六日目 貴賓室と傍聴室
冒険者ギルドの貴賓室とやらは、通路を少し奥に入ったところにあった。貴賓室というだけあって、入り口の扉は凝った彫刻が施された重そうな両開きのもので、壁も厚いのか中に居るであろう人の気配を感じない。
先頭を進んでいた侯爵が扉の前で立ち止まり、俺らの顔を見渡した。
ここに居るのは侯爵、大佐、ウェル、クロブ、コニス、ロージルさん、イルマさん、そして俺の七人だけで、他の職員は見当たらない。ウェルの部下の女性は今、ギルド職員達に串焼きを配っていてここには居ない。
「貴賓室に入るのは、俺とテイレル、コニスくん、ウェルとクロブだな?」
「そうですね。マビァとロージルさん、イルマさんは隣の部屋から見物しててくれや。おっと、紅月もあっちな?」
「なっ?!」
ウェルの言葉に紅月が不満の声とともにパッと姿を現す。俺や侯爵や大佐は紅月の立ち位置が大体見当つくから驚かなかったが、コニス達女性陣は大いに驚いていた。
「あ、主が怪しげな者共と会合するというのに、私が側を離れるわけないだろう?!」
「大丈夫だって。こっちにゃお強い侯爵様と大佐様がご一緒されるんだし、ウェイター兼護衛としてクロブがいるんだ。びびって何もできやしねーっての。それよかお前さ、腹減ってんだろ?」
ぐきゅるるるるぅ……。
ウェルの質問に答えるかのように、紅月の腹が鳴った。恥ずかしさで真っ赤になった紅月がまた姿を消す。
「お前、ただでさえ燃費が悪いってーのに、朝から今まで連れ回しちまったからなぁ。しかも美味そうな匂いばかりする店や屋台ばっかりな。お前用にチャパティドッグ三つと、串焼き四本用意してっから隣で食って休憩してろ。オレの後ろに立って腹鳴らされたら誤魔化すのも面倒だしよ」
「う……。わかった」
今度はすぅっと姿を現した紅月は渋々頷く。
「コニスちゃんとイルマさんは紅月とは初対面だったよなぁ? 驚かせちまって悪い。コイツオレの護衛なんだけど、訳あってあんまり表に出られねーんだわ。だからコイツのこと誰にも話さねーでほしいんだけど、お願いできるかな?」
「は、はい!」
「ああ、別に構わないよ」
紅月の頭をぐりぐり撫でながら二人にお願いするウェル。相変わらず撫でられて幸せそうに「うにゃぁぁ……」と声を漏らす紅月。
俺がチーダスさんに『忍』のスキルのことを話した時に侯爵と大佐に口止めされたけど、やっぱり紅月って秘密にされてんだな。でも、そういえば土木ギルドの連中や新聞記者のクロエにも見られてる筈なんだけど、あっちにも口止めしてるのかな?
「マビァ、これをお願いしてもいいですか?」
「ん」
クロブが身を屈めてワゴンから大きなトレイを俺に差し出すので頷いて受け取る。大きな銀色の蓋を被せてあるそれは、俺達の分の料理が入っているのだろう。これから入る部屋で食べろってことか。四人分、いや紅月の分が三人前はあるので六人分ちょいか? なので結構重い。
「では、マビァ達が先にあの扉から入ってくれ。俺達はそのあとに少し間を空けて貴賓室へと入る。ロージルくん、規定通りに頼む」
「承りました。さあ、マビァさんこちらへ」
促されるままに隣の扉に入る。
室内は暗く、ロージルさんが壁の何かに触れると、右側の壁から細長い光が漏れ始める。それは徐々に広がって長方形になり、一枚ガラスの大きな窓があってそこからの明かりが光源だった。
長細いテーブルが二列。そこに椅子が三脚ずつ並び、どちらも窓の方へ向いて座る形に置かれている。窓の奥を見るための配置だ。
窓からは隣の貴賓室室内が丸見えで、テーブルにトレイを置きながら観察する。あちらからはこっちが見えないのか俺に気がついた様子はない。でも息を殺してこっそりと動いた。
「この傍聴室は、あちらからはこちらを見ることができませんし、音も匂いも向こうへ届きませんから大丈夫ですよ」
イルマさんと紅月を室内に入れて、扉を閉めながらロージルさんが教えてくれる。
よく見ると、窓ガラス表面に油膜が張っているように虹色にユラユラと揺らいでいた。
「これって『スニーキングリザードの皮』を使った仕掛けですか?」
「あら、よくご存知ですね。この国でも国営施設でしか使われない仕掛けですのに」
「今朝方、地下五十メートルのところにあったんですよ」
「ああ、なるほど。あちら側からはこの窓は風景画にしか見えないようになっているんです。近づいてみても大丈夫ですよ」
十六人掛けの豪華なテーブルに一人だけ席についていた。残りの四人は彼の後ろへ立っている。給仕代わりに男性ギルド職員が一人、茶器や菓子を載せたワゴンの側に立っていた。
座っているのが問題の貴族か。なんとも珍妙な身形の男が苛立たしげにテーブルを指で叩いている。
立っている四人が護衛の兵士か。うんざりとした表情で、職務を全うする気はなさそうに見える。あれなら俺や紅月なら、扉から乱入して貴族の首をはねるくらい容易くできそうだ。
きゅるるるるるん…………。
と、変な音がしたので振り向くと、紅月が耳を赤くしてテーブルに突っ伏していた。
「ああっ! 悪い悪い」
慌ててテーブルに戻りトレイの蓋を開ける。とたんに肉の焼ける香ばしい香りと、カレーのスパイシーな香りが爆発したかのように部屋に広がった。
串焼きとソーセージの表面で焼ける油がチリチリと音を立て、とろけるチーズがゆっくりとチャパティの端から細く垂れる。嗅覚、聴覚、視覚を三連撃で刺激され、腹が満たされていた俺でさえ、猛烈に食欲を掻き立てられた。
「わぁ! なんて美味しそうなんでしょう」
「おお、これはウェルさんが自慢するだけのことはあるなぁ」
ウェルが言った通りだと、この大皿が紅月の分だな。「ほれ」と紅月の前に出してやると、なにやら悔しそうに俺を一睨みしたあと、皿を持って姿を消す。
「がっついて喉つまらせんなよー」
俺達の分はもう一つの大皿にある方だな。取り皿もトングもあるので、一人分ずつに分けて渡す。一緒に冷たいお茶と木のカップもあったので、注いでそれぞれに配った。
「ありがとうございます」
「むぐむぐ……あぁ、これは期待してた以上に美味いな! あのワニの獰猛さからは想像もできない柔らかさとジューシーさだね」
笑顔でお茶を受け取るロージルさんと、早速串焼きにかぶり付くイルマさん。
そうなんだよね。塊肉の表面がカリカリに焼けているので一見硬そうに見えるんだけど、歯を当てると軽く齧り取れ、程好い噛みごたえがあるものの、数回の咀嚼でするんと喉へ落ちていく。
野生らしくスジばっているのに、何時間も煮込んだスジ肉のようにむちむちトゥルンとした食感が赤身肉の間に薄く入っていて、これがまたいいんだよな。
猪肉のように厚めの脂身もあるのにくどさがないので、意外とさっぱりとした後味が余韻もそこそこに消えていく。だから次の一口がすぐに欲しくなるんだ。こんな美味い肉があのワニから採れるなんて、何度食べてもまだ信じられない。
俺も早く食べたいので、席について一口目を串焼きにするかチーズカレーチャパティドッグにするか迷っていたら、窓の向こうの貴賓室でコニスが扉を開けて、侯爵達が入ってきた。
「やぁ、カッセル・ウェン・カスピス殿でしたかな。お会いするのは兄君のシェールド殿の婚儀以来であろう。ご立派になられたものだ」
両手を広げて歓迎の意を表す侯爵。さっきまでアイツのことをバカにしていたから建前だけなんだろうけど。
そう感じながらチャパティドッグにかぶり付く。ソーセージの皮がパリッと破れ肉汁が溢れ出し、慌てて顔を皿の上へと動かす。できるだけこぼさないようにしながら頬張ると、スパイシーでコクのあるカレーソースと濃厚なチーズ、プリプリとした歯応えのあるソーセージにむっちりとしたチャパティが渾然一体となって、暴力的なほどに俺の食欲を刺激する。
「んん~~!」
美味すぎてもう唸り声しか出ない。こんなの食っちまったら、後々禁断症状でも出て苦しみそうだ。
ロージルさんも嬉しそうに食べていた。これで体調が良くなればいいんだけど。
「え、ええ、もう三年も前のこと……しかし、なぜここの職員の制服を? っひ……」
堂々とした侯爵の態度に気圧されながらも立ち上がり、ひきつった笑顔で対応しようとするカッセルとやら。しかし、侯爵の後ろから入る、大佐、ウェル、そしてクロブを見て言葉を失った。後ろの四人も戦いて壁際に一歩下がる。
「おーおー、クロブの効果効いてんなぁ」
「うふふ、クロブさんと初対面で驚かない人なんていらっしゃらないでしょうね」
大きな窓枠の中で繰り広げられる光景が、まるで喜劇でも見ているかのように感じてきた。
元の世界の街の祭りで、屋台の食い物を食いながら、野外劇場で観劇をしていた時の気持ちに戻ってる。
「いや、この身形にはいささか事情がありましてな。しかし、急な来訪で驚かされました。私がお忍びで領内を査察している時にいらっしゃるとは、不運でしたな。……ふむ、カスピス子爵殿は厳格なお方ですから、お互い面会の際には事前に先触れを出される筈なのですが、何か行き違いがありましたかな?」
「い、いや、それは……」
カッセル側の動揺を無視してにこやかに話を進める侯爵。自分達が着るギルドの制服への興味を逸らして、カッセルへの質問にすり替えたのは解ったが、侯爵のカッセルに対する質問にある、お貴族様同士の事情がよく解らなかったので眉をひそめていると、ロージルさんが教えてくれる。
「貴族は礼儀と気品、優雅さを重んじますから、このような突然の訪問や面会の要求などの行為は無作法であり美しくなく、本来嫌忌される行いなのです。侯爵様は貴族らしからぬお相手の行為を遠回しに責めておられるのですよ」
なるほどね、と納得しかけたけど、昨日の侯爵は突然やって来て無茶ぶりを俺に押し付けてきた。あんたが一番貴族らしくないじゃん! と憤慨しそうになる気持ちを美味いチャパティに食らい付くことで紛らわす。
まぁ貴族×貴族と貴族×平民とでは、対応が違って当然か。
「そ、そう! 父上は今、王都に出向いてて不在でしてな。動けるものが私しかいなかったのだ。市民達の苦情を取り纏め、確認だけでもと急ぎ参った次第なのだ」
「嘘ですね。たとえカスピス子爵本人が不在だったとしても名代として彼の兄の誰かが子爵領を管理している筈です。その兄の名前を出さなかったということは、彼が独断で動いていると言っているようなものです」
カッセルの言い分を即座に切り捨てるロージルさんの解説を聞きながら、ふむふむと成り行きを見守る。カッセルの言い訳に侯爵は微笑みを崩さずに目だけスッと細めた。侯爵にもバレバレらしい。
「まぁ話はあとにして、正午からもう随分と経ってしまいましたな。先に軽く昼食といたしましょう。お互いに空腹では気持ちも穏やかではいられませんからな。さあさあ、兵士の方々もお席へどうぞ。ウェル、頼む」
「承りました」
侯爵が座りながらウェルを促すと、ウェルが前に出てカッセル側に一礼する。大佐がコニスに座るよう促して、自分は侯爵の隣に座った。
コニスは仕事モードに入っているようで、まるで貴族の淑女のように、これが当たり前だと言わんばかりに堂々としている。さっきまで俺達の前で見せていたのが素なんだから、大した役者っぷりだ。
「はじめましてカッセル様。わたくし、この度の『ワニ肉祭り』の主催を任されております、ウェルゾニア商会商会主のウェルゾニアと申します。察するに此度の来訪でさぞ不快な思いをなさったのではないでしょうか。我らがカレイセムの街でそのような感情を抱かれたとあっては商人の名折れ。不快なお気持ちを払拭していただきたく、当商会自慢のワニ肉料理をお持ちいたしました。是非ともご賞味下さいませ」
「う、うむ」
口上を述べたあと、もう一度深々とお辞儀をするウェル。兵士達から「あのウェルゾニア商会の?」とか「やったな! 食えないと思ってた料理が食えるぞ」などのボソボソと囁きあう声が大きく聞こえた。
「よくあんな囁き声が聞こえるな」
「この部屋『傍聴室』は、どんな小さな囁き声も逃しません。あらゆる箇所に集音管が設置され、魔力により増幅された音声がこちらへと届けられます。こちらで控えている者がどんな小さな情報も捕らえ、客観的に精査し、相手より常に主導権を握り、交渉を有利に進めることを目的としていますから」
「……それって今みたいな、他国の貴族との交渉とかでしか使いませんよね? 冒険者ギルドに必要な部屋なんですか?」
「ここだけじゃないよ。領主の城を始め、市庁舎や軍の基地、商業ギルドみたいな国営の建物には大抵あるんだ。どの街のにもね」
俺の質問に食べ切った串焼きの串を振り振りイルマさんが教えてくれる。
窓の向こうではクロブが給仕を始めていた。自分達の身長の倍近くある大男が、テキパキと配膳をしていくのを、カッセルと兵士達は青い顔をしてカチカチに固まって座っている。
まぁ、後ろから巨大な手が静かに伸びて配膳をしていくんだ。クロブと初対面での恐怖が引かないままそんなことされたら、怖いに決まっている。
「どの街もって、やり過ぎじゃないですか?」
「わたくし達ドライクル人は、基本的に皆臆病ですからね。他国からの武力進行を防ぐために、近隣諸国との王侯貴族同士の嫁入り婿取りで平和を永らく維持しています。そのため、親類縁者が冠婚葬祭などで帰省来訪いたしますし、どの領都でもそのついでにと交渉事をしていく頻度は高いのです。いつどの場所で交渉事が行われても遅れを取らないように万全の準備をする気質が我々にはあるようでして……」
後半恥ずかしそうに話すロージルさん。俺に指摘されてやはりやり過ぎかなと感じたみたいだ。
そういや侯爵も似たようなこと言ってたな。弱いからこそ知恵を絞り、臆病だからこそ頑強な防壁を築き上げたと。
敵の情報が多ければ多いほど有利なのは当たり前だが、ここまでやり過ぎたのはやっぱ長年『鐘』に『恐怖』を植え付けられてきたせいか?
いよいよワゴンに載せたトレイから蓋が外される。部屋中に広がる料理の匂いに、みんなそれぞれに綻んだ表情を見せた。侯爵はにやりと微笑んで頷き、大佐は上品にうっとりと目を閉じる。コニスはワゴンの上の料理に見とれて眼が輝いている。
対するカッセル一行は、溢れ出る生唾を垂らさないようにしながらも、早く食いたいと目が料理に釘付けになっていた。
クロブが給仕を進めていると、別の職員が人数分のジョッキを持って扉から入ってきた。
あれ絶対キンキンに冷えたエールだ!
そうだよこの串焼きとチャパティドッグには、お茶よりもほろ苦いエールが一番合うに決まってんじゃないか! ウェルのヤツ、さすがだな。
「あ、コニスのヤツ、酒呑めるのかな?」
「コニスはお酒はまだ苦手ですので、多分レモンの炭酸水だと思いますよ?」
なるほど。サッパリした冷たいレモン水でも美味しく食べられそうだ。タンサンってなんだ? あぁ、エールみたいにシュワシュワした飲み物のことなんだ。
「お貴族様方にとっては優雅さに欠ける食べ方と承知しておりますが、カトラリーなどお使いにならずに、直に手に持って食べられることをおすすめします。熱々をかぶり付くのが一番美味しい食べ方ですので。この場は社交会でも王宮でもありません。平民の街での祭りですので、こちらの作法で美味しくいただいて下されば幸いです」
ウェルはそう締めくくり、コニスの隣、つまりこちらから見て一番手前に座った。
「うむ、一理ある。それが一番美味いとなれば試さずにはいられぬな。カッセル殿、それでも構いませんかな?」
「あ、あぁ。それが一番だというのなら異存はない」
「では早速いただくとしよう。今日の良き日に!」
「き、今日の良き日に!」
侯爵の号令で乾杯をし、お貴族一行は釣られたように慌ててジョッキを掲げ、食事会が始まった。
俺も聞く体勢から一息吐けたので、串焼きを一齧りする。まだほんのり暖かい肉塊から、今まで食べたワニ肉の数段上の旨味が口いっぱいに広がって驚く。もしかしてこれがウェルの言ってた、熟成した肉の旨味ってヤツなのか? 新鮮な状態での焼き肉も、二晩ねかせた昨日昼のステーキ肉もめちゃくちゃ美味かったのだが、これはもはや別物で別格な美味さだ。
侯爵と大佐はすでにワニ肉を食べているので、少し余裕のある食べ方で味わって食べているのだが、料理を監修したウェル以外の驚きようは凄かった。
コニスは串焼きを一口頬張った途端に強く目を瞑り「んん~?!」と唸りながら脚と拳をパタパタと振って、美味しさを全身で表す。そして呑み込んだあと溜め息を吐いて「お、おいしすぎりゅ……」と小さく呟いた。
もう一口串焼きにいくか、それともチャパティにするか迷ったあと、チャパティを手に取り、もきゅっと頬張った。パキッとソーセージから溢れる肉汁に驚いたあと幸せそうに咀嚼して呑み下し、「ふわわぁ~……」と吐息を漏らす。
「なんかアイツ、幼子帰りしてないか? 普段のコニスなら侯爵らと同席しているような場面で外面外すようなタイプじゃないだろ」
俺の独り言にロージルさんがクスリと笑って補足してくれる。
「それほどまでにこのお料理が美味しいのですよ。『キーマ』のお料理も全く隙のない美味しさですけれど、この二品は別格ですわ。わたくしもお料理には自信がある方なのですが、とてもこの味を出せるようになれる感じがいたしませんもの」
そうかなぁ? ロージルさんの料理を食べたわけじゃないけど、見た目も匂いもウェル監修の料理に負けてるとは思わないけど。高い技術を持つものだけが解る違いがあるのかもしれない。
「昨日だってドーナツを幸せそうに食べてたじゃないか。普段食べ慣れてるお菓子だってあんなに嬉しそうに食べる娘なんだ。初めて食べる絶品料理で多少箍が外れても仕方ないんじゃないか? 周りの誰も疑問に思ってなさそうだし、別にいいだろ」
イルマさんにそう言われて、俺もそんな気がしてきた。まぁ外面完璧なコニスは隙がないから、ただでさえ緊張している相手を、より追い込んでしまうかもしれない。
コニスのヤツ、このお貴族一行に相当腹を立ててたみたいだもんな。あの幸せそうな食べっぷりを見せてれば、和むことはあっても相手を怒らせたりはしないだろう。
さてその相手はというと、侯爵達が美味しそうに食べるのを見て、カッセルが戸惑う兵士達に小声で「先に食ってみせろ」と命令した。
兵士達は誰から食べるかお互いに目配せしたあと、一人が串焼きを少し齧って味見する。途端に目を見開き、二口目は大きく頬張って美味そうに咀嚼して呑み下し、大きく「美味い!」と叫んだ。
それを見た他の兵士達も肉やチャパティにかぶり付き、口々に歓喜の声を上げては冷たいエールを呷った。もう食欲が止まっていない。
警戒していたカッセルも、兵士達の様子に我慢できなくなったのか、串焼きを齧ると「んんっ?!」と唸り、ガツガツと食べ始める。
その食べっぷりを見て満足したウェルは、エールを悠々と一口呷る。そしてこちらに視線を向けてニヤリと笑ってウィンクし、ジョッキを軽く掲げてみせる。
「ふふ、ウェルさんったら。お望み通りに事が運んでいるようですわね」
「ですね」
「うむ、主のやることは全て上手くいく。さすがだ」
急に紅月の声が聞こえたので振り向くと、空になった大皿を横にずらしカップをこちらへと突き出す。
「マビァ、茶をくれ」
「はいはい」
俺達の三倍以上の量を俺達より早く食い終わりやがったよコイツ……。お茶を注いでやりながら紅月の腹を盗み見たが、ちっとも膨らんでいない。ポッコリお腹を期待してたのにどこに入ったんだよ。
お茶を注ぎ終わるとまた姿を消す紅月。またか、と呆れながら大皿を回収しトレイへと戻してから、席へと戻る。
貴賓室も食事が終わり一息吐くまでは交渉もないだろうと、俺も続きを食べることにした。




