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六日目 作戦の報告

 「そっちの部屋の者もこちらへ来てくれ」


 侯爵がこちらに手招きするので、俺達傍聴室の四人は貴賓室へと移動した。


 「厄介事を一つ、あっさりと終わらせられたな。ウェル、感謝する」

 「へへっ、お相手が単純な阿呆で助かりました」

 「でも、聞いてた感じじゃあもう一度カッセルと面会しなきゃいけないんだろ?」


 さっきの交渉は、相手側が侯爵やクロブの存在感に勝手に威圧された状況下で、ウェルがこちらに都合の良い言い回しでやり込める一方的なものだった。一度自陣へ戻り冷静になった上で、頭の切れる者にでも相談すれば、次の面会で何らかの手を打ってくるかもしれない。まぁ見た感じ、カッセルが自分より才覚がある者に意見を求めるようなタイプには見えなかったんだけど。

 さっきのウェルの交渉でどこか狙われる隙がなかったか思い返そうとしていると、カッセル一行を見送りに行っていたコニスが帰ってきた。


 「まぁな。でも全然大丈夫! 問題ねーよ。コニスちゃん、アイツらの様子はどうだった?」


 ウェルは余裕綽々のようでコニスにカッセル達の様子を聞く。


 「は、はい。カッセル様はやる気満々で帰って行きましたよ。兵士達はウンザリ仕方なくって感じで付いて行ってました」

 「だろ? まんまと食いついたってわけさ。一カルダだって払う必要なんてねーよ」


 何を根拠に? と、首を捻っていると侯爵が教えてくれた。


 カッセルの一族カスピス子爵家は、昨日侯爵から聞いた四百年前の攻城戦に参加していた下士官の子孫で、敗戦処理で下士官ゆえに処分を免れ、ヨーグニル王国建国において子爵位を与えられるも、国の端に追いやられた屈辱をずっと抱えているお家柄なんだそうだ。

 当時の戦争の現場はルーリライアス領ではなかったのに、敗戦の原因は隣のドライクル王国のせい。自分達の領地がいつまでも裕福になれないのは、対岸のカレイセムが富み発展し続けているせいと、逆恨みとしか言いようのない嫉妬や怨念を持ち続けているんだとか。なんともクソつまんねー一族だな。


 「つまり、ウェルにルーリライアス領を出し抜ける可能性をちらつかされた以上、三百二十万の賠償金などという(はした)金では、少しも心を満たせないのだよ。愚かしいことにな」

 「ウェルゾニアさんの話を聞く前は、その金額で満足できていたんでしょうけどね~」

 「そのとーり! カッセルのヤローは小遣い稼ぎのつもりでイチャモン付けに来たんだろーな。あるいは継承権関係で手柄が欲しかったとか? まぁどっちにしてもカスピス子爵にも兄弟にも内緒で来たのは確かだぜ。で、帰って父親に報告さ。『父上! 長年辛酸苦渋を舐めさせられてきたルーリライアス領を出し抜き、我が領地を富ませることができる情報を掴んで来ましたぞ!』ってな」


 「ざまぁないです」と呟くコニスの肩をポンと叩き、大袈裟な身振りでカッセルのモノマネをしてみせるウェル。その滑稽な動きにみんなクスクスと笑う。


 「フフッ、カスピス子爵はカッセルと違い愚か者ではない。だが、商才が優れているわけでもないからな。バーンクロコダイルを自領で安全に狩ることの困難さは考えずとも分かるだろうが、そこから得られる資源が莫大な稼ぎを生むとは、にわかには信じられぬだろうよ。肉の美味さはこの祭りで広く知れ渡り、カスピス子爵の耳にもすぐに届くだろうが、肉だけでカッセルが言う一頭五千万の価値があるとは思えぬだろうからな。

 あのワニの真の価値は皮の方にあると我々は見ている。ウェルはそれを伝えなかったが嘘をついたわけではない。愚息から伝えられる情報は大袈裟で胡散臭い儲け話だ。普通の領主なら突っぱねてワニの排除と少額の賠償金の方を選ぶだろうが、そこはカスピス子爵一族。我々への報復を捨てられるわけがない。隣接しているゆえに、ことあるごとに会っておるから彼らの考えなどお見通しよ」


 敵国というわけでないし隣近所だから、冠婚葬祭や新年の挨拶などで交流があるらしい。その度に直接的ではないにせよ、にこやかな笑顔の裏に嫉妬心や怨念がダダ漏れで伝わってくるんだそうだ。

 確かにバーンクロコダイルの皮、特に背中側の外皮はスキル無しの武器では傷一つ付かないほど強靭だ。それに強い耐火性を持つ。元の世界でなら、さらに付呪で強化すればAランクの魔物の攻撃さえも耐え得る防具になるかもしれない。

 他にも色々用途があるだろうから、あの皮の価値はまだ計り知れない。

 

 「もしあちらが皮の価値に気付いたとしても、あちらの皮革加工ギルドは小規模だ。規模の拡大や人材育成を考えると、短く見積もっても十年はかかるだろう。かたやこちら側は捕獲方法も机上論ではあるが確立しておるし、罠の試作型が製作進行中だ。無傷でワニを捕獲できるナンチャッツ教授がご意見番として就いていることも大きい。商品化競争にこちらが負けることはあるまい。恨まれるネタが増えるだろうが今更だしな」

 「罠の建設も対岸から見られねぇようにしねーとな。建設後もただの葦原に見えるように迷彩偽装させろと木工ギルドのシヌモーンに言っとくか」


 侯爵とウェルがニヤリと笑って頷き合う。こういうところは兄弟そっくりなんだけど、本人達は気が付いてないみたいだな。


 「じゃあ、あっちの兵士や冒険者の戦力はどうなんだ? 川のすぐ向こうの街は『鐘』の効果範囲に入ってそうだよな。でもあっちの領都までどれくらいの距離があるのか知らないけど、そこは『鐘』の影響下にはない筈だよな? ウェルがカッセルに言った通り、そこに居るそいつらは少なくともこっちの連中よりは戦えるんだろ? 中にはワニくらい一撃で仕留められるヤツも何人か居るんじゃないか?」


 『鐘』の影響下にあったこちら側でも、俺を除いて、カイエン侯爵、テイレル大佐、紅月は刺突技の一撃でワニを仕留められるんだ。あちら側にはもっと居ると思ってた方がいいだろう。


 「あちら側も一度は軍と冒険者ギルドとの合同でバーンクロコダイルの討伐に挑戦したらしいが、こちらと同様に失敗して以来、放置して現状に至る。対岸もこちらと変わらず魔獣の強さはワニやウナギを除いて最低レベルなので冒険者の質も低い。あれを一撃で倒せる実力がある者なら、こんなつまらない土地に居座り続けるのは苦痛であろうよ。ザンタ達のパーティのように強い魔獣を求めて、他国に渡っているだろう。それに兵士だが、先程の奴らがそれほどの手練れに見えたか? 平和ボケしてるのはこちらとそう変わらん。心配するほどのことはないよ」


 なるほど、確かにより強くなりたいと望む者ならば、蟻を踏み潰すような戦闘とは呼べない蹂躙を求めたりしない。俺だって最弱の灰色オオカミやオオアブラムシの駆除みたいな駆け出しの仕事に戻りたくないもんな。

 でもその言い様だと、侯爵も腕試しの旅に出たいと思ってるのかな? いや、現状領内の問題を優先しているのだから、侯爵や中将という立場や軍の建て直しという大義の方が重要なのかもしれない。


 「それにお前、オレらが造ってる罠の仕様を忘れてねーか? あれは戦闘職でなくてもワニを捕らえられるように造ってんだぜ。構造上の欠点は、確実に一頭だけ引き寄せられる確率がどれくらいか、やってみねーと分かんねーってこった。ま、それも訓練させりゃあなんとかなるだろ」


 俺の疑問をあっさりと解消してくれる侯爵とウェル。そりゃ領主様と大商会の商会主様だ。俺が疑問に思うことなんて、端から考えて動いているよな。


 「悪いウェル。カイエン侯爵、余計な口出ししました。申し訳ありません」

 「いやいや、他の者への説明も省けるし、俺達自身考えをまとめるのに丁度よい。謝罪は無用だ」


 頭を下げて謝る俺を笑って否定してくれる侯爵。ウェルも「そーゆーこった」と俺の右肩を強く叩いた。その弾みで左肩の小グモがピョンと跳ねたのが目の端に見えた。




 「さて、次へ事を進めよう。コニス君、マビァのタグの更新をしながら我々も報告しよう。皆の報酬額を決めてしまわねばな」

 「俺と侯爵と大佐の三人でですか?」

 「ああ、お前の大広間での行動と俺達の視点ではかなり違うだろう? それにリムスは全体を把握していた筈だ。間違いがあれば指摘してくれるだろう」

 【ええ、それくらいなら構いません】


 侯爵が手を出すのでリムスの端末を返す。その手を伝って小グモが侯爵の肩へと移った。


 「では、わたくしも……」

 「いや、君達は休暇中なのだろう? これくらいの仕事ならコニス君一人でも問題なかろう」

 「はい、お任せください! ロージル先輩もイルマ先輩も休暇を楽しんで下さいね」


 心配げなロージルさんを気遣いコニスが薄い胸を張ってドンと叩いた。そんなことしたら無くなるんじゃないか? 何がとは言わんが。


 「イルマさん、ちょっと」

 「ん?」


 貴賓室を出て、ぞろぞろとロビーへ向かう途中でイルマさんを小声で呼び止める。ウェルに料理について質問しているロージルさんに聞こえないように少し遅れて歩く。


 「今朝ガラムさんが宿屋に昨日の弁当箱を返してくれている筈なんだ。ロージルさんに返したいんだけど、どうしたらいいですかね?」

 「ああそっか。ん~……、五時にはロージルのアパートに戻ってるだろうから、悪いけど持ってきてくれないか? あの子が部屋に帰るまでそのことを強く意識させたくないからね」

 「なんかあったんですか?」

 「……君は昨日の弁当にあの子が手紙を忍ばせたのを知ってるか?」

 「はい、そうそうその返事の伝言を頼まれてるんだった。えーと、助かるから引き続きお願いしたい。ちゃんと向き合って考えたいけど、今は無心で仕事に打ち込みたい。だからもう少し時間が欲しい……だったかな? あの人ありがたく感じてるし喜んでるんだけど、戸惑いの方が大きいみたい。でも真剣に考えてくれてますよ」

 「そっか。それは良かった」


 ロージルさんに視線を向けて優しく微笑むイルマさん。


 「あの子、それが気になって昨晩四回もアレになって、碌に寝れなかったらしいんだ」

 「そりゃまた……」

 「だから今それを意識させたくないんだよ。さっきの鐘の音で治ったわけじゃないんだろ?」

 「ですね、じゃあ後から持っていきますんで」

 「うん、よろしく頼む」




 ロビーでロージルさんやウェル達と別れて、タグを更新する部屋へと入る。入る前に時計を見ると、一時半を過ぎたところだった。


 「ではマビァさん、タグをお借りします」


 コニスに言われてタグを引っ張り出して渡すと、侯爵と大佐も似たような物を出していた。


 「あれ? 何ですかそれ」

 「軍用のタグだよ。機能的には冒険者の物と変わらん。今回はパーティを組んでの作戦だったからな。更新には我々のもあった方が正確な査定が行えるんだ」

 「じゃあ、他の連中のも必要なんじゃ……」


 ザンタさん夫婦にシャル、研究員さん達三人の六人分も必要に思えたが俺達のだけで大丈夫らしい。


 「周りの人物や生物もある程度記録されてますから三枚もあればこちらでパーティメンバーに指定してログが見れるんです。まずはマビァさんの分だけ今朝の六時まで進めますね」


 俺のタグだけ機械に差し込んで、カタカタと板を指で弾くコニス。すごい機能があるもんだと驚きながら、砂が敷き詰められた台へと視線を移す。

 すぐにさらさらと街の一画が立ち上がり、一つの建物へ近づいた感じでグッと大きくなる。冒険者ギルドの建物だな、と理解できたところでさらに拡大、内部へと入り今居る部屋が大きく造られた。

 ああ、前回の更新がここで終わったから、ここからまたスタートなんだ。でも昨日はこの建物やウェルの宿なんかは建物も小さく造られ、俺の居場所がその中で光ってるだけで、部屋の構造が分かるほど拡大されたりしなかった。

 すっげーな。こんなに細かく再現できるんだ。やっぱ面白いやこれ。と感動していたら、俺を示す青い光点が赤に変わりピーッという音が鳴る。

 なんだ? と身を乗り出して赤い光点を見ていると、その宙空に文字が造られる。


 『被害対象:冒険者ギルドサブマスター コニス・ラング 被疑行為:傷害罪』

 「んぁ?」


 なんかよく分からん文字が出たのでコニスの方を見ると、ジトッとした半眼で俺を睨んでいた。それで何のことか理解した。


 「ああ! これお前の頭掴んだ時のか?」


 そーいやタグの更新が終わってすぐにコイツの頭を初めて掴んだっけ。


 「そーですよ! しっかり見てくださいよこれ、傷害罪に適用されるんですよ普通は!」


 さっきはその場の空気を読んで謝ったが、正直罪に問われるような暴力をした覚えはない。コニスの人をおちょくる態度に腹が立ったから、目の前にある掴みやすい物を掴んだだけだ。それで犯罪者扱いされるのは納得がいかない。


 「そんな大袈裟な。軽いツッコミ程度で犯罪者扱いなんて。お前だって俺のこと殴ったり蹴ったりしてるだろーが。なんで俺だけダメなんだよ」

 「めっ──ちゃ! 痛かったんですからね! 耳の内側からミシミシと音が聞こえてくるんですから! 乙女の頭をワシ掴みにする人なんて見たことも聞いたこともないですよ!」


 自分は被害者だとばかりに開き直って俺を責め立てるコニス。発端は全てコイツなんだから、さすがに俺もむきになる。


 「なにが乙女だコラ、大体お前が毎回イラつかせることするからいけねーんだろーが!」

 「それはわたしに対してだけマビァさんが優しくないからですぅー! ロージルさんやシャルちゃんには優しいのにー! 差別だ、さーべーつぅー!」


 俺とコニスの言い合いに、「ぷっ、くくくっ」と侯爵と大佐が笑い出したので、恥ずかしくなってお互いに顔を背ける。

 コホンと小さく咳払いをしたコニスが「進めますね」と板をカタと弾いたら、またすぐに赤く光りピーッと音が鳴った。


 『被害対象:冒険者ギルドサブマスター コニス・ラング 被疑行為:傷害罪』


 と、二度目の文字が浮く。


 「あ……」

 「……重犯ですよー」

 

 そうだった。立て続けに二回頭を掴んだんだった。コニスがまたこちらを睨みながら、板をカタと弾く。

 光点が青く戻りチャカチャカと動いて建物から出て教会へと入りエリ公の部屋へと移動。そこでまた赤く光りピーッと音が鳴る。


 『被害対象:冒険者ギルドサブマスター コニス・ラング 被疑行為:傷害罪』

 「……」

 「三回目~」


 ログの更新が始まって全く進まない内に三回目のピー音と宙に浮く三つの文章。言葉の出ない俺に感情のない冷たいコニスの声が静かに響く。

 そんな俺らを見て侯爵と大佐が大いに笑った。


 「はっはっはっ。マビァよ、女性にこうも乱暴を働くのは感心せんな。男ならば寛容さが必要だ。それに女を怒らせると後が怖いぞ?」

 「……分かっちゃいるんですけどね」


 俺もそれは怖いほどよく知っている。孤児院でも年下の女の子にだらしないところをよく注意されているし、仲間のメイフルーとレイセリアにはしょっちゅうダメ出し食らって訓練で叩きのめされているんだから。


 「カイエン様も奥方様には頭が上がらないのです。とてもためになる教訓ですよ」

 「テイレル、余計なことは言わんでもよい」


 ニヤニヤとからかうように言う大佐を、軽く睨んで黙らせる侯爵。


 「そしてコニス君。君はマビァに対する時には、素の自分を出しているようだな」

 「え?」

 「俺は人を見る目は確かなつもりでね。君と会うのは今日で二度目だが、君は相手との関係を穏便かつ有利に保つために、相手の心情を探りその時々に合わせて言葉や表情を作るのが得意なタイプだと思うのだが、どうだろう?」

 「っ!…………」


 侯爵の指摘が図星だったようで、息を詰まらせて驚くコニス。まぁ俺もこの数日の付き合いでそんな感じなんじゃないかなぁ? って思っていたところだ。侯爵はそれをたった二回、短い時間会っただけで見抜くなんて凄い。自慢するだけはある。


 「そんな君が出会ってまだ数日のマビァに素の姿を出せるということは、自覚無自覚はさて置いて、気の置けない楽な相手だと認識しているからではないか?」

 「は、はぁ…………」

 「そりゃまぁ俺もコイツが一番話しやすい相手ですけどね。いちいちおちょくったり誤魔化したり、怒らすようなことしてこなければ、俺だってこんなことしてないんですよ」


 ヨクワカラナイとでもいうように生返事なコニスを変に感じながらも言いたいことは言っておきたい。

 宙に浮く三つの犯罪履歴を指差しながら言う俺。実際にコニスは素を出すようになってからの方が気が楽だし話しやすい。あざとさにイラッとしなくていいし、やや見下されてる気もするが、そこは能力的に俺の方が劣ってんだと分かってるから腹も立たない。ただしょーもないことを隠そうとしたり誤魔化したりするから、こっちも引っ捕まえて吐かせようと本能的に身体が動いてしまうんだ。

 「むっ」と唸ったコニスが口を尖らせて上目遣いで睨んでくる。


 「マビァさんだって、非常識で腹の立つことばっかりしてこなければ、わたしだって……」


 ぷいっと顔を背けてブツブツと文句を言うコニス。


 【お互いに相手への思い遣りが足りないのではないですか? ちょっとした気持ちの掛け違いで、小さな衝突が生じているように見受けられます】

 「そう! まさに俺が言いたかったのはそれだよ。凄いなリムスは」

 【我はバスクーレル人の犯罪者達へのカウンセリングも任されていましたから】


 小グモが侯爵の肩の上で腕を組んで、自慢気に上下に身体を揺らす。

 バスクーレル人達には『調和のオベリスク』の影響下にあっても問題行動を起こす者が居たらしく、逮捕投獄された彼らを真人間にするために話を聞いてやり、悩みを解消してやるのもリムスの仕事だったらしい。なんでもやってんなコイツ。

 思い遣りね……。確かにコニスが俺に頭を掴まれた時、どういう事情があって誤魔化そうとしているのか、全く考えていなかった。とにかく捕まえて手っ取り早く吐かせようとしただけだ。一度やって効果てきめんだったから効率を優先して次からも頭を掴んでいただけだ。掴み心地が良かったってのも理由の一つになりそうだけど。


 「まぁ、今のお前達の掛け合いも端から見てる分には楽しいのだが、このままマビァがコニス君の頭を掴み続けると、コニス君の頭皮に消えない痣の輪ができてしまいそうだ。それはさすがにお互いに嫌であろう?」


 「ひっ」と小さな悲鳴を上げて頭を抱えるコニス。俺だって傷跡を女の子に残すようなことはしたくない。


 「だったらお互いの心情を汲み取った言動をすることだな。そうすればお前達の相性は悪くないと思うぞ」


 ニヤリと笑って二本の指で俺達を差す侯爵。確かにいちいちいがみ合うのも疲れるので、できるなら怒りたくないんだよな、とコニスの方を見ると、なぜか顔を赤くしてこちらの視線から逃げた。なんだってんだもぅ。


 「じゃ、じゃあ続けますね」


 なんか焦ったようにコニスが板を弾くと、俺の青い光点が街を駆け巡る。昨日は教会の後も色々回ったけど、いろんな人と話をしただけなので、光点は宿へ戻って止まった。

 そして今日に日付は変わり、光点は研究所へと走る。研究所の敷地へ入り、裏手に回ったところで時刻は朝六時。ここでコニスは一旦止めて、侯爵と大佐から預かったタグを機械へと差し込む。すると、青い光点が九つに増える。そしてそれぞれの光点の上に砂で書かれた名前が宙に浮いた。


 「へぇ、こんなこともできるのか」

 「カイエン様、表示範囲はどれくらいにいたしましょう?」

 「うむ、地下最奥の広間がおおよそ二十メートル四方だったな? シャルを中心に半径二十五メートルもあればよいか。それまでは一本道なので半径五メートル程でよい」

 「分かりました」


 カタカタと指を動かし続けるコニス。すると光点がそれぞれ色分けされていく。青色は俺のままで、紫色が侯爵、緑色が大佐、シャルが黄色、ザンタさんが橙色、アリアさんが桃色、チーダスさんが黄緑、研究員さん達が水色と白、といった具合だ。色分けされた後宙の名前が消える。

 次に模型が少し大きくなり、シャルの黄色を中心に円柱状の範囲内だけに砂模型が残され、あとは平らに崩れて落ちた。地下に続く鉄格子に囲まれた小さな建物が半分削られ、きれいに円柱型に残されているのが面白い。


 【変わった技術ですね。一見ナノマシンによる造形操作に見えますが、全く違う理で稼働しているようです】

 「なのましん?」


 なんぞやとリムスに聞き返すと、地下で衛兵(ガーディアン)、もといガードボットを形作っていた赤い砂がナノマシンというものらしい。一粒一粒は元々同じ形状の小さな機械なのだそうだ。


 【生物の幹細胞に似せ、より強化した性質を持ちます。疑似ソウルコアにインストールされたプログラムに合わせて骨格や筋組織、腱や外皮に組成を変化させ、どんな形状や生物も模倣し、同様の機能で再現することが可能です】

 「お、おぅ…………」


 なに言ってるのかさっぱり解らない……。と、とにかく地下で見た赤い動く物は、そのナノマシンとやらを集めて固めた作り物だったってことか?


 【もうお分かりでしょうが、この観察用ボットもナノマシンの集合体です】


 侯爵の肩の上で小グモがピョンピョン跳ねた。


 「エーテルが魔力ならこの装置も魔力で稼働してますからその点は同じですが、この砂粒はそこまで高度な技術は使われていませんよ。ただこの台の上で動いたり浮いたり光ったりするだけですから」


 大佐がさらりと砂を撫でながら微笑む。いやこっちも俺にとってはさっぱり解らない技術なんだけどさ。

 大佐とリムスが技術的議論を始めそうになったのを侯爵が止め、状況についていけず黙って様子を見ていたコニスに先を促した。


 【いけませんね。異文化や未知の技術に触れると、好奇心を抑えるのが大変です。地下でのチーダスの気持ちがよく解りました】


 リムスが地下でチーダスさん達を叱責したのを反省したのか、小グモが頭を腕で擦る。



 光点達は建物に入り螺旋階段を降りる。いや、光点の位置の高さは変わらずに、螺旋階段がくるくると上に立ち上ぼり、一定以上の高さまで上がった砂が外にさらさらと崩れて、降りていることを表現していた。


 遺跡の入り口に入り通路を進み初めてすぐに、またピー音が鳴る。また俺なにかやらかしてたっけ? と台を覗き込むと、通路の進行先に赤い光点が床から天井までみっちりと詰まっていた。


 「うむ、キリバチとヒラグモだな」


 侯爵が頷いてコニスに視線を向ける。


 「こちらに登録のない未知の存在との遭遇なので止まりましたね。登録して計測しますか?」

 「遺跡内のこれらは討伐対象ではないし、殺すのではなく動けなくしただけだから、数えなくてもよい。もう戦うこともないだろうしな」

 「分かりました」


 メンバーが固定のパーティが依頼を受けた場合、その報酬はパーティにまとめて支払われる。分配はパーティが好きにすればいいのでギルドは不干渉だ。

 しかし、もし即席のパーティが魔獣狩りをしたとして、誰が何の相手をしたとかどれを何匹倒したとか、または誰が誰を補助したかなどの記録もタグに書き込まれているらしい。本来ならそれを見て功績を決め、報酬を正当に分配してくれるというのだからすっげぇ便利だし不正もない。

 今回は即席パーティだが、メンバーが一丸となって奥への到達が目的だったから、そういった計算は無用。最初の契約書通りにメンバーに平等に報酬が出される。


 長方形の赤い光点の塊を崩し踏みつけて進んでいく俺達の光点。いや、赤い光点が地面となり足元を後ろへと流れているから進んでいるように見えるが、俺達の光点は台の中心で歩みに合わせて上下しているだけだから、同じ場所にいるようにも見える。あ、後ろからも赤い光点が襲ってきて挟まれた。じりじりと進む状態がしばらく続く。それを見たコニスが呻き声を上げた。


 「うあぁ~。何ですかどうなってるんですかこれ? こんな戦い見たことないですよ」

 

 前後の赤い長方形の塊から絶え間なく俺達の光点に襲いかかり、瞬時に潰されて後ろへと流れていき、復活して後ろの塊に合流する。あっという間に半径五メートルの範囲を出て表示されなくなった。

 どれだけの規模か気になったのか、コニスが操作をして表示範囲を拡大する。模型が少し小さくなり赤い長方形の塊がぐんと伸びたが、前方の端は見えても後方は表示範囲でパスッと切られている。そして動きが徐々に遅くなっていった。


 「あぁ! 敵の数が多過ぎて処理が追い付かないです。いったい何匹を相手にしてたんですか!」

 【この通路では約二十九万七千体を投入しました】

 「…………にじゅうきゅうまんななせん?」

 【ご覧のように、それだけ詰め込んだというのに、一向に進む速度が落ちないのです。通路出口までにそれだけの数を投入しました】


 唖然とするコニスに、悔しそうなリムス。


 「…………これ、どれだけの時間続いたんですか?」

 「さぁなぁ? 時間を気にしている余裕なんてなかったものでな」

 「確か二時間ちょいだったと思うぞ。シャルの魔法の掛け直しを数えてたから」

 「そういえば、貴方もアリアさんもまだ余裕があったと言ってましたね……」


 俺がコニスの質問に答えると、大佐が呆れて肩を竦める。


 「はぁ、よく誰も死にませんでしたね……」

 【コニス、我は誰も死なせる気はありませんでしたよ。麻痺か感電させて退場していただこうとしていただけです】

 「あ、そ、そうなんですか。……でもこの処理落ち状態で二時間分となると、もう少し待たなきゃいけませんね」

 「ならば、先に広間で起こったことを報告しておこう。知った後で見ればより解りやすいだろう? あの体験も我々にとっては特殊過ぎたからな」


 ノロノロと進む砂模型を放置して、侯爵とリムスが広場での戦闘を説明していく。コニスにとっては想像しにくい現象が多かったようで、何度も質問しながらメモを取っていた。

 そうこうしている内に、模型の進行具合が大広間へと到着する。


 「聞いた感じだとここでの戦闘はそんなに時間がかかってなさそうですので、倍速無しで進めますね」


 シャルの黄色い光点を中心に、半径二十五メートルの表示で大広間の模型が造り出されるので、俺達の光点がぐっと小さくなった。それぞれが動き始め戦闘が始まる。一応敵として現れた巨大なオオカミとサソリとカラスも、大きな赤い光点で表示される。


 「わたし、学校の授業でもここのお仕事ででも、冒険者のタグの記録をこうして何度も見てきたんですけど、こんなに戦闘らしい戦闘を見るのは初めてなんですよ。なのに光の玉がピョンピョン跳ねたりぶつかりあったりしてるだけなので、迫力までは伝わらないですねぇ。特にマビァさんのは……」


 そう言って「ぷふっ」と吹き出して笑いを堪える。多少イラッとするが、まぁ気持ちは分かる。俺の青い光点だけ、壁まで走ってはピョン、ぶつかりはね返って着地したら反対の壁に向かってピョン。はっきり言ってかなりマヌケだ。あの時はかなり必死だったってのに。


 【この砂模型での再現では伝わらないでしょうね。マビァはスキルリムーバーで撃ち抜いて激痛を与えスキルを抜き取っても、勢いは弱まるどころかより激しく破壊を続けるのです。我は彼ほど恐ろしい破壊者に会ったことはありません】

 「おかげで何度かリムスに殺されかけたよな。どう手加減したらいいか分からなかったからって、全部が一撃必殺の攻撃なんだからさ。たまんねーよ」


 リムスのフォローに見せかけた悪口に、俺は肩を竦めてみせ、コニスに愚痴る。コニスは「へぇー」と目をぱちくりさせた。


 「救世主と聖騎士に続いて破壊者ですか。怖そうだけど、ちょっと見てみたかったなぁ」

 【我の元に来れば、その時の映像をお見せできますよ。彼の粗暴で野蛮な姿と、我が蹂躙され脅迫された様子を。部屋(いふく)をズタズタに引き裂かれ、やめてと訴えるも「うるせぇ!」と突っぱね、硬くて大きいソレ()を我に強引に捩じ込んだのです。なす術なく傷付けられる施設(われ)の姿を余すところなくお見せいたしましょう。ふふふ】

 「え……。それは、ちょっとさすがに酷過ぎるんじゃ……。マ、マビァさん、リムスさんにそんな鬼畜なことしたんですか!? いや、元々鬼畜なのは知ってましたけど、女の人にそんな酷いことするなんてサイテーですね! 女の敵! クソムシ! 天パ!」

 「ばっ、勘違いすんな! 声が女だからってコイツは女でも人でもねぇ! 喋る機械で部屋で遺跡そのものだ! さっき話したじゃねーか。リムス、お前も紛らわしい言い方すんな!」

 【あら、我は嘘一つ吐いておりませんよ】

 「マビァさんは人の形をしていない無機物にも欲情するんですか鬼畜なだけじゃなく変態ですね幻滅します」


 侯爵の肩の上で小踊りする小グモ。それにすすすと近寄り蔑むような目でこちらを見るコニス。めんどくさい二人が結託しやがった。

 どう言い返してやろうか「ぐぬぬ」と考えていると、侯爵が笑って止める。


 「はっはっは、お前らの漫才はもっと見ていたいが、残念ながら時間もない。ここまで進んだなら、あとはリムスに聞いた古代文明の歴史とあの施設の役割についての説明に移る。詳細は研究員達の報告書を読んだ方が良かろう。マビァがリムスの部屋に突入するまでが今回の作戦に該当する。報酬額を決めてしまおうか」

 「あ、分かりました。では早送りで読み取りを終わらせてしまいますね」


 コニスの操作によって光点は目まぐるしく動き、中央広場の石柱前まで戻ってきて止まる。五度目のピー音と四度目の浮かび上がる同じ文字。


 『被害対象:冒険者ギルドサブマスター コニス・ラング 被疑行為:傷害罪』

 「……」


 ちろりと半眼でこちらを睨むコニス。

 「……悪かったよ」と謝ると、侯爵や大佐、リムスにまでも大いに笑われた。

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