罪ある者③
ヨーゼフは礼拝堂で女神ラーダに祈りを捧げているところだった。自分の子供が連続殺人の犯人だとは到底思えず、彼は女神ラーダにすがるしかなかったのだ。
ギィという重い扉のある音が礼拝堂の高い屋根に反響した。
「……ヨーゼフおじ様。」
入ってきたのはリンとサイ、それに聖騎士を名乗る青年だった。
リンは真っすぐにヨーゼフを認めるとゆっくりと言葉を発した。
「基盤石について教えてくください。」
「基盤石のこと?あれは女神ラーダの慈悲のたまもの。村をイシューの脅威から守る結界を形成するのに必要な道具だ。」
「はい。そのことは今回の事件を通して何となくわかっているんです。私が知りたいのはどこに埋められているものなのかという点なんです。」
「それは……関係者以外は知られてはいけない機密事項だ。」
「それも知っています。だけど、アロイスの無罪を証明するために必要なんです。」
「どういう意味かね。」
「私はこの事件はある人物の意思によって意図的に起こっていると思っています。そして事件はまだ起こると思います。」
いつも元気なリンが真剣に、まるで自分の考えをまとめるように慎重に言葉を紡いでいるようにヨーゼフには感じられた。
「質問の意図が分からないな。何が言いたいんだ?」
「では質問を変えます。基盤石は何個埋められていて、残りはどこにありますか?」
「……探偵ごっこの続きは他所でやってくれ。」
ヨーゼフにはリンが言いたいことが何となく予想がついた。
「それを知ってどうするんだ?」
「敵を……犯人を向かい打ちます。」
「迎撃すると?相手はイシューだぞしれないんだぞ。無理に決まっている。ここは自衛団に任せるべきだな。」
あまりに馬鹿げたリンの発想にヨーゼフは被りを振って答えた。
それをフォローするようにアンリがヨーゼフに提案した。
「大丈夫です。聖騎士である私が剣となり、盾となります。」
「いくら聖騎士といえども何匹いるか分からないイシューと戦うのは難しいだろう。」
「それなのですが、ちょっと気になることが。」
「なに?アンリ。」
「私はこの村に獣型のイシューはいないと思います。」
「どういうこと?」
「最初の事件の時に基盤石を割ったのはたぶん人間です。もしくは傀儡と呼ばれる、人間がイシューに堕ちた時の成れの果て。人間でもなく、イシューでもない存在です。」
「その傀儡が基盤石を割っている村人なのね。」
「えぇ、恐らくは。最初の事件の時は森と村の境界が極めて密接だったからこそ、イシューがジャン達を森に引き込んだのだと思います。」
確かにあの時はまだ結界が揺らいでいた程度であったし、アンリの言うことも一理あると思えた。
「そして2件目以降はイシューが村に入った形跡がない。これは意図的にそうしているように感じます。」
「つまり……?」
「つまり、イシューが本能的に人を食らうのではなく、何らかの意図があってこの事件が起こっているということです。」
「そうなると、敵より先回りできほうがいいっていうのも頷ける話なんじゃない?」
「サイまでリンを擁護するのか?」
「まぁね。」
暫くヨーゼフは黙り込んで思案した。ゆっくりと豊かに蓄えたひげを触っては考えていた。
まだ子供たちだけに基盤石の警護を任せていいのか。いや、この際だから自衛団で守備を固めるという手もあるだろう。
だが、まだアレはばれていないようだ。
まったくリコといい、リンといい、この家族には振り回されている。
やがて、ヨーゼフは深いため息とともに口を開いた。
「分かった。来なさい。特別に教えてあげよう。」
そう言ってヨーゼフは礼拝堂から出くのを、リン達は慌ててついて言った。
教会の長い長い廊下を歩いていく。中庭の噴水はいつものように水に恵まれていて、春の日差しが緑に反射してその鮮やかさを際立たせていた。
ヨーゼフは生徒たちの立ち入り禁止区域に入っていった。
ここからはリン達も未知の領域だ。
「入りなさい。」
招き入れられた部屋は図書館のように書物がうず高く積まれていたが、図書館のように整理されているわけでもなく、書庫といった方がいいかもしれない。
ヨーゼフはその奥の棚から一枚の絵図を取り出してリン達に見せた。
「これは……?」
「これは基盤石の配置図だ。ここが教会。これが第一の事件で破壊された基盤石。」
そう言ってヨーゼフはレディ・マースの館近辺に描かれた黒丸に×を付けた。
「そして、第二の事件で破壊された基盤石がここ。第三の事件の基盤石はここだ。」
「残った基盤石は……あと一つ。」
サイソルフィンが絞り出すように言った。×がつけられない黒丸は一つ。いつものピクニックをする場所の近くで、川沿いの場所だった。
「まさか、あんなところに基盤石があるだなんて知らなかったわ。」
「これを知るのは私だけだと思う。」
「思うっていうことは他に知る可能性があるってことですか?」
「……確実に知っているのは私だ。だが……」
そこでヨーゼフは言葉を区切った。何か言いにくいことがあるのだろうか。
「……アロイスも知っている可能性があるということですね。」
アンリの言葉にヨーゼフはゆっくりと頷いた。
「アロイスにとってはここは秘密基地みたいなもので、子供のころからダメといってもこの部屋で過ごすことが多かった。だからもしかして基盤石のことは知っていたかもしれない。」
「……アロイスが。」
「私もまだ信じられないのだ。アロイスがあのような事件の犯人かもしれないなどとは。」
「……アロイスは犯人じゃないわ。」
「リン……。息子を信じてくれるのかい?」
「えぇ。あの夜アロイスを見つけたとき、アロイスは返り血を浴びてはいたけど、血をすすった形跡はなかった。」
「確かに、女性二人分の血量を考えると、イシュー一人で吸う量ではないと思いますね。」
リンの言葉に賛同するようにアンリが続けた。
「ということはアロイスは何かの事情を知っている。もしくは犯人を庇っているのかもしれない。」
「聖騎士殿。この事件に巻き込んで無理を承知でお願いしたい。息子を助けてくれ。真犯人を見つけてくれ。このままでは息子はイシューとして処分されてしまう。」
ヨーゼフはアンリにすがるようにすすり泣いた。
「ヨーゼフ殿。お気持ちは分かります。ですが、私はただの道具。主の命がなければ動けません。」
「そんな……」
絶望というのが最も的を得ているような表情をするヨーゼフをしり目に、アンリはまっすぐにリンを見つめた。
「リン。どうしますか?」
「どうって……私はアロイスを助けたい。ねぇアンリ。お願い。私に力を貸して。アロイスの無罪を証明して。」
「それが貴女の望みですか?」
意味が分からず戸惑うリンであったが、そのアンリの強いまなざしに動じながらもなぜか目を背けられず、頷いて言った。
「え?えぇ。」
「分かりました。貴女の命であるならば従いましょう。」
そう言って一転、アンリはヨーゼフに向き直った。
「女神ラーダはあなたを助ける。」
「おぉ、ラーダよ。この地に聖騎士を遣わされたことに感謝します。」
ヨーゼフは空を見つめ、そして祈りを捧げた。
「じゃあ、これで決まりね。今夜、第四の基盤石を守り、そして犯人を捕まえるわ。」
決意をもってリンが言った。これ以上の犠牲者を出さないために。そしてこの惨劇を終わらせるために。
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