六日目 リムスによる古代文明の説明
【これは今から一万二千七百八十一年と二百七十九日前、ここディエラ28地区の記録映像です】
俺達はドーム状に映し出される動く絵を見上げ、思わず息を飲む。
見たこともない高い建物。光る看板や装飾で彩られた街並み。緑豊かで花々が風で揺れ人々が憩う草原。賑やかな市場で買い物を楽しむ家族連れ。
広い道には牽く動物のいない馬車のような物が走り、上空には鳥のような乗り物が飛んでいる。
動く絵……映像と言ったか? 豊かで平和な街並みと人々の暮らしを、ゆっくり切り替え俺達に見せてくれる。
一万二千年前の人々は俺達とあまり変わりがない姿に見えた。人の身体の造りはそう変わらないみたいだ。
次に映し出された映像は大きな川で漁船で漁をする人達の姿だった。今とは漁の技法そのものが違うようで、太く透明な管で大きな魚を次々と船に吸い込んでいる。
子供達がすっげぇ速い小さな一人乗りの船に乗って笑顔で走り回っている。中には水面ギリギリを飛ぶ小さな板に立って競争をしている子達もいた。みんな楽しそうだ。
「あれはダムラス川か?」
中将がリムスに問う。
【ここの南に流れる大きな川を指す名なのでしたらそうです。今はダムラスという名なのですね】
映像は川から街中へゆっくりと引いていき、徐々に高度を上げ街南部の風景が広がっていく。
「へぇ、防壁が無いと見通しが良くていいな。見ろよ、川向こうのあの山なんて今と全然変わってねぇぜ」
「あたしは今のカレイセムの街並みも可愛くて好きだけど、古代の街並みもなんだか洗練された感じで美しいじゃないか」
ザンタさん夫婦が今のカレイセムと比べた感想を言う。俺には全く別の場所の風景にしか見えない。
やがて映像は動きを緩め、大きな石柱の先端近くの側で止まる。表面に紋様が刻まれた石柱の先端は四角錐状に尖り、艶々に研かれた表面が太陽光を反射し輝いていた。
これはみんなもすぐに分かる。俺達の言うところの『ヌーメリウスの鐘』だ。さすがに遥か太古の姿は造りたてのようにキラキラしている。
【これは今でも地表に屹立しているでしょう? 『区域統合管理システム』の要となる『調和のオベリスク』です】
『調和』という言葉に研究員三人が変な顔になる。昨日チーダスさんから聞いた話では、『鐘』で抑え込まれている古代文明の人達は奴隷か犯罪者か下階級の人民だったのではないか、っていうものだった。
それはさっきの俺と一緒で状況証拠から導きだした一方的な推測でしかないのだが、確かに『恐怖』の状態異常なんかを毎日潜在的に植え付けられるんだ。『調和』なんて優しい言葉より、『潜在的支配』とか『恐怖挿入』なんて方がそれっぽい気がする。
【ダムラス川から北域の大地が『ディエラ』というバスクーレル人が暮らすためにアエレフィー人が用意した地域です。そしてバスクーレル人がより平和かつ安全に生活できるようアエレフィー人によって造られたのが、リムスシリーズという『地域統合管理システム』であり、Dで二十八番目に造られたのが我になります】
映像が街の風景から地図に切り替わった。地図上に『調和のオベリスク』表す黒い柱のマークがいくつも現れ、川沿いの右下隅の柱が赤くピコピコ点滅する。自分はここだと言ってるんだろう。
「うむ、確かにドライクル王国全土にある石柱の位置に一致するようだな」
【他のオベリスクも機能は健在なのですか?】
「ああ、どの石柱も建国以来鐘の音が途切れた事など一度もない筈だ」
【そうですか。良かった】
中将の答えに微笑み安堵の溜め息を漏らす。コイツ自分は機械だって言ってたよな。なんでこんなに感情表現が豊かなんだ? どっちかってーとゴーレムに近いんじゃねーの?
【順に話を進めましょうか。今から約一万三千年前の世界は二つの人種によって成り立っていました。一つは身体は丈夫ではないものの知能に優れ、我のような人工頭脳やその他全ての高度な発明を生み出す美しい種族、アエレフィー人。今私が借りているこの姿もそうですね】
自分の胸に手を当て頷いてみせた後、左手を左に振ると、そちらにある板……窓か? に男女一人ずつのアエレフィー人の全身立ち姿が映し出され、ゆっくりと横回転を始めた。
そしてその下の窓には、当時の彼らの日常を切り取ったかのような絵……というより色付きの写真がいくつか映し出される。
何やら細かい部品の集合体みたいな物を細い工具で楽しそうに弄っている姿のものや、何人かの男女が空中に描かれた図面を見ながら口論をしているもの。巨大な何かを宙に浮きながら大勢で製造しているもの……。
とにかくみんな造り出すのが楽しくて仕方がないみたいな良い笑顔をしている。
そしてリムスの言う通り、それぞれが宝石のような髪色をしていて顔立ちも美しかった。
【そして、農作・漁・畜産・工作・建築などなど……多種多用の技術力に優れ、身体も丈夫で貴方がたと同様にスキルを産み出せる種族、バスクーレル人。見た目は先程映像で見て戴いた通り、貴方がたと同じように……様々ですね】
あ、コイツ今俺をチラッと見て憐れむように眉をひそめやがった。どうせ美形じゃねーよ。ほっとけ!
【バスクーレル人はあらゆる面で究極の技術を身に付けられる可能性を持つ優れた人種でしたが、アエレフィー人と比べるとかなり知能が劣り……、いえ決してバスクーレル人を蔑んで見ている訳ではないのです。比べること事態が間違いですね。アエレフィー人の知能は超越してましたから。彼らに比べたら他の知的生命体はボウフラ同然といいましょうか……。あ、これはリムス全体の総意であって我個体の意見ではなく……】
なんだか言い訳がましい事をほざくリムス。バスクーレル人が俺達と似てると言ったあとに貶めるようなことを言ってしまったから、どうフォローしようか慌てた感じになってる。自分の創造主がアエレフィー人だからか、敬愛してる感じが言葉の端々に見えるんだよな。
まぁ言いたいことは分かる。この遺跡に入ってから目に写る物全てが、どうやって造られたのかすら分からないし、この先何百年生きたとしても俺には造れそうにない。それほどまでに超越した人種がアエレフィー人だったってわけか。
どちらかというとバスクーレル人は俺らに近いみたいだ。
「つまり、人が生活する上で必要な仕事。農業、漁業、畜産業、養殖などの食糧を確保する業種。建築、土木などの大きな工事をする職人や、料理人、裁縫師、鍛冶師など色々な物を作る職人。それぞれ腕を磨き身体を動かして良い物を作るのを得意とし、その役割を担っているのがバスクーレル人。
そして、人々の生活をより豊かに便利にするために開発や発明をし、文明を高めるアエレフィー人。という解釈で宜しいのでしょうか?」
【はい、その解釈で構いません】
大佐の解釈の整理で俺達も二人種のあり方が理解できた。お互いに役割分担がはっきりしているのならやりやすいとは思う。俺が所属する『銀晶鳥の羽』だってそうだ。誰が何をするか分かってるから自分の役割だってはっきりするし、より良く動けるように自分を高める努力もできる。
でも……。
「しかし、気になるのは君の言葉とその役割だよ。さっき君は『バスクーレル人を管理している』と言ったね? そしてその方法は君が言うところの『調和のオベリスク』の機能によってだろう? そんな方法でバスクーレル人からの反発は無かったのかい?」
【はい、我の製造以前の事なのでアーカイブに保存されたデータでしか知りえませんが、管理される以前のバスクーレル人は諍いや争いの絶えない人種だったと聞いております。どの分野でも己の技術力を高めたいがために、己より勝る者を妬み、劣るものを蔑む。虚栄心の強い人達だったのですね。長い年月をかけてアエレフィー人がバスクーレルの人々を説得。争いに疲れ本心では平和を望んでいた人達から徐々に管理システムによる管理が受け入れられ、やがてできうる限り平和な関係性が成立したのです】
アエレフィー人と自身のシステムを誇るように微笑むリムス。でも納得のいかないチーダスさんが反論する。
「いやでもね、『恐怖』という状態異常を潜在的に植え付けるなんてやり方は確かに効率が良いのかもしれないけどさ、人道的にどうなんだろう?」
【……『恐怖』の状態異常……とは、なんのことでしょう?】
ゆっくりと首を傾げ不思議そうな顔をするリムス。ありゃ? またなんか食い違ってる?
「君の言う『調和のオベリスク』が鳴らす鐘の音の効果だよ。この中じゃこの二人以外は克服済みみたいだけどさ、上の街ではほとんどの人が影響下にあるんだよ」
チーダスさんは二人の研究員を指差して言う。二人とも動きがぎこちないと思ったらやっぱりそうだったんだ。
チーダスさんの話を聞いても合点がいかないようで、困った顔で首を捻るばかりのリムス。
【『調和のオベリスク』の効果はバスクーレル人の嫉妬心や虚栄心などのネガティブな感情の方向性を、少しだけポジティブな感情へと変えるものです。決して『恐怖』の状態異常の効果などは発しておりません。そして聴き続ける以上、バスクーレル人であれば誰も克服も解除もできない効果です。効く者と効かない者に分かれるなんて有り得ません】
「…………そうなのかい?」
今度はチーダスさんが戸惑う。毒気を抜かれたように表情から力が抜けた。何年も研究してきて『ヌーメリウスの鐘』の学説を疑いながらも指針として来たのだろうから、その気持ち分からないでもない。
【我と貴方がたとの間に根本的な常識の食い違いがあると推察します。今一度貴方がたをスキャンしても宜しいでしょうか?】
「ふむ? すきゃんとは?」
中将もスキャンという言葉を知らないみたいだ。他のみんなも首を捻る。
【生体データや修得スキルの有無を人体から読み取る機能です。貴方がたがこの施設に侵入した際に一度行いましたが、何も障害は無かった筈です。それにカイエン、テイレル、チーダスの三人は既に二年前に少しだけしていますよ?】
「ええ!?」
リムスの指摘に大袈裟に驚いたのはチーダスさんだ。中将と大佐は目を見開いただけだった。
「そのような事をされていたのか……。全く気が付かなかったな……」
【今度はもっと深く、貴方がたとバスクーレル人との違いを調べます。恐らく人種の違いによりエラーが発生していると考えられます】
「そういう事なら頼むしかなさそうだな。元より『鐘』の効果をなんとかしたくてここに来たわけだし、我らの知識では会話だけでは解決しそうにない」
中将は言いながらみんなを見渡す。確かにさっきから噛み合わない事ばかりだ。特に害がないのならと、みんな頷く。
【では、スキャンします】
リムスの言葉と同時に部屋の明かりが赤くなり、通路と時のようにゆっくり明滅した。あぁ、あれがスキャンだったんだ。
『もっと深く』と言っていた割には五秒ほどで元の暗さに戻る。
【スキャン完了致しました。やはりバスクーレル人と貴方がたとの人種の違いによるエラーにより、該当する現象が発生しています。貴方がたの基礎データはバスクーレル人とは似て非なるものでした。バスクーレル人の末裔という可能性も0%です。とても残念に思います】
俺はどうなんだろう? と、首を捻る。ここのみんなともバスクーレル人とも全く違う存在の筈なんだけど、リムスは何も言わなかった。
そんな俺に気付かずチーダスさんがリムスに問いかける。
「……でも、さっき世界にはアエレフィー人とバスクーレル人のニ人種しかいないっていってたよね?」
【はい、地域によって外観的な特徴の差違はありますが生体基礎データは二人種に帰結します】
「アエレフィー人はどう見ても僕らのご先祖様じゃないから、バスクーレル人がそうじゃないかと思ったんだけど……。そんなに違うのかい?」
【はい、アエレフィー人とバスクーレル人ほどに根本から違う、第三の人種と言えます。それに……二人種の生体基礎データは、どちらも既に世界から失われています】
リムスの顔はとても辛そうだった。ニ人種の結末を見てきたのだろうか?
「これだけ平和に栄えていて、争う他国も無いというのに? 治療不可能な疫病でも蔓延したのですか?」
【いいえ、先程お見せした街の映像。その翌日の午前九時三十六分十一秒、全ての人々が一斉に消失致しました】
「!?」
【観て戴いた方が理解が早いでしょう。当時の状況を十秒前からいくつか映し出します】
上の天幕に街の十字路の上空五メートルくらいから全方向をぐるりと映し出した映像が流れる。
朝日の射す街並み。開店準備をする店主。行き交う人々。街角で談笑する姿も見える。
天幕の上の方に数字が並んでいた。多分時計だろう。数字が9:36:11になった瞬間に、なんの前触れもなく一斉に人々の姿が消えた。
「なっ!?」
あまりの光景にみんな驚きの声を上げる。
映像が切り替わり、果物を売る商店で、笑顔で果物の受け渡しをしている店主と客が同時に消え、宙に浮いてた果物が地面へと落ちた。
また別の映像では、飼い犬と歩いていた老人が消え、飼い主を見失った犬が少し戸惑ったあと、どこかへと走っていった。
室内で作業をしているアエレフィー人達も消える。人種を問わず同じ時間に人だけが、消える、消える、消える…………。
「もういい、ありがとうリムス」
堪らなくなって俺はリムスに止めるように言った。すぐに映像は消え、部屋に元の明かりが戻る。
あまりにも不可解な人の消失に気分が悪くなる。他のみんなも青い顔をしていた。
「この人体消失の現象が、世界中で全人類同時に起こったというのか?」
【はい、この現象の直後、ディエラ内と他の大陸の管理地域のシステムと情報交換したところ、全ての街の全ての人々が同時刻に一斉に消失したと判明。全人工衛星にアクセスし本惑星の隅々まで何度も探索しましたが、一人として発見できませんでした】
分からない単語がいくつも出てきたが、世界中どこを探しても人っ子ひとりとして見つからなかったってことだろう。
「でも……どこかに隠れてたり、それがここみたいに地下深くだったりしたら見付けられないことだってあるんじゃないかな?」
【隠れる理由がありません。食料は地上でしか得られないのに、地下から誰一人現れなかったのです。それに個人の所有する食料はすべてデータ化され管理されていましたし、水道を使えばその使用履歴も残ります。人々の生活で動く全ての消費や使用がこの時点で停止しました。それは誰一人として生存していないという証左になるのではないですか?】
リムスは顔を俯けたまま、淡々と答える。
【全ての外部の映像や音声を収集する端末が活動限界を迎えるまで百五十年弱。アンテナの劣化による衛星とのアクセス不能まで二百三十年弱。そして他の管理システムとディエラの各リムスとのネットワーク断絶まで約五百六十年……。世界中の我と同等のシステムが百五十体総掛かりで休むことなく捜索を続けたのですが、一人として発見できなかったのです】
「それは…………」
捜索に費やした時間のあまりの長さとその規模に言葉を失うチーダスさん。人間だったらそんな長い年月かけて諦めずに捜索なんてできっこない。
「今観た消失は人の死の様子では無かった。どんな死に様であれ普通なら何らかの痕跡が残るものだが、それさえも感じさせなかった。方法は分からんがなんらかの力で余所に飛ばされたという可能性はないだろうか?」
中将がこちらをチラリと見たあとに言う。
そうか! 俺だって異世界から放り込まれたんだ。元の世界での俺が今どういう扱いになってるのか知らないが、俺って存在が今ここにいる。もしかしてあっちじゃ消えたことになってんじゃねーか?
でも『プレイヤー』は、俺が全ての異世界中で初めて接触した唯一人って言ってたよな。
ちょっと呼び出して聞いてみようかな~? と、頭を悩ませている間にもリムスの話は続く。
【瞬間的に異空間への転移。その可能性も我らは検討しました。アエレフィー人は異空間移動の操作も可能にしていましたから当然です。しかし、転移可能の上限は、大きさは百人乗れる船が一隻くらいで、しかも単体でなければならなかったのです。つまり一隻の船に百人乗せての転移は可能ですが、世界中のあらゆる場所で一斉に、しかも個別で同時に十数億人もなんて手段は存在しません。それに異空間転移を行うと時空の歪みや重力の異常を感知しますし、時間も一瞬ではありません】
いくうかん? いくうかんてんい? 分からない言葉がまた増えたけど、なんか余所の場所に飛ばす方法はあったみたいだぞ?
そのいくうかんてんいってのは俺をこっちに運んだのと同じなんじゃないのか?
と、こめかみのピアスをコリコリ爪で掻きなら考えていると、頭に声が響いた。
《やぁマビァ! 楽しんでいるようだね!》
「うおっ!?」
いきなり俺が大声を上げたので、みんなが一斉にこちらを見る。なんでもないと首と手を振りながら否定し、みんなの注意を逸らした。
《いきなり大声を出すもんじゃないよー。みんなビックリしてるじゃないか。頭ん中で考えるだけでボクに伝わるのは知ってるだろ?》
《初めてのことなんだから仕方がないだろ。それよりも『プレイヤー』、聞きたいことができたんだ》
《うん、見てたから知ってる。怪しまれるから簡単に説明すると、その件とボクには何も関係性は無いし、ボクがその異世界に干渉しているのは君だけさ。その子の言う多次元も異空間転移もその異世界だけの話。様は君のところの『ゲート』の向こう側と同じ扱いだね。そこの世界の中だけの出来事ってわけさ。それと、君があの子にここの連中と同じ人種だと思われているのは、そちらで使われていない素体に君のデータをぶち込んだからだね。あと、『異言語変換』は改良しないよ? 今のままの方がボクが面白いからね。じゃあね!》
《あ、おい!》
聞き返す間もなく通信がプツッと切れた。
早口で捲し立てやがって……。ええと、何って言った? なんか聞き逃しちゃいけないことも言ってた気がする……。
取り敢えず『プレイヤー』は関係無いらしい。
「中将、大佐、チーダスさんも。俺のとこのアレとは全く関係ないらしいです。信じるかどうかは別ですけど」
「お、おう……。ボソボソ(プレイヤーとやらか?)」
「ボソボソ(はい、疑ってたらいきなり話しかけてきて否定されました)」
【聞こえていますよ。それに先程の怪電波も解析中です。誰かと通話していましたね? マビァ】
「うぉ!?」
俺と中将達三人とのボソボソトークも、『プレイヤー』との会話も聞かれていたみたいだ。他の五人は訳が分からずに眉をひそめている。
【電波が暗号化されていて通話内容までは解読できていません。貴方が何者かと通話したという事実があるだけで、内容が今カイエン達に話したものならば、我にも詳しく聞く権利はあるかと思いますが?】
「まぁそうなんだけどさ……取り敢えず脇に置いとかない?」
今ここで俺の身の上話までしていると、余計話が拗れる。それに俺だって『プレイヤー』のことはみんなにうまく説明できるほど知っちゃいないんだ。
「おいおい、ここにきて内緒話は無しで頼むや。聞いて理解できるかどうかは別にしてよう」
「あ、あとで話すよ。今こんな話を広げても混乱が増えるだけだし」
【マビァが非常識に特殊だったと理解していればそれで良いですよ。そうですね。まだ説明の途中なのですから、話が飛ぶのは双方にとって良いことではないですから】
「マビァさんがひじょうしきなのは街のみんなが知ってることですよぉ~」
イラつくザンタさんをなんとか宥める。リムスも取り敢えず折れてくれた。それよりおいこらシャル。その言い方はちょっと傷付くぞ!?
【ともかく一万二千七百八十一年前に全世界の全人類が原因不明の消失をしました。我らも地上の観測用オブジェクトの老朽化と、他のシステムとのネットワークが断絶したことで全ての手段を失いました。いつか彼らが戻ってくることを願い、地下深くに潜り待機モードに入ったのです】
「潜った……って、この施設は上下に移動可能なのかい!?」
【可能です。本来の位置は地下ニ十メートルですし、貴方がたが通った通路も長さ方向ともに自在に伸縮可能です】
紙束にカリカリと書き込みながら興奮気味に研究員三人がザワザワと話し出した。
【常識の食い違いが多過ぎると質疑応答も増えるので、話が脱線してばかりですね】
「ハハハ……」
本当に知らないことばかりなので、いちいち気になったことに食い付いて話が進まない。中将と大佐が苦笑を漏らす。
【我が再稼働をしたのが今から二千百八十七年前。待機モードに入ってから一万年以上の時が経過した頃です。オベリスクを通じて伝わる地表周辺の音の反響から大勢の人が来たのを知りました。アエレフィー人ならば我にすぐアクセスしてくれる筈なのですが、なんの接触もありません。ではバスクーレル人が戻ってきたと信じ、せめて彼らが心穏やかにこの地で生活できるようにと【調和のオベリスク】を起動したのです】
「二千百八十七年前……。確かに俺のご先祖様の一団がこの地の開拓を始めた時期と一致するな」
【そして時は流れます。地表の人々も増え、街も大きくなったようでした。今から二百二十六年前、偶然でしょうが地下十メートルにあるアエレフィー人の私室を掘り当てました。そこで発見した五つの『スキル・リムーバー』を地上へと持ち出したのです】
「僕らの言うところの『キューブ』だね! 文献通りだよ!」
【我の話を聞いてましたか? 貴方がたの祖先かもしれない連中がやった行いは、いわゆる『空き巣泥棒』か『盗掘』と呼ばれる不名誉な事案なのですよ? 何故喜んでいられるのです】
レムスがチーダスさんを冷たい目で睨み付け窘めた。ビクッと固まったチーダスさんの興奮が冷める。
「いや、本当に申し訳ない。僕らにとっては遠い過去の歴史で、過去の人達の行為を称賛した訳じゃないんだ。僕らが研究してきた案件の正否や新事実を、歴史の証人のリムスさんに聞けるのが嬉しくて嬉しくて……。すみません」
【……まぁいいでしょう。あまり話の腰を折らないで下さい】
しっかりと釘を刺されたチーダスさん達は聞いて書き留めるだけの体勢に入った。それを見たザンタさん夫妻が思わず吹き出して笑う。
【一度美味しい思いをして味を占めたのか、地表のあちらこちらで穴が掘られ無事だった部屋がいくつも荒らされました。しかし内部は殆ど朽ち果てていたのでしょう? 碌に何も得られなかった筈です】
蔑むような視線をチーダスさん達に向け問うと、三人はコクコクと頷いた。結局『キューブ』五つしか収穫が無かったらしい。
【地下十メートル付近の地階はアエレフィー人達のプライベートスペースが多く、我の管理外のエリアでしたので、そちらも音の反響からしか何が起こったのか探れませんでした。しかしあれだけ荒らされたのです。地表の人種を我が敵対勢力と断定して警戒したとしても、貴方がたに文句を言われる筋合いは無いでしょう?】
「あぁ、全くその通りだな」
中将が同意する。俺達も同じ気持ちなのでみんな頷いた。俺らも過去の人達もリムスを怒らせて当然のことをしてるんだ。大切に思ってきた物をこちらから手出しができない状態で荒らされたりしたら、俺だって悔しくて仕方がない。
【『調和のオベリスク』を使い続けても彼らの野心は抑えられません。効果を切ればどうなるのか分からなかったのでそのまま使い続け、我は地下深くで息をひそめて聞き耳を立て警戒を続けたのです。それから百七年後、百十九年前に突如として我を探すような深い試掘調査がいくつも同時に始まったのです。我は敵対人種との接触を覚悟せねばなりませんでした】
そう言うとリムスは右手を振った。右隣の黒い窓に新たな映像が映し出された。




