初日 冒険者ギルド
ウェルゾニアと会った場所から暫く進むと、大きく開けた場所に出る。他の場所と同じく、木や花壇が程よくあり、ベンチやテーブル、ゴミ箱なんかもあちこちにある。
朝から晩まで寛げる様に出来ており、この街を造った者の心のゆとりを感じさせるような広場だった。
中央には何かの記念碑と背の高い装飾された四角い大理石の柱が立っていて先の方が尖っている。目立つので待ち合わせなんかにも使えそうだ。
ぐるりと見渡すと明るい建物が目につく。看板の『冒険者ギルド』の文字が明るく照され、入口の脇には『昼夜問わず営業中』の看板がぶら下がっている。
「やっと着いたー!」
やっとの思いで冒険者ギルドの前に辿り着いた俺は、迷わずに入口を目指す。元の世界から体感時間では1日以上動きっぱなしなので、かなり疲れている。
プレイヤーの所で目が覚めた時には、腹の傷も消えていたので、もしかしたら疲れも癒してくれていたのかもしれないが、ここで目覚めた時と合わせても『寝て起きた』感覚ではなく『気絶して覚醒した』感じしかしないので、俺的には結構クタクタだ。早く終ればいいけどな。
扉を開くとカランコロンとベルが鳴る。元の世界のハンターギルドと同じ様に食堂も併設してあり、冒険者と見られる何人かがチラリとこちらを見た後、また談話を続けていた。
正面に受付カウンターがあり係りの女の子が二人座っている。左の奥には戦利品の査定をする場所かな? 広めのテーブルがあるが今は人がいない。
「こんばんは。俺、冒険者ギルドに加入したいんだけど、ここでいいのかな?」
「はい、こちらで受け付けておりますよ。ではこちらの用紙にご記入お願いします」
受付さんは営業スマイルで対応してくれる。
俺より年下かな? 小柄でショートカットの毛先がくるんと回ってて彼女の可愛らしさを引き立てる。
用紙を見ると、名前、性別、年、住所、なりたい希望のクラス、獣使い能力の有無などがあり、書ける場所だけ書いていく。
冒険者もハンター同様に食い積めたヤツだってなるんだろうから、住所は書かなくていいよな。クラスってなんだ? 分からないので聞いてみる。
「クラスは得意とする技能や戦闘スタイルによって決まります。貴方の場合は見たところ、剣と盾を使って戦う、一番オーソドックスなスタイルの戦士で宜しいのではないでしょうか」
なるほど、元世界と一緒なら都合がいい。そのままでいこう。獣使いは使役できるかどうかだろうから✕を付け、こんなもんだろと提出する。
「はい、マビァさんですね。それでは奥で実力検査を行いますのでそちらの扉から入って下さい」
「実力検査?」
「はい、試験の合否によって飛び級で高いランクからか、最低ランクからのスタートかを決めます。
最低の場合はFランクからで、受けられる依頼も幅が狭く簡単で報酬額が安いものだけに限られます」
ほ~。Fからのスタートなんだ。ハンターギルドみたいに+や++はないのかな?
「試験官は? 誰かと闘うのか?」
「試験の担当官がジェムを使った魔法で、魔獣の幻影を作り出しますので、それと戦って戴きます。勝ち抜く度に上級でスタートできますので、頑張って下さいね」
見事な営業スマイルだ。期待されていないの丸わかりだけど。
俺は「わかった」と言い、扉を開いて入る。
少し長めの通路を抜けると闘技場の様な円形の広間に出た。
少し高めの塀でぐるりと囲まれており、そこから上は透明の膜のような物で半球状にすっぽりと覆われている。
見回していると、先程の受付さんと試験官らしきおっさんが塀の上に来て、演壇の様な場所に立つ。
受付さんは箱を持っていて、中からジェムらしき物を取り出し、おっさんに渡す。
「それではEランク昇級試験を始めます。マビァさん、その中での魔獣の攻撃は、当たると強い痺れを感じますが命に別状ありませんので、思い切って戦ってみてください」
「はい、分かりました。宜しくお願いします」
一応礼儀正しくしておく。年上だし試験官に悪い印象与えるだけ損だしな。
剣を抜き盾を構えると、青白い光が飛んできて目の前に半透明の魔獣が現れた。
中型の犬みたいなヤツかな? 俺の世界の最弱ハンターが狩る灰色オオカミよりも随分小さい。
少し前に防衛戦で倒したダイアウルフは全長二メートル近いから、こんなの雑魚中の雑魚にしか見えない。
いやまてよ? さっき門で会った親子のオヤジがジェムを持つ魔獣は特殊な能力を持つみたいなこと言ってたな。少し様子を見るか。
俺は構えを解き、向かってくる犬を避ける。向きを変えてこちらに向かいキャンキャン吠える犬。
飛びかかって来るのを三回四回と殆ど動かずに避けるが犬の動きに変化はなく、再度キャンキャン吠えられて少しイラッとしたので、突っ込んで来たところを盾で思い切りぶん殴った。
それだけで犬は消える。
……弱すぎるじゃねーか!
驚いてこちらを見ているおっさんと受付さん。
受付さんなんて「……そんな……」なんて呟いてる。なんか腹が立ったので言ってやった。
「これのどこが試験だよ! 近所の子犬虐めたみたいで後味悪いわ!」
「そんな、あれは群を成すと手を付けられないキラーウルフですよ! 単体でもFランクの冒険者一人ではまず勝てません!」
真剣に反論する受付さん。おっさんの方も馬鹿にされたと思ったのかぷるぷる震えている。
この世界がそうなのか、この国だけなのか、兵士も弱そうな事を言っていたし、全体的に弱いのか?
大体キラーウルフってなんだよ。名前負けもいいところじゃないか。
「いいから次出せよ、今度は腑抜けたのを出すなよ」
もう礼儀なんて忘れて、俺が挑発するとおっさんも乗ってきた。受付さんの箱からジェムをひとつガシッと掴み掲げ上げ、魔力を込め始める。
受付さんは「ああ?! それは……!」と、おっさんを止めたくても止められないって感じだ。
「よかろう! ふたつ飛ばしてBランク試験だ! 出でよコカトリス!!」
コカトリスだと? 元の世界じゃBランク以上じゃないと危険なヤツだ。俺は今度こそ真剣に構える。
しかし現れたのは普通の三倍くらい大きな鶏で、尻尾にほっそい蛇がにょろにょろしている。
ちなみに元の世界のコカトリスは、嘴から尻尾の先の蛇の頭までまっすぐにして測ると十メートルを超え、蛇の尾は直径三十センチは超える巨体だ。
Cランクハンターなら遭遇したら全滅を覚悟しなければならない程の魔物なのだが、こんなショボい家畜と同じ名前を持つのが腹立たしい。
「クケェー!!」
と、景気よくバサバサやりながら走って来る鶏。
俺はまた肩の力を落とし構えを解いて、鶏の攻撃を動かずに避けると同時に、まず左足で首を踏みつけ、右足で蛇を踏みつけると鶏は消えた。
「ああっ!!」
と、叫ぶおっさんと受付さん。
「ああっ!!っじゃねーよ!! 強いの出せって言っただろ。弱くなってどーすんだ! それに何処がコカトリスだよ。ただの家畜じゃねーか!」
……なんかもうバカらしくなってきた。戦いよりも怒鳴る方に力が入ってて喉が痛いのが腹立たしい。
「うぬぬ! 我らギルドの精鋭が何人も石化の犠牲になり三時間もかけて討伐したコカトリスを……!」
「三時間て、どーゆー戦い方したらそんなに時間かかるんだよ。それより犠牲が石化だけなら治癒する方法くらいこの国にもあるだろーが。死者が出なくて何よりだよ……。」
疲れたので怒鳴らずに普通に喋る俺。
こちらの言うことを聞いていないのかおっさんと受付さんは動揺しっぱなしだ。
「こうなったら取って置きを出すぞ! コニス君、アレを出したまえ!」
「ええっ?! アレはさすがに持ってきていないですよ。使うと思うわけないじゃないですか! 鍵付きの展示ケースに入れたままですよ!」
受付さん、コニスって名前なんだ。しかしコイツら間抜けな悪の首領とその子分1みたいなやり取りだなぁ。と、疲れたので胡座をかいて欠伸をしながら、このグダグタ感が収まるのを待つ。
なんかも~オチ見えてんだから、早くしてくれんかな。
ふーっ、ふーっ、と息も荒く興奮冷めやらぬ感じで俺を睨み付けるおっさんだが、俺何も悪くないよね?
そうしている内にコニスは一抱えはある包みを持ってきておっさんに渡す。
おっさんはニイィと口角を上げ、益々悪役面になって俺を見下す。
「待たせたな。かつて我らの英雄である御方が仲間と共に討ち果たしたという伝説の魔獣だ! 精々吠え面をかくがいい!」
「へっ。そう言われると少しは楽しみだ。期待を裏切んなよ」
重い腰を上げて少し身体を動かす。さすがにコイツらの基準が弱過ぎても、伝説級ともなれば少なくともバーンクロコダイルより弱いって事はないだろう。
ようやくおっさんも余裕を取り戻し、堂々と立って魔力を込める。
「出でよ! 伝説の魔獣、キマイリャよ!」
なに?! キマイラだと? …………ん? リャ?
目の前に現れたのは五メートルを超える巨体の、獅子の頭と山羊の頭をふたつ持ち、尾は大蛇というキマイラそのものの姿だった。
ただ元の世界ならもっと大きいし、Aランクの獲物なので俺にはとても敵わないのだが、なんか迫力がない。なんか丸っこいし獅子の顔が仔猫の様に可愛いからか?
俺が構えると、キマイリャも立ち上がり息を吸い込む。そして……。
「ら~~~~♪」
と、低い声で歌い出した。
「ふはははっ。キマイリャの歌声は、聴くとひとつ目で恐怖に震え、二つ目で全身が麻痺し、三つ目で気絶に追い込むという恐怖の旋律だ! これは試験だから死にはしないが、心の芯まで恐怖を叩き込んでやる」
『恐怖』の状態異状効果か? 二つ目に『麻痺』で三つ目の『気絶』は知らないが、何にしても俺は耐性もないし、護符もない。
ん? 護符はあるにはあるが、ゴブリンロードの戦利品に『完全耐性』があるわけないので、多少の耐性は関係ないだろう。しかしキマイラに歌声の状態異常攻撃があるなんて聞いたこともない。
元の世界のキマイラは獅子の頭と身体を使った俊敏で獰猛な物理攻撃で前衛ハンターを蹴散らし、山羊頭は様々な攻撃魔法を唱えて遠中距離にもダメージを与え、蛇の尾は猛毒、石化のブレスを吐き散らす。
これらの攻撃を同時に行えるのだから、『攻撃は最大の防御』を体現しているような魔物だと聞いた。
勿論俺達Cランクパーティは、そんな危険な魔物に遭遇したこともない。
おっさん達の方を見ると二人して耳を塞いでしゃがみこみガタガタ震えている。
いや、状態異状攻撃が耳を塞ぐなんてお手軽な方法で防げるのなら何も苦労はしないんだが。
獅子の歌声の響く中、続いて山羊頭が歌い出す。
「ら~~~~♪」
獅子より高い音程で響く歌声。俺の体調にはやはり異状は感じられない。
獅子がテノールなら山羊はアルトと言った具合か? って事はまさか……。
「ら~~~~♪」
続いて歌い出す蛇のソプラノボイスにガックリと肩を落とす俺。
見事なハーモニーを奏でる魔獣なだけで、状態異状攻撃らしきものは何も感じない。
コイツ見かけだけ怖いけど、実は無害なんじゃないか?
全然攻撃してこないし。……もう終らせていいか。
ここまでの冒険者ギルドのあまりの肩透かしっぷりに少々怒りが込み上げて来た俺は、鬱憤晴らしに一発強めに撃ち込む事にした。
「もうええわーっ!!」
激しいツッコミ代わりに片手剣突進スキル『ライトニングシュート』を叩き込む。
赤く光る光線の様に突き進み、キマイリャの身体を貫いて幻はあっさりと消滅した。
技後の硬直が解けて立ち上がり、おっさんとコニスの方を見ると、床に手をついて茫然とこちらを見下ろしていた。
「もういいよな。で、俺は合格か? 何ランクからスタートなんだ?」
剣を鞘にしまい込みながら、俺は質問するが返事はない。
やれやれと肩を竦め、俺は入って来た通路を戻ることにした。
次回は5月17日(日)正午に更新予定です。
また読んで戴けると嬉しく思います。