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六日目 リムスとシャルの問答

 シャルが立ち上がり、リムスの居る窓から少し離れる。俺もシャルの邪魔にならないように脇へ避けようとしたところ、急な目眩に視界がグラつき脚の力が抜けて、まるで産まれたての仔ヤギのようにガクガクと震えてしまった。


 「あ、あれ?」


 急な体調の変化に戸惑いながら、咄嗟にリムスの居る窓の横に突いた手がズルリと滑り、床に崩れ落ち(うつぶ)せに倒れる。


 「何だ? 急に力が入らなくなったぞ?」


 特に疲れた感じもないのに、全身の筋肉がピクピクと震えだす。そんな俺の様子を見たシャルが「ああっ!」と声を上げた。


 「ごめんなさいマビァさん! それ『ギャロピスの永走』の反動なんです。それに血がながれすぎですよぅ!」

 「マビァ、背中側が真っ赤だぞ! くそっ、どうして俺は気付けなかったんだ」


 カラスの羽針で負った傷が思いの外深かったらしい。

 それに鎧下の中綿が血を吸うので、今頃になって表の布まで染みてきたようだ。俺自身は背中側が見れないし、中将は悔やむが部屋が何度も暗くなったので誰も気付けなかったらしい。全然血が止まってなかったみたいだ。


 慌てて駆け寄ってきたシャルが治癒魔法で治してくれる。が、それは傷が塞がるだけで、失った血までは戻ってこない。手足の末端から冷たくなっていくのを感じる。数日ぶりの瀕死体験だ。


 「ほかの人たちには反動をおさえる魔法をかけてたからしょうじょうがでてないんですけど、マビァさんまったく疲れてないみたいだったからなんにもしてなかったんですよぅ。ここまでひどくなったらあの魔法はきかないし、はやくお水と食べ物をとらないと……」


 あぁなるほど、この数時間、数日前の『シーヴァ絶対防衛戦』でも体験しなかったほどの短時間での大量討伐を行った。

 そりゃもうシャルの魔法効果にかまけて休む暇もなく動き続けた。トータルで何匹ヒラグモやキリバチを斬った? 全然数えて無かったけど七~八千は軽く超えてると思う。

 で、かすり傷程度しかしていない上に疲れも見せない俺は、シャルに治癒魔法をかけてもらうこともなかったからか、『ギャロピスの永走』の効果が切れて数十分たった今、急に激しい反動がやってきたらしい。

 他の人達には反動を和らげる別の治癒魔法をかけていたそうだ。全く気が付かなかった。


 「ああシャルちゃん、そっちは任せてよ。マビァくんの介助は僕らがするから、君はリムスさんと話を続けてね」


 チーダスさんと研究員さん二人が駆け寄ってきて、俺を抱えて部屋の隅へと運んでくれる。なんとも情けない限りで恥ずかしくなる。


 「すみません皆さん。お手数おかけします」

 「なに言ってんのさ。あれだけ動き続けててそれだけ血を流してて、こうならない方が不思議だよ。さ、これ飲んで食べて。他のみんなも食べましょう」


 研究員三人は背中に背負ってたリュックから水筒数本と人数分のカップ、それと茶色い紙袋を取り出す。中には指二本分くらいの大きさの小麦色した四角い焼き菓子みたいなものが沢山詰まっていた。元の世界でのビスケットや硬いパン、干し肉のような、忙しい時にさっと食べられる携行食に見えた。


 「さぁ飲んで食べて」と差し出されるカップに震える手を伸ばす。なんとか取り落とさないように気を付けながら受け取ったカップの液体をすすると、ほの甘くて爽やかな酸味が口内に広がり喉を湿らせる。美味いなぁと感じつつ飲み干すも、渇き切った砂地に一滴垂らしたほどにしか感じない。

 何度も何度も水分をおかわりして、水筒が四本空になったところでようやく落ち着いて焼き菓子に手を伸ばす。

 少ししっとりとした焼き菓子はただ小麦と砂糖を練って焼いただけではなく、生地にチーズと数種のナッツとドライフルーツが練り込んであり、甘さ控えめで風味と食感が良い。栄養価も高そうで携行食としては美味しいし、干し肉と硬いパンよりははるかに優れてそうだ。


 一口噛ると急に腹がへってきて、モグモグと食べ続ける。すぐに目眩が治まってきて、その頃には他の研究員さん達から飲み物を受け取ったみんなが一息付いているところだった。

 シャルにも飲み物が届けられ、カップ半分ほどをゆっくり飲んで、リムスに頷きかける。


 「すみません、おまたせしました」

 【いえ、かまいません。聞きたいと思っていた内容に準ずる現象を見させていただきました。データ解析に役立つ情報なので、こちらに損害はありません。我が知りたいのはここにいる他の者が持たない、貴女だけが有する力についてです】

 「……神聖魔法についてでしょうか?」

 【シンセイマホウ? それが貴女がここに来るまでに行った行為を指すのであればそうです。今マビァに反動が来たという『ギャロピスノエイソウ』と呼んだもの、電撃を無効にしたもの、こちらの物理攻撃の威力を五十%下げるもの、状態異常耐性を上げるもの、そして先程カイエンとテイレルとマビァの傷を治癒したもの。それらは全てそのシンセイマホウと呼ばれるものなのでしょうか? 貴女はEPを消費してそれらを施行しているように見えました。どのような力なのでしょう?】

 「わたしがここで使った神聖魔法はその五種類であってます。その、いーぴーってなんですか? 魔力のことでしょうか?」

 【大気や物質、生体とあらゆるものに含まれる力、『エーテル』のことです。生命体が発するエーテルの単位を『エーテルポイント』略してEPと呼びます。貴女が自身のEPを消費し施行したシンセイマホウという力で、施設内に存在するエーテルを吸収し、疲労回復や耐性上昇などにエネルギー変換され続けていました。シャルンティン、貴女が同行していなければ他の者達は十メートルも通路を進めずに終わった筈です】


 古代文明人は魔力のことをEPと呼んでたのか。それに確かに、シャルがいなければ絶対に成功しない作戦だった。


 「じゃあ魔力のことですね。わたしが使える神聖魔法とは、女神サスティリア様にわたしの魔力をささげて、力をお借りし人々に役立てる聖なる魔法のことなんですよ」

 【メガミ……サスティリア……セイなる……マホウ……。どれも我の概念に無い言葉ですね。貴女をスキャンした際にパッシブスキルの中に『メガミのオンチョウ』と『セイジョ見習い』いうものがありました。言葉の意味は分かりませんがメガミとセイが一致することからそのシンセイマホウと関連がありそうです。サスティリアという方にEPを捧げると様々な効果の力を一時的に借りれるというものなのでしょうか。不思議な力ですね。そのサスティリアなる人物はどこに居てその力を送っているのでしょう?】


 なかなか噛み合わないリムスとシャルの会話。変だと思ったらリムスは神の存在が解らないようだ。シャルがサスティリアに『様』を付けて言ったから人だと認識したらしい。

 リムスが解らなかったパッシブスキルというのは、多分『女神の恩寵』と『聖女の見習い』なんだろう。どちらも神だの信仰だのを知らなければ理解できない言葉ではある。

 生まれた時から女神の側で育ってきたシャルにとって、信仰の概念すらないリムスの質問が理解できないみたいで、「え、え? えーと?」と少し混乱気味だ。それを見かねたのかカイエン中将が口を挟む。


 「間に入ってすまない。リムス、もしかして君や古代文明人は神への信仰が無かったのか?」

 【カミ……シンコウ……。その言葉の意味が解りません。察するにカミとは人では無さそうですが……】

 「神とは万物の創造主を表す言葉だ。信仰とはその神を(たっと)び敬う事を意味する。女神とは女性の神の意を指し、これは女神サスティリアが唯一神であると信仰される以前の寓話や神話で、男の神も複数いたと考えられていた事から生まれた言葉だ。実際にサスティリアは女性の姿をしていると伝えられている。歴史上幾度か顕現されたという伝承があるが、近年では視認された記録はない。

 シャルは女神サスティリアを信仰し、その力を人々に施す神官という職に就いている。数多く居る神官の中でもシャルは聖女と謳われる存在だ。聖女とは女神に愛され認められた女性。恩寵もその同義語だ」

 【……その概念は理解しました。しかし我自身は『女神サスティリア』という存在を認識したデータを有しておりません。シャルンティンが施行した力については認めざるを得ませんが、それが『女神サスティリア』から授かった力だという証明と断ずるにはデータ不足です】

 「フッ……。それは我々も同じだよ。女神の存在を認識できるのは神官でも優秀な者だけらしいからな。我々にとっては女神などというものは普段は畏れ多い存在でしかない。此度の様に恩恵を授かると、いっそう敬うべき存在だと思い知らされるがな」


 そう言って中将はさっきまで怪我してた場所を擦ってみせる。


 確かに神という存在は直接恩恵を受けた経験がなければ信じにくい。現金な話かもしれないが俺だって今現在、元の世界でお世話になってるのはメイフルーが信仰する『戦の女神センティスス』だけだ。あとは『探求の神エギネア』って神様にもお世話になってたけど、今は縁遠くなってしまった。

 その他複数いる神様の存在なんて、「まぁ実際にいるんだろうな」程度にしか考えていないから信仰もしていないし、当然恩恵も受けられない。

 その点、こちらの女神様は部外者の俺でさえ分け隔てなく恩恵を与えてくれているんだ。懐が広く深いにも程がある。


 中将の言葉を聞いてシャルは落ち着いたようだ。ふんふんと考えてリムスに問いかける。


 「その、あえれふぃー人とばすくーれる人の人たちは女神様のことを知らなかったんですか?」

 【我が有するデータの中に女神サスティリアなる存在はありません。また他の神を信仰していたという歴史もありません】

 「でも変ですねぇ。ばすくーれる人はスキルを使えますし、魔獣もいてジェムも使ってたんですよね? どちらも女神様の恩恵なんです。信者でなくても恩恵を授かれるんですけど、神聖魔法もなかったのなら神官もいなかったんですか……」

 【確かにバスクーレル人がスキルを修得するシステムは解明されていませんでした。修得時に脳裏に聞こえるという声も誰のものなのか解っていません。我にはその声を聞くことが出来ませんから。その声というのが女神サスティリアのものだったのでしょうか?】

 「それはわたしたちにも分かっていません。女神様のお声とスキルの声は似てるようにも聴こえますが違うようにも聴こえて……。ええと……」


 リムスとシャルの問答は続く。お互いに知らないことを聞き続けるので中々終わらない。中将もシャルをフォローしていてなんだか楽しそうだ。

 俺はとなりに座ったチーダスさんに気になったことを聞いてみる。


 「チーダスさん」

 「ん、なんだい?」

 「さっきの人が消えたのって女神がやったって可能性はないのかな?」


 全世界の人類全員が同時にこの世から消失する。そんな現象を起こせるのは、神くらいしか考えられない。

 さっきシャルが「魔獣を絶滅させたことはなかったか」とリムスに訊いたのは、シャルも女神の神罰の可能性を感じていたからだと思う。


 「確かにねぇ。あんなことができるのは女神様くらいしかいないのかもしれない。でもサスティリア様はとても寛大な神様だよ。僕個人の意見としてはその可能性は低いと思うなぁ」

 「でも、人に聞いた話だと、ナクーランド帝国ってのが大変なことになったのも女神の神罰って話らしいし、シャルになんかしようとしたヤツにも神罰が(くだ)ったんでしょ?」

 「ああ、帝国での神罰は実際に見たわけじゃないからはっきりしたことは分からないんだけど、首都の大爆発は反帝国勢力によるものだったらしいんだ。実際に犯行声明も出されているしね。でも反帝国勢力にとっても予想を超える爆発だったらしいから、そこは女神様が便乗して神罰を足したんじゃないかって言われているね。

 それよりも数日にして巨大な森ができたって方こそが女神様の力の真価なんだと思うよ」


 歴史上、女神の神罰は人々に降されるものばかりだが、心胆寒からしめるほどの神罰ではあるものの、実際には命を取るほどの事案はないらしい。

 帝国でもテロによる爆発の死亡者は多かったが、生き延びた者が急成長する森の中で死んだりはしていないそうだ。


 「じゃあシャルの方は?」

 「ふふっ、あれは傑作だよ?」


 そう言って話してくれたのが、二年近く前のこと。シャル九歳の時の事件だった。


 シャルがいつものように教会前を掃除していると、一人の見慣れない中年男の旅人が近寄って来てこう言った。


 「でゅふふ、お、お嬢ちゃん、おじさんといいことしない?」


 明らかに変態オヤジの登場だが、純真無垢なシャルはこう思った。『いいこと』とは『善行』のことだと。人々への奉仕は神官見習いであるシャルの使命だ。


 「はい! よろこんでお手伝いしますよー!」


 善行を行いたいと言う中年男を疑うこともなくシャルはOKした。

 「よろこんでお手伝い」と聞いた男は当然のようにエロい行為を承諾されたと勘違いをし、「じゃ、じゃあ、ちょっとあっちへ行こうか」と、大興奮で人気のない路地へとシャルを誘い込む。


 実はこの男、あちこちの余所の街で女児への淫行未遂(・・)をいくつもやっているのだが、幸いにも未遂だけで全て早期失敗に終わっていた。つまり『声かけ事案』で不審者扱いされ犯罪は未然に防がれていたのだ。

 各街で何度か逮捕され、しかし実際には淫行を行ったわけではない男はすぐに釈放されていた。

 まぁ風体が怪しくても、実行に及ばなければ「ただ道を聞いていただけ」などの言い訳で通せる。兵士もそれ以上追及しても埒が明かないから釈放するしかないよな。


 ここドライクル王国の場合は、旅人の場合街に入る時に名前を聞かれ風体を記録され簡単な質疑応答の後に銀貨二枚払えば簡単に入れる。俺もそうやって入った。

 で、この変態のような逮捕記録のある不審者は、その街では警戒されるが、近隣の街にその情報が届くのは週に一回だけなんだそうだ。

 さらに、偽名を使い風体を変えれば別人として他の街に入れる。さすが平和ボケした国。ユルユルである。


 その男は情報が広がる前に移動。変装、偽名を使って新たな街に入り、好みの少女を物色して失敗。街に居辛くなると移動……を繰り返して、最果ての街カレイセムに辿り着いた。それしか考えて生きてないんかよ。本当のクズだなコイツ……。

 そして出会ったのが、清楚でありながらももはや凶器と言える二つの膨らみを持つ超絶美少女シャルンティン。ちょい待て九歳の時からあんなんだったのか? ああ、ふつーの娘に比べりゃ大きく育っていて当たり前か。

 とにかく、リビドー直撃性欲暴発した変態は、シャルを細い路地に誘い込もうとした直後、晴れ渡る青空から落ちる一条の雷に撃たれた。

 ピシャァズガーンという音が街中に轟き男は悲鳴を上げて黒コゲた。

 善人だと信じてる男に突然襲った不幸に驚いたシャルは「ああっ!? だいじょうぶですか!?」と治癒魔法を施す。

 治癒されその優しさに感激した変態は、シャルを抱きしめたい衝動にかられる。直後にまた雷。これを七~八回繰り返したそうだ。

 青天の霹靂って神罰でしかないんだけど、そんな事は露知らず純真なシャルは男を助けたい一心で癒し続けた。シャルと男、両者の勘違いによって何度も降りそそぐ天罰。

 まぁ変態男はザマァないってところだが、轟き続ける雷鳴に街全体が騒然としたそうだ。カレイセム史上最大の事件であった。

 異変に駆けつけたシャルの父、大神官ゴルディーによってその変態は捕らえられた。怒れる大神官は男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、そりゃあもうボッコボコに殴り続けたそうだ。

 しかし、状況が分からないシャルは男を憐れみ、泣きながら父を止めようとする。それを諭したのがシャルの母シルヴィーナと兄のエリンテルだった。

 性犯罪という概念すら知らないシャルを諭すのは大変苦労したそうで、その語り種はシャルの純真さと女神サスティリアの神罰の恐ろしさを国中に広めたらしい。昨今の話題はこれで持ちきりだったそうだ。

 

 「その変態男の異常な衝動って、やっぱり『鐘』……いや、『調和のオベリスク』のせいなんですかね?」

 「あぁ、リムスさんの話を聞いた後だとそうだったかもと思えるね。エラーの修正が済めばその変態もいずれは落ち着くかもしれないけど、性的嗜好ってのは本能的なものだったり成長期に受けた強い刺激によるものだったりするからね。一度決まった嗜好ってもんはそうそう変わったりしないもんさ」


 それは確かにそうかもしれない。俺が歳上の女性に惹かれるのも、歳下にあまり興味がないのもそういうことか。


 「それにその男は『恐怖』を感じてなさそうだろ? 女の子を襲ってるつもりがないのか、『鐘』の影響を受けないレベルに達してるかのどちらかなんじゃないかな。幼い女の子達を守りたいなら釈放なんてあり得ないよね。万が一にもウチのカーリーに危険が及ぶ可能性があるのなら、あの変態が強制労働させられている鉱山に乗り込んで、僕がこの手で息の根を止めてやるよ」


 俯いてクククッとどす黒い笑みを浮かべるチーダスさん。そうだった。この人も我が子を溺愛している父親だった。

 その変態が社会的制裁を受けて殺されようが一向に構わないが、チーダスさんが鉱山に乗り込んでソイツを殺すのは別の犯罪になるんじゃないのか……?

 うわぁ……とドン引きしてチーダスさんから上体を引くと、チーダスさんはパッと顔を上げて明るく笑った。


 「ハハッ、冗談だよ。それはともかく女神サスティリア様は僕の知るかぎり、全人類をいきなり消すようなお方ではないよ。その辺はリムスさんといっぱい話していっぱい考えてみるしかないね。結論を出せるのかは分からないけどね」


 そう言ってサクッと焼き菓子を齧り、楽しそうにシャルとリムスのやり取りを見ている。

 そりゃそうだ。全く知らなかった二つの文明間の情報交換がこんな短時間で解り合えるほど簡単なわけがない。今だってシャルとリムスがお互いに解らない言葉の説明をしあっている。

 後はチーダスさんのような研究者が長い時間をかけて情報を擦り合わせていくのだろう。

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