第二の被害者①
まだぼうっとしている。まるでまだ夢の中にいるような気分。
あの人は誰だったのだろうか。
「私は、あの人を知っている?」
そもそもあれは夢だったのだろうか?忘れ去っていた記憶の片鱗?
そんなことを考えながら家を出ると空気が少し冷たくなっている。日中は春の陽気だが日が傾き始めた今では、風はまだ冬の名残を残している。
抜けるように晴れ渡った空は、今やオレンジ色に染まり、夜の帳を下ろそうとしている。
ふと、昨日の惨劇が思いだされた。
あれはまだ昨日のことだというのに、ずいぶん遠く昔に感じる。
「急ごう。」
イシューの咆哮を思い出し、リンは足を止めた。途端に汗が出る。
日中はサイソルフィンもいたから気が紛れていたが一人になると昨日の事件がこんなにも心の中で消せない傷のように痛みを伴っている。
リンはその恐怖や不安をかき消すように自分を鼓舞した。
速足で街へ向かう。
自衛団本部は物々しく、入り口に見張りの男達が立っていた。
「なんだお前。」
「今捕らわれているアンリに話があるの。」
「……お前、リコの子か。残念だがあの男には合わせられない。」
「少しくらいいいでしょ。食事、持ってきたの。」
「だが……。」
そんな押し問答をしていると奥から様子を聞きつけたセシルが出てきた。
「いいんじゃないかい?ここで見張られている以上、下手な真似はできないだろうし。」
「団長……」
セシルの言葉に見張りの男は一瞬渋い顔をしたが、仏頂面をしたまま扉の前を開けた。
「ありがとうございます。」
「なに、礼には及ばんさ。ただ、奴を信じた結果、実はイシューだったということになっても、知らんがね。」
ドキリとした。
確かにアンリは母の友人だし、自分を助けてくれた。でも本当に人間なのだろうか。
あの不思議なアメジストの瞳に見つめられると、変な違和感を覚える。それはやはりアンリを心から信じていないからなのだろうか。
「だ、大丈夫、ですよ!!」
「ほう?ま、早く行ってやるといい。せいぜい足掻けよ。」
セシルが部屋の奥に入っていくのを見届けると、リンはもう一度籠とギュッと握り、アンリの待つ独房へと向かった。
※ ※ ※ ※
ガシャンという音と共に、鍵が解錠され扉が開く。
「アンリ、大丈夫?」
「リンですか?どうしてここに?」
アンリは意外そうに驚いた表情をした。
「夕飯持ってきたの。何も食べてないでしょ?」
「ありがとうございます。でも今はイシュー事件のさなかです。夕方の外出をよくリコとサイが許しましたね。」
「まぁ……色々あったけど……。理解はしてもらえてると思う。」
「お小言を言っても仕方ないですね。今はありがたく食事をいただきましょう。」
リンは籠の中から鍋を取り出し、器にシチューを盛った。
その時ぐうとリンのお腹が鳴った。
「リンもご飯はまだですか?」
「……そう……ね。」
リンは恥ずかしくてちょっと俯いた。が、すぐにアンリにシチューを突き出した。
「私は、家に帰って食べるからいいの!!」
「そうですか?こんなにシチューは食べきれないですし、リンも食べませんか?」
「いいってば!これはアンリのものなの!」
頑として聞かないリンの様子を見て、アンリはほほ笑みながら籠の中を見た。
「一人で食事をするのも味気ないですし、できたら一緒に食べましょう。」
「でも器が……」
「ほら、サイソルフィンがもう一つお椀とスプーンを用意してくれていますよ。」
確かによく見ると食器がもう一つある。
「本当だわ!!……って用意したのサイだってよく分かったわね。」
「その傷です。」
そういってアンリはリンの親指に施された包帯を指刺した。
「その傷は料理で切ってしまったのでしょう?サイソルフィンの性格なら、リンを料理から遠ざけますからね。」
全くもってその通りで、リンはこの男の頭の切れに、脱帽しかなかった。
やっぱりアンリはリンにとって不思議な人間だ。
「さて、シチューが冷めてしまう前にいただきましょう。」
アンリに促されて、リンもシチューを頬張る。
今朝のパンと合わせて食べると、自分が思っている以上に食が進む。




