家族③
※ ※ ※ ※
「ただいま帰りました。」
暗い暗いがらんとした玄関にカティスの声が響く。だが、それを迎える者は誰もいなかった。
いつも通りの光景。
分かっていたけど、リンとサイソルフィンと居るとつい忘れてしまいそうになる。自分が要らない存在だということを。
何が悪かったのかわからない。どうしたら存在を認めてもらえるかも分からない。ただ、自分という存在が無いものにされている、それだけが事実だった。
広間から延びる豪奢な造りの階段を上り、屋敷の一番端にある自室へとまっすぐに向かう。
途中1階のリビングから家族の声がしたが、カティスはそれを聞かないようにした。
そして、自室の扉を開けると、カティスそのままベッドに惹かれるように倒れこんだ。
「はぁ……今日も終わったわ……。」
一息ついて、もぞもぞと体制を変える。
いつも見慣れた天井がそこにはあった。
「好きな人……か。」
サイソルフィンとライカの告白現場を思い出す。
サイソルフィンに好きな人がいることが分かって胸がもやもやする。
誰だろうか。そんな素振り見たことがなかった。
強いて言うならばリンか。
だけど、実の兄妹なのでその可能性は除外だろう。
ライカはサイソルフィンの好きな人は自分なのではないかと言っていた。
確かに幼馴染で幼いころからずっと一緒にいることが当たり前になっていて、サイソルフィンにとっては身近な存在だろう。
だけど、サイソルフィンは明言しなかったことが、カティスの中で余計胸がもやもやする原因になっていた。
「サイの好きな人、誰だろう。」
ふと、自分の気持ちはどうなんだろうと考える。
サイのことが好き?嫌い?
「……好き……なのかな?」
いつも自分を気遣って心配してくれる。大切に扱ってくれるのは幼馴染だから?
ポンポンと自分の頭を撫でてくれる手の感触が思い出される。
家族からも得られえない暖かさをくれる存在。
毎朝一緒に登下校し、遊び、勉強し、ともにかけがえのない時間を過ごした。家族より家族のような存在。
だけど、この思いは恋なのだろうか?
恋のような、まだそこまで気持ちが深まっていないような。
でも、もしサイソルフィンが自分を選んでくれたら、それは凄く幸せなことのような気がする。
サイソルフィンのことを想うと胸が暖かくなる。ずっと一緒にいたくなる。家族との確執も、学校でのいじめも耐えられる。
「恋、かぁ。」
言葉にしてつぶやくと、やっぱり自分はサイが好きなのかもしれない。
もし、サイソルフィンが別の誰かを選ぶならば、それだけは絶対嫌だった。
叶うならば、自分を選んでくれるように。
でもこの気持ちにはまだ気づかないことにした。
そっと蓋をして、カティスは知らず眠りに落ちていった。
※ ※ ※ ※
それは懐かしい夢だった。
まだ幼く、リンとアンリがこのエンロ村に着て間もないことだと思う。
いつから出会ったのか、どうして共に遊んでいるのか、もう記憶にはないけれど、いつの間にか仲良くなっていた。
気づくといつもの丘で待ち合わせ、自然と遊ぶようになっていたのだけは覚えている。
体の弱いカティスをいつも気遣ってくれたのはサイソルフィン。
あの日も、発作が起きるときにそばに居てくれた。
「カティス大丈夫?辛い?」
「サイ……。どうして私はリンみたいに早く走れないの?どうして私はリンみたいに元気になれないの?」
闊達なリンはいつも草原を駆け回り、木に登り、気持ちよさそうに自分を誘う。
だけど病弱なカティスはそれができず、元気なリンに憧れることしかできなかった。
そんなカティスの問いに、サイソルフィンはカティスの頭を撫でながら優しく言った。
「カティスはカティスだよ。リンのように走れない体かもしれないけど、その分読書が好きで勉強ができるのはカティスだろ?リンと比較するじゃなくて自分であることに自信を持つといいよ。」
「そう……かな?」
「そうだよ。」
それでも自信が持てなくて、そんな自分が情けなくて、泣きそうになるカティスに、サイソルフィンが思いだしたようにポケットを探った。
「これ……、カティスにあげるよ。」
「ポプリ?……いい香り。」
サイソルフィンが手にしていたのは小さなポプリだった。
きなりの布に小さな薄紫のリボンがしてある。中からはラベンダーのいい香りがしていた。
「この間、母さんとリンで作ったんだよ。男の僕が持っているのも変だし。落ち込んだ時にこの香りを吸うといいよ。きっと気持ちが楽になる。」
「ありがとう、サイ。」
「だから、元気出して。あ、ほら、もう発作も収まったね。」
「本当だわ。私、これ、大切にするね。」
「うん。カティスのためになるなら良かったよ。」
「カティスー!!サイ!!どうしたの?水、冷たくて気持ちいいよー」
遠くから2人を呼ぶリンの声がする。
声の大きさからだいぶ先に行ってしまっているようだ。水が気持ちいということは川にでも入っているのだろう。
「じゃあ、行こうか!」
「うん。」
そう言ってサイソルフィンはカティスの小さな手を握り、リンの元まで歩いて行った。
あの時のラベンダーの香り、そしてサイソルフィンの手のぬくもりをカティスは今も忘れてはいない。
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