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六日目 カッセルとウェルの交渉

 昼食も終わり、貴賓室とこちらの傍聴室も食後のまったりとした時間が流れた。

 俺も肉を食ったおかげか、溜まりまくった疲労感が大分抜けたように思える。


 お茶を飲みながら、侯爵がカッセル一行に食事の感想を尋ね、酒も入り陽気になった兵士達がどんなに美味しかったかを語り、用意したウェルを讃えて味の秘訣などを質問し、ウェルが巧みに言葉を操り、相手を満足させながら秘訣を包み隠す。

 当のカッセルは「うむ」とか「そうですな」とか相槌を打つ程度で、ほとんど発言をしていなかった。

 侯爵側はどうやら、コニスを除いた三人もエールを呑んでいないようだ。一見ホロ酔い加減で語っているように見える侯爵やウェルも、昨日の昼食時にワインを三杯は空けていたのに顔色一つ変えずに素面(しらふ)のままだったんだ。エール一杯であんなに変わるわけがない。絶対演技だ。


 こちら側も食べ終わって、食器を片付けてからお茶を啜りながら貴賓室の様子を見ていた。

 時々、「マビァ、茶」と紅月が姿を現しては催促するので、三杯目からは「勝手に自分で注げ」とポットをどんと目の前に置いてやったら、睨んできて舌打ちをされた。理不尽だ。


 「しかし、あのカッセルってヤツ。コニスが言っていたほど横柄な感じがしませんね?」


 コニスが言うには、俺に会わせたらぶち切れてボコボコにしかねないほど腹立たしい態度だったそうで、どれほどのものかと観察しているのだが、おとなしいもんだ。

 まぁクロブが部屋に入った時点で主導権は侯爵側が取りっぱなしだから、こうなっても仕方がないかもしれないけど。


 「カッセル・ウェン・カスピス。カスピス子爵家の第五位継承者で、平民からの評価は良くありません。特に取り柄もなく、そのくせ貴族であることを振りかざすような人物だと伝え聞いておりますわ」

 「酒呑んで美味いもの食ったから、気持ちが穏やかになったのかもね」


 自分のこと言ってんのかなイルマさん? あなたもいつものイライラ感がないですよ。タバコも咥えていないし、目付きも穏やかでいらっしゃる。


 【『調和』の効果も見受けられます。複合的な要因と推察いたします】


 ずっと黙ってたリムスが口を挟んだ。なんだ見ていたのかと左肩を見やると、肩装甲の上の小グモは腕を組んで貴賓室の方を見つめていた。

 複合的ね。そういや三日前に兵士達とワニ肉を焼いて食った時も、食べ始めたら楽しく和めたもんな。それも関係あるのかもしれない。


 「リムス、外の様子はどうだ? ワニ肉料理を食っている人の方が『調和』が効いてんじゃないか?」

 【マビァ、また言語がこちらのに変換されていますよ。まぁいいでしょう。街の人々も徐々に穏やかになる者が増しているようです。貴方の言う通り、料理を食べた者からその変化が顕著になり、まだ一口も食べられていない者は『調和』による抑止のみの変化しか観測されていません。なぜそう推察したのですか?】

 「どういうことだ? マビァくん」

 「いや、なんとなくなんですけどね。東の沼地で兵士達にワニ肉食わせた時も思ったんですけど、あの肉には食べると人を穏やかにさせる追加効果みたいなもんがあるのかなって。それにこれはナン教授から聞いたんですけど、ウナギの肉にも何らかの効果があるみたいなんですよ」


 首を捻るイルマさんにウナギのカバヤキを焼く香りで暴動が起きるという、緋の国の話をする。


 「あっちはギガントイールじゃなくて普通のウナギだって聞いたんですけど、どうやら本当の話らしくて。そうだよな? 紅月」

 「……暴動というのは大袈裟だが、その説を否定できない事柄が起こっていたという事実があることは認めざるを得ない」


 パッと姿を現してお茶を注ぎながら、やたらと回りくどい肯定をする紅月。嫌がらせかよ。


 「食事として摂取することによる有効な追加効果と、匂いを嗅ぐだけで付与される精神系の状態異常、ということですか?」

 「そう感じるってだけかもですけどね。ほら、昨日のロージルさんみたいに、頭使って疲れた時には甘いもの食べると良いみたいな? その程度かもしれないんですけど」

 「それでも調べてみる価値はありそうですわ。ウェルさんに相談してみようかしら……」


 料理人としての血が騒ぐのか、真剣な顔で空を見つめて考え出すロージルさん。肉食ったお陰か疲れた感じが抜けてきたようだ。


 【薬学や食品栄養学に関しては我も多少の知識がありますが、そこまで即物的な効果が得られる食べ物など聞いたこともありません。血糖値の急激な上昇や薬物や毒などの経口摂取による身体的変化ならありますが……。マビァの言う食材となったバーンクロコダイルやギガントイールというコア・クリーチャーに関するデータも有しておりませんし、アエレフィー人やバスクーレル人達が、コア・クリーチャーの肉を食したことによって、何らかの変化があったという情報もありません。以上の情報から推察される可能性は、貴方がた新人種にとって何かを食すことは、ただの生命維持や幸福感を満たすためだけではなく、食材によっては何らかの力を得ているかもしれない、ということでしょうか?】

 「な、なるほど、古代文明人にはない体質が、現代のわたくし達には備わっているのかもしれませんね」

 「それはまた今度でいいだろ。そろそろ本題に入りそうだよ」


 イルマさんに注意されたので、意識を切り換えて窓へ目を向ける。侯爵が大佐、コニス、ウェルに目配せをして頷いた。


 「すっかり寛いでしまいましたな。ではカッセル殿、此度の来訪目的をお聞かせいただいてもよろしいですかな? こちらのサブマスター、コニスがお伺いしたところ、三日前の東の葦原での火災とそれに伴うバーンクロコダイルのカスピス子爵領への大量移動の件についてだと聞いておりますが」

 「ええ、漁業を生業とする市民から報告がありましてな。対岸の火災により、約三十頭ものワニが押し寄せてきまして、こちらの川原付近に元々居た群れと合流したようで、奴らの棲息域が広がって漁師達の漁場が狭まったのです。翌日のこちらの新聞で情報を集めたのですが、『デイリーカレイセム』と『タブロイド・カレイ』で随分な齟齬があるのですな。『タブロイド・カレイ』の方がデタラメなのでしょうが、カレイセム側の何らかのミスでワニが暴れ火災が起こったことが分かります」


 兵士に顎で合図して、二部の新聞がテーブルに出される。二日前の『デイリー』と『タブカレ』だ。

 タブカレのデタラメってのは、『襲いかかってきたワニの数が百頭』だったとか、『マビァが二十頭以上を一度に相手して仲間を守った』とかってヤツだ。すぐバレるウソだけど、タブカレ読者にとってはこういった外連味(けれんみ)の効いた記事を読むのを楽しみにしているらしい。


 カッセルはタブカレを脇に避けるとデイリーを広げた。そして文字の上を指でなぞり、目的の文章を見つけたのか、指先でトントンと叩く。


 「この記事によりますと、そちらのウェルゾニアとマビァとかいう胡散臭いSSランカーの冒険者の主導によって起こった火災だと読み取れます」


 次にタブカレを手に取り、あの見開きの写真の頁を開いて見せた。そう、冒険者ギルドの試験場で俺が十一頭のワニに襲われる写真だ。


 「そもそもこのマビァという冒険者は実在しているのですか? SSランクなど聞いたこともないですし、百頭のワニを退けたなど現実味がまったくありません。貴方がたを待っているあいだ、この写真をここの職員に見せて、このマビァについて聞いてみたのですが」


 そう言いながら頁を捲って、あの天使の羽が降り注ぎ、凛々しい顔に捏造された俺が見返る写真を指さす。


 「どの職員もこれを見せられた途端に必死に笑いを堪えたり、笑顔をひきつらせながら曖昧にはぐらかすような答えばかりが返ってくるのです」


 その写真を見た侯爵の口角がひきつったように上がり、大佐は口許を隠して顔を逸らし、コニスは太股を思いっきりつねって無表情を保ち、ウェルはこちらをチラッと見たあと口を押さえてうつむきプルプルと震えた。四人とも笑うのを必死に堪えているのが分かる。

 そんなに面白いかよ……。まぁ俺も自分の写真じゃなくて知ってる誰かが同じように書かれていたら笑ってただろーけど。


 後ろから「プーックスクス」と笑い声が聞こえたので振り向いてみると、紅月が拳でテーブルをトントンと叩きながら涙を浮かべて笑い、その隣でイルマさんも仰け反ってひーひー笑ってる。

 隣のロージルさんも、


 「も、もう、イルマも紅月さんも失礼ですわよ」


 と二人を諌めるも、堪え切れなくなったのか、こちらから顔を逸らしてクスクスと笑いだした。


 「わ、悪い悪い。あの記事と写真は、君をある程度知っている者であればツボに入ってしまうネタみたいだね。普段の君とのギャップが……クックックッ……」

 「あ、あんな写真見せられてマビァのことを聞かれた職員が気の毒。写真の人物なんていないんだから……っクスクス」

 「ごっ、ごめんなさい、悪気はないのですけど……ぷっぷふふ」


 笑いの止まらない女性陣に怒る気も失せた。そりゃそうなんだろうけどさぁ……。そういやクロブはどうなんだ? と、ウェルの後ろに立つ天井に近い顔を見上げると、無表情で目を瞑って上を向いていた。

 多分、新聞が出た時点で見ないように顔を逸らしていたっぽい。


 「いや、申し訳ない。そのマビァという人物を良く知っていると、その記事と写真を目にするとどうしても笑ってしまってな。不快に感じられたのならゆるして欲しい」


 突然笑いだした四人を見て、苛立たしい表情になったカッセルを宥めるように、侯爵もイルマさんと同じようなことを言う。


 「この『タブロイド・カレイ』という新聞は娯楽色の強いものでしてな。色々と大袈裟に表現されているが、全てが作り話というわけでもないのです。読み慣れていない者だと酷く誤解してしまう場合もあるという、いささか厄介な新聞社なのですよ。此度の記事の場合は『百頭のワニに襲われた』とか『聖騎士』などは大袈裟な記述ですし、その写真も美形に写りすぎておりましてな、それでマビァ本人を探そうとしても、まず見つからないでしょうな」


 侯爵の言葉に大佐達がうんうんと頷く。その様子に納得したのか、軽く溜め息を吐くカッセル。


 「そうなのですか。今この街で一番話題の人物ですから、会ってみたかったのですが残念です。こちらの要求は、漁師の漁場縮小による収益減少に対しての賠償をしてもらわなければならない件と、こちらに押し付けられたワニ三十頭の処理をそちらがどういった形で行ってくれるのか説明していただきたく、急ぎ参ったのです。カイエン侯爵殿にお伺いすればよい案件でしたかな? それともウェルゾニア商会主、そなたが当事者のようだから、そちらに責任を取ってもらうべきなのかな?」


 ウェルに対しては露骨に見下す態度になるカッセル。ウェルを平民だと思ってるんだろうし、ウェル自身もそう装ってあるから仕方がないけど、ヤーデン中尉同様に小物貴族にありがちな嫌なタイプだな。


 「確かに、その件に関してはわたくしが対応するのが正しいかと。あの火災の日時には、カイエン侯爵閣下にはまだ何の情報も届いていなかったわけですので、領主様による領地の運営とは無関係であったということを、念頭に置いてご留意下さいますようお願いいたします」

 「相分かった。ではどのように賠償してくれるのか、教えてくれ」

 「それでしたら既にわたくしが喉から手が出るほど欲しいものを、十分過ぎるほどカスピス領にお贈りしているのです」

 「な、なんだと?」


 何のことを言われたのか分からないカッセルは眉をひそめる。


 「三十数頭のバーンクロコダイルでございますよ。群れを丸々移動させてしまい、もう二度と戻ってくることはないのです」

 「ふざけるな! あんな凶暴なワニを贈られて誰が喜ぶものか! 大体成り行きでこちらの領地に逃げて来ただけではないか!」


 ウェルの言い様に激昂するカッセル。ウェルの言い方も悪いよなぁ。へつらっている言葉使いなのに内容がおちょくっているんだからタチが悪い。


 「皆様にも褒めていただきました先程の料理、とても美味しかったでしょう? 此度の料理は秘伝の処理法と調理法にて、極限までに旨味を引き出しておりますから、どの国の一流料理店でも食べられないほどのものをご提供できたと確信しております。逆に言えば、そこまで手の込んだ調理法でなくとも、新鮮な肉を焼いて塩を振るだけでも十分に美味しく食すことができるということは、どなたでも容易くご想像できるでしょう?」


 カッセルはうっと言葉を詰まらせるが、兵士達は「あぁ、分かる分かる」「絶対美味いよな」と頷いている。


 「そして此度の祭りをご覧いただければお分かりでしょう。レシピの幅は果てが見えないほどです。わずか二日の研究で五十品以上のレシピを発案し、皆様に楽しんでいただいております。無料での配布で集客人数は五万人を超えましたが、もし有料であったとしても三万人は集まり、ざっと試算しただけでも一日のカレイセムの経済効果は五億カルダを超えるだろうと経理の者が申しておりました」

 「ご、五億カルダ……?」


 この小規模の街で一日五億も稼げると聞いて息を呑むカッセル一行。俺は経済効果ってのが解らないので、ロージルさんに聞いてみる。


 「お祭りを開催することによって、一日にカレイセムでお金が回る総量が大体それくらいということですわ。ワニ肉料理の売上のみではなく、街へ入るための通行料や船賃から宿代、テント屋や各食堂の利益、それらで消費される食材や燃料のジェムの買い付けや、働く者への給金など、どの程度の経済がこの街で回るかを大まかな試算で割り出した金額です。あくまで机上の試算であり、ウェルさん個人の懐に入るお金ではないのですけど……」

 「あの調子じゃあ理解してなさそうだね。ワニ肉を料理人に料理させて売ればそれだけで五億稼げるって勘違いした顔だよあれは」


 なるほど、俺もロージルさんに聞かなきゃ勘違いしてただろうな。はんっ、と鼻で嗤う後ろのイルマさんに顔を見られていなくて良かった。


 「そうですわね。それにお祭りの総監督をし、見事なレシピを五十以上用意した、ウェルさん個人の能力が大きく作用しています。彼が居なければこんな短期間で催されるなんて不可能でしたでしょうし、ワニ二十頭も惜しみなく一度に放出したからこそ、五万人の集客を賄うことができているのです。ウェルさんはその辺りをぼかして話し、ワニ肉の価値だけに注視させ、けっして嘘を吐かずに話術で彼らの思考を誘導していらっしゃいます」


 三角メガネをくいっと上げて光らせるロージルさん。うん、その衣装には似合ってない。

 いかにもマヌケそうなカッセルと平民出身っぽい四人の兵士は、俺でもハッタリかませば騙せそうなくらいチョロそうだが、大規模の催しを取り纏める技量は俺にはない。ロージルさんの言う通り、ウェルの言葉にはその裏付けがあるので、相手は疑いもしないだろう。


 「このカレイセム市は、バーンクロコダイルより得られる資源を活かして、更なる飛躍を画策し始めたところです。末長く資源を得られるように、年間の捕獲数を限定し、頭数を管理しながらの運営を画策していたのですが、不慮な事故により三十数頭もの貴重な成体が対岸へと移り戻ってこなくなりました。誠に残念な結果なのです。将来的にバーンクロコダイルの資源を余すところなく活用し、世界的な流通を確立させることができたなら、最低額でも一頭で五千万カルダを下らない価値があると見込んでおりますのに」


 大袈裟にハンカチを取り出して涙を拭いてみせるウェル。やり過ぎてないか?

 それにナン教授の話じゃ、この秋には下流から成体に育ったワニがわんさかと戻ってくる筈だ。たかが三十頭やそこらウェルにとって惜しいわけがない。

 一頭五千万。それが三十頭で十五億……。カッセル一行の頭の中でもその金額が浮かんだのだろう。驚いて目を見開き、ごくりと喉を鳴らす。


 まぁ、ウェルが言ってるその価値は、肉よりも多分皮の方だ。

 皮を完璧に加工し、世界的にその価値が認められ我も我もと求められるようになり、年間生産数が限定された希少さから値段がつり上がった場合の話だろう。

 そのためには、傷の少ない皮を安定的に確保するための捕獲術が必要になるし、皮革加工ギルドにバーンクロコダイルの皮を加工する技術がないと始まらない。

 ウェルはそのどちらにも働きかけ、罠の建設と皮革加工ギルドの規模拡張にかなりの額を先行投資している筈だ。それを隠して儲けだけをチラつかせ、カッセル達を煽る。

 カッセルの地元にそれを可能にする力はあるのか?


 「それに、こちらも計画を立て始めてまだ五日目。何も進んでいないも同然なのです。一番肝心なバーンクロコダイルの安全な捕獲法をまだ見出だせておりません。戦闘職の兵士や冒険者に捕獲を任せることになるのですが、ご存じのようにドライクル国民は戦闘がめっぽう苦手な者が多いわけでして……。ヨーグニル王国のように優れた戦士が多ければ、かなり効率的に計画を進めることができるのですが、こればかりはどうにもなりませんね」


 そう言って肩を竦め苦笑してみせるウェル。

 それを聞いたカッセルが興奮した顔になる。つまり、今からカスピス子爵領で動き始めれば、計画を発案したルーリライアス侯爵領を出し抜いて、その利益を独占できるのではないか──などと考えているのだろう。

 それにどうせ、その手柄を自分だけのものにして自分が領主になり、国に自分の価値を認めさせ陞爵(しょうしゃく)して──なんて夢見ているのだろう。空を見つめてぷるぷる震えながら妄想している姿はなんとも気持ち悪い。コニスが表情を崩さずに「うへぇぇ……」と小さく声を漏らしたのが聞こえた。


 「あぁ、失礼いたしました。いつの間にやら愚痴になってしまいました。賠償の話でしたね。今すぐにバーンクロコダイルを排除したいのであれば、すぐにでもこちらのクロブを派遣いたしましょう」


 背後に控えるクロブにチラリと視線を送るウェル。クロブは一つ頷きカッセル一行を見渡してお辞儀をする。

 兵士の一人が「『英雄クロブ』……」と呟く。どうやら知り合ったばかりの俺が知らないクロブの逸話や噂を色々知っている者が隣国にも居るらしい。

 

 「元からそちらの川原にいたバーンクロコダイルは二十頭ほどでしたでしょうか? そちらもまとめて排除できるでしょう。こちらから移動した三十数頭が次はどこに移り棲むか分かりませんが、それはその時に考えるということで」

 「い、いや、その」

 「賠償金は漁業に携わる者に対して、三日前から今日までの収入減額分を十分に補填できる金額を用意することをお約束いたしましょう。そちらの漁場とこちらの漁場は川の中央を境にしているだけですから、どちら側も捕れる水産生物は同じです。漁師一人辺りの漁獲量もそれほど変わらないでしょうから、一人辺りの月額収入が多く見積もって三十万カルダだとして、日割りして三日分で三万カルダ。迷惑料も含めまして一人五万カルダといたします。そちらの漁業関係者がこちらの五分の一ほどの人数だった筈ですので、こちらも多めに見積もって五十人として、二百五十万カルダでいかがでしょうか? ああ、カッセル様と兵士の皆様への迷惑料も必要になりますね。では、兵士の皆様にはお一人辺り十万カルダお支払いし、カッセル様には三十万カルダと漁業関係者に支払う余剰分を引き取っていただくことにいたしましょう。しめて三百二十万カルダでいかがでしょうか?」

 「ち、ちょっと待ってくれ!」

 「おや、いかがされましたか?」


 迷惑な大量のワニの排除と、たった三日分にしては多過ぎるほどの賠償額。普通であれば迷うことなく頷く内容だろう。俺だって受け取る。

 しかし、先程まで五億だの十五億だのという話を聞いた後では、余りにも少額に聞こえた。

 それに、ルーリライアス侯爵領よりも先にバーンクロコダイルを活用して稼げる可能性を語られた今、邪魔でしかなかったワニの排除が惜しくなったんだろう。ぐぬぬ……と唸り悩むカッセル。


 兵士四人はその様子をハラハラと見守る。カッセルの返答次第で一人十万カルダという臨時収入が消えるのだ。彼らには漁業関係者への賠償やカッセルの子爵世襲と子爵領の繁栄なんか知ったことじゃないよな。目先のカネの方が必要だろうし、ワニの群れを倒すことになる方が大変だ。


 隣でロージルさんが「落ちましたわね」と微笑んだ。


 「今の話を参考にさせてもらおう。今回は事情を聞きに来ただけだからな。持ち帰って父上と相談してから決定し、また来るとしよう」

 「そうですか。いやしかし、それでしたらそちらの事情で期間を延長することになりますから、延長する日数分の賠償金は補償いたしかねます。今日までの被害を補う責任はこちらにあるのでしょうが、これから先の延期をそちらの胸一つでいくらでも延ばせるとなれば、賠償金額を無限に払い続けなければならなくなる可能性を残すことになります。さすがにそれは了承いたしかねます」

 「む……」

 「先ほど提示いたしました三百二十万カルダであれば、そちらで検討されたあとでも、賠償金としてお支払いいたします。しかし、その場合はそちら側のバーンクロコダイルをわたくしどもが排除することを確約していただきます」

 「な、なんだと?」

 「先に三十数頭のバーンクロコダイルを賠償として提示いたしましたが、それを突っぱねたのはカッセル様ではありませんか。代わりに提示させていただきましたのが漁業関係者に対する賠償金の三百二十万カルダとバーンクロコダイルの排除ですので、二つに一つ。どちらかを選んでいただかなくてはならないのは当然でしょう? どちらかお決まりになりましたらお教え下さいませ。正式に書面で締結できるよう準備いたしておきますので」

 「ぐぬっ! …………ええぃ仕方がない! それで手を打ってやるわ!」


 ガタリと勢いよく椅子を蹴って立ち上がるカッセルと、慌てて立ち上がる兵士達。そんな彼らに「最後に一つお聞きくださいませ」とウェルが手を伸ばし、タブカレを引き寄せて頁を捲り、トンと指差す。その頁は俺が五頭のワニと六つの火球に襲われる見開きの写真だった。


 「新聞にも詳細に書かれておりますし、バーンクロコダイルの危険性と注意喚起もしっかりされておりますが、経験者からの忠告としてお聞きくださいませ」


 それまでにない真剣かつ凄みのある顔で、カッセル一行を見渡すウェル。その迫力に圧されたのか動きを止めてウェルの差す写真を見つめる。


 「現場でのほんの一瞬のわずかな不注意。ネズミか何かの小動物を傷付けてしまい、そのわずかな血の臭いに数十メートル先のバーンクロコダイルの群れが凶暴化し引き寄せられて、我々に襲いかかりました。この光景を実際に目の当たりにしたのです。見てくださいこの手を。今も思い出すだけで恐怖で震えが止まらないのです」


 ガタガタ震える右手を抑えようと左手で掴み、強ばった表情で両目をぎゅっと瞑るウェル。すげぇ、演技に見えない。


「もしバーンクロコダイルの捕獲を行うつもりがおありなのでしたら、この忠告、努々お忘れなきようお願い申し上げます」


 深々とお辞儀をするウェルに息を呑むカッセル一行。


 「う、うむ、忠告感謝する。ではカイエン侯爵殿。私は急ぎ帰り、よく考えてみようと思います。結論が出次第戻ってまいりますが、次はカイエン侯爵殿にお目通りせずともよいですかな?」

 「もちろん構いません。この件に関してはウェルゾニア商会が責任を持って最後まで対処することでしょう」


 侯爵とだけ別れの挨拶を交わし、カッセル一行は帰る準備をする。コニスが正面出入り口まで送っていくようだ。

 後ろでイルマさんが、


 「なーにがお目通りせずとも、だ。勝手に来やがったくせに」


 と、ボヤき舌打ちをした。なんか怖くて振り向きたくないなと感じながら、お辞儀したままのウェルを見ていると、カッセル一行が部屋を出て扉が閉まった瞬間にシュバッと上体を起こし、満面の笑みでこちらに親指を突き出して見せた。


 やっぱ全部演技だったか。やっぱ大したヤツだよあんたは。

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