アンリ②
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いつもの待ち合わせ場所にはいつも通りにカティスが待っていた。
「あら?今日はアンリさんも一緒なんですか?」
カティスはリン達と一緒に来たアンリを認めると不思議そうに言った。
それを聞くと不機嫌そうにサイソルフィンが説明した。
「学校までだよ。村を見たいんだって。」
「そうなんですね。この村、特に名産とかあるわけじゃないですけど、いいんですか?」
自分たちにとってなじみの村だけに、王都から来たアンリには物珍しいものはないだろう。
そう慮ってカティスは首を傾げた。
「いえ、リンが住んでいるこの村のことをもっと知りたいのです。だからリンが育ったこの村のことをもっと知りたいだけなんです。」
「そうですか……じゃあ、学校が終わったらまたピクニックに行きませんか?」
カティスの提案にサイソルフィンは思い切り嫌な顔をした。
しかしカティスとアンリは意気投合したようでピクニックは決定となりそうだ。
「ね、リン。いいでしょ?」
「私はいいけど……。」
「リンと過ごせるなんて夢みたいです。そうだ、では私にそのピクニックの準備をさせてください。」
「え?アンリがするの?」
「はい、簡単ですがリンが学校に行っている間スコーンと紅茶を用意しましょう。」
「アンリって、お料理とか得意なの?」
「得意というほどではないですが、リンに食べてもらいたくて、この十年で勉強したんです。」
そういわれればそういわれるほど、リンは気まずさを感じてします。
この目の前の青年はリンとあってから世界のすべてがリンを中心に動いているような物言いをする。
だけど、リンはアンリのことを覚えていない。それが心のなかでしこりのようになっていた。
「アンリ、ありがとう。でも、私はアンリが思っているような人間じゃないし、どこにでもいる平凡な女の子だよ?」
「今はそれでいいのです。時がきたらすべてが明らかになるでしょう。その時、貴女は決断するでしょう。私はそれを見守るのみです。」
「決断?」
「まだ、それは知らなくていいです。だから、日常を大切にしてください。」
「日常……ねぇ。」
アンリの紡ぐ言葉はなぞかけのようで何となく腑に落ちない。
何を隠しているのだろうか。
アンリをまじまじと見る。
アメジスト色の瞳には慈愛が込められている。
白を基調とし、青のラインが入った制服。
何を考えているのか、人世離れした不思議な雰囲気。
たぶん一度会ったら忘れないタイプの美青年だ。
「分かったわ。じゃあ、午後の授業が終わったら、集合ね!アンリは村の宿に泊まっているんでしょ?迎えに行くわ。」
学校に向かって歩きながら会話をしていると村の中心部に差し掛かったその時だった。
喧噪と共に、人が集まって何やら話している。
「おい!!」
「あぁおぞましい」
「村も狙われるんじゃないのか?」
「おい、自衛団なんとかしろよ!」
「なんでもリコも重傷だとか。」
かぶされた白い布がところどころ赤く点を成していた。
どうやら相当悲惨な死体なのかもしれない。
イシューに食い殺されているのだから見るも無残な姿なのは安易に予想がついた。
「リン……行きましょう。」
先を促すアンリだったが、リンは呆然と布を被せられた遺体から目を離せずにいた。
「アンリ、あれって自衛団の人?」
「いえ、昨日リコが守った行商人です。が、生還者は半分でした。」
「じゃあ、回収できていない遺体があるってこと。」
「そうですね。」
「その戦闘、アンリが母さんを助けてくれたの?」
「まぁ、成り行き上。」
「ということは、アンリは使い手なのね。じゃあぜひ、稽古つけて!」
「稽古……ですか?」
「私、自衛団に入ってでこの村のために何かしたいの、母さんみたいに強くなりたいの。」
「まだ駄目です。今はその時ではありません。リコやサイソルフィンが言うようにまずは勉強でしょうね。」
「はぁ、みんなそうやって止めるのね。」
肩を落とすリンを見て、アンリはある提案をした。
「では簡単な護符の使い方から始めましょうか。」
「本当!?いいの??」
「えぇ。いざという時のため、自分を守るためであれば必要な知識です。」
「ありがとう!」
「さ、そろそろ学校が始まってしまいますよ。」
アンリに促されて、リン達は学校へと足を進めた。
教会の入り口に辿り着いたとき、リンはその歩みを止めて、アンリに向きあがった。
「あ、アンリ!」
「なんですか?」
「お母さんを助けてくれてありがとう。じゃあ、学校行ってきます!」
そういって教会に消えていくリンの後ろ姿を見送った。
「見慣れない顔ね。」
アンリが振り向くと白衣を着た妖艶な美女がアンリの背後に立っていた。
「貴女は……」
「ウラニアよ。この村の医務を担当しているわ。」
「……そうですか。」
「この村は閉鎖的よ。あなたはここに住む気?」
「それはまだ何とも。」
「せいぜいお気をつけなさい。」
そういって、ヒールの音を響かせて、ウラニアは教会へと吸い込まれるように消えた。
アンリはウラニアの消えた先を厳しい表情でじっと見つめていたのだった。
そう、彼女に声をかけられるまで、アンリはウラニアの気配に気づかなかったのだった。
「私も、まだまだですね……。」
そうひとりごちして、アンリはもと来た道を戻った。
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