変化⑤
ここは、どこだろう。
私は……誰?
「リン、どうしましたか?」
あぁ、そうだ。私はリン。でもなんでだろう、背が縮んだ気がする。目線の高さが大人の足くらいにしかない。
すると目の前にいた人物―男性だろうか。
彼が優しく声をかけた。
「リン、ケガをしているではないですか!!」
見れば人差し指から一筋の赤い血が流れている。痛みは感じない。
「見せてください。……これは、薔薇の棘で指を切ってしまったんですね。」
むせ返る様な薔薇の香り。色とりどりに咲き乱れる薔薇の園。
リンは彼に薔薇をあげたくて、そして手折ろうとしたときに指を切ってしまったのだった。
「すぐ消毒しましょう。」
そういって彼はリンの手をとって立ち上がった。
だけど、リンはすがるようにその手をギュッと握った。
「あれほど、薔薇の棘には気を付けてくださいと言いましたのに。」
彼の為に薔薇の花をあげたかった。ただそれだけなのに、突き放されたようでリンの目からは涙が溢れた。
「え……私にこの薔薇を?……そうでしたか。本当にあなたは仕方のない人ですね。」
ため息交じりに、でも少し嬉しそうに彼はそう言うと、彼はリンの目線に合わせて、その顔を覗き込んだ。
紫色の綺麗な瞳がリンを捉える。
そして、彼はそっとその指にキスし、その血を舐めた。
「これは契約です。血の契約。私はいかなる時も貴女の為に存在している。貴女の望むままに生きましょう。私の片翼……」
あぁ、これは幼き日の思い出。
でもなんだろう。
彼の顔がうつろで、よく思い出せない。
良く知っているようで、でも全然知らない人で、リンにとっては共に存在する空気みたいな人物。
そう、それは……
「リン!!リン!?」
サイソルフィンの声で意識が戻る。
「私……寝てた?」
「寝てるというかぼーっとしているというか。……大丈夫?」
「白昼夢……だったのかな。なんか変な感じ。」
「疲れているのかも。アンリには僕だけ行って食事届けてあげようか?」
「あ、ううん。大丈夫。一人で平気。」
「はぁ?一人で行くの?それはなし。結界が揺らいでいる今、村の中だって安心じゃないかもしれないんだから。」
「でも母さんについていて欲しいの。それに……」
「それに?」
言葉を紡ごうとしたが、リンはそのままその言葉を飲み込んだ。
「護身用に聖具を持っていくから平気。まだ日も出てるし、帰りは自衛団の人に送ってもらうことにするから」
リンは知らないが、確かに母が自衛団が護衛兼監視で付くと言っていた。
ましてやこうと決めたら頑として自分の意見を曲げようとはしないリンの性格を熟知しているサイソルフィンは、仕方ないとため息をついた。
「分かったよ。あまり遅くならずに帰るんだよ。」
「うん。」
はい、と言ってサイソルフィンはリンに鍋をいれた籠を渡した。
中からはシチューのいい香りがリンの鼻孔をくすぐった。
思わずお腹の虫が鳴きそうになるのを我慢して、リンはその鍋を受け取ると、新しい外套を着て、家を出ることにした。
「じゃあ、行ってきまーす!!」
「うん、気を付けて。」
リンが締めた扉を見つめて、サイソルフィンは小さくため息をついた。
あのアンリが着てから何かが少しずつ変わっているような気がする。
それは村のイシューの件もそうだけど、リンもカティスでさえも変えるような何かが起こっている。
だけどそれは何かわからず、サイソルフィンは少し苛立ちを感じ始めていた。
「まるで……嫉妬だな。」
今までリンが頼るのは自分だったのに、今はアンリに掛かりきりだ。
守るべき対象が、いま独り立ちしようとしている気がして、サイソルフィンは思わずこぶしを握った。




