日常②
エンティア国。
それは光と豊穣の女神ラーダの守りにより、繁栄を極める唯一の国。
他国の殆どはイシューという漆黒の羽に赤い瞳を持つ化物によって滅ぼされってしまった。
その化物は森に住み、人の血肉を食らう。イシューに出くわしたら最期、ほとんどが惨殺されてしまうと言われる恐ろしい化物だ。
イシューに対峙できる「使い手」と呼ばれる人は、護符やラーダの涙、聖具といった武器によってイシューを封じることは可能だが、倒すことはできない。
「私も早く大人になって使い手になりたいなぁ」
学校へ続く草原の中の道を歩きながら、リンは先程のやり取りを思い出して言った。
「そんなことになったら、僕の悩みの種が増えることになるから止めてよ。」
リンの母であるリコは「使い手」であるため、今日も護衛の仕事に行くのだが、森を通らねばならないためイシューと対峙することもあるだろう。
決して安全な仕事ではないため、サイはそのことを言っているのだろう。
「でも、強くなったら、母さんもサイのことも守れるでしょ?」
「守らなくていいから。それを言うなら僕でしょ。僕が守らなきゃ。」
「えー。つまんない!」
「つまるとかつまらないとか、そういう問題じゃないから」
サイが呆れながらそう苦笑したとき、二人を呼声が遠くの丘から聞こえてきた。
「リーン!!サイー!!」
見ればいつもの待ち合わせのもみの樹の下で、カティス・ブライトンが手を振っているのが見えた。淡い栗色の髪が風になびいている。
「カティス!!遅くなってごめん!!」
リンは幼なじみであるカティスの元に駆け寄ってた。
「いいの。だっていつものことだもの。」
ニコニコと満面の笑みを浮かべて微笑むカティスに、リンは本当は反論したかったが、カティスより前に待ち合わせの場所についたことがないリンはそれもできずに、ちょっとむくれた。
「一生懸命起きようとしているんだけどなー」
「今日だって僕に起こされたでしょ。」
「…………だってお布団があまりに居心地がいいんだもん。」
「リン…………それは言い訳になってないよ。」
まだしぶとく反論しようとするリンを、カティスが苦笑しながら制する。
「まぁまぁ。それより、リン。今日のテスト覚えてた?」
「もちろん!!」
「嘘だよ。僕が教えたんでしょ。」
「…………ま、まぁね。」
「それじゃあ、勉強してないの?今日のテストは結構重要なテストみたいなのに、大丈夫?」
「…………あんまり、大丈夫じゃない……」
「でも、リンは記憶力がいいから、なんとかあるかもしれないわよ。テストも午後からだしね。」
「ならいける!!…………かも。」
そう言った時、朝の会話を思い出す。
「そういえば、サイ、勉強教えてくれるんでしょ?ヤマさえ抑えればなんとかなるかも!!」
「はいはい。結局僕頼みなんだね。ちゃんと教えるから大丈夫だよ。」
「ありがとう!サイ。よろしくね!」
賑やかに語らいながら学校へ登校するのは日課だ。
リン、サイソルフィン、カティス。
この3人で過ごした時間はどれほどだろうか。
幼い頃から気づけば傍にいる存在。
それが当たり前の日常。
これからもずっと続いていくのだろ。
大人になっても、さらに年を重ねても。
ずっとずっと一緒に入れると、この時のリンは漠然と思っていた。
※ ※ ※
学校につくと、サイソルフィンとは別の教室のため一旦別れ、リンとカティスは自分の教室へ足を踏み入れた。
村の学校は決して大きくはない。女神ラーダを祀る教会の何室かを使って授業が行われる。
初等部、中等部、高等部だけが区分けされて授業が行われる。
リンとカティスは中等部、サイソルフィンは高等部と教室がわかれていた。
教室に入ると、少ない人数ながらもガヤガヤと沸き立っていた。
「ギリギリセーフ!」
鐘の音と共に教室にはいる。
すると棘のある言葉がリン達に向かって放たれた。
「へー。今日はちゃんと学校にこれたんだなぁ。雨でも降らないといいけどなぁ」
教室の中心の机の上にどんと座り、大げさな身振り手振りで訪ねてきたのは、ジャンだ。
この中等部のリーダー格の少年だ。
「きっとテストがあるから来たんですぜえ」
そのジャンの言葉に乗っかって畳み掛けたのは、腰巾着のタングである。
「金持ちのお家なんだから、コネで進級させて貰えばいいのになー」
「本当でっせぇ。いやいや、もう十分コネで進級させて貰っているじゃないですかねぇ」
「それもそうだ!」
侮蔑を含んだ笑い声が教室に響く。
カティスの体は決して強くはない。
ちょっとした風邪でも寝付いてしまうことが多く、心臓も弱いため運動も制限されている。
そのため、カティスの体は白く、華奢で、儚げだ。
多少の風邪ではめったに寝こむこともなく、運動大好き人間のリンとは正反対である。
カティスは出席日数ギリギリで進級していることは事実であるが、家の金にものを言わせて進級をするような卑怯な真似はしていない。
だが、休みがちなカティスが進級できていることを訝しげにジャンは思っているようだった。
「ちょっと、ジャン。いい加減にしなさいよ!」
堪りかねてリンが反論しようとした時だった。
「リン、いいの。」
制したのはカティスだった。
だがその緑の瞳に影を落としているのは明らかだった。
「でも!」
「いいの。…………それよりもう着席しましょ。先生が来てしまうわ」
カティスにそう言われたら、リンも諦めるしかない。
ジャンとタングを無言で睨みつけると、リンは席に着いた。




