六日目 正午の鐘が鳴って
振り向くと、しゃがんで大泣きして抱き合うコニスとシャル。ふたりを慰めるように寄り添うザンタさん夫妻が居て驚いた。
でも事情は聞かなくても分かる。俺だってエリ公のことは嬉しいもんな。
涙が止まりそうにないコニスと目が合ったので「良かったな」と言ってやると、これまでに見たことのない素直な笑顔で笑い、「はいっ!」と嬉しそうに返事をした。
いつもどこか相手を試すような笑い顔しか見せなかったコニスの素の笑顔。もう涙でベタベタのグシャグシャだったが、これまでで一番良い顔をしていた。おかげでこっちも胸が熱くなる。
ちょうどその時鐘が鳴り響いた。相変わらずどこから音が出ているのか解らない石柱を見上げ、そして周囲をゆっくりと見渡す。これでこれまでとは違う何らかの変化が人々に起こる筈だ。それは今まで影響のなかった俺も例外ではなくなる。
「いや、それよりも今ここの現状どーすんだよ……」
と、周りの反応を見て小さく呟いてしまう。
十五分ほど前に俺達は地下から出てきた。
中将が見張りの兵士を駐屯基地まで走らせ、俺達が中央北通りへ路地から出る頃には、十人の兵士が合流。赤い大蜘蛛五匹に驚いていたが、俺達一行と蜘蛛の護衛として一緒に中央広場へとやって来た。
石柱北面の半径十メートルほどの空間を立ち入り禁止にするために、兵士にロープを持たせ立たせる。
奇妙な一行が魔獣らしき真っ赤な大蜘蛛を連れて、立ち入り禁止の中にいるもんだから、見世物か何かと誰でも思うよなぁ。わらわらと人が集まって観衆と化す。
そして大蜘蛛が動き出す。一匹は天辺まで登り、残り四匹は石柱の中ほどから四方へ糸を張り、それを伝ってどこかへ行ってしまった。
そのあとにいきなり泣き出す美少女ふたり。
観衆にしてみたら、もうわけわかんないだろうな。
大蜘蛛の魔獣を使った大道芸に見えたのかもしれない。実際に蜘蛛が動き出した時に少し歓声が上がってたし、四方に去った時には拍手もちらほら鳴っていた。
しかしこちらの誰もが観衆に見てもらおうという姿勢を見せていない。興行なら当たり前にある前口上も何もなしで周囲を立ち入り禁止にした後、やっていることの主旨を伝える気もないままなので、観衆は戸惑っていた。
それに加えてコニス達の大泣きだ。
観衆からすれば、お涙頂戴の寸劇に思えたのかもしれないが、そんなわけないので、観衆が納得するような物語や演出などがある筈もない。
「ねぇ、これってどんなお話なの?」
「さぁわかんねぇ。これから始まるのかな?」
「赤いクモみたいなのどこ行ったんだ? この街安全なのかよ」
「おーい、もう終わったのか? なにやってんだかわっかんねーぞ」
等々の声がざわつく観衆の中から漏れ聞こえてくる。あぁ、やっぱり旅芸人一座の出し物とでも思われているようだ。
今、ここに御居すお方は当領地のご領主様なんだけど、俺から見てもカイエン侯爵の出で立ちは簡素な革ジャケットでとてもお貴族様には見えないし、あちこち服に滲んだ血が彼の地位から一層遠ざける印象を与えている。
テイレル大佐も同様でとても騎士やお貴族様には見えない。
ザンタさん夫妻も、ベテラン戦士どころか無理する高年戦士の雰囲気が強く、片手斧とスパイクシールド、モーニングスター二刀流なんて物騒な装備からとても零細雑貨屋の店主夫婦には見えない。知り合いが見ればザンタさんの薄い頭髪やアリアさんのでっかいお団子で気付くだろうけど。
シャルは女性神官のローブを纏っているし、『カレイセムの聖女』として有名らしいからその容姿を知る者も多いだろう。教会もすぐそこだし、何らかの理由でここにいると察する者もいるだろうが、他国から来た者からすれば、旅芸人一座の看板美少女に見えるかもしれない。
コニスは冒険者ギルドの受付嬢の制服なので、普通にギルド職員と見られてもよさそうなものなのだが、観衆の中から遅れて一行に駆け寄ってきて、一緒になって泣き出したもんだからかえって演出臭く見え、端から一座の一員であったかのように見えなくもない。
研究員さん達は装備がこの街の兵士と同じだし、剣を履かずに盾を装備しリュックを背負っているから、遠くへ遠征しに行く調査特化の兵士に見える。手帳にずっとガリガリ書き込んでいるから、調査隊の演技をしているかのように見えるだろう。
そして最後に俺。こちらの時代にそぐわない鎧と、何度も新聞に載っている剣と盾が目立つので、さすがにバレるかと思ったが、
「おい、あれ新聞に載ってたヤツじゃないか?」
「あぁ、『聖騎士マビァ』な。ありゃ真似てるだけだろ。新聞のはあんなにマヌケな面したヤツじゃねぇよ」
「もう、真似するんならもっといい男がやってよー! お芝居だとしても許せないわ!」
てな具合で、まったくバレていなかった。……軽く落ち込みそうになる。
まぁバレた方が面倒になる。ここはもう旅芸人一座のふりをして、適当な挨拶で終わりを告げて、観衆の興味を断ち切るか……。そう考え、一歩踏み出そうとしたところで、西側の人垣が割れ「はいちょっとごめんなさいよー」と一人の派手な男が歩み出てきた。
「いやー、中途半端な興業になってしまい申し訳ない。オヒネリは要らねぇから気にしねぇでくれ。オレは今回の『ワニ肉祭り』の主宰を勤めるウェルゾニア商会代表のウェルゾニアだ。さぁもう正午の鐘はなったぜ? 各店舗の無料提供は全て数量限定だ。食べ損ねると後悔するぜ! さぁみんな、大いに楽しんでくれ!」
俺達の前に立ったウェルが、身振り手振りも大袈裟に観衆に祭りの開催を宣言する。それぞれが昨日の新聞の地図を確かめながら、お目当ての出店へと散って行った。残ったのは周囲を仕切る兵士達と、そう焦る気もなさそうな、のんびりと移動している人々だけになった。
「これでよし、と。お疲れさん」
振り向いたウェルはにやっと笑ってみせ、俺の肩をポンと叩いたあと、カイエン侯爵の前に歩み出て、深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませカイエン侯爵。首尾は上々のようで何よりです」
「ああ、ギリギリだったが成果は大きかった。人払い感謝する。まるで見世物だったからな」
「オレが居なくともマビァが動いていたでしょう。この男はそういったことが得意なようですから」
「……別に得意じゃねーよ。必要に迫られてやってきただけさ」
ウェルのからかいに顔をそむけるついでに辺りを見渡す。
大佐は兵士達を集めて撤収準備を指示していた。コニス達は、シャルの治癒魔法で赤く泣き腫らした目をまとめて癒してもらっていた。
教会の方からエリ公らしきヤツがこちらへと向かってきている。目の前で大きな騒ぎになっていたし、人が退けたからシャルの姿が見えたのだろう。
今はまだコニスとは会わせない方が良さそうだ。
「コニス、エリ公がこっちに来てる。まだ会わない方がいいだろ?」
「え、あ、そ、そうですよね? 今会うと昨日の繰り返しですよね?」
そう、さっきの鐘の音一回でエリ公がいきなり治ってるとは思えない。その証拠と言えるだろうか? 実際に今の鐘の音を聞いて俺自身に変化は感じない。
それに今の短時間でコニスが得た情報などたかが知れている。精々シャルが『エリ公を治せるかもしれない』って言った程度なのだろう。それでもコニス達を感激させ、号泣させたのなら、その気持ちを汲んで現状を守ってやりたい。
今こちらまでエリ公がやって来たら、多分昨日見た『ド変態紳士モード』になって、往来で誰彼憚ことなく、コニスにむしゃぶりつくに違いない。
俺の言葉でそれを察したらしいコニスが、アワアワと慌てふためきだす。状況を察したザンタさん夫妻がエリ公の視界からコニスを隠す。
「あ、じゃあわたしがお兄様の方へ行きます! 聖書もないのでここじゃ止めようがないですよぅ」
慌ててシャルが立ち上がり、エリ公の元へと駆けていく。まぁそれが最善の手だよな。とにかく今はコニスとエリ公を接近させないようにしたい。
「シャル、今日はありがとな! お前がいなきゃもう何もできなかった!」
「なにをいいますかぁ! マビァさんがいたからこそですよ! またお会いしましょーねー!」
背中に声をかけると、くるりと回りながら笑顔で手を振って去っていった。エリ公に近づきながら身振り手振りでなにやら喚いてる。多分これ以上こっちに来るなとでも言っているのだろう。
「あ、わたしカイエン侯爵様にお話しなきゃいけないことあったんです。ウェルゾニアさんにも聞いてもらった方がいいかもしれません」
すっかりキレイな顔に戻ったコニスが中将達の方へ振り返ると、ちょうど中将とウェルがこちらへと来ていた。
「冒険者ギルドサブマスターのコニス君だったな。話を伺おう。と、その前にこの場で解散した方が良さそうだ」
中将の言葉にコニスが硬直し、目を見張って息を飲む。そういやコイツ、中将に憧れてたんだっけ? と、どうでもいいことを思い出した。
中将は石柱を見ながら一心に手帳に書き込んでいる研究員三人を呼び寄せ、その場を締めくくった。
「シャルは先に帰ったか。まぁいい、このあと教会にも行くしな。諸君、今作戦では見事に大役を務めてくれた。誰か一人でも欠けていたなら作戦は失敗に終わっていただろう。ザンタ、アリア、噂に違わぬ歴戦の勇姿には何度も助けられた。感謝する。研究員達もよくシャルを守ってくれた。明日、明後日と休暇を取れるよう申請しておこう。ゆっくり休んでくれ。そしてマビァ。よくぞ道を切り開いてくれた。だが、これ以上礼を重ねてもお前は納得できんのだろう? 明日もまた一緒に潜るのだからよろしく頼む。危険はもう無いだろうがな」
それぞれに労い、俺には苦笑してみせる中将。
今回の俺は成果よりも反省点が大きく残った。いくら結果的に成果があったことを感謝されようと褒められようとも、俺がもっとちゃんとしてれば、いや、俺の役割が俺でなければ、もっと簡単にリムスに会えてた筈だという疑念がどうしても拭い去れない。いつもなら良いこと探しをして無理矢理にでもポジティブになるところなのだが、今回はみんなの命を危険に晒してしまったので、悔やんでも悔やみ切れずにいた。
そんな俺の心情を中将は推し量ってくれて、過剰な感謝の言葉を控えてくれた。鈍感な俺でもそれくらいは分かる。無駄に気を使わせてしまったことに気が付き、せめて気持ちの良い返事をしようと、明るく「はい、よろしくお願いします」とだけ答えた。
「報酬はこのあと冒険者ギルドと調整をするか。いいかなコニス君?」
「は、はい!」
「明日銀行が開店したら各々の口座に振り込んでおこう。十分色を付けるから安心してくれ。あぁマビァは口座は無かったな。ではお前の分はギルド預りにしておくか。では解散としよう」
みんなそれぞれと握手と挨拶を交わし、解散となった。
ザンタさんとアリアさんは、
「また遊びに来いや」
「しんどかったけど、楽しかったねぇ。またなんかあったら誘っとくれ」
と、俺の背中をバンバン叩いて満足げな笑顔で帰っていった。ワニ料理を貰いながら帰るそうだ。
チーダスさんは急いで子供達との待ち合わせ場所に駆けていった。チーダスさん以外の一家全員で中央南通りの端から、正午と同時に気になった屋台に寄りながら北上してくるから、チーダスさんが間に合えば合流して一緒に出店巡りをする予定になっていた。ちょっと遅れたチーダスさんは、また子供達に責められるのだろうか? 子供達が先にワニ肉料理を食ってて美味しい思いをしていれば、もう怒っていないかもしれない。
残りふたりの研究員さんは、このまま自宅へ帰っても遺跡のことが頭から離れないだろうから、ワニ料理をいくつか確保したら研究所に戻って、得た情報を整理したいと言ってた。うん、俺の頭の中も整理してほしいくらいだ。
この場に残ったのは、カイエン侯爵とテイレル大佐、ウェルとコニスに俺の五人。ウェルが残ったのは、コニスがウェルにも聞いてほしいと頼んだのと、ウェルも冒険者ギルドへ行くつもりだったからだ。
「ではコニス君、用件の説明を頼む」
「はい、実は今ギルドの方に、お隣のカスピス子爵領からカッセル・ウェン・カスピスと名乗る貴族様がお見えになっていまして、昨日からカイエン侯爵様を探しておられるとの事です。なかなかカイエン侯爵様にお会いになれなかったので、大変ご立腹しておられます。用件はまだ詳しく聞けていないのですが、察するに先日の火災によりバーンクロコダイルがあちら側へと移動した件についての苦情と、場合によっては賠償の要求に来られたようです」
「ふむ? カッセルといえば、第五位継承者の若造だったな?」
「はい、兵士を四名連れておられました」
「アレには兵士を使える権限などない筈だが……」
「あの時はまだカイエン様にはオレ達の計画を伝えていなかった。責任の所在はオレにあるからコニスちゃんはオレにも来てほしいわけだな?」
「はい、あちらの要求次第ではウェルゾニアさんが対応した方が穏便に解決できるかもしれないかと思いまして」
「さっすがだねぇコニスちゃん! オレも同席させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「それなら俺も当事者だよな? 行った方がいいか?」
ウェルとの対話には快活だったコニスが俺の質問に目を泳がして言い淀む。なんでだ?
「え……え~と、マビァさんはお疲れのようですしなんだか血塗れですし? 一旦宿に帰ってからお休みになられてはどうかと……? てゆーかいなくていいです。むしろいない方がいいです! おつかれしたー!」
「おいこら待て、めっちゃ怪しいわ。なんでダメなんだよ?」
さっさと帰れと言わんばかりにお辞儀をするコニスの頭を右手でガッと掴んでギリギリ締め上げる。
「いたいいたいいたい! なんでいっつも頭ばっかり掴むんですかー!?」
「んなもん、掴みやすいもんがそこにあるからに決まってんだろーが」
涙目になってこちらの手をパンパン叩いてくるので離してやる。
「大体、お前があんな風に誤魔化して話を打ち切ろうとする時って、碌でもないこと隠してる場合ばっかじゃねーか。最初から正直に話せよ、痛い思いしたくねーんだったら」
「今回はマビァさんに話した方が事態が悪化しそうだったからですよ! こっちだってちゃんと考えてやってるんですー!」
あー言えばこー言うコニスだったが、侯爵と大佐にクスクスと笑われ、ウェルには腹を抱えてヒーヒー笑われたもんだから、赤くなって恥ずかしそうに俯いてモジモジしだした。まったく、号泣してたかと思ったら、怒ったり恥ずかしがったりと忙しいヤツだ。
「そのカッセルってお貴族様が、マビァさんが一番嫌いそうなタイプのお人だったからですよ。絶対あの方、マビァさんのこと悪く言いますよ? 新聞の記事のことでものすごーく罵られたんですから。そんなことされたらこれまでと同じゲスい方法で、てってー的に捻り潰したくなるでしょ? 絶対に」
「う……。ま、まぁ俺だって我慢する時はするって。他国の貴族相手に無茶はしねーよ」
「ふふ、そうですか? ウチのヤーデン中尉も子爵家の出ですし、マビァからすれば他国の貴族ですよ? それに貴方が斬り伏せたあの百人の中には二割ほど貴族の家系の者が居たのですが……」
「え……」
大佐に指摘され自分の言葉が全否定されてしまった。
「ほらー! やっぱり前科があるんじゃないですか! わたしの言うとーりじゃないですか!」
「はっはっはっ。コニス君、まぁ待ちなさい。相手の要求によっては対岸でワニの駆除を押し付けてくる可能性もある。もしそうなれば、マビァの力を借りぬわけにはいかんだろう? ならば、同室させて護衛として後ろに立ってもらっていても良いし、扉越しに話を聞いてもらうだけにするのも可能だろう」
「そ、それは、……そうですけど」
「お、そうだ。永らく使われないままになっている部屋があるじゃないか。そこならば何も問題あるまい」
「あ……。そ、そうですね。あそこなら大丈夫かもしれませんけど……」
む~~、とこちらを睨みながら思案するコニス。何か都合の良い部屋でもあるのだろうか? あちらの事情に詳しくない俺からすれば、できれば全部お任せしたいところだけど。
「分かったよ。同室しても罵られるだけなら居ない方がいいよな? その部屋で聞き耳立てるだけならいいだろ?」
「……間違っても怒りに任せて部屋に乱入しないで下さいよね!」
ぷりぷりと怒り、こちらからフンッと顔をそむけるコニス。なにやら「まったくもー」とか「さっきまでの……の気持ちが台無し……」のような呟きが聞こえた気がしたが、俺の興味は他に移っていたので、どうせ俺に対する悪口だろうと聞き流し、ウェルに視線を向ける。
「で、ウェルはなんで冒険者ギルドに用があったんだ?」
「おうそれな。今日はせっかくの祭りなのに、商業ギルドや冒険者ギルドみたいな年中無休の施設職員は参加できねぇだろ? だからせめて一口二口味見程度にワニ肉を食べてもらいたくて配ってんだ」
ぐいっと親指で後ろを指すので振り向いて見ると、二段の大きなワゴンに、日差しを受けて銀色に輝く大きな蓋付きの何かが上下の段に載せられ、見慣れない女性によって運ばれていた。あの人はウェルの商会の者なのだろう。
「あ、あの蓋って時間を止めるヤツか?」
「あぁ、配るのはワニ肉の串焼きなんだ。やっぱ串焼きは焼きたてが一番美味ぇだろぉ? 焼き上がりの瞬間を閉じ込めてんだ」
今から食わせる人達の歓喜の表情を想像したのだろう。ウェルはニシシッと笑ってみせた。
「ほんとですか?! 職員達も参加できなくて悔しがっていたので、すごくありがたいです!」
「休日だって働いてる連中は多いもんな。なんせ数に限りがあっから、どこまでカバーできるかわっかんねーけど、やっとかなきゃ後で恨まれそうだしよ」
振り向いて喜ぶコニスに、ウェルはおどけてみせる。たぶん照れ隠しだろう。
「そうだ、訓練受けてる冒険者達がさぁ、半分以上今日は筋肉痛で動けなくて、動ける連中が寝込んでる奴らの分も肉料理を貰いに走り回ってる筈なんだけど、一人で数人分の料理を貰うことってできるのかな?」
「そうか、お前今朝は早く出たから新聞読む暇もなかったし、午前中は街に居なかったもんな。どうしても小さい子やお年寄りは、長い列に並ぶのは大変だし、一人に一つずつ配ってたら街中人で詰まって動けなくなるだろぉ? だから代表者一人が家族や仲間内の市民カードやギルドタグを集めて持ってきたら、その数の分だけ料理を配るって方法を新聞で告知して、午前中にウチの者にも広めさせたんだ。これで行列の人数を予想の十分の一に減らせたぜ」
ウェルは両腕を広げてくるりと回ってみせる。釣られて周囲を見ると、立ち飲み用の即席テーブルで待っている家族や仲間の元に料理を持った一人が嬉しそうにやってくる光景があちこちで何組も見られた。戻ってきた者からタグを受け取った別の者が、また他の方向へと走っていく。
中にはカードやタグを数枚ずつに分けて数人が別々に走っていくグループもあった。なるほど、一つの料理の一人当たりの取り分は減るけど色んな種類の料理を楽しむ作戦か。
へぇ、考えたな。グループ単位で人数分の料理を貰いに行っている間は他の料理を受け取れないんだ。これなら確かに行列の人数を減らせるし、行列で通りが詰まることもなくなる。動けない冒険者達も食べることができるだろう。
「居ましたわ! マビァさーん」
そろそろ冒険者ギルドへと向かおうとした時、南の方から俺を呼ぶ女性の声が聞こえた。
薄緑色の爽やかなワンピースをはためかせながら小走りしてくる見知らぬ美女が、こちらに笑顔で手を振っているのを見つけて思わずドキッとしたが、よく見たらロージルさんだった。いつものメガネじゃなかったら分かんないぞアレ。
女性って服装と髪型変えただけで別人に見える時あるからなぁ。特に美人さんにありがち。ちょっと後ろを走るイルマさんは纏う不機嫌オーラや髪型がいつも通りだから、惑わせられることなく分かった。
「無事に戻られたんですね。あ……、でもたくさん怪我してるじゃないですか」
「あー、大丈夫。全員シャルにきれいに治してもらってるから心配ないよ」
眉をひそめて血の滲んだ部分に振れようとして、躊躇い手を止めるロージルさんを安心させるために身体を動かしてみせる。それを見たロージルさんは安心したのか肩の力を抜いてホッと溜め息を漏らした。その拍子に膝がガクッと落ち、崩れ落ちそうになるのをイルマさんが後ろから支える。
俺も慌てて手を伸ばしかけたが、ロージルさんはなんとか持ち堪えた。
「ロージルさんの方こそ大丈夫? 顔色もあんまし良くなさそうに見えるけど」
「あぁ、貧血と寝不足で正直良くないが、今のを見て休んでいられるわけないだろ。気になってかえって休めやしないじゃないか」
『オベリスク』を顎で示しながら愚痴るイルマさん。うん、気持ちは分かる。
「やめてよイルマ。ちょっと立ち眩みがしただけですわ。マビァさんご心配おかけしてごめんなさい」
そして、カイエン侯爵の方へ向き直り、お辞儀をする。イルマさんもそれにならった。
「失礼致しました。カイエン侯爵閣下とテイレル大佐でいらっしゃいますね。わたくしが冒険者ギルド事務室長を任さられておりますロージル・ラテクスと、こちらが同僚のイルマ・ラーゴットでございます。御同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ、よろしく頼む、と言いたいが見たところ休暇中なのではないか? 体調が優れないのなら休んだ方が良かろう。それとも問題ないのならば、せっかくの祭りなのだから楽しんできた方が良いのではないかと思うのだが……」
「いえ、朝から皆様の安否が気になり、とてもお祭りを楽しめる心情ではありませんでしたので」
そう言って頬に右手を添えて困り笑いを浮かべ、しなを作るロージルさん。出た、『無自覚男タラシの術』! って分かっていても視線が惹き付けられるのを自覚する。
いかんいかんと強引に視線をひっぺがし、素早く男性陣を観察すると、さすがというかカイエン侯爵はロージルさんに合わせて苦笑して返し、ウェルは面白いものを見たって感じにニヤリと笑ってみせた。
残る大佐は少しやられたようで、俺と同じように視線が惹き付けられていたがそれもほんの一瞬で、
目を泳がせたあとに顔を背けて誤魔化している。
これはちょっとヤバいかもな? あと二~三発くらったら大佐がロージルさんを好きになってしまうかもしれない。
視線をロージルさんに戻そうとして、俺と同じような心境になっているっぽいイルマさんと目が合う。
(コレのことで旦那さんに相談したんじゃないんですか)
という念を込めて見つめ返すと、
(ふざけんな! こんな短時間でどうにかできるわけないだろ!)
的な怒りをぶつけられた気がしたので、(ごめんなさい)と素直に頭を下げて謝ってみせる。そんな俺達の様子をコニスが「ん? んん?」と興味深そうに見ていた。
「ようお二人さん今朝方ぶり! お、そうだ、カイエン侯爵様。私の店のワニ料理をそのお貴族様に食べさせることを提案いたします。交渉を私に任せて下されば、こちらが損失することなく事を運んでみせましょう」
「ふふ、ではこの件はウェルに任せる。好きにやってみろ」
「へへっ、お任せあれ! マビァもレディ達も食いたいだろ? 楽しみに待ってな!」
言うやいなや、ワゴンの女性になにやら指示を出して北通りの方へと走っていった。あっちの方ってことは『キーマ』か? そういえばクロブがめちゃめちゃ美味そうな料理を出すと言ってたのを思い出す。遺跡の奥で食った栄養食で腹が満たされていたのですっかり忘れていた。
「では我々も向かうとしよう」
中将の号令で冒険者ギルドへと歩きだした。
次回の更新は通常でしたら3月の頭頃になる予定でしたが、年度末他、諸々で多忙につき1ヶ月お休みさせていただきます。
なので、次回の更新は3月30日(日)の正午を予定しております。
もし、わずかでも楽しみに待っている方がいらっしゃいましたら、お待たせしてしまい誠に申し訳ありません。
牛歩の如く進まない物語ですが、今後とも宜しくお願い致しますm(_ _)m




