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六日目 SIDEコニス 帰ってきた!

 「それは大変にございましたね。当方まで足をお運びいただき誠に恐縮でございます。ではどのような実害が……、あ、少々お待ち下さいませ」


 カスカスが長々と続ける愚痴のほとんどを聞き流し、詳細を聞こうとしたところ、出入口から入ってきた職員がコニスに合図を送ってきた。彼には一時間前からカイエン侯爵が戻ってきたら教えてくれるように外を見張らしていたのだ。

 カスカスは職員の横入りに機嫌を損ねたが無視し、駆け寄ってきた職員に耳打ちで状況を聞く。その内容を聞いてコニスの胸は高鳴った。一行の作戦は成功したのだ。


 「カッセル様、今表の中央広場にカイエン侯爵閣下が戻られたようです。これからわたくしがお迎えに行って参りますが、カッセル様はこちらでお待ちになられますか?」

 「あぁ、私はもう歩き疲れた。どこかに座らせろ。待っててやる」


 どうやらカスカス一行は歩いてカレイセムの街を右往左往していたようだ。卵のように丸く重そうな体型に細い枯れ枝のような脚ではさぞや疲れたことだろう。一行は南の船着き場から馬車で入ったが、カレイセムの街中へは馬車での乗り入れはできない。防壁の内側に接した通りには馬車置き場もあり通行可能だが、街中への乗り入れはナンチャッツ教授のように許可を得た者だけにしかできないようになっている。しかもそれも決まったルートでしか通行できないように定められていた。

 それには大して大きくもないカレイセム街では、馬車の離合が十分なゆとりを持ってできないという理由がある。

 そういった不便を補うために発展したのが、魔獣トトスによる運搬業だ。獣使いによって育てられたトトスは小柄で力が強く賢く、目的地を伝えるだけで安全かつ最短のルートで荷を運んでくれる。

 当然、荷物が運べるのなら人も運べる。小さな客車付きのトトス貸出業が各門で営業している。客車は二人乗り用と四人乗り用があった。貴族であるカスカスが二人乗り用に一人で乗り兵士達は歩かせる、というのが常識的な街への進入方法な筈なのだが、五人もいてそこに思い至った者はいなかったのか? 

 いや、多分そうではないのだろう。コニスの目には四人の兵士の感情を表す顔絵が見えていた。誰もが主であるカスカスに敬意を払うどころか、完全に見下していた。職務上仕方なく付き合っているようにしか見えない。だとすれば、自分達が歩くのにカスカス一人をトトスの客車に乗せて楽させるのを嫌ったのだろう。カスカス本人がトトスに乗ると言えば逆らえないが、そうならなかったということはカスカスはトトス貸出業があるということにすら気が付かず、トトスに乗るという発想すらできない愚か者というわけだ。

 隣の領地の基本的な情報すら満足に持っていないほどの無知。これでカスカスの底は知れた。

 コニスにとってすでにカスカス一行は掌握したも同然だ。あとはカイエン侯爵やウェルゾニアに任せておけばいい。


 「恐れ入ります。ではこちらの貴賓室でおくつろぎ下さいませ。茶と菓子を用意させていただきます」


 コニスの言葉に職員達が一斉に動き出す。やっと休めるとため息を漏らすカスカスの予想通りの反応に内心ほくそ笑むコニス。カイエン侯爵が『鐘』に向かったのには大きな意味がある筈だ。この街の大転機になりうることが今そこで起こるかもしれない。そんな大事な瞬間を、下っ端とはいえ他国の貴族に見られたくなかった。

 商人や市民、冒険者の言葉なら、権力者はただの噂として聞き流す場合が多いが、貴族同士なら話は別だ。カスカスの言葉がどのように伝わり、カスピス子爵がどう反応するかまでは解らないが、それなら見せなければよいだけの話だ。


 他の職員に連れられ貴賓室へと向かうカスカス一行をお辞儀して見送ったあと。ダッシュで外へと向かうコニス。

 ギルドの出入り口を出ると多くの人々が左右に行き交う。目当てのワニ料理を目指して走る者や、新聞に掲載された地図を見ながら迷う者、仲睦まじく街の散策を楽しむ若い男女、酒瓶を片手に群れて歩く男達……。祭りを存分に楽しむ人々の熱気にコニスは少したじろいだ。

 人々の隙間から垣間見える中央広場には、建築用の足場に使う長い板で作られた簡易テーブルがいくつも並び、早くも立ち飲みスタイルで多くの人が酒や肴で盛り上がっていた。芝生の木陰にも敷物が敷かれ談笑しているグループがいくつも見える。

 『鐘』の方に居るらしいカイエン侯爵一行を探すが、人が多過ぎて小柄なコニスでは見通せない。

 ぴょんぴょん跳ねて見ようとしていたところに、先程の職員が「北側に居るよ」と教えてくれたので、「ありがと!」と言って人混みに飛び込む。

 細く小柄な身体を活かして人々を縫うようにするするとすり抜けると、『鐘』の北側には多くの人が集まって何やら見物していた。


 「ちょっとすみません、通して下さい」と見物人達の間に割り込んで前に進むと、兵士達がロープを張って立ち入り禁止にして、『鐘』北側に丸く広く空間を作っていた。

 空間にはカイエン侯爵と思われる人を先頭に、一人の戦士(コニスはテイレル大佐と就任式で会っているが、カイエン侯爵との対面でテンパっていて覚えていない)とマビァ。兵装をしているが多分研究所職員が三人に、ザンタとアリア。最後尾にちっちゃなシャルの姿を見つけホッとした。

 シャル以外の衣服には血がにじみ、土埃で汚れている。特にマビァは背中から太股裏にかけての出血が酷そうに見えて、コニスの心臓は一度縮み上がったが、本人はいたって平気な顔をしてザンタ達と話している。シャルがすでに癒したのだろうと思い至り、ひとりも欠けることなく無事に戻ってくれたことを、聖印を切って女神サスティリアに感謝した。


 「冒険者ギルドのサブマスター、コニスです。通してもらってもいいですか?」


 目の前の兵士に声をかけると、兵士は困ったように後ろを振り向く。


 「あ、コニスお姉ちゃーん! こっちですぅ!」


 今の声が聞こえたのかシャルがぴょんぴょん跳び跳ねてこちらに手を振った。


 「おー、コニス。はよこっち来い」


 マビァも振り向いて手招きする。カイエン侯爵がチラリとこちらを見て頷いたので、兵士に「入りますね」と言ってロープをくぐり駆け寄った。ザンタとアリアもこちらに手を軽く上げ迎えてくれる。

 チラリともう一度カイエン侯爵の方を見る。


 (こんな人だっただろうか?)

 

 以前お目通りした時と身形が違い過ぎるので別人かと思ってしまう。しかしスキルの窓に『カイエン・ベルク・ルーリライアス』と表示されているので間違いはない。

 シャルが右手でこちらの左手と繋いできたので、キュッと握り返した。

 その瞳は揺れていた。興奮か、それとも動揺によるものか……。

 今のコニスにはシャルの感情は読み取れないが、激しく感情を揺さぶられる体験をしたに違いない。

 こんな小さな身体で、大人達に混じって困難に立ち向かったのだろう。聖女認定されているとはいえまだ十一歳の少女だ。マビァが大怪我を負うような戦闘が初体験だなんて、コニスは堪えられる自信がなかった。

 そんなシャルを少しでも労りたくて、微笑んで頷いて見せる。シャルは少し安心したのか、肩の力が抜けて表情も和らいだ。


 マビァ達に近付いて状況の異様さにぎょっとする。カイエン侯爵の前に大きな赤い蜘蛛のような魔獣ぽいものが五体も居たのだ。


 「これ……ヒラグモですか?」

 「ああ、()のヤツに頼まれて連れてきたんだ」


 さっぱり要領の得ないマビァの短い説明に、頭が?でいっぱいになる。が、一行の全員が黙ってヒラグモの動向を見守っているので、それ以上質問できる雰囲気ではなかった。コニスも黙ってヒラグモを見つめる。


 ヒラグモの一体、背中に長い一本のトゲがある個体が、クリッとした八つの目で周囲を伺いながら『鐘』に近づいていく。そして、後ろの四本足で立ち上がり上を見上げたと思ったら、ピョンと柱へ取り付き、カサカサカサ~と天辺へと登っていった。

 続いて残った四体が、柱の四面に取り付き中ほどまで登ったと思ったら、お尻を水平に突き出しそこからピューッと糸を飛ばして四方の建物の屋根に貼り付けた。

 そして、伸ばした糸のお尻側を柱に貼り付け、張られた糸にぶら下がってカサカサと四方へ散っていく、屋根の向こうへ見えなくなる前に、スッと姿が透明になって消えたような気がした。


 コニスはもう何がなんだか解らず、「ええぇぇ~……?」と小さく声を漏らしながら、キョロキョロと辺りを見渡した。周囲の人々も取り締まる兵士達も驚いてザワザワと騒いでいる。


 「……マビァさん、これって説明してもらえるんでしょーね?」

 「……俺にそれができる自信ねーよ。そーいうの専門家のチーダスさんとかに任せるわ。こっちはもー、頭んなか情報を入れすぎて耳から煙が出そうなくらいなんだからさ……」


 そう言って必死に状況を手帳に書き込んでいる研究員三人を親指で差して見せる。

 確かにマビァの顔絵は目がグルグルと渦巻き、頭から白い煙が昇っていた。相当頭が疲れていそうだ。

 と、その時、カイエン侯爵の方から聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。


 【接続完了、感度良好。カイエン、我の声が聞こえますか?】

 「ああ、よく聞こえる。こちらが見えているか?」

 「ええ見えますよ。これが今の地上の風景……。貴方がたの街並みなのですね。とても美しいですね」

 「はははっ、そなたの文明ほど発展しておらぬから前時代的に感じるのではないか? まぁ褒めていただけたのはありがたい。素直に感謝しよう」


 カイエン侯爵は手に持つ小さな魔道具らしき物と会話をしているようだ。あれそのものが話ができる物体なのか、それとも遠くの誰かと話すための道具なのか? 疑問ばかりが増えていく。いったい地下遺跡で何があったのか、もうさっきのカスカスなんて消し飛びそうなくらいに高まる好奇心でウズウズしてきた。


 【四方の四体ともリンク完了致しました。これでこの街の全体をスキャン可能になりました】

 「そうか、ではそろそろ時間だな。『調和のオベリスク』の方、よろしく頼む」

 【分かりました。明日またこちらへ来られますか?】

 「うむ……。おいマビァ、お前はどうする? リムスに聞きたいことがあるんだろう?」

 「あ、そうでした。***、******************、**************?」

 「?!!!」

 【えぇどうぞ。ただし武器は置いてきて下さいね。こちらへ入る時にスキルも一時的に接収させていただきますからね】

 「*****、******************」


 突然マビァだけが謎言語で話しだして、コニスはめちゃくちゃ驚いた。いや、マビァはもともと外国人だ。遠い国から来たのなら知らない言語を話しても不思議はない。でも、それなのに相手の女性には言葉が通じているようで、自分達と同じ言語で普通に返事を返している。どういうことなのか?


 「ねぇシャルちゃん。マビァさん何語しゃべってるの?」


 十一歳で他の街に行ったこともないシャルに分かる筈もないのだが、混乱気味のコニスは一番近くにいる人物に質問してしまう。


 「マビァさんはリムスさんと同じ言葉が話せるんですよ。マビァさんが持ってた言葉のスキルみたいなのをリムスさんに写させてあげたら、リムスさんはわたしたちと同じ言葉で話せるようになったんです。でもなぜかマビァさんがリムスさんと話している時の言葉は、わたしたちにもわからないままなんですよ」

 「???」


 まずその『リムスさん』というのが解らない。古代文明人が地下に生き残っていたのだろうか? 『マビァの持ってた言葉のスキル』で、そのリムスさんが自分達と同じ言語を話せるようになった? それなのにマビァはそのままあちらの言葉をしゃべってる……。

 何がなんだか解らず、ザンタ夫婦へと視線を向けるが二人は苦笑した。

 

 「シャルちゃんの言った通りにしか俺らも理解できてねーのよ。(わり)ぃな」

 「中将さんや大佐さん、あとチーダス達研究員は理解してるみたいだったからそっちに聞いてみてよ。あたしら脳筋じゃあ、もう(おつむ)パンパンさね」


 ザンタもかなりお疲れのようで、顔絵もげんなりとしている。シャルとアリアはまだ元気みたいだが、アリアとシャルの顔絵は女性なので見られなかった。


 「それよりもコニスお姉ちゃん。エリィお兄様のアレ、治るかもしれないんですよ!」


 握った手をぐいぐい引っ張ってコニスをしゃがませると、とんでも情報を耳打ちするシャル。


 「…………え? えっ?! ホントに?!」


 驚いて繋いだ手を離し、両手をシャルの肩に置いて問い詰めるコニス。


 「ほんとうなんです。何年か時間はかかるかもしれないんですけど、治るだろうってリムスさんが言ってくれました」


 目に涙を浮かべ、微笑むシャルを思わず抱き締めてしまう。コニスも思いもよらぬ嬉しい展開に感極まっていた。


 コニスがここに赴任して約1ヶ月後から始まったエリンテルとの珍騒動。週一で礼拝するコニスに暴走し、一度は振りほどいた衝撃と張り手で殺しかけ、また一度は交際を拒否され自殺しかけたエリンテル。その時彼にお近づきになろうとしていた自分に強く後悔し、礼拝をもう止めようとしたのだが、それではエリンテルが衰弱死してしまうと言われ、コニスはひたすら女神サスティリアにエリンテルの謎の症状の改善を願い続けた。

 その後はシャルと大神官ゴルディー、その妻のシルヴィーナによって造られた聖書で張り倒すことにより、なんとかエリンテルの暴走を抑止し続けて七ヶ月……。

 ようやく、ようやく長く祈った願いが叶う時がきたのかもしれない。

 まるで(たが)が外れたかのように涙が溢れ出た。

 閉じた(まぶた)の裏に、いつも辛そうに申し訳無さそうに微笑むエリンテルの顔が映る。自分のためにそんな顔をさせたくなかった。でもそれしかできなかった。出会った最初の頃に見せていた暖かい微笑みだけを見ていたかったのに、自分では何もできず、暴走するエリンテルに怯えてばかりだった。

 昨日マビァと話して、一縷の望みを見出だした。薬や魔法に頼るのは気が引けるが、エリンテルの症状が和らぐのならとイルマに相談した。ロージルで手一杯だったイルマが渋々了承してくれ、それに期待して待つしかなかったので、今ここでそんな嬉しい言葉を聞くとは思いもしなかった。


 「あぁ、良かった……。良かったねシャルちゃん。お兄さん、助かるんだね……」

 「はい、ぜんぶ、ぜんぶマビァさんのおかげなんですよ。マビァさんがこの街に来てくれていなかったら……。今日遺跡に入ってくれなかったら、なにもおきなかったんです。きっとサスティリア様がわたしたちの願いをかなえてくださったんです。マビァさんはわたしたちにとって、ほんとうの聖騎士だったんですよ」


 シャルの言葉に一層涙が溢れ出る。止めどない涙を拭っていると、ポンポンと頭を優しく叩かれた。

 顔を上げるとアリアとザンタがコニスとシャルに寄り添い、頭を撫でてくれていた。

 その瞳には涙を滲ませ、優しく微笑んで頷いてくれている。ふたりともエリンテルとは産まれた時からの付き合いだと言っていた。昨日アリアに慰められた時から分かっていた。きっとふたりもエリンテルの症状について悩んでいたのだろう。

 そのふたりの腕に手を添えて、「ありがとう……ありがとう……」と呟くコニス。ふたりはそれに応えてぎゅっと抱き締めてくれた。

 ふとマビァが気になり、顔を上げてそちらを見ると、カイエン侯爵達と話していたマビァがこちらの視線に気付いたのか振り向く。

 涙でグショグショで抱き合うコニス達にぎょっとしたマビァは、ふっと苦笑したあと、


 「良かったな」


 と、微笑んだ。

 その笑みはいつもの腹黒さや皮肉さなど一切感じさせない、こちらを本当に労る優しさが籠っていた。

 思わずコニスは胸を高鳴らせる。昂っている今の感情では理解できない何かが胸を締め付ける。

 正午に差し迫る高い日差しを受け、逆光の中微笑むマビァの顔に、グシャグシャな顔のまま精一杯の笑顔を返し、


 「はいっ!!」


 と、大きく返事をした。


 その直後、カラーン、カラーンと、鐘の音が大きく広く街に響き渡った。

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