基盤石の在処②
いつも来ている学校なのに、今日は雰囲気が違って感じられた。
空気が重い。
学校周辺は昨日のレディー・マースの館のように規制線が張られ、中には関係者以外立ち入り禁止になっていた。
学校は村の中心より若干離れているが、それでも館よりも村の中心に近いこともあり、昨日よりも人だかりが多かった。
「リーン!!」
「あ、カティス。おはよう。」
人だかりから声を掛けてきたのはカティスだった。軽く息を弾ませて、その頬はピンクで血色もよく、元気そうに見えた。
毎日会っていたが、最近調子がいいようで、リンは安心した。
「カティス。ライカが……。」
「ええ、聞いたわ。まさか学校で殺人が起きるなんて……。」
カティスが眉を顰め、言葉を詰まらせた。
「リンも様子を見に来たの?」
「うん。セシルに頼まれていることもあるし、調査の一環で来たの。」
「中に入るの?」
「うん。」
「やめておいた方がいいんじゃないかしら。かなり悲惨な死に方だったらしいもの。」
「そんな話、もう流れているの?」
「えぇ、第一発見者がそう言っていたらしいの。」
「第一発見者?」
「用務員のおじさん。学校を清掃しているあのおじさんよ。」
用務員のおじさん。確か眼鏡をかけて掃除好きで有名な職員で、リンも何度も顔を合わせている。
「でも、仕方ないわよね……。」
その時一陣の風がカティスの髪を揺らした。
ラベンダーの香りがする。
「カティス、いい香りする。」
「あ、ラベンダーのポプリ、新しいのを作ってみたの。」
確かお守り代わりに持っていると言ってたラベンダーのポプリだろうか。以前のはサイソルフィンがあげたと言っていたような気がする。
だいぶ昔ので香りも飛んでしまっていたし、新しいのを作ったのだろうか。
「そうなんだ。いい香りだね。」
「香水はちょっと香りがきつすぎるし、いいかなって。」
少しはにかみながらカティスが答える。すると向こうの方からセシルが呼ぶ声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、現場に入るよ!」
「あ、今行きます!……カティス、ごめんね。私、行かなくちゃ。」
踵を返そうとしたリンの手をカティスがつかんだ。
「カティス?」
「やっぱり行っちゃうの?どうしてもあの聖騎士を助けたい?」
「カティス……うん。」
「何があっても、私たち友達よね?」
「どうしたのカティス?具合、悪いの?」
先ほどまで溌溂とした笑顔を見せていたカティスの変貌に、リンは戸惑いを隠せなかった。
「大丈夫。……うん、大丈夫よ。」
「体、無理しないで。私は行かなくちゃ。ごめん、カティス」
まるで自分に言い聞かせるように呟くカティスを見て、リンは心配であったが、セシルが再び呼ぶ声を聞いてリンはその手を離した。
「ごめーん!!」
サイソルフィンとセシルの元へと小走りに行くと、セシルがカティスのことを尋ねてきた。
「あの子はお嬢ちゃんの友達かい?」
「えぇ。そうですけど。」
「話の途中だったかい?」
「大丈夫です。……それより現場を」
「あぁ、悪い悪い。さて、行くか。」
セシルに促されて、規制線の中に入る。ライカの死体は既に親に引き取られたらしいが、最期を迎えたと思われる場所には大量の血痕が残されていた。
リンはそれを見ると眉をひそめた。
地面は争った形跡はない。抵抗することもなく殺されてしまったのだろうか。
「靴跡……。」
ジャン達の時は基盤石あたりにヒールと思われる足跡があったが、今回はない。ということは犯人は別の人物なのだろうか?
「遺体はどんな感じだったんですか?かなり悲惨な状態だとカティスから聞いたのですが。」
それまで殺害現場を念入りに調べていたリンが立ち上がり、セシルに問うた。
「致命傷は喉元を食いちぎられたときの失血死だろう。その後、肉が食われている。」
「ねぇ、兄さん。おかしいと思わない?」
「何が?」
「もしイシューが目の前に現れたとするでしょ?そうしたらやっぱり逃げると思うの。もしくは腰を抜かして無防備だったのかしら……。」
「どういう意味?」
「もし逃げるなら背後から襲われる可能性が高いでしょ?それが喉元を食われるってことは真正面からいきなり攻撃されたことになる。」
「そうだね。」
「でもこう考えられないかしら。ライカは自分が殺されるとは思ってなかった。つまり知り合いの犯行だったってころ。」
「イシューは黒い翼を持った獣だろう?やっぱり逃げるんじゃないかな?」
リンは何かが掴めそうだった。自分の考えを一つ一つ整理していった。
「アンリによるとイシュラというイシューの人型がいるらしいの。だからライカはその人物がイシュラであることを知らずに襲われたんじゃないのかしら。」
「村人に……イシュラがいるってこと?」
サイソルフィンの言葉にうなずくと、話を聞いていたセシルが腕を組みながら言った。
「そうだな。イシュラは人に擬態できる。……ったく色々厄介になってきたね。」
「あれは……どこに行くのかしら。」
わずかばかりの血痕だが、茂みへと点々と続いていることにリンは気づいた。それを追っていくと何か違和感を感じた。
この感じはレディー・マースの館での事件を思い起こされた。何らかの異変。
茂みをかき分けると比較的新しい足跡をたどることができた。そしてその先に見たものは、破壊された基盤石だった。
よく見るとマースの館での基盤石が破壊されたように、赤い宝玉には血がこびりついていた。
「まさか……ここにも基盤石?」
「なんだって!?」
セシルが駆け寄ってくる。そしてその様子を見て頭を抱えた。
「なってこったい。ここの基盤石も壊されているのか。」
「結界の揺らぎに気づかないなんて。」
思わず非難めいた言葉がリンの口から洩れる。それをセシルは眉をひそめたまま答えた。
「正直に言うと、自衛団はあくまで一般的な使い手に過ぎないんだよ。神官ほどの女神の力を受けているわけでもないし、聖騎士ほどの戦闘力もない。ただ……変なのは教会側も何も気づかなかったことだ。」
「教会?」
「あぁ、結界の揺らぎが分かったら教会が何かを知らせに来てもいいはずだ。」
教会……ふとある人物がリンの中で浮上した。アロイスだ。彼は教会の神官の息子だった。ということは、彼が何か知っているかもしれない。
「私、ちょっと人を探してくる。」
「あ、ちょっと。リン!?」
後方でサイソルフィンが呼び止めるのも聞かず、リンはサイソルフィンを置いて駆けだした。
「……サイ、お嬢ちゃんのお守りは大変だな。」
「まぁ……もう慣れっこですけどね。」
セシルの同情を受け、サイソルフィンはため息交じりに呟いた。
「僕はリンを追います。一人だと何かしでかすかもしれないんで。」
「あぁ。……巻き込んで悪かったね。」
「いえ、リンは自分でこの選択をしたんです。」
「大丈夫。身の安全は保障するようにこちらも配慮するよ。」
「よろしくお願いします。」
サイソルフィンはそう言って一礼すると、現場を後にした。
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