シーヴァ絶対防衛戦1
怒号、悲鳴、剣戟の音、魔法の炸裂音。
あらゆる音が全方位から聞こえる。
広い平原なので音は薄く広まり、大きな音には聞こえないが戦場の広さはこれだけでもわかる。
「しっ!」
左の盾でオークの頭を下から跳ね上げ、右の剣で別のオークの喉を切り裂く。
喉から血を吹き出し仰け反るオークを蹴倒し、鎧の隙間から肺に向かって剣を突き刺す。
抜く勢いのままに、先ほど殴ったオークの首筋に叩きつける。前のめりに倒れるオークを背中から突き刺す。
今はどちらも息があるが、生命維持に必要な臓器が傷付いていれば動けない。放っとけば死ぬ敵の止めを刺す余裕などない。敵はまだ周りに増え続けているのだから。
剣を振り血を払い、強く息を吐いて気持ちを調える。
もう何時間戦い続けているだろうか。たしか明け方から始まった筈だ。
曇天の空は陽の光を遮り、魔物や兵士達、ハンター達を焼いた黒煙がさらに辺りを暗くする。
少し集中が途切れたらしい。周囲を染める夥しい量の血の臭いに噎せかえる。うっかり魔物の死体を踏んでしまい、滑る血で足を取られそうになった。
「ぼさっとしてないで! 次、来るよ」
ハーフエルフの小柄な弓使いレイセリアに背中を叩かれた。
「わかってるよ! …ちょっと息調えてただけだ」
俺は冴えない言い訳をして前を向き構える。
「オーク三、ゴブリン五、オーガ二。マビァはオークを、ガジィーはゴブどもを瞬殺してオーガに向かえ! レイセリアは奥から来るオーク四を、メイフルーは状況に合わせて動け。俺はオーガをまとめて食い止める。行くぞ!」
我がパーティのリーダー、トーツが的確に指示を出す。あんな重装備で前線に立ち続けて息が上がってねぇ。ランクふたつ差でこれかよ。自分のまだまださ加減にぼやきたくもなる。
トーツは俺達パーティの防御の要であり司令塔でもある頼れるリーダーだ。二メートルを超える長身で両手持ちの巨大な盾を軽々と操る大盾使いで、長身による視界の広さを活かして防御職ながら指揮も行う。
ハンターランクはC++。Bランク目前の十九歳。濃いグレーの短髪で目付きが鋭く左の額からこめかみにかけて大きな傷跡があるゴリマッチョ。
本人は優しくて面倒見もいいのだが、見た目が怖すぎてすれ違う幼児には大抵泣かれている。
彼の盾は右手側の取手と盾の一部が分かれて盾付きの長剣になる。攻撃職ばりの破壊力を有するので、小規模な戦闘だと「俺要らないよね?」って思う時がたまにある。
レイセリアは十六歳の女の子だが見た目が十二歳以下にしか見えない。それを本人に言うと殺されかねんので言えないが、ハーフエルフのせいか? 非常に若く見える。
ランクC+の弓使いで遠中距離の狙撃からナイフでの至近距離戦闘までこなし、『隠密』『鍵開け』『罠検知・解除』のスキルも使える、もはや盗賊か暗殺者じゃね? って技能持ちだ。
薄い金髪のボブカットで、精霊の声が少し聞けるらしく、精霊達が嫌う金属はミスリル以外は身に付けず殆ど革装備だがオシャレと機能性を兼ねた着こなしで何処に居ても華があり目につく。俺がこのパーティに入ってから彼女が負傷するところを見たことがない。白い玉の肌はいつもピカピカだ。
「オラッ レイ嬢ちゃんをエロい目で見てんじゃねぇよ。見たけりゃ帰ってから風呂でも覗け」
ガジィーが俺の頭を叩いてから言う。チラッとレイセリアを横目で伺うと、既にこちらに矢をつがえて狙っていた。
焦りガジィーに文句を言おうとするが、既にガハハと笑いながらゴブリンに向かって突進中。得物がデカイわりに相変わらず速いんだよな…。
ガジィーは両手剣使いの攻撃職で、素早い機動と一撃の重さを売りとするランクC+の剣士だ。
赤みがかった茶髪を長めに伸ばし、なかなかのハンサムでお調子者。ムードメーカーでもあり街では女にもよくモテる。
俺よりも長身で細マッチョの十八歳。重装備を嫌い防具は革のジャケットと両手の手甲のみ。剣と手甲で敵の斬撃を弾き逸らす戦い方はいつ見てもハラハラさせられる。
彼の剣術は独特で、両手剣の剣先に重心がくるように重く、よくしなるように造られているので、振り回し方次第で軽い力でオーガをぶった斬ったり、敵の攻撃を回避したりできるんだそうだ。あんな剣術何処で学べるんだか…。
ガジィーを呆れて見送った後、レイセリアに「見ない!覗かないから!」とあわてて手を振り首を降る俺。
レイセリアはフンッと鼻息を荒くしながらも許してくれたようだ。
そんな俺を戦杖でつつきながら、
「遊んでないで、行きますよ。わたしがマビァくんのフォローに入りますから」
と、メイフルーが急かす。
メイフルーは戦の女神『センティスス』に仕える神官で癒しの術と戦杖による戦闘術を得意とするランクC+の回復職兼戦士だ。
さすが戦女神の使徒だけあって、杖の頭の飾りが美しい彫刻のように見えるも、要所要所が鋼鉄で造られヘタなハンマーより殴られると痛い、という攻防一体の武器を持ち、一時的には前衛としても戦える技量を持つ。とはいえやはり華奢な女性なので防御力には難があり、基本は皆のフォローと回復、あとはサブの指揮官の役割もする。
彼女は十七歳で俺と同い年だが、見た目も性格も大人びて見えるため、俺は頼りになるお姉さんにしか思えない。
桃色のふんわりセミロングは彼女がおっとりな性格であるのかと誤認させ、神官服は豊かな胸を隠しきれず、動くと浮き出る腰のラインもなかなか扇情的で目のやり場に困るが、今は割と血塗れなのでさすがに欲情はしないで済む。
そしてマビァなんて冴えない名前の俺は、十七歳の片手剣と盾を使う戦士。ランクはCでパーティ一番のみそっかす。
速くて鋭いわけではない我流剣術と、重くて硬いわけではない防御力。そこそこの攻撃力で敵を倒せるし、まあまあの防御力で酷い怪我は今のところ負ったことはない。決定力に欠けるのでランクアップも遅く、今のパーティが色々尖った編成なので、隙間を埋めるような役割でなんとか活躍できている感じだ。
野暮ったい黒髪の短髪で身長も百七十五センチと決して高いわけでもない。もう少し顔が良ければなんとか…って長期戦のせいでネガティブ入ってきた。ええいクソッ! 今は生き残らないと楽しみも何も消し飛ぶ。
半分自棄になり、背中を杖の鋼鉄製の尖った部分でヂグヂグ突いてくるメイフルーから逃げるようにオーク達へと突っ込んでいく俺であった。
俺がオークに接敵する前にガジィーがゴブどもに切り込む。幅が二十センチ程もあるのによくしなる大剣は曲線の軌道を描き撫でるかのようにゴブリン達の身体を通り過ぎ切り裂いた。
「よっし! 次行くぜぇ!」
まさに瞬殺。べつにゴブ達も棒立ちでいたわけじゃない。それぞれ武器を構え襲いかかろうとしたり、盾を構えて防御の姿勢に入ろうとしていた。それごとバターのように切り裂いたのだ。なんなのあの剣術、剛剣なの柔剣なのどっち?
ガジィーはトーツが抑えるオーガ二体に向かって駆け出す。トーツは前方左右から繰り出されるオーガ二体の巨大な棍棒と拳の打撃を、巨大な盾一枚で受け流し、または弾いていた。
自分よりも大きい三メートルは超える筋肉の塊であるオーガ二体の打撃の衝撃は想像もしたくない。俺だったら避ける一択だ。
ここまで情況を把握したところで俺も接敵だ。集中する。
ほぼ横並びのオーク三匹に正面から突っ込み、ややスライディング気味に滑りながら姿勢を低くし盾を構えスキルを念ずる。盾が淡く青い光を放ち左右に分身を造り出す。
『ミラージュシールド』
盾系スキルのひとつで、一秒間だけ盾の左右、または上下の任意の場所に分身を造り防御範囲を拡げる。分身体は本物の盾と同じ性能を持つ。
スキルは別に発声しなくても使える。技名を叫ぶのってなんかダサいし、いちいち声を出さなければ発動しないのであれば、刹那の命のやり取りをする戦いの中ではとても間に合わない。
振りおろされるオーク達のそれぞれの武器に構わず三枚の盾を突きだし次のスキルに繋げる。盾がオークの武器に触れる瞬間に発動。倍する衝撃がオーク達に襲いかかる。
『ミラージュバッシュ』
ミラージュシールドから繋げられるコンボスキルで、攻撃の衝撃を倍にして返せる技だが、今回のようにバラバラなタイミングの攻撃を一度に返すには少しコツがいる。
敵武器の第一接触から発動までに一瞬のタイムラグがあるので、その隙にこちらから盾を押し込み強引に第二第三武器に当てるのだ。
当然、今回のようなほぼ同時の頭の悪い攻撃にしか適用できないし、このオーク達が連携して俺に波状攻撃をしていたならばできない反撃だ。
激しい衝撃に仰け反る三匹のオーク。がら空きになる喉に目掛けて、身体が重く感じるのを強引に三つ目のスキルを発動する。
剣が淡く赤く光り腰を目一杯捻り右回りに横一閃の斬撃を繰り出す。オーク三匹まとめて喉を切り裂き鮮血が噴き出した。
『ワイドスラッシュ』
片手剣の前方百五十度の範囲に斬撃を左右どちらからでも繰り出せるスキルだ。この技は威力と範囲はなかなかだが発動後の動作に隙ができる。剣を振り抜いた後空中で一回転するまで無防備になる。
状況をわきまえてないと使いにくい技だが、今回はスキル三連発動による技後の硬直が二秒ほどあるので、この回転を時間の一部にあて少しでも無駄を減らしたのだ。オークは仕留めたしこれでいいはずだ…と思っていたが甘かった。
回転が止まり顔を上げて見えたのは、後ろに倒れるオーク二体…だが、右のオークは踏み止まり武器を構えなおそうとしている。その目が怒りに燃えて俺を睨んでいた。まずい! 硬直がまだ…!
焦ったその時、オークの脳天を横からメイフルーの杖が叩き潰した。首まで頭蓋を叩き割り脳漿と血を噴き出しながら後ろに倒れるオークを蹴り倒し、横からメイフルーが俺の頭にポンと掌を置く。
「マビァくん減点一~。まだまだですねぇ」
ニコニコ笑顔のメイフルーが俺の頭を掴む力にギリッ…ギリリッ…と、徐々に力を入れていく。……ちょっと怖い……。
くっ、悔しいが反論できない。それよりも帰った後の説教やしごきが頭に過り背筋が寒くなる。
硬直の解けたその背中を前方に突き飛ばす衝撃が襲って、俺は地面に激しくキスをした。たぶんレイセリアが俺を踏み台にして飛び上がったのだろう。 顔を上げると奥から来るオークに向かって赤い四つの光が飛んでいくのが見えた。俺の位置からは見えないが四匹同時に頭が吹き飛んでいることだろう。爆発音が聞こえてきた。
『イーグルアロー』
弓のスキルで四本の矢を同時に放ち、鷲の爪の如く獲物に襲いかかる技だ。若干のホーミング性能もありレイセリアがこれを外すことはまずない。さらに鏃を今回は『爆裂』にしていたらしい。
「マビァ、お仕置き、分かってるね」
レイセリアにゴミのように見下され、地面から上体を上げた俺は「…はい…」と情けなく呟くしかなかった。
まとめて四話投稿します。