六日目 SIDEロージル サミュエルさんに相談します ②
「まずはローちゃん、貴女が自分の魅力を正しく理解する必要があるわね」
「わたくしの魅力ですか?」
サミュエルさんの指摘にわたくしは首を捻ります。わたくしにはコニスのような可愛らしさもありませんし、イルマや姉さんのような大人の女性の魅力も無いように思えます。
「ほら、そのキョトンとした仕草だけでも大抵の男はメロメロになるわよ」
「ええ!?」
サミュエルさんが突然わけの分からないことを言い出しました。ただ首を傾げただけなのに、なぜそう思われるのか全然解りません。
「イルマに紹介されて初めて貴女に会った時から危うさを感じてたのよねぇ。会話の端々で見せる仕草が天然なのか狙ってなのか、男タラシの匂いがしてたのよ」
「お、おおお、男タラシ!? わたくしが!?」
「そうだったの? サミィあの頃そんなこと言ってなかったじゃない」
「だってあの頃のイルマってけっこう嫉妬深かったじゃない。そんな時にローちゃんがタラシだなんて言ったら、貴女達の仲が壊れちゃう可能性があったから黙ってたのよ」
「あたしがロージルに嫉妬!? するかなぁ~……。あーー……あの頃ならしてたかも?」
「するの!?」
突然の男タラシ認定に驚くわたくしを放っておいて、二人は話を進めます。これが姉さんの言っていた『放置プレイ』というものなのでしょうか?
イルマは顔を赤らめてこちらをチラチラと見たあと、わたくしに嫉妬してたかもと言い出しました。
「わたくし、イルマからサミュエルさんを奪うような真似なんてしないわよ。どうしてそんな話になるのよ!」
「落ち着きなさいローちゃん。問題はね、『貴女がどう思うか』じゃなくて、『相手にどう思われるか』なのよ。さっきのマビァくんやカンタルさんの話でもそうだったでしょう? 貴女が何気なく受け答えしたつもりでも、その時の貴女の仕草や表情で、言葉の裏に真の意味があるのではと思わせてしまっているの。
それに『誰に言われたか』でも全然変わってくるわね。例えば私やイルマがローちゃんと同じ言葉をマビァくん達に返していたとしたら、言葉通りに受け取られていた筈よ。私達は彼らの恋愛対象ではないから、言葉の裏なんて探られたりしないものね。
問題なのはローちゃんの場合は、ローちゃんを恋愛対象外だと思っていた男も、貴女が無意識にその気にさせてしまってるってことね。心当たりがあるんじゃない?」
そう言われて新たに数人の男性ギルド職員や男性冒険者達の顔と、彼らとの会話の途中でなんらかのお誘いを受けた時の記憶が再生されます。
それと同時にマビァさんとガラムさんとの三人で『キィマ』でカレーを食べた時の記憶も再生されます。
あのあと、マビァさんからも『お色気たっぷりで、ガラムさんを悩殺するつもりかと思った』と言われました。昨日、その時のガラムさんの気持ちをマビァさん伝で聞いたのですが、やはりわたくしが誘惑しようとしていたように感じられていたそうなのです。
これだけの実例を改めて見せられれば、わたくしの言葉通りの本心はそのまま伝わってはいなかったようです。わたくしは普通に受け答えしていただけなのですが、何故か想定外の形で相手に誘って欲しそうにしていた、と認識されているようなのです。
……ガラムさんにだけは、こちらから『誘ってほしい』という気持ちを込めてお話していたのですが、それもわたくしが意識せずしていた表情や仕草で誤解させてしまったのでしょう。受け流されてしまいました……。
いえ、今となってはそれで良かったのでしょう。あれからガラムさんにお会いできていないことで、わたくしのアレをお見せせずに済んでいるのですから。
まだ確信は持てませんが、これだけの状況証拠を見せつけられると認めざるを得ません。わたくしの態度が相手に誤解させていたのでしょう。
「はい……。いくつかありますわ」
わたくしが認めると、サミュエルさんは頷きました。
「ローちゃん、貴女はね、男から見たらとても魅力的な女性なの。二十二歳って結婚しててもおかしくない年齢なのに、男の気配を感じさせないし、スレた感じがなくて純真だし、誰とでも明るくお話できるでしょう? 貴女の近くにいる独身男性はみんな貴女のことを狙っている筈よ」
「だから初めてあんたがアレになった時に、男職員どもがあんたに群がったんだよ。みんなあんたが自分を誘惑してると感じたんだろうね。あんなに怖い目にあったってのに、あんたはなーんにも変わってないんだからさ」
そう言ってイルマは今朝のわたくしの様子をサミュエルさんに話します。
裸にバスローブだけを纏って玄関から出ようとしたこと。寝室のカーテンを開けたまま着替えをしていたこと。毎日下着姿でベランダに出て髪を魔術で乾かしていたこと。その時、周辺の窓や部屋からこちらを覗き見る多くの視線や気配を感じたこと。着ていた下着や寝間着が殿方の欲情を煽り、わたくしの身体をよりいやらしく見せる物だったこと……。
サミュエルさんはあらあらまあまあと聞いていました。
わたくしも改めて自分の行動を人から語られると、その迂闊さに不安になってきました。誰かに見られていたのが事実なら、もう恥ずかしくて同じ真似をしようなんて思えません。下着や寝間着もシルクやレースの可愛い物ではなく、子供の頃に着ていたようなコットンで飾り気のない物に戻した方が良いのかもしれません。あ、いえ、なんで誰かに見られる前提で考えているのでしょう? わたくしとても混乱しているみたいです。
「それでねロージル、なんでマビァくんがあたしにその話をしたのかというとね、もしこの先ガラムさんとお付き合いすることになったとしても、あんたが今のままなら、ガラムさんと一緒にいる時でも、他の男と普通に会話する度に無意識にタラシ込むんじゃないかって心配してるんだよ。あんたにその気がなくても彼氏の前で彼女が他の男を次々とタラシ込んでたりしたら、さすがにガラムさんもいい気がしないだろう?」
そう言われてわたくしはハッとしました。マビァさんにはガラムさんとのことで色々と手を尽くして下さっていますのに、わたくしが全く気付いていなかった無意識での男タラシにいち早く気付き、先のことまで考えてくれていたなんて……。
まだ四日ほどのお付き合いですのに、お世話になり過ぎてますわ。
「……マビァさんには感謝なければなりませんね」
「いや、それは別にいーだろ。確かにあたしも色々と気付かせてくれたからありがたい面もあるが、他のアレコレのやらかしが多過ぎだ。プラマイでマイナス気味だから、あたしは礼なんて言わないからね」
「もう! イルマったら」
イルマの言い様に呆れますが、気持ちは分からなくもありません。
マビァさんがこの街に来てから動き出した改革のせいで、私達ギルド事務員は毎日大忙しなのです。正直なところ、今日わたくし達二人は休んでいる場合では無かったのですけれど、わたくしは昨日大量出血して不調なのと、いつアレになるか分からない危うさから休まざるを得なかったのですし、そんなわたくしがアレになった時に守れる適任者がイルマしかいなかったので、無理を言って二人同時に休むことになったわけです。
さらに今日の『ワニ肉祭り』の発案者がマビァさんなものですから、イルマのマビァさんに対する苛立ちは募るばかりのようです。
今もギルドの同僚達やサブマスのコニスは、改革の書類作業を続けながら通常勤務もこなし、さらには近隣の街や村々や、お隣のヨーグニル王国から来るであろう冒険者達の対応もしなければならないでしょう。こんな日に働けないのは、イルマ同様にわたくしも気持ちが落ち着きません。
「まぁまぁ、せっかく休んだんだから休暇を楽しみなさいな。私がイルマと一緒に楽しめないのが残念だけどね。でも、これでローちゃんの欠点が見えてきたんじゃない? 要するにこれまで男の視線を全くと言っていいほど意識してこなかったのが原因ね」
「そうなった起因が恐らくリーデルによる洗脳だね。あんたが男のことを恋愛対象として意識してこなかったのは、『男は男と恋愛するもの』だって刷り込まれてたからなんじゃないの?」
そうなのでしょうか? 確かに男性同士が恋仲になるということ自体に違和感は感じません。でも不思議です。わたくしの両親は男性と女性ですし、姉夫婦もイルマ達二人もそうです。わたくしの知る限り夫婦とは男女の組み合わせが当然ですし、そうでないと子は成せません。
分かりきっていた筈なのに、そして男性同士で恋仲の方々にお会いしたこともないのに、その組み合わせには抵抗感がありませんでした。
こうして改めて思い直してみると、イルマの言う通り姉さんに貰った物が原因なのかしら?
「心当たりがあるとしたら、昨日イルマにも話した、子供の頃姉さんにもらった本の数々でしょうか?」
あれらは子供でも読める物語でしたし、恋愛物ではなく男の子同士の友情物でした。やたらと触れ合う描写が多かった気もしますが。
「あとは学生時代や銀行員時代に周囲で起きた事柄を面白おかしく話してくれていました。そこに男性同士の恋愛を思わせる事柄がいくつもあったと思います」
姉さんは娘のレイチェルを身籠るまでは、銀行員の職に就いていました。今は主婦として、職人夫婦である両親の家事を手伝っています。もちろん自宅の家事とレイちゃんの子育てもありますので、それなりに忙しく過ごしています。
「あのリーデルさんがねぇ。おっとりした外見からは想像もできないけれど。でもそうやって徐々に聞かせていたのなら、男同士での恋愛に抵抗を感じなくなるのは分からないでもないわね」
そこで言葉を切るとサミュエルさんはそっと手を上げます。わたくしは慌てて手鏡を持ち、自分の顔を見つめました。
「人が誰かを好きになり恋に堕ちるなんて理屈も何もないわけだけど、ローちゃんはそーいった事情もあって、思春期に男の人を恋愛対象に見ることができなくなってたのよね? それが今の年齢になるまで続いていたとしても、なんでガラムさんに惚れたの? まぁいい男ではあるんだけどさ」
サミュエルさんはガラムさんと面識があるそうです。カレイセムでお店を開く際に商業ギルドでたまたまお会いして、今彼のハサミはガラムさんが研いでいるそうです。
「そういやあんたにとって理想的な男性だって言ってたよね。仕事以外じゃ碌に男と話したりしないのに、いつどこでそんな理想が作られたんだ?」
二人に問い詰められわたくしは俯いてしまいます。正直話すのは恥ずかしいのですが、状況的に黙っているわけにもいきません。
「実家に姉さんが置いていった本の中に、年齢差のある男性同士の恋愛物がいくつもあったのですが、それに出てくる歳上の男性は大抵無愛想で寡黙で、でも優しく面倒見も良く歳下の恋人を大切にする方が多かったのです。作風的に歳下の男性視点で物語が進むのでそちらに感情移入しやすく、歳上の恋人に主人公と一緒に惹かれてばかりでした」
手鏡に映るわたくしの顔がみるみる赤くなるのが分かりました。あぁ、恥ずかしい……。
姉さん所蔵のそういった書物には、彼女の好みによって偏りがあるようで、先程挙げた作品群はシチュエーションの違いはあれど、各登場人物の役割は共通していました。
例えば、『漁師とその弟子』であったり、『靴職人と見習い』であったり、『土木ギルドマスターと新人』であったりしたのです。
共通するのは、どれも職人や肉体労働者という手に職を持つ方々がモデルになっており、先達が若手を不器用ながらに導く過程で恋愛に発展するという形式ばかりでした。
一冊だけ別のシチュエーションでの年齢差恋愛の物語もあったのですが、それは商業ギルド内での上司と部下の関係性でした。
それは高圧的な上司が部下を鍛え上げていく過程で、上司が時折見せる優しさに惹かれ、部下が上司を愛してしまうという流れなのですが、姉さんはあまり気に入っていなかったようで、読み返された形跡はなく、新品同様に本棚に収められていました。
わたくしも作中の上司が受け入れがたい性格の持ち主だったので、主人公に共感を持てず楽しめませんでした。今思えば前者の職人気質の先達はガラムさんそっくりで、後者の上司は正反対の人物像であると言えます。
「それはあれだよね? 昨日あんたが鼻血を噴いた原因になったのもそんな作品だったよね。あんた一冊だけじゃなく色々と読んでたんだ」
「よ、読めたのは最初の方だけよ!? どんな本でも読むのは大好きだけど、途中からどれも過激で良く分からない内容になるものだから、恥ずかしくて最後まで読めた本は一冊もなかったわ」
「あー、わかったわかった」
「じゃあ、物語の主人公が歳上の恋人に惹かれたようにローちゃんもガラムさんに惹かれていったってわけね。いわゆる追体験の一種みたいなものかしら?」
多分そうなのだと思います。わたくしは頷きました。
「まぁ、色恋沙汰に縁のなかったあんたがリーデルのちょっかいを受けながらも普通に恋ができたんだ。そこは本当に良かったと思うよ。問題はあんたが自分の言動に無自覚なことと、相手の感情に無関心なことだね。……これはあたしも人のこと言えないんだけどさ」
恥ずかしそうに目を逸らし髪をいじるイルマを見つめて、サミュエルさんがクスリと笑います。
「アレに関しちゃ今のところどうしようもないからさ、コニスの件もあるし、これもネイトさんに相談してみるか。何か抑える薬があるかもしれないし」
「コニスの件ってなに? 何か薬が必要なことでもあったの?」
昨日コニスに何かあったのでしょうか? 終業時に別れた時にはいつも通り元気に見えました。
ネイトさんは姉さんの旦那様です。錬金術ギルドに所属する錬金術士で、主に薬剤の精製を生業としています。
「いや、コニス自身がどうこうってわけじゃなくてね。心配するようなことじゃないんだ。話に出しといて悪いけど、今は置いとこう。後で説明するよ」
「ねぇ、確かローちゃんって便利なスキル持っていたわよね? これまで貴女を誘ってきた男との会話を全て覚えてるのよね? 会話の流れで貴女が何を言ったら相手がどういった反応をしたのか、全て細かく『分析』してみれば、何か気付けることがあるかもしれないわよ?」
サミュエルさんはわたくしの『情報管理』と『情報分析』のスキルのことを知っています。
今まで過去の会話を細かく分析するなんて作業したことありませんでしたが、確かに全てを分析して共通点を見出だせば何かを掴めるかもしれません。
「ちょっと待った。ロージル、あんた今コニスに貰ったスキルはどうしてる?」
「あ、あれはその、昨日上手に扱えなくって大変なことになっちゃったから、ずっとOFFにしたままよ?」
このことサミュエルさんに聞かれてもいいのかしら? コニスには秘密にすると約束いたしましたのに……。
サミュエルさんをチラチラと見ながら答えますと、フッと困り笑いをしてサミュエルさんが席を立ちます。
「OK、これは私が聞いちゃいけないのね? お茶でも煎れてくるわ」
「ごめんなさい、ありがとうサミュエルさん」
「ごめんねサミィ」
サミュエルさんがキッチンへ向かってから話を再開します。
「コニスのスキル、あれって確か相手の感情が分かったり話題作りのヒントが出て選べたりするんだったよな? あれとあんたのスキルを併用して過去の会話を見直すなんてできないかな?」
「さ、さぁ? やってみないと分からないけど……」
「すぐにやってみな。ダメもとでもいいからさ」
イルマに急かされ、目を瞑り『真実の愛の物語』をONにします。わたくしの意思に反応した『管理』が先程のマビァさんとの会話を再生。思考の加速も始まります。
『真実の愛の物語』特有のいくつもの小窓が再生される会話に被さって見えました。
過去のマビァさんの感情も分かるようです。大勢の人が溢れる道を人をかわしながら進むマビァさんの感情は少し迷惑そうな顔絵で表され、わたくしとの会話ではとても好奇心に満ちていました。
『好感度グラフ』は右上窓の右上近くに光点が進んでいます。これが表すのは恋愛感情だけではないとコニスに教わりましたから、もう勘違いはいたしません。
これだけ多くご迷惑をかけお世話になっているマビァさんには、嫌われているかもと思ったことは一度や二度ではありません。ですが少なくともあの時には好感を持っていただけていたようで、少し気が楽になりました。
そして、問題のテント屋についての話題に移ります。
『マビァさんはそういうのがお好きなんですね。夜の屋外で焚き火したり、飲んで食べて語り合うなんて、確かに楽しそうです。わたくしお友達が少ないですし、そういった経験が一度もないので少し羨ましいですわ』
わたくしのその言葉を聞いたマビァさんの表情が少しほころびます。『ドキドキハートメーター』のハートが一度大きくドクンッと膨らみ鼓動が少し速くなりました。顔絵はとても喜んでいます。
でもすぐに顔絵が困り笑いになり、鼓動も落ち着きハートも小さくなります。
そのあと小さくため息を吐いたマビァさんは、こちらを見た時にまた一度ハートを大きくしました。そして恥ずかしそうに視線を逸らします。顔絵は少し驚いたものからまた困り笑いになりました。
「コニスのスキルも使えたわ。それによって先程よりもわたくしだけでは気付けなかった情報をたくさん発見できたわ」
「そうか、よかった。なんとかなりそう?」
「まだなんとも言えないけど、回数をこなして『分析』が進めば何か変わるかもしれないわね」
うんうんと頷くイルマ。その時サミュエルさんが戻ってきました。
「あら、少し進展があったようね?」
「うん、詳しくは言えないけどちょっとだけね」
イルマが「コニスのスキルは話し相手の感情を少しだけ解りやすくするもの」とボカシてサミュエルさんに説明します。過去の男性との会話を繰り返し再生してお相手の心情を考えられるようになり、他のお相手との比較、統計をすれば、より正確な心情を読み取れるようになれるかもしれません。
「ふーんなるほどねぇ。それなら確かに役に立ちそうね。男心に疎いローちゃんが男性の心情を汲み取るのにはとても良いと思うわ。けどそれだけじゃ不十分ね」
「ま、まだなにか?」
「最初に言ったじゃない。貴女が自分の魅力を正しく理解しなきゃいけないって。貴女はね、なにも会話の仕方だけで男をタラシ込んでるわけじゃないのよ? 貴女は黙って微笑みかけるだけで相手の男をコロコロと堕とせるの。無意識に見せる仕草や表情。それこそが貴女を最強の男タラシたらしめてるのよ!」
「そ、そんな!」
サミュエルさんがズビシッとわたくしを指差し断言します。あまりの言われように頭をカナヅチで叩かれたような衝撃を受け、両手を頬に当てて驚いてしまいました。
「貴女の記憶の再生は当然貴女目線でされるのよね? つまり自分のどんな表情や仕草が相手の男を虜にしたのかまでは解らないんじゃない?」
「た、確かに…………」
自分が会話の最中にどんな表情や仕草をしていたのかなんて、再生される記憶を見ても解りません。視線も当時のままに再生されるのです。瞬きや傾げた首に視線が傾くのまで再現されるので、記憶の中の情景を自由に眺められるわけではないのです。
「…………できるかどうか分かんないんだけどさ、相手の瞳に映る自分を見ることはできないか? あんたの『情報分析』ならやれるんじゃない?」
「!……た、ためしてみるわ」
イルマのアイデアを試すために、もう一度マビァさんとの記憶を再生します。
『情報分析』が、わたくしの言葉を聞くマビァさんの顔を拡大して見せてくれます。再生速度がゆっくりになり、表情が緩み始めたところで時間停止。さらにマビァさんの瞳へと拡大されました。
そこには確かにわたくしの姿が映り込んでいました!
時間が数秒遡り、瞳の中のわたくしが動きます。
隣を歩くマビァさんを斜め下から横目で見つめ、『羨ましいですわ』と、ちょっと拗ねたように微笑み、右手の人差し指を軽く唇に当てました。
この表情と仕草を見た途端に、マビァさんの『ドキドキハートメーター』がドクンッと大きく弾みます。
…………これがわたくしの最強男タラシ兵器なのでしょうか? まだよく解りません。
「見えました。確かにマビァさんの瞳の中でわたくしが微笑んでいました」
「やった!」
「すごいわね!」
試みの成功に二人は喜んでくれます。
「ならあとは反復学習してみるしかないわね。でも大変よ? 私だって人の心情を汲み取るなんてまだまだできていないの。今日のローちゃんは不調なんでしょう? やるなら明日からにしなさいよ」
「そうだね。あんたはのめり込んだら限界までやるとこあるからさ」
「そうね、少し気が逸るけど、アレの方はまだどうしようもないものね」
わたくしがため息混じりにそうこぼすと、二人に苦笑されました。
「私、そろそろ仕事に戻るわね。それじゃあ休暇を楽しんで」
「ありがとう、サミュエルさん」
「はーい、お仕事がんばって」
サミュエルさんを見送り、少し空気が弛みます。
「さて、このあとどうしよっか? 肉祭りまで、まだ二時間以上あるね」
「ネイトさんに聞くことがあるんじゃないの? わたくしはお母さんに鎧のことをお願いしに行かなくちゃいけないんだけど」
「どっちも明日でもよさそうだけどね。鎧の方なんて仕事の領分じゃない。でもまぁあたしもリーデルにひとこと言ってやりたいから、あっち方面に歩いてみようか」
「そうね」
二人で茶器を片付けた後、熱気と人が溢れる通りへと出かけました。




