残り香①
雨の気配だろうか。まだ少しひんやりとした風が吹き、空には朧な月が昇っていた。
十六夜の月。先始めた花がひっそりと息を殺しているような妙な緊張感がそこにはあった。
毎日のようにここでサイソルフィンとカティスとで過ごした場所なのに、何となく夜の丘は知らない場所のようだった。
「この辺り……かしら。」
基盤石の埋められているあたりを探してみた。が、どこに埋まっているのかは正確にはリンには分からなかった。
「リン、せっかくの機会です。貴女の中に眠る対峙の力を目覚めさせて見ましょうか。」
「どういうこと……?」
「私たち使い手はみな対峙の力を持っています。人間を屠る化け物に対抗するために女神ラーダが人に与えた力の一つです。」
アンリが丁寧に説明する。対峙の力……。聞いたことはあるが、自分に果たしてそんな力があるのだろうか。
戸惑っているリンにアンリはいつもの表情でほほ笑んだ。
「大丈夫です。貴女にはその力がある。その対峙の力を増強させるための道具がこの聖具になります。貴女の剣となり盾となってくれるでしょう。使い方は……分かりますね。」
一度アンリに教えてもらった。前回はあんなふがいない事態になったが、今度は戦える。そう決意してリンはこの丘にやってきたのだ。
「では目をつむって。基盤石を意識して……万物に宿る豊穣の女神ラーダの力を感じてください。」
目をつむる。そして風の音、川の流れる音、大地の息吹を感じる。
すると目の前に赤い閃光が見えてリンは目を開いた。
「!!」
「分かったでしょう?貴女には素質がある。普通の使い手では見つけられないでしょう。まぁ、聖具を手に入れているということでそのためでもあるかもしれませんね。」
「アンリにはこれが分かったの?」
「もちろんこの村に埋められている基盤石がどこにあるかは把握できないですが、ある程度場所が絞り込まれているなら何とか分かりますね。」
そんなやり取りを聞いていたサイソルフィンは怪訝な顔でリンに問いかけた。
「聖具って……どうしてそんなもの持っているんだよ。」
「お父さんの部屋で見つけて……」
そうだった。父マーレイの部屋で聖具を見つけたことはサイソルフィンには話してなかった。
「父さんの?……そう。」
てっきり黙っていたことを怒られると思ったリンは拍子抜けしてしまった。
「怒らないの?」
「なんで、怒るの?」
「だって父さんの勝手に持ち出したし。」
「今僕の手元には護符がある。でもこれだけではイシューを足止めする程度しかできない。アンリの聖具とリンの聖具。武器は一つでも多い方がいいでしょ?」
「うん……。」
「それと……そろそろ出てきたらどうですか?」
アンリが突然あさっての方向に声をかけた。誰かいるのだろうか。
「気づいていたのか?」
「あなた達は……。」
暗闇から出てきたのはリン達を尋問してきた自衛団の男二人だった。エルマーというのは長髪の切れ目の男で、ゲートルトは額に大きな傷のある男だったか。
「確か……エルマー殿とゲートルト殿……でしたか。」
二日あまりも自衛団本部に拘束されていたせいもあるだろう。アンリは長髪で切れ目の男をエルマーと、体が筋肉質で顔に大きな傷のある男をゲートルト呼んだ。
「そうだ。」
「なんでここに?」
「……。」
リンが二人がここにいることを問うと、エルマーとゲートルトは互いを見合って目くばせしたが、口は開かなかった。理由を言えない事情があるのだろうか。
それを見ていたアンリが彼らを代弁するように口を開いた。
「誰か上官の命令……たぶんセシル殿の指示ですかね。リンの行動をずっと見張っていましたね。」
「見張っていたわけではない!我々は護衛を指示されて……!!」
「そういうことでしたか。」
勢いよく言ったゲートルトはその後、しまったというような顔をした。それを見てアンリは満足そうに頷いた。
「護衛って、ずっといたの?いつから?」
「この聖騎士さんを拘留してからだ。」
全然気づかなかった。セシルの意図としては純粋に護衛だったかもしれないが、この二人にとってはどうか真意は分からない。半分は護衛、半分は監視だったのではないだろうか。
「ともかく、戦力は増えたね。僕が持っている護符は十枚。これ以上は限界だね。」
「兄さんは戦闘になっても大丈夫なの?怖くないの?」
自分はジャン達の時には動けなかったのだ。兄であるサイソルフィンも使い手としての稽古はしていたが、実戦は初だろう。怖くはないのだろうか。
「まぁ、何とかなるんじゃないかな。」
「……兄さんってこういう時楽観的よね。」
「少なくともリンよりはイシューの知識はあるし。実はイシュー戦は初めてじゃないんだ。」
「え!?そうなの!!」
初耳だった。エンロ村から出ない限りイシューと対峙することはないと思っていた。いつの話なのだろうか。
詳しく聞きたかったが、サイソルフィンは言葉を濁した。
「もうずっと昔の話だよ。まだ小さかった時。僕の話はいいよ。それより自衛団のお二人はちゃんと戦力になってくれますよね?」
「我々も使い手の端くれだ。それなりに実戦経験もある。足止めくらいはできるだろうよ。」
ゲートルトは自信のある言葉を口にしたが、一方でエルマーは慎重な言葉を口にした。
「ただ、我々はあくまで自衛団だ。戦闘の補佐はできると思うけど、倒すためには聖騎士、あんたの力が必要だ。」
「おやおや。私……ですか。まぁ、最善は尽くします。」
「まぁ、今夜この基盤石の元に現われるとは限らないな。」
「そうだな、長期戦になるかもしれない。」
その後、丘の上にそびえたつ大木の元で、焚火を囲みながらその時が訪れるのを待った。
今日、イシューは現れるのか、それともリン達の検討違いか。それならその方がずっといい。これ以上村人の被害が生まれるのは絶対に避けたかった。
焚火の火を見つめながらリンはこれまでのことを考えていた。




