せるようなことをしたら、こちらの力を認めさせたとしても後々(わだかま)りが残る。実際に俺もやり過ぎたと謝罪したんだが、あっちの職人達とはどうにもぎこちなくてな……。これからも協同でやってかなきゃならないってのに、バカなことをしたと反省してるよ」


 自嘲して肩を竦めてみせるガラムさん。

 その話を聞いて、こっちに来てからの冒険者ギルドでの俺の振舞いそのまんまじゃん!? と思い至る。

 確かになー。ギルド職員のほとんどには怖がられて逃げられるし、冒険者の方もまともに話せるのは『黒い三連狩り』の三人くらいだし……。

 俺が怒りに任せて力を見せつけた結果、無駄に相手を怖がらせまともに対応してもらえなくなってるわけだ。

 自分の蒔いた種ってのはこういうことなんだな。と、ちょびっと反省してみるが、次同じような状況で自制できるかと言われれば、あまり自信がないなぁ。


 「前も言ったが、ここの鍛冶師は腕が悪いんじゃない。元帝国とこことじゃあ文明の差があり過ぎて、鍛冶師に必要とされる技術や知識量も違い過ぎただけなんだ。俺も威張れるほどの職人でもないしな。まぁ、ここに来てからの五年間で、コツコツとこいつらを造っておいて良かったよ」


 そう言って、さっきまで使っていた機械と、その隣にあるもう二つの機械を見やる。一つは丸いノコギリ刃が付いているので用途は想像しやすいが、もう一つは四角い金属の箱から光沢のある細めの紐が二本出ていて、箱にはいくつか突起物があるという良く分からないものだった。

 それに、台の上に置かれた設計図には良く分からない数字や記号が並んでいる。俺の中にあるという『異言語変換』ですら読めないってことは、それ用の専門知識が必要なんだろう。ってことはこれが強度計算ってヤツか? これじゃあまるでガラムさんは学者か研究者みたいじゃないか。


 「これ全部ガラムさんが造ったんだ。もう俺の知ってる鍛冶師の技量じゃないよ」

 「帝国にいた頃は機械技師もかじっていたからな。こいつらもあっちの工房にあった機械に比べたらオモチャみたいなもんさ」


 そう言ってそれぞれの機械の用途を教えてくれる。

 さっきまで使っていたのが『旋盤機』。中心にある回転軸に加工する素材を固定して、回転の力を利用して素材を加工する機械だ。さっき見ていたように、使い方によって様々な形に加工が可能らしい。

 丸ノコが付いているのは、やっぱり金属をまっすぐカットできる『メタルソー切断機』。下の台が可動可能で、台に素材を固定して鉄塊を薄切りスライスすることもできるってんだからすごい。

 もう一つの良く分からない箱は『溶接機』。なんと金属と金属を熱で溶かしてくっつけることができる機械らしい。

 どれも魔獣から取れるジェムを動力としていて、『旋盤機』と『メタルソー切断機』は水と火のジェムを使った蒸気圧式動力。『溶接機』は雷のジェムの力で金属を溶かすって言うけど、俺にはどんなものなのかさっぱりだ。

 へ~、ほ~、と近くで覗き込むように眺めていると、苦笑したガラムさんが「ちょっとやってみるか」と、俺を旋盤機の前に座らせた。


 「い、いやいや、さすがにダメだろ! 素人がこんなの扱えるか?」

 「いいからやってみろ。簡単な加工だから」


 そう言って俺にゴーグルと耳当てと皮手袋を押し付ける。

 やっべぇ、うっかり興味がある感じを出し過ぎてしまった。いや、ちょっとやりたくはなってたんたけどさ。

 そのガラムさんの表情は「興味があるなら是非とも教えたい。可能ならばこちらに引き込みたい」という意欲に満ちていた。

 居るよなぁ、職人さんってこういう人……。

 仕方ないのでちょっとだけやらせてもらうことにした。うう、緊張する。

 やらせてもらうのは先程まで加工していた鉄の円盤を歯車にしていく加工だ。外縁の先細りした部分を等間隔に同じ幅で削り落とし、残った部分を歯車の凸部分にする行程だ。この部品の一番肝心な行程じゃん。俺がやっていいのかよ。

 回転軸に歯車の凹部分を削る刃物が取り付けられた。筒状の外輪にまるで水車や風車のように、同じ形の刃が何枚も並んでいた。

 なるほど、これを高速回転させて、その下を(くぐ)らせて掘るように削っていくのか。

 手元の治具(じぐ)とやらに回転刃と垂直になるように鉄の円盤を立てた。そこに一回り小さな銅盤が足された。

 治具には円盤の(ふち)に沿うように▽のマークが等間隔にぐるりと刻まれており、銅盤には▲のマークが一つあって、それらの頂点が向かい合う位置で固定された。この銅盤は削る位置を間違えないためにあるようだ。

 

 「このハンドルを右に回せば刃に向かってゆっくり進んでいく。一回転で一ミリしか進まんから遠慮なく回せ。ほらやってみろ」


 ガラムさんがレバーを引いたら、シュイーンと静かな音を立てて軸が回転し始める。覚悟を決めてハンドルを回す。円盤と刃までの隙間は一センチもないから数を数えながらゆっくりと回す。

 ビビりながら端を刃に触れさせると、チッという音とともに円盤の角が薄く削れ、小さな切粉が下へと飛んだ。


 「途中で止めるな。一定の速度で削っていくんだ。途中で止めたら刃が破損する可能性が高くなる。ハンドルが止まるまで回してみろ」

 「うぅ~、そんなこと言われると余計緊張するじゃんか~」


 徐々に進めると、速くも遅くもない一定の速度でハンドルを回した時に、刃が一番効率良く削っているように感じる感覚が手に伝わってくる。


 「お? こんな感じか?」


 探りながら手の感覚を信じて回していくと、まるで柔らかい土でも掘るかのように硬い金属がシュルシュルと削れていった。回転する刃が円盤を通り過ぎるまで一定の速度で最後まで削りきる。おぉ、めちゃ楽しい。


 「さすが感覚が鋭いな。治具を緩めて目盛り一つ分回して次も削ってみろ」

 「おう」


 円盤の二つの穴には銅盤の二つの棒が差し込まれていて治具を弛めてもずれたりしない。なるほどこのための仕組みだったのかと感心しながら円盤を回す。隣の▽を▲にピタリと合わせて、さっきの感覚を思い出しながら削っていく。慣れると動作も速くなり三分ほどで歯車の形になった。


 「ふぅ~~っ」

 「あぁ、上出来だ」


 緊張感から解放され、大きなため息を吐きながら仰け反っていると、機械から歯車を取り外したガラムさんは、天井の魔光灯の光を当てながら裏表を観察し一つ頷いた。


 「やった! これで完成?」

 「いや、あとからまとめて全部の角を面取りして全体を磨き、防錆び加工をしたら完成だ。どうだ、金属加工もやってみたら面白いだろう?」

 「あぁ、すっげぇ面白かった。でもこれはガラムさんが全部お膳立てしてくれてたからだろ? 俺一人じゃゼロから全部造るなんて、どう考えたらいいか分からないよ」


 工具を造るための工具から造る。みたいなことやってるし、複雑なギアボックスの設計やら強度計算なんて難しいこと俺にできるわけがない。


 「それに元の世界じゃこんな工作機械もないし、この街よりもずっと文明が遅れてるからなぁ。折角やらせてもらってもあっちじゃ再現できそうにねーよ」

 「そんなことはない。今の経験が別の形で何かの役に立つこともあるさ。物造りは創意工夫と応用の積み重ねだから、思いもよらないところで役に立つかもしれないぞ?」


 「俺がそうだった」とガラムさんが言う。鍋やフライパンなどの製造販売は、良いものを造るほど壊れにくく長持ちするから、小さな街だと徐々に売り上げは減っていき、いずれ頭打ちになる。

 このままでは収入が減るので、帝国仕込みの技術で仕事の範囲を広げようとコツコツと準備を進めていたが、俺がガラムさんに仕事を振ったせいで状況が一気に進んだ。

 結果、俺が持ち込んだ剣と盾の修繕と、木剣の監修とその重心用の(おもり)の作成。この街に来て必要とされなかった(必要とされても断ってきた)帝国時代の技法を急に求められることになった。

 ここしばらく暇な金物屋店主だったのが、大慌てで鍛冶師と機械技師に戻る必要に迫られた。

 鍛冶ギルドにも技量を認められたから、これからは忙しくなるかもしれないそうだ。

 帝国時代に(つちか)った技術があったからこそ、今後の見通しが明るくなったってわけだ。



 いずれこの経験が役に立つもんかね? と、ガラムさんから受け取った歯車をよく見てみる。なるほど確かに俺が削ったところの角が毛羽立ってて、触れると指が切れそうだしまだまだ粗いのがよく分かる。木箱に入った同じ形の完成品と見比べると色からして違うので、まるで別物のように見えた。


 「……それはそうとマビァ、何か用があったんじゃないか?」


 旋盤機に残る切粉を刷毛で掻き出し、粘液(切削用のオイルだそうだ)を雑巾で拭きながら聞いてくるガラムさん。こちらを向かないで聞いてくるところをみると、やはり手紙のことが気になるのだろうか? 恥ずかしがっているように感じる。


 「あ、そうだった。今日のロージルさんの晩飯はガラムさんの指示通りにお休みさせてもらったよ。明日はまた作ってくれると思う……多分」

 「多分?」


 歯切れの悪い俺の語尾に、怪訝な顔をするガラムさん。


 「ロージルさん昨日晩眠れなかったらしくて。なのに今日も朝から忙しかったらしくてさ。貧血と睡眠不足でフラフラしてたのに、俺が何時間か気を失ってて弁当箱と手紙を届けたのがついさっきになっちゃって。俺が行くまで晩飯を作ってもいいものかどうかわかんなかったんだ。ホントに悪いことしたよ」

 「気を失ったって、じゃあ昼に聞いたアレは本当だったのか?」


 俺の言葉を聞いてガラムさんは厳しい表情になる。

 ガラムさんが昼にワニ料理をもらうために屋台に並んでいる時に、近くの若者達が俺の噂をしていたらしい。


 「中央広場で赤い大きなクモと一緒に居ただの、なんか寸劇みたいなことをしてただの、新聞の聖騎士と同じ剣と盾を持ったヤツが居て血塗れだっただのと、興奮して話してたんだ。半分以上は訳の分からない話だったが、お前今日は朝早くから仕事だって言ってたよな? また大怪我したのか?」


 ガラムさんには、三日前の東の葦原でズタボロになって血塗れな服を見られている。あの時もシャルに治してもらってたから傷はなかったし、ワニの解体作業前にナン教授が用意してくれた水で腕の血は洗い流してたけど、服に染み込んだ血や泥と焼け焦げはどうしようもない。てゆーか、ガラムさんに指摘されるまで忘れてて、平気で街中を走ってた。


 「うん、まぁね。ああ、でも大丈夫。今度もすぐに治してもらったからさ。仕事は成功したんだけど、俺的には大失敗だったよ」

 「何があったのか聞いてもいいか?」


 俺は頷いて、全部を語るのは無理なのでざっくりと掻い摘まんで話す。朝六時から領主主導で古代文明の地下遺跡の攻略を開始したこと。遺跡のガードボットの猛攻を打ち砕きながら遺跡最奥の部屋まで辿り着き、人口頭脳のリムスを脅して全ガードボットの稼働を止めさせたこと。実際には遺跡の入り口の時点で、俺の中にある『異言語変換』でリムスの言葉が理解できていた俺がリムスと対話していたら、戦闘自体が無用だったこと……。


 「俺、昨日みんなに守るって言ってたクセに、みんな傷だらけにさせてさ、シャルにも怖い思いをさせて泣かせたし、どこまで自惚れてたんだよって感じでさ。三日前にも自分の弱さを痛感したばかりだってのに恥ずかしいったらないよ」


 椅子を借りて俯きがちに話す俺の愚痴を、ガラムさんは黙って聞いてくれた。そして、静かな口調で話しだす。


 「……俺は戦いのことはよく分からんが、俺が武器や防具を造ってやった冒険者達は、生きて帰ってこれただけで勝ったようなもんだ、と言ってたぞ。それにお前以外の者は、多少の怪我をしたとはいえ五体満足で帰ってこれたんだろう? お前が大怪我をしなければもっと良かったんだろうが、未知の遺跡をたった一度の挑戦で攻略できたんだ。ここは全員での成功を喜ぶべきなんじゃないか?」

 「……そうかもしれないんだけどさ……」


 俺が今日一日でやらかしたあれこれが多過ぎて、反省点ばかりに気持ちが向いてて、作戦の成功やみんなからの励ましの言葉も、分かっていたつもりでもちゃんと心に入って来ていなかったのかもしれない。

 今のガラムさんの言葉やみんなの励ましの言葉を受け入れ納得しようとしても、俺の心の根っ子にある部分が「許されるわけねーじゃねぇか」と俺を責め続けていた。もう絶対に後悔したくないから。


 「それに、若い頃はちょっとくらい自惚れてるくらいでいい」

 「へ? なんで?」

 「自惚れ過ぎたり高慢になるのはバカのやることだけどな。ほんのちょっとなら必要なことだと俺は思う。自惚れていられるってことは、自分の技量に自信があるってことだ。俺ら鍛冶師もそうだが、己の腕に自信があるのなら、己にとって最高の仕上がりの物を『どうだ! すごいだろ!』って自慢し誇ることができる。失敗した物や不出来で恥ずかしい物は決して人前に晒さないからな。一方、技量に自信のない者は、製造行程で迷いが入るし時間もかかる。そして良い物が造れたとしても品質は安定しない。それは実力を十全に発揮できた結果かもしれないし、たまたま偶然に良い物が造れたかもしれないからだ。もしかしたらつまらない物を造ってしまった可能性だってある。だから自分にとっての誇れる最高の仕上がりってのを、なかなか把握できないんだ。それでも上達しないわけではないが、自惚れ屋の方が圧倒的に上達は早い」

 「ふんふん」

 「しかし、自惚れ屋には重大な欠点がある。自力を過信し過ぎるため、ちょっとした段差で躓きやすいし、見えない壁にすぐにぶち当たる。『おかしい、なんでできないんだ?』『こんな筈じゃなかったのに』ってな。挫折するヤツも多いんだ」

 「ダメじゃん……」


 まさに今の俺じゃないか。いいところあるのかよ。


 「若い頃の自惚れってのは、結局は世界の広さを知らず、上には上がいるとか、自分にできないこともあるってのを理解していないからできるんだろう?」


 なるほど、と俺は頷く。こっちに来てからの失敗は俺が初めて直面したことばかりだ。そりゃまぁ異世界だし? 俺にとって常識外れなことばかりでもおかしくはないんだけど。古代地下遺跡とリムスはこっちの人達にとっても特別か。


 「鍛冶師で言えば、昨日造った最高傑作が翌朝見たら随分色褪せて見える、なんてことはしょっちゅうあるんだ。それで悔しくてさらに良い物を造ろうとするんだが、なかなかそれを超える物はできなくてな。これはある程度上達してから解ることなんだが、目利きや感性ばかりが先に鋭くなって、技量が置いてけぼりになってしまうせいなんだ。何度挑戦しても目標ばかりがどんどん高くなっていくから、越えるための試練に終わりがないように思えて、この苦行に堪えられず辞めていく者も多い。物造りをする者の(さが)みたいなものだな。お前達戦士が強さを探究するのと似ているのかもしれないな」


 そう言われると似ている気がする。駆け出しのEランクの頃に比べると、かなり成長してると思うし、振り返ると長く険しい道のりだったと痛感する。しかし前を向くともっと険しく壁のような断崖がそびえ立っているように感じるんだ。俺の場合は手っ取り早くスキルを買って手数を増やすことで技量不足を解消したつもりでいたが、所詮は上げ底。総合的な攻撃力は増したが、基礎の技量はあまり伸びてる気がしない。だからいつもレイセリアとメイフルーとの訓練で簡単にボコボコにやられてる。


 「だが、その壁を突破すれば、必ず己の成長に繋がる。そしてまたすぐに別の壁にぶつかるわけだが、それは己の限界に挑戦し続けるということだ。己の限界も知らず地道にコツコツと歩んでいる者より、常に限界に挑み続け、躓き転んでも全力で走り続ける方がより早く成長できるってのは道理だろう? まぁ、死ぬほど辛くて苦しい修羅の道だけどな」


 そう言われてさすがに俺もげんなりする。だってそうじゃないか。この先これまで以上に険しい道になるのは感じていたが、それを他人の口から明確に指摘されたら誰だってヘコむと思う。

 そんな俺を見たガラムさんが、フッと同情したみたいに小さく笑った。


 「世の中にはそんな状況すら楽しめて邁進できる者もいる。俺達が苦労して積み重ねた努力なんてなんでもないかのように、軽々と飛び越えていく者もいる。俺は残念ながらそちらの人間じゃなかったが、お前はどうだろうな? どっちにしてもすでにお前はその道の半ばにいるんだ。後は何もかも諦めて別の生き方を探すか、今の道を突き進むしかない。だろう?」


 俺は腹に力を入れて顔を上げ、大きく頷いた。


 「なら、改めてようこそ、修羅の道へ。だな」


 グッと突き出されたガラムさんの拳に、俺の拳をゴツンと当てて、お互いに苦笑しあった。

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