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六日目 フェネリさんのマッサージ

 俺達への報酬は一人あたり基本報酬百万カルダと、成功報酬が最低で五十万カルダのところを大幅にアップされて一千万カルダも貰えることになった。


 「いくらなんでも貰い過ぎなんじゃ……」

 「リムスには我々の命まで奪う意志は無かったとはいえ、俺らにとってはまさに命懸けの作戦だったんだ。実際にマビァも大量出血で死にかけたわけだしな。赤い砂や無数のガードボットに埋め尽くされて、麻痺して動けなくなった時の俺とテイレルの心情が解るか? それを残ったお前達が見事に突破してくれた。それにリムスという極めて稀有な存在と邂逅し、会話による和睦を得た。これは金などに変えられぬ交流となることは間違いなかろう? お前達のおかげで当初の予想では考えられぬ成果を得たのだ。むしろこの程度しか出せなくて申し訳ないくらいだよ。領主とはいえ、俺が自由に動かせる金には限りがあるのでな」

 「歴史的な偉業ですからね。記念碑でも建てて貴方がたの名前を刻んでおきたいほどですよ」

 「おぉ、その手があったか! でかしたテイレル!」

 「うえぇ、勘弁してくださいよ~……」


 始めから俺がリムスとちゃんと会話ができていれば必要のなかった死闘だ。裏にそんな事情がある事柄で記念碑なんぞ建ててほしくないし、そこに俺の名が刻まれるなんて冗談じゃない。


 侯爵がサラサラと小切手に金額とサインを書き大佐に渡すと、大佐もサインをしてコニスに渡す。

 冒険者ギルドへの仲介料と教会への謝礼金は翌月の資金にプラスする形で支給されるので、今回は俺達の手取り分のみの支払いだそうだ。

 半日で一千百万カルダかぁ。命懸けなのは元の世界ならいつものことだけど、こんなにボロ儲けしたことなんて初めてだ。つくづくこちらの金を持って帰れないのが悩ましい。あっちに戻れば貧乏生活が待っているのだから尚更だ。

 またザンタさんの鎧を買う資金にしてもらおうか? 帰る時にウェルに渡して、新事業の足しにしてもらってもいいかもしれないな。


 「確かにお預りいたします。マビァさんは今まで通りギルド預かりでいいですか? それとも銀行口座を開設しますか? 銀行口座でしたら場所によっては数日かかりますが、他国の銀行からも引き出せますし、マビァさんの自国にある口座への振り込みも可能かもしれません。どこから来たのか知りませんけど~?」


 上目遣いでジロリと睨みながら嫌味を言うコニス。気不味くて目を逸らすと、侯爵と大佐が苦笑して肩を竦めた。


 「ギルド預かりだとドライクル国内のみでなら、どの街のギルドでもギルドタグで引き出せますけど、国外へ出る時には現金化して全部持ち出さなくちゃいけないので大変ですよ?」

 

 銀行という施設が元の世界にはなかったのでよく解らない。元の世界ではハンターギルドにお金を預けてあるけど似たような感じか?

 この街の銀行に預けた金を、どうやって遠くの国にある銀行から引き出せるのか仕組みが全然解らないが、聞くとまた「お前はどこから来たんだ?」と聞かれそうなので、適当にはぐらかす。


 「えーと、あぁ、まだ今のままでいいや。なんかめんどくさいし、ロージルさんにお願いしてる夜食の依頼料金もここから抜いてもらってるから」

 「そうですか、分かりました。……マビァさん、シャルちゃんに治してもらったとはいえ、どう見ても傷付きすぎなんですからしっかり休んで下さいね」

 「ああ、ありがとな」




 小部屋を出てロビーに戻ると、時刻は二時四十分になろうとしていた。

 二階の事務室へ向かうコニスと、教会に行く侯爵と大佐、オマケの小グモリムスと別れて、一旦『翡翠のギャロピス亭』へと戻ることにする。侯爵とは明日朝十時に地下遺跡への入り口前での待ち合わせを約束した。


 「まぁ今晩か明日朝、ウェルの宿で会うかもしれんがな」


 エリ公には侯爵から伝えてくれるそうなので、ロージルさんには俺から伝えることにする。


 冒険者ギルドを出てぐるりと見渡すと、まだまだ人の数が多く、目の前を行き交う人々の向こうに、立ち飲みで騒ぐ連中や芝生で寛ぐご家族連れが見え隠れする。さすがに無料のワニ肉料理は配り終えたのか、料理や酒などは近所の居酒屋や食堂から仕入れているようで、タグや市民カードを片手に走っている姿はもう見えなかった。

 土木ギルドの連中や木工ギルドの人達といった顔見知りも人波の向こうに見つけたが、人の群れを潜り抜けて挨拶に行くにはちょっと面倒だったので、諦めて宿へと向かう。


 『翡翠のギャロピス亭』もさすが満室なだけあって、ロビーやサロンで寛ぎ談笑する客の姿が多く、食堂からも賑かな話し声や楽しげな音楽が聴こえてきた。入り口から入った俺に気が付いた客の数人が、こちらを見て驚いた顔をする。なんだよ、と少し気に障りつつフロントカウンターへと向かう。


 「マビァ様、おかえりなさいませ。……随分と負傷されていらっしゃるように見受けられますが、お手当ていたしましょうか?」


 カウンターの向こうから丁寧な挨拶をしてきたシェルツさんが俺の姿を見て眉をひそめ、心配げに小声で質問されたので、自分の姿が結構血塗れであることをようやく思い出した。

 すぐに手当てに動けるように、フェネリさんがカウンターの向こうから回ってこちらへとやってくる。


 「あぁ、驚かせてゴメン。傷はシャル……教会のシャルンティンに治癒してもらったから、もうすっかり治ってるんだ」

 「左様でございますか。でしたらお洗濯いたしましょう」

 「すみません助かります。俺、部屋に戻ってシャワー浴びて着替えたらまたすぐに出掛けるんで、その時にお願いします」

 「かしこまりました。お任せ下さいませ」


 二人はホッとした笑顔をこちらに見せ、シェルツさんは部屋の鍵を、フェネリさんはガラムさんが預けていった弁当箱を出してくれた。二人にお礼を言って部屋へと戻る。



 部屋に入り、盾と剣を外してテーブルの上に置き、鎧とブーツを脱ぐ。まずは戦士の命、剣と盾の具合を点検した。

 昨日の駐屯地と今日の地下遺跡で、結構硬いサソリや狼や壁を切って酷使した剣だが、目立った刃こぼれや傷は見当たらない。

 あれだけ斬り続けたのに、血糊や脂が一つもついていないので不思議な気分だ。

 盾も全然傷みを感じない。どちらもガラムさんに丁寧に見てもらえたからか劣化は見られなかった。

 付呪効果の減衰もわずかなようで、剣と盾どちらとも、四つ目の魂石の色が少しだけ薄くなっているだけだった。やれやれと安心して腰のハチェットを外してこちらも点検する。

 黒い艶消しの表面は、あれだけ叩き続けたのに傷一つついていないし、刃も鋭いままだ。本当に良いものをくれたんだなと、ザンタさん夫妻に感謝する。


 続いて鎧下を脱ごうとすると、背中や腰、尻に太股の後ろ側が、乾いた血で下着と皮膚に貼り付いていてなかなか剥がれない。ペリペリと剥がす痛みに堪えながら脱ぐ。

 布地の内側の綿に吸われた血がブヨブヨのスライム状に固まっているのを見て、思ってた以上の出血量に軽く引く。腰から下が赤黒く染まっていて、一目で大量出血だと分かる。

 背面側は俺からではほとんど見れないので分からなかったが、俺を見るみんなが心配していたのがこれで納得できた。

 まぁ、元の世界ならこんなことたまにあるんだけど、このまま洗濯に出したらフェネリさんや洗濯係の人に驚かれそうなので、シャワー室で身体を洗うついでにぬるま湯で揉み洗いしておき、しっかり絞って洗濯籠に入れておいた。

 歯を磨いて口をスッキリさせてから服を着替える。キャビネットにある飲み物を冷たく保管する魔道具にお茶があったので、取り出してグラスに注ぎ一口飲みベッドに腰掛けて一息つく。


 「はぁ……。さすがに疲れたな」


 気が抜けたのか、途端に疲れが押し寄せてきた。

 いかんいかん、まだ今日はやらなきゃいけないことがあるんだ。大あくびをしてから頭を振り目を覚まそうとするものの、かえって脳が揺れて意識が遠くなる。なら冷たいものを一気に飲んで……とグラスを持ち上げようとするが、腕が重く感じて上がらない。むしろグラスが遠ざかって見え、天井が見えたところで意識が途絶えた。




 「…………様。……ァ様。……マビァ様」

 「ん…………、むぁ……?」


 優しく揺すられる感覚と綺麗な声に呼ばれ意識が浮上する。ぼんやりと微睡みながら目蓋を上げると、こちらを覗き込むフェネリさんがいた。


 「あ、あれ? 俺寝てた?」

 「はい、熟睡されておいででしたよ」


 ほっと安心したように表情を緩めて微笑み、上体を起こすフェネリさん。俺も身体を起こして部屋の灯りが点いていることに気が付く。

 おかしい、さっきまでまだ明るかったから灯りなんて点けなかったのに、と窓に目をやると、夕暮れはとっくに終わり、ただ窓ガラスが室内の灯りを映すだけだった。


 「すぐに出掛けるとおっしゃっていらしたのに、なかなか降りてこられないので、勝手ではありますが様子を見に参ったのです。そうしたら、部屋は灯りもなく真っ暗でしたし、グラスが床に転がっていて、マビァ様はまるで倒れたような姿勢でしたから、驚いてしまいました」

 「あぅ、ご、ごめん」

 「呼吸もほとんどされておられなかったので、もしや亡くなられたのかと思ったほどでした。脈も計ったのです」


 珍しく怒った感情を見せ、プクッと頬を膨らませるフェネリさん。確かに、暗闇でグラスを落とした人が中途半端な姿勢で倒れてたら、死んでるように見えただろう。よほど怖い思いをさせたようなので立ち上がり、深く深~くお辞儀して平謝りする。


 「ほんっとーにごめん! っぐぁ?!」


 勢いよく頭を下げた途端に、全身に激痛が走り固まってしまう。『ギャロピスの永走』の反動が来たのか、全身の筋肉痛が出てきたらしい。しばらく眠って動かなかったのがよくない。ギシギシと軋む身体を「痛てて」といいながらゆっくりと動かしていく。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「はい……、思ってた以上に疲れてたみたいで、ただの筋肉痛ですから……。それより今、何時ですか?」


 サイドテーブルにある時計を見ようと腰を捻ったらグキリと変な音がして激痛が走り「はぅっ!」と固まる。


 「ただいま六時三十七分を回ったところです。待ち合わせのお約束でもされていたのですか?」

 「は、はい。もう大分過ぎてるから急がなきゃいけないのに……ぐぬぬ」


 腰を元に戻そうとするのにまったく力が入らない。それどころか上体を右に捻ってくの字(・・・)に倒しているもんだから、重心が右足よりもさらに右にあるので今にも倒れそうだ。右足の外側と小指だけで全体重を支えていてプルプルと震えていると、フェネリさんが正面に回り込み、同じようにくの字に折れて俺の顔を伺う。


 「大変お辛そうですね。宜しければマッサージを施しましょうか? 仕事柄少々嗜んでおりますので」

 「ま、まっさーじ? それで動けるようになるんですか?」

 「はい、幾分かは楽になると思われます」

 「じゃ、じゃあお願いします」

 「かしこまりました」


 にこりと微笑んだフェネリさんが、とん、と俺をベッドへ押し倒す。そして靴を脱いでベッドに上がった。ギシッとベッドが軋み揺れる。


 「上を失礼いたしますね」


 薄く透ける靴下の小さな足が、(いびつ)なかたちで固まった俺の上を跨いで通る。それを目で追いながら客を跨ぐのはどうだろうという思いより、見上げるフェネリさんの姿が男装なのが非常に残念だという思いが勝る。もし叶うのなら、他の世話係さんと同じ給仕服で跨いで欲しかった……。

 姿は見えなくなったが背後でしゃがむ気配がし、腰から上半身、下半身を両手の指先をつつ~っと滑らせて撫でていく。

 かなり小柄で幼さの残る容姿のフェネリさんだが、俺的超感覚では年上であると確定済みだ。そんな女性に撫でられて、嬉しくない筈がない。幾度か往復する服越しに伝わる極小な接触面積による微かな快楽に、思わず「あぁ……」と吐息が漏れる。


 「それでは始めますね」


 左耳近くで囁かれ、ふわりと当たる柔らかな吐息にゾクリとした。声に愉悦にも似た感情が含まれているようにも感じられ、なんとも艶かしい。

 こ、これはもしやエロいことをされるのでは? してもらえるのでは? と、疚しい期待がムクムクと持ち上がる。……持ち上がったのは期待だけだ。

 しかし、すっとフェネリさんは立ち上がった。あ、あれ?

 捻れたくの字で倒れる俺の後ろに立ち、俺の左腕を両手で持ち、骨盤の左後ろを踏まれる。……なんか嫌な予感しかしない。さっきまでの淡い期待が吹き飛んだ。


 「あ、あのフェネリさ……」

 「えい」ばぎごきぐりりぐちゃ

 「あんぎゃああぁあぁあっ?!」


 左腕を引っ張られると同時に骨盤を踏み押され、体内で聞いたこともない鈍い音が鳴り響く。あまりの激痛に人生初だと思う音量の絶叫を上げた。


 「……あ……あうぅ……おぉ…ぉ……」


 痛みに呻いていると、後ろでフェネリさんが座る気配がする。震えながら顔だけ振り向こうとすると、両膝が背中に当てられ、上から右手で顎を固定され、左手が左膝を掴む。


 「それ」めきぶちぶちぐぢゅる

 「っ……っっっっ!!」


 強く鋭く顎と左膝を引かれエビ反りになる。顎を引かれているもんだから悲鳴も出せない。どころか背中をドンッと突く両膝が肺から空気を一気に吐き出させ、空気も吸えず声も出せない。


 「…………っはひー……っはひー」

 「次、腕のストレッチをしますね」

 「ひ……ひぃ……」


 解放されて空気を貪るように呼吸していると、ベッドの縁に座らされ、後ろから両手首を持たれる。もはや拷問としか思えない苦痛に、涙目でいやいやと首を振りながら止めてもらおうと動く。しかし、


 「や」ぶりゅんねちちぷつぷつ

 「ふんぎょああぁぁああっ?!」


 両腕を後ろへ上に上げられ、捻りながら引っ張られたと思ったら、後ろ側で両腕がチョウチョ結びにされてるんじゃないかと感じるくらい回された。


 その後数分間、まったく気合いの入っていないフェネリさんの掛け声とともに、身体から発する異音と俺の悲鳴が何度も何度も響いた。激痛で三回気絶し、その度に三回とも激痛で起こされた。


 「ぜ~……ぜ~……ぜ~……」

 「これで少しは動きやすくなった筈です。いかがでしょう?」


 苦痛の連続で、もはや声を出す気力を失い荒い呼吸を繰り返す俺に、ベッドから降りて靴を履き身形を整えながら訊ねてくるフェネリさん。

 あ、あぁ、やっと拷問(マッサージ)が終わったんだ……。まだ全身にジンジンと痺れるような痛みが残っているけど、隅々までポカポカと温かく軋んでいた関節が滑らかに動くようになった。ゆっくりと上体を起こし、立ち上がってあちこち動かしてみる。


 「おぉ、これなら普通に動けそうです」

 「ご用が終わり戻られましたら、必ずお風呂で身体を温め解して下さい。また硬直するのを防げますので」

 「そうですね、ありがとう助かりました」

 「いえ、お安い御用です。マッサージのご要望があればいつでもお呼び下さいませ」

 「う……は、はい」


 ちっこいが美人のお姉さんと一緒にベッドの上にいて、沢山触ってもらったのになに一つとして嬉しいこともエロい展開もなかった。残念にもほどがある。

 もう二度と頼みたくないが、仕事をやりきった達成感ありありの微笑みで言われたら無理矢理にでも頷くしかない。結果は見事なのに過程が過酷すぎるんだよ。


 「お部屋を整えましたら私が施錠してカギを返しておきますので、マビァ様はお出掛け下さい」

 「そう? じゃあよろしく」


 急いでウェルに貰ったブーツに履き替え、ポーチと取り敢えずの護身用にハチェットを腰に付け、ロージルさんの弁当箱を抱えて部屋を出る。




 「マビァ様」


 一階ロビーに降りるとシェルツさんがフロントから声をかけてくれた。事情を話しフェネリさんがカギを返してくれることを伝えると、珍しくシェルツさんの顔が青ざめる。


 「……マビァ様、フェネリのマッサージを受けたのですか?」

 「うん、死ぬほど痛くて何回か意識が飛んだけど、身体は動くようになりましたよ。もう二度としてほしくないですけどね」

 「あぁ……、今宵はお客様が皆、まだお部屋に戻られていないのが幸いだったと言えるのでしょうか。しかし、そのせいで一階が賑わい、我々スタッフの誰も気付けなかったのでフェネリを止められなかったのは不幸だったとも言えます」


 苦笑して答える俺から視線を逸らして、まるで独り言のように呟くシェルツさん。ん? どういう意味だ?


 「あ、あぁ、申し訳ありません。フェネリにはマッサージのサービスを行うことを固く禁じているのです。彼女のそれは効果はそれなりにあるのですが、マビァ様が体験なさったように気絶するほどの激痛を伴うために、お客様の悲鳴や絶叫が周囲のお部屋にまで轟くのです。マビァ様もお叫びになられたのではありませんか?」

 「う、うん」


 そりゃもう絶叫の連続だった。痛みを我慢するなんて余裕は一切なかった。自分の意思に関係なく喉から悲鳴が突いて出た。


 「普段でしたら他のお部屋のお客様からの苦情が殺到して、他のスタッフがフェネリを止めに参れたのですが、今宵は祭りの余韻でご覧いただけますように一階ロビーも食堂も賑わっており、私を含めて誰もマビァ様の悲鳴に気付けなかったのです」


 長旅で疲れた身体を解すサービスとして、有料で世話係のスタッフがマッサージを施してくれるらしく、なかなかの人気があるサービスなのだそうだ。

 しかしフェネリさんが新米の頃、初めて行ったマッサージで宿中が大騒ぎになったらしい。そりゃそうだ、拷問を受けている人の叫び声としか思えない悲鳴が、安らぎの空間であるこの宿に轟けば、誰もが恐怖を感じるだろう。俺の悲鳴が誰にも聴かれていなかったのは不幸中の幸いと言える。

 それ以来、フェネリさんのマッサージは固く禁じられているというが、それをさっき俺にしたのは、意図せずも死体のように見せて驚かせてしまったことに対する意趣返しだったのか。動けない俺を本心から心配して施してくれたのか? それとも今日この時ならば普段禁じられているマッサージを施しても、どこからも苦情がこないと計算したうえで思う存分やりたかったのか……。あり得るな、楽しそうだったし……。


 「ま、まぁ、ホントに動けなくて困ってたんで助かりましたし……ってあれ? じゃあ他の世話係さんのマッサージならあんなに痛くないってことですか?」

 「もちろんでございます。フェネリのは彼女が独自に編み出したものなのか、それともどこかで学んできたものなのか分かりませんが大変特殊なマッサージなのです。他のスタッフが普通に施すものは、心地好い痛みはありますが悲鳴を上げるようなものでは決してありません。ただ今日のマビァ様ほど酷い状態のお客様がお泊まりになられたことなどもございません。その場合わたくしどもが施術できるマッサージでどれほどの効果があったのか……。正直自信がありません」


 確かに限界突破するまでボロボロにくたびれた身体の客なんて、宿に泊まる前に病院送りか教会行きだ。俺だってこれまでに過酷な戦闘は何度もあったけど、今日のように固まって動けなくなったことなどない。多分『ギャロピスの永走』の反動なんだろうけど、それをここまで動けるようにしたフェネリさんはすごいんじゃないか?


 「フェネリさんには感謝してるんで、禁止命令を破ったことは叱らないであげて下さい。それよりも侯爵と大佐が俺と同じ体調になってるんじゃないかな? まだ戻ってきていないんですか?」


 シャル以外の他のみんなも俺のようになってそうだ。特にザンタさん夫妻は高齢のせいもあって反動が大きいかもしれない。俺の次に戦闘でのダメージが大きかった侯爵と大佐も心配だ。


 「まだお戻りになられておりません。お戻りになられたらよくよく体調をお聞きして、必要ならば神官を呼んで癒しを施していただくことにいたします」


 そういえば、他のみんなはシャルが合間でちょこちょこ癒してたって言ってたっけ。俺の場合は出血が多かったせいでここまで悪化したのだろう。なら大丈夫か?

 「ご忠告感謝いたします」と微笑むシェルツさんと別れて外へと向かう。

 かなり遅くなってしまった。ロージルさんもイルマさんもまだかと待っているだろう。

 鈍く痛みの残る全身に鞭打って、まだ人の多い通りを駆けて行った。

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