アンリ⑤
※ ※ ※ ※
家に帰とアンリをリビングに残し、リンはすぐに父のクローゼットを物色していた。
父マーレイの私物は少なく、必然的にアンリが着る服も限られていた。
「えっと、確かこの辺りにベルトがあったと思うんだけど……。」
父のクローゼットは今や服よりも不用品を押し込んでいる割合が多く、ベルトを探すのも一苦労だった
独り言を呟きながらベルトを探していると、クローゼットの奥底に見慣れない箱があった。
「これ……なんだろう?」
リンはまるで箱に魅入られたように手を伸ばした。大きさは15㎝程度の正方形の箱で、まるで宝石などの装飾品を入れるようなケースだった。
なんてことのない黒い箱。だけど、リンはそれが気になった。
「宝石かな?」
そしてゆくっりと箱を開く。
その箱に収まっていたものはアンリが先ほど左手にはめていたあの聖具に酷似したものだった。
血よりもより深い紅。鈍い光沢はこの物質が女神から与えられた聖なる武具であることを象徴しているかのように輝いていた。
「これ……聖具?でもなんでこんなところにあるの?」
その時だった。リビングの方から自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
「おい、なんでお前が要るんだよ……。ってか、リンは?リンいるのか?」
声の主はサイソルフィンだった。
声の大きさと廊下の歩く音からサイソルフィンがこちらに向かっているのが察せられた。
そしてなぜか慌てて聖具をポケットにねじ込んで隠してしまった。と、同時にサイソルフィンが部屋へと入ってくる。
「なんだよ、いるなら言ってよ。」
「あ、兄さん。ごめん。」
「何してたの?」
「えっと、アンリに着てもらう服を探していたの。長身なアンリだから父さんの服なら合うかなって。じゃないと聖騎士ですって感じで目立つでしょ?」
「あ……そういえば校門で生徒たちに囲まれていたね。」
「そうなの。ってか、兄さん知ってた?聖騎士の存在。使い手の最高クラスが集まるんですって!」
「興味ない。」
「えー」
そっけない兄の様子に、意義を唱えようとしたリンだったが、サイソルフィンがその前になかばリンの言葉を遮るように言った。
「で?それをあいつに着せるのか?」
「うん。」
意気揚々とリンは父の服を持って、リビングに移動した。あとからはため息交じりのサイソルフィンの声がしたが、リンは気にしなかった。
「アンリ、これ来てみて。あ、兄さんの部屋で着替えるといいかも」
「分かりました。では、サイ。申し訳ないですが、お部屋まで案内してもらってもいいですか?」
「はぁ?なんで僕が?」
「いいでしょ。一応お母さんの命の恩人なんだし。」
するとサイソルフィンはつくづく嫌そうに大きなため息をついた。
言い出したら聞かないリンの性格を分かっているサイソルフィンは仕方ないそぶりでアンリに言った。
「はぁ、分かったよ。こっち。」
「ありがとうございます。」
そういってアンリとサイソルフィンは部屋の奥に行った。
一人リビングに残されたリンは、無意識のうちにポケットの中にある聖具に触れていた。
ツルツルとして、ひんやりとしたそれは、触っているだけではただの石にしか思えない。
どうしてこれがイシューを封じる武器になるのだろうか?
そもそも村から出たことのないリンにとっては、本物のイシューを見たことがない。
それはエンロ村には女神ラーダが祭られていて、下級のイシューならば入れることができない結界が張られているからだ。
村の自衛団に入れば、村の外に出ることもできる。外の世界を見て見たい。それもリンが自衛団に憧れる理由のひとつでもある。
「私・・・使い手の資質があるといいなぁ。」
テーブルに顔を伏せて呟く。父も母も使い手であるリンにとって、八割方使い手の資質とあると思っているのだが、まだ確かめることもできていない。まだ子供と思われている証拠だ。
そうこう思いをめぐらせていると、アンリ達が着替えて戻ってきた。
「あら?結構似合うのね!」
「まぁ、背格好はマーレイと似ているのかもしれませんね。」
ふと長期不在の父を思い出す。
今はどこで何をしているのだろうか・・・。
一瞬寂しそうな顔をしたリンを見て、アンリが問いかける
「リン?どうかしましたか?」
「あっ、ううん。ちょっと父さんのこと思い出して。」
「マーレイのことですか?」
「なかなか家に居なくて……。仕事の関係としか分からなくて、実はどんなことをしているかも分からないし。どこかで死んでたらどうしようとかそればっかり考えちゃうの。」
「リンはマーレイのことが好きなのですね。」
「当然でしょ。お父さんなんだもの。」
「そうですか。それは良かった。リン、貴女は幸せなんですね」
「うん。そうね。」
優しい両親と頼もしい兄、優しい親友。すべてに恵まれていることにリンは気づき、改めて言った。
「うん。私、幸せなの。」
「そんな顔をされてしまっては、私の決心が鈍ってしまいます。」
「決心?」
「えぇ。貴女が真実を受け入れるように導くことです。」
「真実……?」
きょとんとしてアンリの言葉に戸惑うリンに、苛立ちを隠せずにサイソルフィンが静止した。
「おい、あんた。リンに何を言うつもりだよ。いい加減にして。」
「おやおや怖いですね。分かりました。リコにも止められていますしね。それよりリン。荷物はいいんですか?」
「荷物……あっ!!学校に鞄置きっぱなしだわ!取りに戻らなくちゃ。」
「では着替えも済んだので私も学校に行きましょう。」
「それはダメ!」
「なんでですか?」
「露骨に残念そうな顔しないで。」
「仕方ありません。ですが近くまで送らせてください。学校には何かがあるような気がするのです。」
「まぁ、近くまでならいいけど。……サイはいつもの丘で待ち合わせでいい?」
「あぁ、いいよ。カティスもそろそろ着いている頃だろうし、待ってるよ。」
そう言って、リンとアンリは学校を、サイソルフィンはピクニックの丘に向かって家を出ることになったのだった。
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