日常③
※ ※ ※
リーン、リーン
教会の鐘がなる。
午前中の授業が終わった合図だ。
それを期に、教室の静寂は失われ、生徒達はガヤガヤと思い思いの場所へ動き始める。
あるものは食堂へ、あるものは教室、あるいは外でお昼を食べる。
リンとカティスもいつもの場所にお昼を食べに向かうところであった。
「カティス・ブライトン」
そんな2人を鈴の音が転がるような凛とした声が引き止める。
赤縁の吊り眼鏡に白衣を身につけたその姿を認め、カティスの顔がほころぶ。
「ウラニア先生」
ウラニアはこの村の村医者を務めているが、その診療所はこの教会の一室に作られている。学校の保健医も兼ねている。
医者と呼ぶには派手めな印象を受けるのは豊満な胸とくびれた細腰が医者というにはあまりにも妖艶だからだ。
カツカツとヒールの音が廊下に響く。ウラニヤはカティスに顔を近づけ、じっくりとその顔を見て言った。
「今日は……ちょっと顔色が悪いみたいね?無理はしないほうがいいわ。」
「大丈夫です。最近は発作も少なくなっていますし。」
「そろそろ薬が切れる頃でしょう?用意しているから放課後にでも取りに来るといいわ。その時診察もしましょ。」
「ありがとうございます。」
「それじゃ、またね。」
左手を白衣に突っ込み、右手をひらひらと振りつつ、ウラニアは立ち去って行った。
「ウラニア先生は、相変わらず美人ね」
同性のリンでさえ思わずため息が出てしまう程の美貌。
村の男達もウラニアを狙っている男達が多いのもうなずける。
「ただ……」
リンは何となく別の印象を持っていた。
だからふいにつぶやいた言葉の先をカティスが促す。
「ただ?」
「なんか、怖い気がするな。あの人、優しいけど目が冷たい印象があるなぁ。」
「そんなことないわ!先生はいい人よ。いつも気遣ってくれるし!」
珍しく強気なカティスに少々驚きつつ、リンは言った。
「まぁ、私には医務室に縁がないし。」
「そう、よね。……それより早く行きましょ。サイが待っているわ」
「あ、うん。そうだね。」
足早にいつもの場所に行くと、サイソルフィンはお弁当を食べながら、片手に本を読んでいた。
兄のサイソルフィンは妹のリンから見ても頭がいい。
本人曰く「頭脳派」でそれは自他共に認めている。
行動派のリンに対して頭脳派のサイソルフィン。
うまくバランスが取れているのね、とよくカティスが言っている。
とは言うものの、実はサイの方が剣技が上手いことをリンは知っていっるが、サイ自身はあまり剣技に興味は無いようなのを、リンは内心ずるいと思っている。
「兄さん、また本を読みながらお弁当食べてる。」
「違うよ、待っている間、手持ちぶたさだから暇を潰していたんだよ」
「といいつつ、片手に持っているフォークは何?」
「……食べようかなぁとは思ってた。でもまだ食べてないよ。」
「はいはい。仲がいいのはいいことだけど、早く食べてしまいましょ。じゃないとリンのテストが大変な事になっちゃうわ」
言い合いを続けるリンとサイソルフィンを制するのはいつもカティスの役目だ。
この兄妹は幼なじみのカティスが妬けるくらい仲がいい。
「そうだ、授業中内職して資料作ったから、ちょっとでも目を通しておいて。たぶんヤマはあたっているはずだよ。」
「さっすが兄さん。うん。このくらいの分量ならなんとか暗記できそう。」
事も無げにいうが、それなりの分量はある。一回見て覚えるのはちょっときつい内容だが、リンは実際何度もこのような局面を乗り切っている。
リンの記憶力にはサイもカティスも驚かされる。
基本的に頭の回転が早いのだろう。
「さて、ちゃっちゃと食べて覚えますかね!っとまずはご飯!!いただきまーす」
腕まくりをしつつ、リンはガツガツと持ってきたお弁当を食べ始めた。
それを合図とばかりにサイもカティスも食べ始める。
「…………カティス、最近は体調どうなんだ?」
あっという間にご飯を平らげ、集中モードに入ったリンを尻目に、ふとサイはカティスに問うた。
「うん。発作はあんまりないかな。」
「そう、良かった。あいつに絡まれてないか?」
あいつと言うのはジャンのことだろう。
「…………相変わらず、かな。」
「そう。なんなら僕がきつく言おうか?」
「ううん。大丈夫。いつもリンが守ってくれるから。」
「リンだと、単に言い合いになって解決にはならないんじゃないかな?」
「まぁ、そういう部分もあるけど。これは私の問題だから。」
「幼なじみなんだし、余計な遠慮はいらないよ。」
幼なじみ。
カティスは心のなかで反芻した。
そう、リンとサイ、カティスは幼なじみ。
それは事実だ。
だけど、サイからそれを言われるのはなんとなく残念な気持ちになる。
その気持の意味に気づきたくなくて、誤魔かすようにサイへと答えた。
「ありがとう。でもクラスでは色々あるけど…………家にいるよりは気分転換になるから。だから学校には頑張って来たいの。」
あの薄暗い部屋でただ一人、一日中誰とも会話もせずにいる日々に比べれば、たとえ嫌味を言われようと学校に来る方が何倍もマシだった。
「それに私にはサイもリンも居てくれるから。だから大丈夫。」
この2人が居てくれれば、カティスにとってはそれだけで良かった。
たとえ、両親に嫌われて、部屋に閉じ込められていようと、学校でいじめにあっていようと……。
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