六日目 SIDEロージル サミュエルさんに相談します ①
イルマとサミュエルさんの自宅はカレイセムの北西ブロック。中央広場から中央西通りに入ってすぐの細い路地を北に少し入ったところにあります。
一階がサミュエルさんの美容室で、外からの階段で二階に上がれば住屋があります。
イルマも結婚前はわたくしのアパートメントの近所、つまりわたくしの実家のすぐ近くに彼女の実家もあり、仕事終わりは一緒に帰っていたのです。
ここ数日アレのせいで、イルマがわたくしのことを心配して一緒に帰ってくれているのが、なんとも懐かしくて嬉しくもあり、遠回りをさせているので申し訳なくもあります。
街は朝から大変な賑わいを見せていました。
ウェルゾニア商会主催による『ワニ肉祭り』は正午からですし、開いている飲食店は三交代制の兵士達が通う朝から営業している居酒屋が数件。あとは朝食を出すカフェや宿屋くらいなのですが、その何処もが満席どころか外までお客で溢れています。
通りに並ぶ屋台にもすでに竈に火が入り、祭りに向けての準備が着々と進んでいるようです。
「よう! ロージルさんおはよーさん!」
中央西通りに入ったところで、横手から元気に名前を呼ばれたので振り向いて見ると、ウェルゾニア氏が笑顔で手を振っていました。
「これはウェルゾニア様。おはようございます」
「ウェルでいいって、砕けていこうぜ。一緒に死地を乗り越えた仲じゃねぇか」
「では、ウェルさん、で許して下さいませ」
わたくしがそう言ってお辞儀をすると、「固ぇなぁ、まぁいっか」と苦笑されたあと、「へぇ……」と、わたくしを眺めて声を漏らしました。
「あの……?」
「あ、いや、わりぃ。今日は休暇かい? いつもと装いが全然違うからつい見惚れちまった。服装と髪型はバッチリ似合ってんだが、いつものその三角メガネがちょっといただけねぇなぁ」
いつもオシャレなのか変人なのか紙一重なファッションを纏っていらっしゃるウェルさんにそう言われると、アドバイスを受けていいものか戸惑ってしまいますが、確かにメガネはいつも通りですので、服装には合っていないのかもしれません。
「だから前から言ってるだろ。違う型のメガネを使い分けた方がいいって」
イルマが呆れながらもわたくしの横に並んで、肩でドンと当たってきます。
「おっと、美人さんを見逃すところだった。冒険者ギルドで何度かお見かけしたことはあるな? 話すのは初めてだよな? ウェルゾニアだ。よろしく」
「ああ、ご丁寧にどーも。あたしはイルマ。この子とは幼なじみで親友さ」
「おっと、サミュエル・ラーゴットさんの奥方様かい?」
ラーゴットは確かにサミュエルさんとイルマの姓です。そう聞いたイルマが少し警戒モードに入った気配がしました。
「ああ、そうだけど?」
「わりぃわりぃ、そう警戒しなさんなって。王都から来た評判の美容師さんだろ? この街じゃあ知らねぇヤツの方が少ねぇじゃねーか。オレも一度はお願いしてーんだけどさ、あの店はどーにも女性専用みたいになってっから、頼み辛れぇってだけさ」
慌てておどけて見せるウェルさんに、イルマは警戒を解いて「まぁそうかもね」と受け流します。いつも極楽鳥のような風貌のウェルさんをサミュエルさんが仕上げたらどうなるのか少し気になります。
「それよりメガネさ。ロージルさん、地元がココならそのメガネ作ったのは『タイクス眼鏡店』かい?」
「ええ、そうですけど?」
『タイクス眼鏡店』はこの街にひとつしかないメガネ専門店です。昔から代々引き継がれているお店で、何代目になるのか存じ上げませんが、当代の眼鏡職人、ジェスト・タイクスさんにわたくしは昔からお世話になっております。最近、昔ながらの小さなお店を拡張リニューアルされ、お弟子さんも増やされ大変繁盛なさっているようです。
「ジェストの親父さんとウチは業務提携してんだ」
なんと、リニューアルの原因はウェルさんとの業務提携にあったようです。海外からオシャレなフレームと新素材のレンズをウェルさんが安く仕入れて、ジェストさんがレンズの加工に専念できるようになり、一気に事業拡大が進んだそうです。
軽くて薄い新素材レンズの魅力に、頑固一徹で有名な職人のジェストさんも折れ、店の経営はウェルゾニア商会に任せ、今はレンズ加工とお弟子さんの育成に夢中だそうです。
わたくしがメガネを更新したのがリニューアルの少し前だったので、リニューアルされてからお店に行っていなかったのですが、そんな内情だったとは驚きました。
「どうせならいくつか可愛いの作っちまえよ。安くするようにオレから言っとくからさ」
そう言ってウェルさんは、胸ポケットからピッと名刺を出してわたくしに差し出します。お安くしていただくことに少し抵抗があったので名刺の受け取りに戸惑っていると、横からイルマがそれを取りました。
「それはありがたいね。ロージル、いい機会だから三つか四つ作っちまいな。あたしが選んでやるからさ」
「えぇ!?」
「おぉ! あんたなら審美眼は確かだろうな。安心して任せられるぜ。お買い上げありがとうございます」
そう言っておどけて見せたウェルさんは、まるでお貴族様のような綺麗なお辞儀をわたくし達にしました。時々見せるこの気品が、この時ばかりは華美なファッションに良く似合い美しいとさえ思ってしまいます。なんとも不思議なお方です。
そういえば、と気になり辺りを見回して彼女を見付けられず、ウェルさんに問いかけます。
「あの、今日は紅月さんはご一緒じゃないんですか?」
わたくしの質問に少し驚いた表情になって、こちらに顔を近付けて、わたくしとイルマだけに聞こえるように囁きます。
「アイツはオレの護衛でよ。普段はスキルで姿隠してんだ。今もすぐ近くにいるぜ。東の沼の時はアイツがマビァに挨拶したいってんで姿見せてたけど、記者が来てからは姿消してただろ? あ、デイリーのクロエは問題ねぇよ? アイツは紅月が既にシメてっからさ。わりぃな、色々と事情があるんだわ」
なにやら物騒な文言も聞こえた気が致しますが、秘密にするべき話なのですね。迂闊に紅月さんの名前を出したことを後悔し、頷いてこの話を打ち切ります。
「それよりイルマさん。旦那さんってウチの商会とシャンプーやコンディショナーなんかの共同開発するつもりはねぇかな? ちょっと聞いてみてくれねぇ?」
「呆れたね。今まさに忙しさのまっただ中だってのに、まだ手を広げるつもりかい?」
「いや、元々石鹸シャンプーはウチでも作ってんだ。ウチにゃ大して仕事は増えねーのよ。もし旦那さんが今使ってるシャンプーやコンディショナーに不満があるのなら手伝えるかもって思っただけだぜ」
「そういうことなら聞くだけ聞いてみてもいいけどさ、そんなんじゃあんたには大して旨味はないんじゃない?」
「まーな。でもそれがウチのモットーなんだよ。第一にお客様に喜んでいただくこと。第二に従業員達への十分な報酬だ。新規事業に対してオレへの直接的な旨味なんて、端から求めてねーのよ。お客様に満足していただけたなら口コミで顧客は増えるし利益も上がる。そうすりゃ従業員達の給金も増やせるし雇用も増やせる。強いて言やぁそうした結果がオレの求める旨味だな。見ろよ、結果はもう出てるだろ?」
そう言ってウェルさんは誇らしげに両腕を大きく広げてみせます。彼の示すそれは、かつてないほどの集客率を誇る今回のイベントと、それを数日で実現でき得る財力と大勢の人々を動かすカリスマ性でした。
今回のイベントに投資した金額が何千万カルダになるのか分かりませんし、全て無料配布なので利益はまったくないのですが、それもウェルさんにとっては先を見据えた布石でしかないのでしょう。
サミュエルさんに共同開発を持ちかけるのも、まずサミュエルさんの顧客にご満足していただき、ご自宅での洗髪用にシャンプー類をご購入していただければ、最初はわずかですがサミュエルさんとウェルゾニア商会の利益は増えます。さらに口コミで美容室の顧客が増えれば、利益は倍増することでしょう。
そして、洗髪は生きている限り際限なく必要になりますから、顧客が離れない限りは利益はずっと続きます。言い過ぎかもしれませんが、この共同開発が成功した場合、サミュエルさんはそのシャンプー類の販売だけでも十分過ぎるほどの収入になる筈です。
もっともサミュエルさんは誠実なお方ですので、美容師を辞めて販売に専念するなんてあり得ないのですけれど。ウェルさんの提案はそれを見越した上でのお話なのでしょう。彼が提携先に選ぶ人物は、実直で誠実な方だけのようですから。
「確かに大盛況だけどさ、人が増えれば当然トラブルの種も増えるんだ。本当に大丈夫なんだろうね?」
「まぁな。ちょっとした秘策は用意してるぜ」
呆れ気味に周囲を見渡すイルマに、ウェルさんはぐっと親指を突き出します。
「あとはまぁ神頼み程度だが、領主様ご一行の活躍にもちぃーとばかし期待してんのよ。『アレ』の制御ができれば治安の強化もできるかもしれねぇって話だろ?」
そう言ってウェルさんは親指をそのまま後ろの石柱に向けます。『ヌーメリウスの鐘』というらしいその鐘の音には、聴く者に『恐怖』の状態異常を潜在的に植え付け、感情が高ぶったり争いに直面した際にその効果が発動し、恐怖で身を竦ませるという効果があるらしいのです。
生まれた時からほぼ毎日聴いている住人には全員その効果がかかっているらしいのですが、わたくし自身はいまいち実感ができていません。
小さい頃は夜中に行くおトイレが怖かったですし、今でも怪談話はちょっと苦手ですから、人並みに恐怖は感じるのです。
ですが、四日前にギルドの試験場でマビァさんに担ぎ上げられ、ワニと戦わされた『黒い三連狩り』のお三方やラクスト大尉とケラル伍長の恐れ様と言ったら、わたくしのそれとは比較にならないほどでした。
同様に、三日前の東の沼での大事件。押し寄せる大量のワニに果敢に立ち向かう魔獣達。その背にしがみつく土木ギルドの方々も、必死に恐怖に耐え、涙目で青ざめていらっしゃいました。彼らの反応こそが『鐘』の効果なのだろうと今なら推察できるのです。
それと同時に、マビァさんを筆頭にウェルさんや紅月さん、ナン教授にイルマやわたくしも、原因は解りませんがその影響下には無いようなのです。
『鐘』の効果範囲は半径三・五キロだと伺っております。今日は範囲外の村々やお隣のヨーグニル王国からも人が押し寄せているのです。その中にはわたくし達と同様に『鐘』の影響下に無い人達が多数いる筈なのです。
そのような方々は感情のままに振る舞えるのです。例えばひとつの屋台に並ぶ遅々として進まない行列に腹を立て暴力沙汰に発展する、とかなのですが。
ウェルさんはご聡明なお方ですから、その点に気付いていない筈はございません。ですからそれを踏まえた上での『秘策』なのでしょう。
「マビァ達が地下遺跡へ突入したのが六時だろ? もう二時間半過ぎてるから、ぼちぼち目的地に着いてるかもしれねぇな。アイツならなんとかしてくれてんだろーなって期待してるわけよ。へへっ、アイツに頼り過ぎかねぇ」
「でも……、わたくしは心配です。マビァさんは三日前の東の沼で、血塗れのボロボロになってまで必死にわたくし達を守って下さいました。今回もかなりの強行策だと伺っております。ご無事だと良いのですが……」
三日前の死闘がスキルによって脳裏に再生されます。それと同時にその後のギルドの試験場で、幻のワニ十一頭をアッサリと倒してしまったマビァさんの姿も再生されました。あら? 思ってたより大丈夫そうです?
「今回は女神様の寵愛を受けてる聖女シャルンティンちゃんが一緒なんだぜ? 付与魔法で強化しまくりだし、治癒魔法で致命傷だって治せるんだ。まぁ大丈夫なんじゃねぇか?」
「素手であの大ウナギを仕留めたヤツだからね。あたしも心配はしてないよ」
と、ウェルさんもイルマも楽観的です。そう言われるとわたくしも少し気が楽になりました。
「っと、長話してる場合じゃないよロージル。そろそろ行かないと」
「あっ、そうですわね。ウェルさん、イベントの成功祈っておりますわ」
「あぁ、ありがとさん。急ぎだったんだな。引き留めて悪かった」
ウェルさんの謝罪にわたくしは首を振って応えました。その気遣いこそが彼が大物である所以なのでしょう。彼を慕う部下達の気持ちが解ります。
ウェルさんと別れてすぐ、北側の細い路地を入り一つ目の交差点の角にあるお店が『サミュエル美容室』になります。イルマはずんずんと店へと進み、扉を勢いよく開けました。扉に付いたベルがカランコロンと鳴り響きます。
「サミィごめん! ちょっと遅くなっちゃった」
愛する夫の前だとイルマは口調が変わります。いつもの男性的な口調は鳴りを潜め、少し甘えん坊モードになります。
新婚当時はわたくしや姉さんの前でもその姿を晒すのは恥ずかしがっていたのですが、今はもう諦めたようで、店内に居る三人のスタッフの前でも平気で抱き付いています。
スタッフの方々にとってもいつもの風景なので、にこやかに「おはようございまーす」と声をかけていらっしゃいました。
「大丈夫、まだ十分時間はあるわ。いらっしゃいローちゃん。今日も可愛いわね。でもそのメガネは残念よ? 他のデザインの物は持っていないのかしら?」
サミュエルさんはゴロゴロと喉を鳴らし抱き付くイルマの頭を撫でながら応えます。そしてわたくしへの挨拶と同時にしっかりダメ出しをいただきました。
サミュエルさんにまでメガネのダメ出しをいただくなんて、わたくしの今の身形はとても残念なのでしょう。これは本格的にメガネの新調を考えなけれはならないようです。
「おはようございますサミュエルさん。この度はお手を煩わせてしまい本当にごめんなさい」
「何言ってんの。貴女はイルマの妹みたいなもんなんだから、私にとっても妹同然よ? 力になれることがあるのなら何でもするわ」
そう言ってサミュエルさんは綺麗に微笑みます。
サミュエルさんは大きなウェーブのかかった腰までの緑銀の長髪を、後ろで緩くひとつに編んで垂らしています。結構長身で、わたくしより頭ひとつ半分は高いでしょうか?
女性言葉を使いますが、端整なお顔立ちは凛々しく、美男子で有名な教会のエリンテル神官長とは違う、大人の色気とでもいうのでしょうか? さすが大勢の女性客を惹き付けるカリスマ美容師です。その一挙手一投足が美しく、自然と視線を惹かれます。
彼が女性言葉を使うのは、対話をする際に、相手の懐にするりと滑り込めるからだそうです。以前なぜそんな口調なのかとお尋ねしたら、
『だって、私みたいな大男が男言葉で話してたら誰に対しても威圧的に感じるでしょう? 人って見た目と言葉の第一印象だけで相手の人物像を勝手に決め付けてしまう生き物なの。だから色々試しているうちにこんな感じに収まったってワケ。たま~に気持ち悪がられるけどね』
と微笑んでおっしゃいました。なるほど確かにイルマのお相手として初めてお会いした時も、美しい所作と中性的な印象で、威圧感を感じるどころか柔和な印象しか受けませんでした。
もし彼が男性言葉を使い、軍人や冒険者のように帯剣していれば、その引き締まった身体と相まって、近寄りがたい歴戦の戦士に見えたことでしょう。
「ありがとうございます。……でもわたくし、なぜ今ここに来ているのか解っていなくて。イルマったらイジワルで何も教えてくれないんですもの」
ちろりとイルマを睨んでやると、サミュエルさんから離れたイルマは困り笑顔を浮かべます。
「仕方がないだろう? 別にイジワルなんかじゃないよ。あたしじゃあんたに上手に説明する自信が無かったんだ」
「イルマは男女間の心の機微に意外と疎いのよねぇ。私も恋仲になるまでに苦労したもの」
そう言ってサミュエルさんはイルマの頬を突っつきます。イルマは普段は絶対に見せないような表情で照れます。
「だ、だって、貴方みたいな素敵な人が、あたしみたいながさつな女に惚れるなんて思いもしないじゃない」
彼と一緒にいる時のイルマはまるで別人になります。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの変貌っぷりなのです。
後ろの三つ編みを指に絡めて弄るイルマのいつもの癖で惚気るもんですから、スタッフの皆さんが、自分を手で扇いだり呆れ笑いを浮かべています。
「さあさ、二人の世界に入らない! 開店準備はしておきますから、話をしてきてくださいな!」
パンパンと手を叩いて仕切ってくれたのは、副店長のシシリーさんです。このラーゴット夫妻の扱い方を熟知しているので、とても頼れる存在です。
二階の住屋に行くためにシシリーさんに店を追い出されました。
シシリーさんに「がんばってね」と笑顔で手を振られたのですが、どういった意味だったのでしょうか?
住屋へと入りリビングテーブルに着いた三人。早速イルマが本題に入ります。イルマがわたくしの前に手鏡を置きました。
「ガラムさんを話題に出す時にはあたし達は手を上げるから、あんたはそれで心の準備をすること」
だそうです。
「昨日マビァくんから聞いたんだが、あんたテント屋のことを話したんだってね? その時のこと思い出してみな。あんた、彼の感想に対してなんて答えた?」
そう言われてわたくしのスキル『情報管理』が思考速度を加速させ、昨日の情景を脳裏に再生します。
マビァさんがテント屋のことをご存知なかったようなので説明したら、夜焚き火を囲んで楽しくくつろぐ雰囲気がお好きだとおっしゃっていました。
その時の状況をそのまま二人に話します。
「それに対してわたくしは、『そういった経験が一度もないので少し羨ましいですわ』と答えました。……それがどうかしたの?」
「それを聞いたマビァくんは、あんたが『自分を今晩テント屋に誘って欲しい』って言ってるように聞こえたそうだよ。あたしもそう捉えるだろうね」
「ええっ!?」
「私にもそう聞こえるわね」
イルマが聞いたマビァさんの感想に驚いて思わず声を上げてしまいます。しかしサミュエルさんもそれに同意のようで、うんうんと頷いていました。
「じゃあ次だ。三週間ほど前だったか? 人事部のカンタルが仕事上のやり取りの最中に、休日に釣りに誘ってきたって言ってたよね? あの時はどうだった?」
またもや自動的にその時の情景が浮かびます。
あの時は来期の新入職員の候補についてのやり取りで、カンタルさんが一人の候補者のエントリーシートを見てこう言ったのです。
『お、コイツ釣りが趣味じゃないか。コイツが入ってくれれば話が合うかもなぁ』
カンタルさんとは歳が近いのですが、部署が違うので普段仕事上のお付き合いしかありません。ですから彼の趣味が釣りだと、この時初めて知りました。
『あら、カンタルさんは釣りをなさるの?』
『おう、楽しいぜぇ。こないだも西の沼地より先の川辺で釣ったんだ。あそこまで離れたらバーンクロコダイルもガチガザミもいないからな。そこでこれくらいの川ヒラメを三匹も釣ったんだ』
両手を胸の幅くらいに広げて見せます。お魚屋さんで買うと一尾一万二千カルダはしそうな大きさでした。
『まぁ、そんなに大きな川ヒラメが? わたくし釣りはしたことないのですけれど、漁師じゃなくてもそんなに大きなお魚が釣れるものなのですね』
『へへっ、それなりに腕や経験が必要だけどね。オレでもあんな釣果は滅多にないなぁ』
余程その時のことが嬉しかったのでしょう。カンタルさんは照れながらも自慢気に話します。
『わたくしはお料理が趣味で、川魚も色々と挑戦しているのですが、川ヒラメってお高いでしょう? 美味しいのですけれど、たまにしか扱えないですわ。今年も姪っ娘の誕生日にお料理したくらいかしら?』
あの時の包み焼きは姉一家に大変好評でした。次は姉さんの誕生日が近いから、その時は何を作ろうかしら?
と、思いを巡らせていると、お顔を少し赤らめたカンタルさんが、なにかを決意したかのように口を開きます。
『ロ、ロージルさん! それならっ! 良かったら釣り始めてみませんか?!』
『ええ? わたくしが?』
『はい、オレ全部教えますし、道具も全部貸せますし! そうだ! 次の休日なんかどうでしょう?』
『次の休日は、あいにくと先約が入っておりますの』
姉さんと買い物に行く約束をしていましたし、実家で母がお茶会で出すというクランベリーパイを焼く手伝いをする予定も入っていたのです。とても釣りに行く時間なんて取れそうにありませんでした。
それに……。
『それに、お魚屋さんで扱っている、もう既に死んでいるお魚でしたら大丈夫なのですが、生きたお魚を扱うのがわたくしには無理そうなのです。その、生き物を殺してしまうのが辛くて……』
それがわたくしのエゴだとは理解しているのです。でも『食材』として死んだお魚を買い求め、調理することには抵抗はないのですが、『生き物』を己の手で殺して調理することは、恥ずかしながらできそうにありません。結果として美味しく食べることには代わりないのですし、鮮度やより美味しく食べるための探究を考えれば避けては通れないことなのですが、殺すという工程があるせいで酷く罪悪感を覚えてしまうのです。実はそれがわたくしがお料理を生涯の仕事にするのを諦めた原因の一つでもあるのです。身勝手なわがままなのは承知しておりますが、どうすることもできないのです。
『そ、そういったこともオレが全部やるからさ! 君は釣るだけでもいいし、なんだったら料理するだけでも……』
『そこまでカンタルさんにお世話になるわけにはいきませんわ。ご迷惑をおかけするだけになってしまいますもの。釣りは素敵なご趣味ですし釣れるお魚も魅力的ですが、わたくしにはできそうにありません。せっかくのお誘いですのに、本当に申し訳ありません』
『う……、そ、そう……』
カンタルさんはとても残念そうに項垂れてしまいました。せっかく楽しくお話していただいていたのに、わたくしのエゴで傷付けてしまったかもしれません。悪いことをしてしまったと反省致したのです。
というその時の状況を、そのまま二人に話します。
「……あの時のあたしは他の仕事してたからさ、カンタルがあんたと話したあと酷く落ち込んでるのを見ただけだったけど納得だよ。酷い女だねあんた。そりゃあ『妖艶なる死の永久凍土』だの『凍結粉砕機』なんて呼ばれるわけだね」
「ええっ!?」
「相手の話に食い付いて広げておいて、誘ってほしい感を匂わせておいて、相手をのぼせさせてから叩き落とすなんて……。もし狙ってやってたのなら悪女そのものねぇ。私がやられてたらしばらくは立ち直れないわ」
またもや酷いダメ出しをされてしまいます。イルマは頭に手を当ててやれやれと頭を振り、サミュエルさんは寒気をはらうように両二の腕を擦っています。
「いったい何がそんなに酷かったの? わたくし……解らないの」
もう泣いてしまいそうです。もうわけが解らず落ち込んでいると、サミュエルさんが優しい声をかけて下さいました。
「ローちゃん、大丈夫よ。私達でなんとかするから。一緒にがんばりましょう!」
テーブルの向かいから長い手を伸ばし、わたくしの手をポンポンと叩いて慰めて下さいました。




