日常①
「リン!!早く起きないと遅刻するよ!」
遠くから自分を呼ぶ声に、リン・ハミルトンはゆっくりと瞼を開いた。
ふかふかの白い羽根布団は、朝日を浴びて更に温もりを増し、夢見心地な気分に益々浸らせる。
「ね……むい……。」
体はまだこの温もりを味わいたいと思っているのだが、理性が覚醒を促し、リンはゆっくりと体を起こした。
「ん……、いい天気だなぁ」
一つ伸びをして、リンは窓を開けた。
高原の風が、春の花の香りをまとって吹き抜け、リンの金色の髪を少し揺らした。
時を同じくして、兄のサイソルフィンがリンの部屋のドアを乱暴に開けた。
「リン!!いい加減に起きないと遅刻だよ!!」
「あ、おはよう、兄さん。」
「…………起きたならさっさと着替える!!じゃ、僕は、母さんの手伝いをしているからね。早く準備をして起きてくるんだよ。」
まだ寝ぼけ眼のリンの様子を見て、兄であるサイソルフィンが釘を刺した。
「あ、二度寝はダメだよ!ちゃんと、起きること!!」
「……はーい。」
バタンと音を立てて、扉が閉められるのを見て、リンはよしと気合を入れて急いで身支度を整える。
階段を降りてダイニングに行くと、そこにはサイソルフィンと母が忙しく朝食の準備をしていた。
「おはよう、母さん、兄さん。」
「おはよう、リン。」
母であるリコがまな板を洗う手を止めて声をかけた。
「あれ、母さん。その格好……もしかしてお仕事?」
「急に仕事が入ってな。今夜は遅くなるかもしれない。」
「そっか、気をつけてね。」
リンの住むエンロ村はこの国-エンティア国でも辺境に位置する。四方を険しい山に囲まれ、物流や近隣の都市との交流も乏しい。基本的には自給自足で村人は生活しているが、それでも定期的に村に物資を入れるために行商が行き来している。
途中そういった商隊を狙った山賊や化物が出るということがあり、その護衛も自衛団の大切な役割だ。
母のリコはその自衛団からたまに要請を受けて商隊の護衛をすることがあり、今日はその仕事が入ったようだ。
リコは黒の髪を揺らしながら心配そうに言うリンに微笑みかける。
「ありがとう。大丈夫だ。」
「私も早く大人になって、自衛団に入りたいなぁ。そうしたらお母さんの手伝いができるのに……」
「リン、前も言っているがお前には普通の生活を送って欲しいんだ。私みたいに護衛業なんてやってほしくはないんだよ。」
娘の言葉に苦笑しながら母は娘をたしなめた。
「でも、母さんは強いじゃない。ずるいわ。」
「まったく……、それより宿題はしてるのか?まずはそっちが優先事項だろ?」
「そういえばカティスが今日はテストって言ってなかった?」
兄の言葉にリンの顔が青ざめる。
そういえば歴史の授業で今日はテストと言われたような記憶がよみがえる。
「あ……そういえば……」
「仕方ないなぁ。早く準備して学校行くよ!少しでも早く学校に行って授業前に僕が教えてあげるから。」
サイソルフィンの申し出に、リンは両手を合わせて感謝した。
「さすが兄さん!頼りにしているからね!!」
「さ、早くご飯食べてしまいなさい。」
「はーい!」
急いでダイニングテーブルに着席すると、封が切られた手紙があった。
「これ……手紙?珍しいね。……父さんからからかな?」
そう呟いて手紙を取ろうとしたリンの手をリコが制した。
「ん?母さん?」
「いや……そうだな、マーレイからだ。」
「……そう?父さんなんだって?」
「いや……特には。サイとリンによろしくと書いてあったかな。」
父であるマーレイは仕事の関係上、不在にすることが多く、めったに家にいることがない。しかもめったに連絡もよこさず、生きているか死んでいるのか分からないという状況も多い。
そんな父からの連絡にリンは嬉しくなってしまう。本当は手紙を直接見たかったのだが、リコがその手紙を持ったまま、引き出しに閉まってしまった。
「そっか。元気ならいいの。きっと帰ってくる予定も決まってないんでしょ?」
「まぁな。まだしばらくかかるらしい。」
「あ、リン。早く食べて!!母さんも出発の時間があるだろ?」
「いけない!」
サイソルフィンに促され、リンは慌てて朝食を平らげると、リコへの挨拶もままならないまま、家を出た。




