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六日目 未知との邂逅

 壁の裂け目は『ハードシフト』で硬度を上げ、スキルで無理矢理切り裂いたので、切り口がかなりささくれ立っていて触れると肌を切りそうだった。

 厚みが五十センチはある壁の断面は、予想通り違う素材を何層か重ねて造られていた。スキルで真っ二つに割ってしまったが、これでも対物理防御とか対魔法防御とかの加工が施されていたのだろうか?


 中を覗いて見ると、暗い中にはっきりと小さく光る四角や丸い光が、緑や赤などの色付きでいくつか見える。


 「これ当たりっぽいですよね? 大きく穴を開けてみます?」


 『アスター・ザッパー』があれば壁に大きな穴を空けるのが容易かったのだが、無いから『ライトニングシュート』でいいだろう。人ひとりが通れるくらいの穴は空くと思う。


 「他に当てが無いしね。できるなら頼むよ」


 チーダスさんのOKが出たので助走するために距離を取ろうとして、振り向いて戦うみんなの様子を見るとさっきまでと様子が変わっていた。


 「うぇっ?」


 と、思わず変な声が漏れる。なんか後ろがさっきから騒がしいと思ってたらえらいことになってる。


 『キューブ』からの光は止まっていて、新しく現れてもいない。が、大佐が押し留めていた衛兵(ガーディアン)の群れがブァッと通路から溢れ出て、大佐がその波に飲み込まれた。

 適度に再生する分だけを破壊して動かなくしていた狼や蠍がその場で崩れ、衛兵の波を見たザンタさん夫婦がこちらへと走ってくる。

 カラスが中将の牽制を回避し、こちらへと飛んで来る。中将が悔しそうに舌打ちし、飲まれた大佐の方を一度見てこちらへと叫んだ。


 「マビァ! 糸口が見えたなら飛び付け! もう限界だ。俺はテイレルを助ける!」


 言い終わる前に突進系スキルで波に飛び込む中将。確かにとてつもなくヤバい感じだ。どんどん増える衛兵で埋め尽くされる部屋に逃げ場なんて無い。

 壁の先の空間を何とかしなければ間違いなく全滅だ。

 急いで助走距離を取ってすぐに(きびす)を返す。その時、この遺跡に入った時に聞いた女の声が響いた。


 【これ以上の破壊行為を禁じます。既に犯した不法侵入罪及び破壊行為により、適用される罰則は……】

 「うるせぇ!!」


 長々と何か(のたま)う女の声を遮るように叫び、壁に向かってダッシュ。そこにカラスの叫びによる『目眩』の波動と、無数の羽針が背後から襲いかかってきた。

 また一秒ほど目が眩んで足がもつれる。そこへ針が突き刺さる。

 俺の防具は背面側が手薄だ。腰から上を青銅製の板金が覆うのみで、あとは綿入りの鎧下があるのみ。今回はどうやら針が垂直に刺さったらしく、腰や尻、太股に数本刺さり激痛が走る。それでもシャルの魔法でダメージは半減しているはずだ。大事な内臓や血管は無事だと信じて、体勢を立て直し加速する。


 「うおおおぉぁぁっ!」


 目一杯剣を引き絞りスキルを発動。『ライトニングシュート』で突貫した。

 剣先から円錐形に俺の全身を被う赤いスキル光により巨大な刺突武器となり、轟音とともに壁を丸く穿つ。ほとんど倒れるように着地して硬直中に滑る薄暗い壁の向こう側は、見たこともない人工物ばかりで造られた部屋だった。

 立ち上がり大声で叫ぶ。


 「おい女、どこからしゃべってやがる! これ以上俺の仲間を襲うならこの部屋のもん手当たり次第にぶっ壊すぞ!!」


 正面に大きなガラス窓があり、その向こうにもなにやらさっぱり分からないものがある。叫びながらガラス窓に柄頭を思い切り叩きつけた。ビシッとクモの巣のようなヒビがガラスに走る。


 「早くしろ! どうなっても知らねぇぞ!!」


 さらにガンガン殴ってヒビを増やし、柄頭がガラスを貫通したので穴を広げるように割っていく。


 【……分かりました。降伏します。ですからこれ以上の破壊はやめて下さい】


 諦めの感情を含んだ降伏宣言とともに、部屋が明かるくなった。刺さっていた羽針が砂になって崩れ落ちる。血は止まっていないしめちゃ痛いが噴き出すようなことはなさそうなので無視して、先にみんなが無事か、本当に全て止まったのか確認するために外へと向かう。


 俺が壁に突貫した後、チーダスさんがシャルと研究員二人を呼び、ちょうどザンタさん夫妻と壁の中へ入れようとしているところだった。チーダスさんはそのまま中将達が居ると思われる方へと駆けていく。


 「シャル、大丈夫か?」

 「はい! ちょっとこわかったですけど、みなさんが助けて下さいましたのでケガひとつしてないですよぅ」


 多分空元気だな。ちょっと瞳が揺れてるし早口になってる。

 大人全員がもう本当にダメかもしれないと思ったんだ。大人を心配させないために無理してるんだな。強い子だ。


 「やれやれ、現役の時だってここまでヤバい戦闘はそうそう無かったぜ。アリアなんか捕まる寸前だったよなぁ?」

 「まったくだよ。大佐も怪我はしてそうだけど、命はあったみたいだし、ホントぎりぎりだったねぇ。シャルちゃんの魔法もちょうど切れてさ、魔法があったお陰で助かったようなもんさ。ありがとねぇシャルちゃん」

 「えへへ~……。でもちょっとくやしいです。あまり上手に動けませんでした」


 アリアさんに頭をぐりぐり撫でられてにへらと笑うものの、表情が浮かないシャル。自分ではもっと上手くやれるつもりだったらしい。


 「やだねぇこの子は。初めての実戦でなに贅沢いってんのさ。あたしらだってこんな激戦を体験するようになれたのは、相当ベテランになってからだよ。シャルちゃんの働きっぷりは新人のものじゃなかったさね」

 「だなぁ。もし俺らが現役だったら、即戦力として絶対にスカウトしてたぜ。ありがとなシャルちゃん」


 アリアさんとザンタさんに励まされ目を潤ませるシャル。不安そうにこちらを見てきたので笑顔でうんうんと頷いて見せると、わぁっと泣き出してアリアさんの胸へと飛び込んだ。


 「うぅ~。みなさんこそご無事でいてくれてありがとうです~!」


 張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。わんわん泣くシャルを慰めるアリアさん達を壁の中へと入れて、入れ違いに外へと出る。



 広い部屋は大量の赤い砂で大半が埋め尽くされていた。今出た壁から五メートルくらいのところまで迫っていたので、本当にあと数秒で外のみんなは衛兵で埋まっていただろう。

 砂丘のように小高い丘の中腹辺りで、チーダスさんが中将と大佐を引っ張り出している。俺も急いで駆け寄って手伝った。


 「中将、大佐、大丈夫ですか?」

 「……ああ、キリバチの麻痺毒はシャルの魔法で効きにくくなってるんだが、ヒラグモの電撃をしこたま食らってな。二人とも口以外まともに動かん。悪いが運んでくれ」

 「お手数おかけしてすみません」


 二人ともあちこち怪我をして流血してるし、武器はこの砂の山の中で無くしたらしい。取り敢えず治療が優先なので壁の中へと運ぶことにする。


 「シャル。悪いが治癒を頼むよ」

 「グスッ……はい! おまかせあれです!」

 

 シャルの目は赤く腫れてるが、一泣きしてスッキリしたようだ。涙を袖で強引に拭いこちらへと駆けてくる。こんな時は仕事を振ってやった方が良いだろう。

 床に二人を寝かせて後はシャルに任せる。俺はまだ姿を見せないここの女の相手だ。


 「そろそろ出てこいよ。色々聞きたい事があるんだからさ」

 【我は既に貴方の目の前に居ます。貴方が先程割ろうとしていた窓の先の多次元並列式人工頭脳『区域統合管理システム』 それが我、リムスD―28(トゥエンティーエイト)です】

 「はぁ?」


 リムスディー28……? の言うガラス窓に手を当ててその奥を見るが女なんて居ない。よく分からない大きな物があり、あちこちで小さな光が光ったり点滅したりしているだけだ。


 「誰もいないじゃねーか。あのでっかい物の中に居るのか?」

 【居るとも言えますし、この施設全体が我とも言えます。貴方が今見ている物そのものが我の本体です。どうやら誤解されているようですね。我は人間ではありませんし、生物でもありません】

 「なんだそりゃ?」


 肉体の無いゴーストやレイスみたいなもんか? それが姿を見せずに声だけ出してるとか? それとも窓の向こうのでかい人工物がしゃべるけど動けないゴーレムみたいなもんなんだろうか?

 よく分からないので専門家に聞いてみる。


 「チーダスさん、どういうことなのか分かったら説明してよ?」

 「…………い、いやいやいや! 君が流暢に古代文明語らしき言葉で会話できてるのをまず説明してよ?! 何しゃべってんだかこっちはさっぱり分かんないよ?!」

 「あ……」


 また知らない内に古代文明語で話していたらしい。研究員三人ともそれぞれ大事なスキルを抜かれている筈なのに意気消沈するどころか、目をギラギラさせて紙束とペンを持って待ち構える。

 と、そこへ回復した中将と大佐がやってきた。


 「それはつまり、お前がこっち(・・・)に来る際に不便が無いようにと付けられた、『他言語の者と会話したり読み書きできる能力』による物のお陰で、この遺跡の声と会話ができているということか?」

 「そう! それです。実際に俺は地元の(・・・)言葉で話してますし、こっちの言語も発音も勉強していないのにみんなと会話ができてるんです。そのせいだと思うんですけど、この遺跡の声とも普通に会話ができて、みんなの言語との区別がつかないんです」


 遺跡に入った時に聞いたリムスD―28の言葉をそのままみんなに伝えたら古代文明語だと気付かずにしゃべっていたこと。みんなの言葉も古代文明語も俺には地元の言語にしか聞こえないことを説明する。


 「なるほど、それは便利ですがこの場では少し難儀になっていそうですね。どうもその能力はマビァが誰と話そうとするかで発せられる言語が切り替わるようです。マビァの耳から入る言語は、全て君の母国語に変換されているのでしょうね。遺跡に入った時に流れていた警告文らしきものを我々に翻訳しようとした際には、流れる警告文を聞こえた通りに口から言語を発した。だから我々の言語に翻訳されなかった、ということでしょうか?」


 大佐の解説に俺も「ああ、なるほど」と納得できた。チーダスさんは「そういえば君は特別な存在だったねぇ」と溜め息を吐き、他の研究員さんやシャル、ザンタさん夫妻はよく分からなかったのか首を傾げる。


 「ええとつまり、君のその能力では、二つの他言語同士の会話なら不都合は無いけど、第三の他言語が会話に加わると君には全く区別がつかなくなり、聞いたままを伝えようとしたら言語の切り替えができていなかった、ということかな? じゃあ聞いたままを伝えるんじゃなくて、聞いた話の内容を一旦君の中で理解し整理した上で僕らに話そうとすれば、言語も切り替わるんじゃないかな?」


 なるほど確かにそうかもしれない。だがリムスD―28の話の内容は全く理解できなかった。俺がアホなせいもあるだろうけど、見るからに元の世界とは文明の差があり過ぎるんだよなぁ。ここが理解できそうなのって、この国よりずっと文明が進んでいたらしいナクーランド帝国出身のガラムさんくらいじゃないか?


 「う~ん、じゃあもうちょっと聞いてみますよ。おいリムス。めんどくせぇからもうディー28取ってもいいか?」

 【どちらかといえば、Dー28の方が他のリムスと区別するための我の認識番号であり固有名詞みたいなものなのですが、現在他のリムスとの通信が行えないのですから仕方がありませんね。それと貴方は人の姿が見えないと会話が難しいようです。無駄に声が大きくなっていますので。右のモニターに映像を用意しますのでそちらをご覧下さい】


 言われた通りに右を向くと、真っ黒だった黒い壁板に一人の女性の姿が現れた。他のみんなが驚きの声を上げる。

 黒かった壁板が白くなり腹から上が現れた女性は、近付いてみるとガラス窓の向こうに居る感じではなく、平らな面に描かれた絵のようだ。

 女性は簡素だが質の良さそうな衣服を纏い、肩までの髪は真珠のような光沢のピンク色ですごい美人なのだが、耳が少し尖っているのと人間とは少し違う容貌は元の世界のエルフを思わせた。

 シャルの「わぁ……キレイなおねえさんだぁ……」という呟きが耳に届いた。

 続いて興奮する三人の研究員達のなにやらわめく声。こっちは聞きたくない。


 「お前がリムスか?」

 【この姿は我のシステムエンジニア……我の整備と管理を担当していた者の姿を再現したものです。現在では我の姿と捉えて下さい】


 ゴーレムを作った魔術師みたいなもんかと理解して頷く。


 「お前と会話ができるのが俺だけみたいなんだけど、他のみんなの言葉は解るか?」

 【我の知る言語は一つのみです。貴方がたの言語を解析するには通常であれば深い交流と長い時間が必要となるでしょう。なにより貴方のような野蛮な存在のみが我と会話できている事態そのものが非常に不愉快であり、早めに改善したい最重要課題です】


 えらく嫌われたようだ。まぁぶっ壊されたくなかったら言う通りにしろと脅迫したんだ。当然だろう。


 「じゃあなんか策はあるか? 俺は専門家でも研究者でもないんだよ。お前だってアホな俺なんかより頭の良い彼らの方が話しやすいんじゃないか?」

 【貴方がたが当施設に侵入して通路を進んで来る前に全員のスキャンを行いました。結果、貴方の持つ技能の中に『異言語変換』という未知のパッシブスキルを発見致しました。それが今我と会話ができている要因で、我に転写し分析できれば、現状の打開は可能かもしれません】


 すきゃんってなんだ? それに『異言語変換』? ぱっしぶスキル? それが『プレイヤー』に貰ったスキルか。しかし、目を瞑り『異言語変換』を念じたが脳裏にスキル名は現れない。普通のスキルじゃないのか?


 「ぱっしぶスキルってなんだ?」

 【修得後に常時発動しているスキルの総称です。貴方は他にも『スタミナ回復上昇十五%』や『筋力上昇二十%』など、身体機能を上げるスキルをいくつも修得しています】


 そんなスキルを修得した覚えなんてないんだけど。脳裏に浮かぶ文字も出なかったし響く声も聞こえなかった。

 あ、あれか? 昨日チーダスさんが言ってた「スキルを修得するだけで身体能力に(プラス)の補正が入る」ってのがそのパッシブスキルってヤツなのだろうか? でもそれってあまり実感がないんだよなぁ。いや、中将の言ってた自分の成長を感じた感覚ってのはこれまでに何度もあったんだけど、スキルの修得やスキルレベルが上がる度にスタミナや筋力が上がったように感じたことなんて一度もない。でも常時発動中ってんなら意識して使用することもないから知らない内に付いてたのかな。スキルを修得する度に持久力や筋力の限界に挑戦してきたわけじゃないから。


 【他で言えば、料理人の『包丁捌き』や宝飾加工師の『研磨』など、優れた職人が有するスキルもそれに該当します。他にも様々な種類があり、我も全てを把握しているわけではありません】


 むぅ、そう聞くと俺が普段意識して使っているスキルとパッシブスキルとの境界線が曖昧になって感じる。修得した際に脳裏に声が響かず文字も浮かばないで当人に修得の自覚がなく、無意識でも常時発動しているってのが見分ける基準なのか? いやしかし、ロージルさんの二つのスキル『情報管理』と『情報分析』は常時発動型だと聞いた。あれは特殊な例なのだろうか?

 


 【例えば貴方がたの剣技スキルなら、大抵の場合は能動的に発動したあとは全力で叩き込むだけで良いのでしょうが、職人の技巧はそうではないでしょう? 扱う素材によって力加減の微調整が必要になります。技術を磨き精度を高め、培った技巧によりどんな素材でも同等に加工できるようになります。剣技のスキルとは別枠であることは理解できるでしょう】


 なるほど、確かに職人さんの技巧と俺の剣技を一緒にはできないよな。

 ガラムさんの鍛冶仕事だって、鍋やフライパンと剣を、全て同じ調子でトンテンカンと金槌を打っているわけがない。打つべき場所に求められる力と角度、回数を、素材に合わせて微調整しながら打ってるんだろう。ガラムさんのような優れた職人はそれを的確に素早く使い分ける。それこそが熟練の技ってヤツだ。素人の俺だってそれくらいは解る。

 つまり、人が頑張って磨いた技なり経験なり身体能力が、そのパッシブスキルという証で身体のどこかに刻まれていて、成長という形で日頃から無意識に機能しているってことか?


 いやいや、元の世界では優れた職人達が作業効率や品質を上げるために、能動的にスキルを使っていたはずだ。詳しく見たり聞いたりしてないからスキル名も効果も全然知らないけど、あれはリムスの言い分なら通常スキルになるだろ。

 優れた鍛冶師のガラムさんの師匠や先輩方には、通常スキルの修得者が誰一人居なかったって言ってたし、ガラムさん当人も『九十九神の言霊』なんて特殊なスキル一つしか持ってないらしい。

 その辺も元の世界のスキル法則と大きく違う点か? あっちでは任意で発動していたスキルが、こっちでは常時発動型のパッシブスキルになってんのか?

 

 そのパッシブスキルもスキル枠に上限があるのかとか、今どんなのをいくつ持ってるのかとか気になるけど、取り敢えず置いとこう。


 「その『異言語変換』はどうすればお前に転写できる?」

 【モニターの下の青色に光るパネルに掌を当てて下さい。こちらでスキャンします】


 リムスが下を見て指を指す。手前の台に四角く青く光る場所が出たので右掌を当てた。


 「『キューブ』みたいにスキルを抜き取ったりしねぇだろーな?」

 【『異言語変換』を一つ書き写すだけです】


 俺の全身が淡く青い光りに包まれ、十秒ほどで光が消えた。


 【転写終了。もう手を離していただいて構いません。分析完了。改良を加えます。改良完了】

 「改良?」

 【貴方と他の方々との言語形態が違います。元の『異言語変換』のままでは、一方と会話している時にもう一方への言語変換がされないという欠点がありました。同時に複数の言語変換を行えるよう改良しました】

 「へぇ……そりゃすごいな」


 そんなことを今の短時間でやったのか。それってとんでもないことなんじゃないのか?


 【パッシブスキル『異言語変換』を展開します】


 リムスは一度目を瞑り見開くと、みんなの顔を見て口を開いた。


 【我は当施設の管理をしている多次元並列式人工頭脳『区域統合管理システム』のリムスD―28と申します。リムスとお呼び下さい。敬称は不要です】


 リムスが俺の中にあった『異言語変換』というパッシブスキルとやらを分析して自分に取り込み、全員と話せるようになったことを驚くみんなに話す。

 しゃべる古代文明の遺産に興奮したチーダスさんが、我先にと一歩前へ出た。


 「僕はチーダスといいます。人工頭脳でシステムということは貴女は人間ではないのですか? 我々人間とも人種の違いどころではない差違があるように見受けられますが……」 

 【端的に言えば我は機械です。この姿は貴方がたとコミュニケーションを取りやすくするために我の管理者だった者の姿を借り、映像として再現したもので、我は人間でも生物でもありません。我はこれ以上の破壊を止めていただくためにやむを得ず降伏しました。対話による解決を望みます】

 「な、なるほど……」


 リムスの言いように後ろめたさを感じたのか一歩引くチーダスさん。

 やむを得ず降伏なんて言われると、ここまで無理矢理押し入った俺らにしたらかなり気不味い。みんなの表情が曇り罪悪感が膨らむのが分かった。


 「それは大変申し訳ない事をした。俺がこのパーティの指揮官のカイエンだ。一同を代表してお詫び申し……」

 「ちょっと待った中将」


 今度は中将が一歩前へ出て謝罪を始める。だが俺はそれを止めた。今の流れでは一方的にこちらが悪くなっていて、それがなんだかスッキリしない。だから眉をひそめてこちらを見るリムスに問う。


 「確かに勝手にこの遺跡に侵入し警告に耳を貸さず奥まで進んできたのは俺達だ。お前の言葉が分かる分からないに関わらず衛兵を全て破壊しながら突き進んだんだからな。その点だけを見れば全面的にこちらが悪者に見える」


 俺が話し始めると、リムスの右隣に大きめの文字が現れ始めた。今、俺の話した言葉がそのままそこへ書かれている。今の俺はどんな文字でも読めるので何語で書かれているのかまでは分からないが、みんなが読んでるからこの国で使われている文字みたいだ。


 あ、そうか。俺は今リムスに向かって話しているから古代文明語になってて、他のみんなには何言ってるか分かんないんだった。俺の中の『異言語変換』まで改良されたわけじゃないもんな。


 「あー、その、通訳ありがとな」

 【いえ、必要な処置ですので】


 これからちょっと責めるような事を言わなきゃいけないので、正直気不味いがお礼を言うと、素っ気なく返された。


 「俺が言いたいのは、立ち入りを禁止している割りには防御が(ぬる)過ぎたんじゃないかってことだ」

 【…………】


 俺の言葉を沈黙で受け止めるリムス。

 だが俺のセリフを読んだみんなの方がざわつき出した。


 「何がだマビァ? 十分死闘だったではないか?」

 「そうですよ。シャルちゃんの魔法が少しでも途切れていれば、どうなっていたか分からなかったほどですよ?」

 「すっごくこわかったですし、大変でしたよぅ~」

 「赤い衛兵の群れがまるで壁のように立ちはだかってたんだよ? 緩いわけないじゃないか」

 「俺ら後衛だって結構ギリギリだったんだぜ? 緩かぁねぇだろ?」

 「そうかい? 広間に出てからはホントにヤバかったけどさ、通路じゃあたしもまだまだ余裕あったけどねぇ?」

 「ええ!?」


 みんなが口々に俺の言葉を否定し、研究員さん二人もうんうんと頷いていたが、アリアさんだけが俺に同意してくれて、その言葉に他のみんなが驚く。


 「そう、通路での話なんだよアリアさん。あの初めの警告と同時に分厚くて硬い扉か壁で通路を塞ぐ仕掛けでもあれば、あの後の戦いやコイツの言う施設の破壊なんかあり得なかったんだ。あれだけの数の衛兵を用意したり、合体してデカい魔獣モドキになる仕組みを用意する手間を考えたら、壁一枚で侵入者を防いだ方がはるかに効率がいいだろ?」


 ここまで言うとみんなも無数の衛兵による防御機構がどれだけ無駄が多いか分かってくれた。


 「で、俺が広間に入った時に一番に感じたのは『誘い込まれたかもしれない』ってことだ。結果俺達は次々とスキルを抜き取られた。つまりだ。ここはスキル持ちから(・・・・・・・)スキルを抜き取る(・・・・・・・・)ための施設なんじゃないか?」


 みんなもあれだけスキルを抜かれたんだ。誰でもこの結論に辿り着く。

 魔獣モドキの蠍や狼の攻撃は強烈だったけど、ちょっと壊せば修復のために動けなくなるというのが今思えば囮に最適だ。あれらが俺ばっか狙い続けて、一瞬でも気が緩めば死んでたかもなのはよく分かんねーけど、その後ザンタさんやアリアさんにはそこまでの猛攻はしてなかったみたいだし。

 動けないのを好機とスキルで完全破壊を狙えば、スキル後の硬直を狙われスキルを抜き取られる。逆に通常攻撃で修復を遅らせるために部位破壊をしていた場合でも、三方向から『キューブ』が狙っていた。壊せば撃たれる、避ければ壊せないという状況だった。

 実際に前衛四人はトータルで十以上のスキルを抜かれていたらしい。被害は甚大だ。

 また、衛兵や魔獣モドキの毒や電撃や目眩(めまい)などの状態異常攻撃も、こちらの行動を阻害するものばかりだったから、こちらを動けなくしてスキルを抜くのが目的だったんじゃないか?


 【それは当施設の機能の一部に過ぎません。それに、当施設そのものが本来貴方がたに使用するために存在する機構ではないのです。此度の使用は特例の措置でした】

 「特例の措置?」

 【はい。当施設は我を製造したアエレフィー人、そして我が管理していたバスクーレル人が使用するためにあるものだったのです。今回のように異文明人である貴方がたを相手に防衛するなど想定外の事でした。そして、貴方がたは強過ぎたのです。貴方がたから当施設を死守するためには、なりふり構わず全力で対応するしかありませんでした】


 眉をひそめて俯くリムス。

 突然出たアエレフィー人とバスクーレル人という人種名? も気になるが、『なりふり構わず』ってのは最終局面を思い返せばなんとなく分かる気がする。壁を突き破ろうとした途端に衛兵達の動きや量が変わったもんな。

 ってことは反面、その二人種相手なら絶対にしないことを俺達がさせたってのか?


 【我と貴方がたはお互いにお互いの事を知らなさ過ぎるのです。貴方がたが何の目的で当施設に侵入したのか我は知りませんが、貴方がたも当施設が何のためにあるのか知らないから、我の行動を誤解するのです。マビァといいましたね。一面だけから見える結果から導き出せる答えは、必ずしも真実とは限らないのですよ?】

 「っ!?」

 

 そう言い悲しげに微笑みこちらを見るリムスに、俺は言葉を詰まらせた。

 ……いかんいかん。いつもの悪い癖だ。俺はいつも自分の考えが正しいと思い込んだら突っ走ってしまう。頭を振って冷静さを取り戻そうとする。


 「申し訳ないリムス。俺が悪かった。こっちの被害も結構多かったし、戦闘後の怒りも興奮も抜け切っていなかったから突っ走り過ぎたみたいだ。話を聞かせてくれないか?」

 【分かりました。我も貴方を少し見直しました。では当施設について説明します】


 リムスの言葉と同時に部屋がゆっくりと暗くなり、リムスの周囲にある壁板にも明かりが灯りだす。

 そして頭上にドーム状の光る膜が浮かび、そこに見知らぬ街の光景が映し出された。

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