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六日目 SIDEコニス もーっ! これ全部マビァさんのせいなんじゃない!?

 時系列は前回と同時進行くらいで、コニス寄りの三人称で物語は続きます。

 正午に近付き街の人口は爆増。大忙しのコニスに厄介事が……。

 コニスは苛ついていた。


 今日は朝から余所の街や村から来た国内の冒険者や、お隣のヨーグニル王国から来た冒険者達から問い詰められ続けているのである。

 やれSSランクとはなんだだの、やれマビァという冒険者を出せだの、やれバーンクロコダイルを十一頭も一度に相手にできるヤツがいるわけがないだのと、マビァに関することばかりだ。

 どうやらカレイセムの新聞二紙の情報が時間差で近隣の村や街、隣国へと流れて広まったせいなのだろう。

 こうなった原因はそもそもコニスにある。そのようなことなどすっかり忘れているようだが。

 マビァと会った初日に、『デイリーカレイセム』のクロエに調子に乗ってペラペラと喋ってしまったのを皮切りに、マビァのせいで仕事が急に増え過ぎて大変になった憂さ晴らしと、いつも上手くやり込められる腹いせにSSランクを押し付けた。しかしそれが新聞によって世間に広まり、まさかこんな形でしっぺ返しがくるとは思ってもいなかった。……というか自分のせいだなんて全く感じていない。


 さらに悪いことに『タブロイドカレイ』のハンセルが煽りに煽った大袈裟な記事が、余所の冒険者達の疑念に拍車をかける。

 あの記事は決して嘘は書かれていない。マビァの五割増しの美化と聖騎士云々はやり過ぎではあったが、内情を知っている者からすれば笑い話で済ませられる程度だ。

 まぁ彼の戦い方を初日から見てきたコニスでさえ、目の前で起きた戦闘が現実だったのかと疑うくらいなので、何も見ていない余所者が信じられないのは良く分かる。

 しかし、いくら信じられなくとも事実は事実としか言いようがないし、本人が今ここにいないのだから証明のしようもない。


 「今、マビァ氏はご領主様の要請により特別任務に就いていて不在です。帰還も未定ですので、申し訳ありませんが、ご要望にお応えできません」


 と、朝から何度も何度も同じことを言って群がる冒険者どもをあしらっている。


 今日はこのギルドに所属する上位ランカーの冒険者達が軒並み筋肉痛でダウンしてここにいないので、まだ良い方なのだろう。彼らはビビりでヘタレなクセに最初だけは威勢がいいのだ。

 後先考えずケンカを売り買いするものだから、以前は一般人にもかなり迷惑をかけていた。暴力沙汰にはなっていないのでまだ良いが、毎日のように苦情が届いていた。

 コニスの統率によりこの八ヶ月ほどで随分と改善されたのだが、今ここで騒ぎ立て横柄な態度でこちらの言い分を全否定している余所者達の姿を彼らが見ていれば、乱闘騒ぎになっていたかもしれない。そして一方的にこちらの冒険者達が負けていただろう。それだけカレイセムの冒険者は弱いのだが、一番の原因は『ヌーメリウスの鐘』の効果のせいだ。


 マビァから聞いた『ヌーメリウスの鐘』の効果による状態異常『恐怖』の発動。それは四日前にここの試験場でバーンクロコダイル相手に見せたラクスト大尉やケラル伍長、『黒い三連狩り』の三人の醜態が証明していた。

 しかし、コニスがここに赴任してから何度か立ち会った新人の実力検査でも、Eランク(現在はFランク)のキラーウルフ相手に誰もが似たような醜態を晒したので、別に不思議には思わなかった。


 コニス自身はどうかというと、元々戦闘には縁のない人生だし、生来怖いことが苦手だったりする。だから噂にだけは聞いていた『キマイリャの三つの歌声』には怯えた。耳に触れるだけで『恐怖』『麻痺』『気絶』の三段効果があるという歌声。そんなもの誰でも怯えて当然ではないか。

 そんな怖がりなコニスでも、先程上げた四日前の試験場での戦闘の場に、隅っこではあるが立っていられた。怯える軍人達や上級冒険者達には『鐘』の効果が覿面(てきめん)に現れている中で、コニス自身はそこまで恐れてはいなかったのだ。

 それはいざとなればマビァが守ってくれるだろうという安心感もあったのかもしれないが、『鐘』の効果と、その効果の対象外になり得る個人レベルの昇格者の話を聞いた後だと、納得できる話だ。

 多分『真実の愛の物語』をマスタークラスで修得した時点で、『鐘』の影響下から外れていたのだろうとコニスは認識を改める。


 スキルを修得したのが十一歳の時なので約五年前。先日キマイリャに怯えるまで平穏な日常では恐怖を感じることなどそんなになかった。あると言えばこの街で借りているアパートに大きな蛾が出て驚いたとか、街角で初見のクロブと出会(でくわ)して驚いて尻餅ついた程度のことで、恐怖の一歩手前で留まっていた。最も恐れているのは毎週のエリンテルとの対面で、それも毎度のことである程度は慣れているのでキマイリャのような恐怖の象徴みたいな魔獣と間近に接するのとは恐さの質が違っていた。


 つまり、スキル修得を境とした前後での平穏度の変化が余りにも乏しかったために、コニス自身周辺に起こる微細な変化には何も気付けなかったわけだ。そもそも『鐘』の効果は己の心が好戦的になった時のみに発動するのだという。日常で出会す恐怖とは全く別の発生源だ。


 十六年という短い人生を平穏に暮らしてきたコニスでも、怒りで人に暴力を振るいたいと感じたことは何度もある筈だし、末っ子ゆえに甘やかされて育ってきたと自覚があるから、幼い頃に己の思い通りにならない時に発した癇癪は人並み以上にあったのかもしれない。

 それでも、思い返してみてもそういった時に『恐怖』を感じたかと言われれば全く思い出せない。

 もしかしたら『鐘』による『恐怖』の効果はすぐに忘れてしまうのでは? それならヘタレな冒険者達が怒りに任せて喧嘩を売り、『恐怖』ですぐに尻込みするくせに、反省や後悔もなく同じことを何度も繰り返すという事象に説明が付く。しかし、もしそうだとしても現状『鐘』の影響下に無いらしいコニスはそれを証明する術がない。

 同じような言い掛かりをしてくる来訪者たちに、ほぼ無意識の自動対応で応えながら思考を巡らし、ここ数日の急激な変化や集まる情報を精査して現状の認識に至る。

 

 

 ギルドのロビーに来ている余所の冒険者達の目的は『ワニ肉祭り』なので、今はただの暇潰しなのだろう。最近騒がしいカレイセムに現れたSSランカーのマビァを、どれほどのものか見定めてやろうとここで待っているようだが、それもわずか十数名。残りは飽きたのか街へと散っていった。

 正午になれば残った者達も肉料理を求めて出ていく。あと三十分もすれば静かになるだろうと楽観していたのだが、またもや想定外の事態が起きた。


 兵士らしき四人を連れた二十歳前後に見える男が入り口からまっすぐこちらに歩いてきた。

 撫で肩で手足も細く、まだ若いのに腹が出ている。オシャレだと思っているのかサラサラ金髪をおかっぱにし毛先を内側に巻いているのだが、まぁまぁの醜男(ぶおとこ)な面相にはひとつも似合っていないどころか、滑稽さが引き立っている。

 脚が悪いわけでもなさそうなのに高級そうなステッキを携えている。男の身形が良いので貴族かもしれない。お付きの兵士の装備に見覚えがなく、胸のエンブレムがドライクル王国のものではなかった。

 近づくにつれそれがヨーグニル王国のものだと判明する。ということは隣国ヨーグニルからの使者か? ならば下手な対応はできない。そう判断したコニスは表情には出さずに同僚の受付嬢達を下がらせて、笑顔で男を迎える。

 同時にコニスのスキル『真実の愛の物語』がその男に対し自動的に発動した。顔絵は男の表情と同じようにムスッと怒っており、初対面なのに『好感度グラフ』の光点が左下窓へと進んでいる。コニスを小娘と見下している時に表れるパターンである。


 「冒険者ギルドカレイセム支部へようこそ! どういったご用向きでしょう?」

 「ふん、ここカレイセムにこちらの領主が滞在していると聞いて来たのだが、役所がどこも休業していてここに来た。ここも国が経営しているのだろう? 今どこにいるのか分からんのかね。まったくたらい回しもいいところだ」


 (うあー……。この人わたしと全然相性が合わないタイプの人だ)


 と、顔に出さずにコニスは思った。

 初対面で見下してくるし、名乗りもせずにこの領地の最高権力者の居場所を聞くし。他国のお貴族様なのだろうが礼儀がなっていなさ過ぎる。自分の領地内と同じように外国でも振る舞えると思っているのだろうか? とはいえ相手を怒らせると碌なことにならない。こちらは平民なので無難に対応しておこうと下からご機嫌を伺う。


 「確かにカイエン侯爵閣下は、昨日この街に入られたと伺っております。しかし残念ながら当方には今日の予定は伝わってきておりません。どこかに視察に出かけておられるのでなければ、その後は軍の駐屯基地に戻られるのかと思われます。もし差し支えなければ、使いの者を出して捜させます。その間、当施設でお待ちいただくこともできますが、いかが致しましょう?」


 もちろんコニスは現在カイエン侯爵がいるであろう場所は知っている。当初の予定では例の作戦はもう終わってていい筈だ。何も問題なければそろそろ一行は帰ってくる。そんな確信を与えてくれるのはマビァがその一行に参加しているからだった。


 (あの人は腹立たしいことも多いけど、今日までの実績は凄まじいとしか言いようがないですもんね)


 マビァには散々おちょくられ振り回されていたが、仕事は過剰なほどに成果を上げている。

 コニスが日頃楽しんでいる『明るく楽しいギルド運営ゲーム』が暴走と言っていいほどの加速で進行していた。あまりの暴れ馬っぷりなので、まったく制御できていないためマビァに腹を立てることが多いのだが、マビァへの信頼感は絶対的なものになっていた。コニスの無意識下で……。


 「これ以上待たせるというのか! 昨日はわざわざ領主の城まで出向いてやったというのに、侯爵だかなんだか知らんが辺境で最弱の民族国家のクセに偉そうに。貴様じゃ話にならん。ここの責任者を出せ!」


 ステッキの柄でカウンターをガンガンと打つ男。


 (やだなぁ、わたしの役職を名乗ったら絶対にバカにされるのが目に見えてるのに……)


 さっきから男の『好感度グラフ』の光点が、左下の窓でぐんぐんと左下へと伸びていっている。こんな男に好感が持てる部分など一ミリもないし好かれたいとも思わないが、初対面でここまで嫌われるのは非常に腹立たしい。


 「これは申し遅れてしまい大変失礼致しました。わたくしが現時点での当施設の責任者であり、サブマスターを務めさせていただいております、コニス・ラングと申します。現在ギルドマスターは王都への出張のため不在でして、わたくしでよろしければお話をお伺いさせていただきますが……」


 と、なるべく丁寧に言ってみたのだが、やはり男は激昂した。


 「あぁ? 貴様のような小娘がサブマスターで現責任者だと?! まったくこの国はどうなってるんだ! あのふざけた新聞記事といい此度の案件といいバカげたことばかりじゃないか! 外国との嫁入り婿取りで国を守ろうという、軟弱で小賢しいことばかりする人種は何を考えているのか分からんな。そんな国だと子供でもサブマスターが務まるとは呆れ返るばかりだ」


 男の大声に周囲の職員や冒険者達がザワつく。特にコニスに協力的な男達が、コニスに対する男の態度に怒りだし、殺気を放ち始めた。

 「なんだとコラァ!?」だの「俺らをバカにしてんのかぁ!?」だのと怒声がいくつも上がり、冒険者達が詰め寄って行く。

 男の護衛達も状況の急変に周囲を警戒し、剣の柄に手を添える。しかし多勢に無勢、怯み抜剣する者は居なかった。男も姿勢さえ変えないが、目が少し泳ぎだした。


 今ここのロビーと食堂にいる人口の中で、カレイセム所属の冒険者と職員の割合が三割ほど。肉祭り目当てに近くの村や街から集まったドライクル人の冒険者達が五割を占め、ヨーグニルから来た冒険者達はほとんどがもう街へと繰り出し、この男達を含めても二割と残っていない。

 つまりドライクル人とヨーグニル人の割合が八対二ぐらいの中で、ドライクル王国やカイエン侯爵とコニスをバカにしたのだ。いくら臆病で戦い慣れないドライクル人とはいえ、当然怒りを覚えるし、この人数差で強気にならないわけがない。

 男達を睨み、周囲を取り囲んだドライクル人達がじわりと踏み出そうとしたその時、カウンター越しに静かに男を見据えるコニスが、すっと軽く手を上げた。それだけでドライクル人達の注意がコニスへと移り、殺気が和らぐ。


 「ヨーグニル王国のお貴族様とお見受け致します。よろしければお名前をお聞かせ下さいませ。此度の案件と仰いましたが、何らかの苦情なのでしょうか?」


 周囲の怒りと緊迫した空気をものともせず、冷静に語りかけてくるコニスに男とその護衛達は少したじろいだ。成人未満に見える小柄な小娘が、わずかな所作で周囲の怒りを和らげ、他国の貴族相手に気後れすることなく平然としているのだ。異質に感じてもおかしくはないだろう。


 「そ、その通りだ。私はカッセル・ウェン・カスピス。ヨーグニル王国、カスピス子爵家の者だ。此度の対岸の火事と、それによると思しきバーンクロコダイルのこちら側への大量移動の報告を受け、詳細の確認と場合によっては賠償責任を問うために私が派遣されたのだ。なにしろこちらから得られる情報の大半が、あのふざけた新聞二社分だけなのだからな」


 カッセルはそのままの流れで、こちらへの愚痴や悪口に移行しそうだ。しかしその迂闊な発言にコニスは呆れ返った。


 (この人、どこまで頭が悪いんだろう?)


 普通であれば隣国の街に間者を忍び込ませるのは常識であり、その様な者が新聞記事で読んだ情報だけを母国に送るわけがない。となれば、この男はその情報が与えられる立場にない。そう自ら発言してみせるほどの愚か者なのだ。そしてそんな者がカスピス子爵家の名代としてこちらに来ているわけがない。

 本来、自国他国に限らず領主との面会を求めるならば、何日も前に面会希望のお伺いを立てるのが常識だ。これは爵位の上下に拘わらず、面会したい側が相手の都合の良い日時を伺い、双方同意の上で面会が成立する。此度のように突然領主の城を訪問し、不在なら出張先まで追いかけるなどという無礼で愚かな行為を行う貴族などいる筈がない。


 疑り深い者であれば、このカッセルという男がわざと阿呆の真似をして、事を有利に運ぼうとしているのかもしれないと警戒するのかもしれないが、コニスにその必要はない。彼女のスキルによって、カッセルの感情の有り様が十分に把握できているからだ。

 コニスの前では嘘や隠し事はとても難しい。何故かマビァには翻弄されっぱなしだが、このカッセルは心の声をそのまま発言するような粗忽者で、とても解りやすかった。

 なぜ国軍の兵士が四人も護衛としてこんな男に就いているのか解らないが、どんな阿呆でも相手が貴族である以上、ぞんざいに扱うわけにはいかない。そんな男を不快に感じつつ、コニスは、


 (カッセル・ウェン・カスピス……カスカスさんですね。お似合いの名前です)


 と、腹いせ混じりに心の中だけで呼ぶ蔑称を頭の隅で男に名付けながら、カスピス子爵についての記憶を引っ張り出す。

 コニスはさすが職業訓練校を首席で卒業しただけのことはあり、大陸全土にある全国家の各領地名と、そこを管理する貴族の名前とその家族構成もすべて把握している。カスピス子爵の領地はすぐそこ。ダムラス川を挟んで南にあるのがそうで、カレイセムと同じく国境沿いにある小さな地域だ。


 その大きさは侯爵領地であるルーリライアス領と比べるまでもなく、カレイセム市と同程度しかなかった。

 特産品も川を挟んですぐなので生育地も似か寄りそうなものなのだが、川より北が針葉樹の大森林で林業や材木の流通で大きく発展したカレイセムとは違い、南側は灌木の林のみで、観賞用の苗木を品種改良して流通しているだけなので、金持ちの領地ではなかった。

 さらにカスピス子爵家は、四百年ほど前にヨーグニル王国建国以前の民族がドライクル王国へと攻めいった時の下位将校を始祖とする家系だった。

 ヨーグニル王国建国の際にドライクル王国への侵攻を強行した上位将校は処刑され、下位将校は責任は問われずともその能力は買われ、下級貴族として叙爵した。しかし所詮下位貴族、国土の隅の狭い領地を授かりはしたが、僻地に追いやられたも同然。もう国営に加担するなと言われたようなものであった。

 ドライクル侵攻戦での敗退、無様な下位貴族への叙爵。さらに近隣ながらもルーリライアス領との貧富の差。自然と妬み嫉みが生まれ子孫代々受け継がれ、恨みとして今尚、ドライクル側を罵り蔑む。

 それがコニスが学んだカスピス子爵家の歴史だった。


 (カスカスさんはたしか、継承権第五位だった筈。聞く限り家長の名代でもなさそうですし、勇み足ってところですかね? もしかしたら継承権剥奪の危機だったりして? ザマァないですうぷぷ)


 昨日の昼に馬車でこちらへと入国。数時間かけてルーリライアス城へ赴くも領主不在でカレイセムへ。夕刻に到着し、宿を捜すもどこにも空きがなく、高いプライドからテント屋には泊まれずに、渡し船で一度帰国し対岸の宿場町で一泊。翌朝、領主を探してカレイセムの市庁舎と駐屯基地を訪れるも、市庁舎は休業で駐屯基地には不在。そして現在に至る……と、こちらを罵りながら喚くカスカスの言い分を心の中で嗤いながら、適当に相槌を打ち聞き流すコニス。


 (もしカイエン侯爵様が不在でなかったとして、アポ無しの面会が成立したのかは分かんないけど、ここまでタイミングが悪く、動き回った挙げ句に何の成果も得られない人は珍しいなぁ。マビァさんなんてちょっと動き回る度に多過ぎるほどに何かを持って帰ってくるのに)


 昨日のマビァのギルドタグ更新の時に見た、忙しなくチャカチャカと動き回るマビァの動線を思い出し、思わず吹き出しそうになるのを堪えて、顔だけは平静を保つ。


 さて、どうしようかと超高速で状況を整理するコニス。


 そもそもあの火災はウェルゾニア商会と、そこに雇われたマビァが引き起こした事件で、当時マビァはまだ冒険者ギルドに所属していなかったわけだし、冒険者ギルドが仕事を仲介したわけでもない。

 そういった事情もすべて二社の新聞によって(つまび)らかになっているのだが、その時すでにマビァは冒険者ギルド所属のSSランカーになっていたというのが世間の常識になっているらしい。

 まぁ、まとめて全部が三日前の昼過ぎから夕方までのわずかな間に起こった出来事なのだから、翌日紙面だけで情報を得た者は勘違いしても仕方がないだろう。時系列で体感していないのだから。


 つまり、ここで「冒険者ギルドは関わっていない」とカスカスに言ったとしても通用しないだろう。言い逃れをしていると思われて、また怒らせるだけだ。


 主犯になり得る者が居るとするなら、やっぱりウェルゾニアか? その商才から鑑みるに彼なら交渉はお手の物だろう。まるっと任せても大丈夫そうだが、彼は今まさに始まろうとしている『ワニ肉祭り』の主催者である。新聞に書かれていたタイムテーブルにはイベント開始の挨拶などは無かったので、現在の居場所を特定しにくい。いくら派手な風貌ばかりする人物とはいえ、人で溢れかえる街中で彼一人を見つけて連れてこられるのだろうか?


 いやしかし、この『ワニ肉祭り』の企画の発案はマビァだと聞いている。そもそもあのふたりが出会わなければ、東の沼の火災やワニの大量討伐は起こり得なかった。となれば主犯はこのふたりと捉えられる場合もありそうだ。

 マビァとウェルゾニアは仲が良さそうだったが、窮地の際にウェルゾニアがマビァを切り捨てないとも限らない。従業員を千人以上抱えている商会の会長なら、まずは商会と従業員の存続と安全を望む筈だ。二~三日雇った流れ者など切り捨てて当たり前なのだ。以前から『タブロイドカレイ』で何度も書かれていた彼の人物像ならきっとそうするだろう。

 しかし今のコニスはあの新聞が真実だけを書いていないことを知っている。つまり、コニス自身がウェルゾニアについて何も知っていないも同然なのだ。

 となれば、もしウェルゾニアがマビァに責任を押し付け切り捨てでもしたら、マビァが矢面に立つことになる。それだけは絶対に避けたい。


 やはりこの案件は、そのまま領主のカイエン侯爵に任せた方がいいのだろうか?


 彼とは面識があるとは言い切れない程度で、一言言葉を交わしたことがあるだけだ。

 コニスが冒険者ギルドの幹部候補試験に合格し、赴任先がカレイセムに決まって初勤務の一週間前に、ルーリライアス領内すべての公務員(冒険者・商業ギルド、市庁舎職員など)と各ギルドや民間銀行の新規採用者が領主城に集められ、『就任式』が行われた。

 領主城の講堂に集められた新規採用者は約六百人。ルーリライアス領の三都市、カレイセム、サラドセム、タンサセムにそれぞれ就職する新人が一同に会しているわけだ。

 その全員に対し、カイエン侯爵はひとりひとり対面で、公務員専用のカードを渡しながら奨励してくれた。

 コニスも、


 「その若さでサブマスターに就任か。優秀な職員が増えるのは喜ばしいことだ。活躍を期待する」


 と、励まされたのだが、緊張のあまりに、


 「は、はい!」


 としか答えられなかった。

 カイエン侯爵は小さい頃から憧れていた騎士だったので、会えたことに感激し過ぎて上手に挨拶できなかったのが今でも悔やまれてならない。

 今回の件でもコニスはまだ本人に会えていなかった。しかし会えたところでコニスは大勢いた新人のひとりでしかない。覚えてもらえているなんて期待はしていなかった。

 それに、昨日の今日で強引とも言える計画で進められた古代文明の遺跡への突入作戦。勝算はあってのことだろうが、彼に対する認識を改めざるを得なかった。


 さて、今回のカスカスが面会を求めているのがそのカイエン侯爵なのであるが、三日前の火災の時点ではウェルゾニア商会の計画はカイエン侯爵の耳にはまだ届いていなかった筈だ。今でこそすべて把握してくれているだろうが、責任の所在が当時のカイエン侯爵にあるかと言われれば、やはり彼に責任があるとは思えない。


 いくら飛ぶ鳥を落とす勢いで事業を拡大し、カレイセムの経済発展に貢献しているウェルゾニア商会とはいえ、ルーリライアス領内に多くある商会のひとつでしかない。

 そのウェルゾニア商会とマビァの暴走をカイエン侯爵は守ってくれるのだろうか? 場合によっては直接ウェルゾニアがカスカスと交渉した方がいいのかもしれない。


 あとはマビァ…………。あの人はダメだ。相手が貴族だろうが他国の者だろうが、カスカスのようなタイプの人間は最も嫌う筈だ。だとしたらカスカスを煽るだけ煽って怒らせた挙げ句に先に手を出させ、力ずくでねじ伏せるという下衆な手口を使うに違いない。彼をカスカスと会わせないのが一番だろう。下手をすればヨーグニル王国との間に軋轢が生まれかねない。


 というのがコニスの出した答えだ。


 結論『マビァ、ダメ、絶対!』


 コニスはカレイセムに赴任してまだ一年足らずだ。カイエン侯爵やウェルゾニアついて知らないことが多過ぎた。実は『ウェルゾニア』は偽名で、二人が兄弟であることを当然コニスは知るわけがないし、二人の人間性についても『タブロイドカレイ』などによって誤解していることも多い。だから明確な答えが出せずにいた。

 しかしマビァに対しては、それなりに短くとも濃いやり取りをしてきたし、嫌いな人間にする対応が単純で読みやすいのであっさりと答えが出た。

 他国の貴族相手に自分にできることは少ない。せめてマビァがブチキレる前に引き離すことだけ考えよう。と、コニスは心に強く誓った。

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