アンリ①
翌日。
「おはようー」
寝ぼけ眼で大あくびをしながらリビングへ降りたリンを迎えたのは意外な人物だった。
「リン、おはようございます。」
まるで背景にバラが咲くような満面の笑み。
思わず後ずさるリン。
後ろに続いていたサイソルフィンがリンにぶつかって文句を言った。
「リン、どうしたの……っておい!!」
「サイもおはようございます。」
「おはようじゃないだろ!?なんであんたがいるんだよ!!」
「リンと少しでも一緒にいたいからですよ。」
悪びれもなくいうアンリ。
そして出会ったときと同じに、リンの手を取って軽く口づける。
「!!だ、だからそういうのはやめてください!」
思わず動揺して手を引っ込めるリン。
それを見て激高したのは普段声を荒げることのないサイソルフィンだった。
「母の知り合いかなんだか分からないけど、これ以上妹に手出しはさせないからな!!」
「妹……ですか。」
「なに?」
アンリの言葉に怪訝な顔をするサイソルフィン。
その対応はまるで手傷を負った子狐を庇う親狐のようでもあった。
「いえ……なんでもありませんよ。」
そんな姿の兄妹を見て、アンリは小さくため息をついた。
「これでは先が思いやられる。」
「は?だから何?」
「さ、朝食を準備しました。早く席についてください。」
見ればアンリはどこから用意したのかフリフリのピンクのエプロンを身にまとっている。
そして食卓には朝食ができていて、室内にかぐわしい匂いをさせていた。
「えっと……これはアンリが準備してくれたの?」
「はい、もちろんですよリン。食後には紅茶を入れましょうね。」
「あ……ありがとう。」
戸惑いながらもリンとサイソルフィンは食卓に座った。が、気づくと一人足りない。
「あれ?母さんは?」
「リコはああ見えて結構重傷なんですよ。先ほど寝室に食事を届けましたからリン、安心してください。」
そういえばそうだった。
昨日は強がって見せていた母だが、かなり重傷だと聞かされていたことを失念した自分をリンは責めた。
「アンリ……ごめんなさい。本当は私が母さんの分まで色々しなくちゃいけないのに。……母さんそんなに悪いの?」
「いえ、いいのです。私はリンの力になれればそれでいいのです。感謝するのは私の方ですよ。それはそうとリコのことですが、絶対安静。全治3か月といったところでしょうか。」
「まさかそれまでこの家に居座る気か?」
サイソルフィンが胡散臭いものを見るようにアンリに言った。
「そのつもりです。」
「はぁ?目的はなんなのさ。確か国王の使い……だったんだよね?」
「それは……秘密です。リコに口止めされてますし。」
今までは不思議な雰囲気を漂わせていたアメジスト色の瞳が、急に悪戯っ子のように変わった。
「さ、折角の料理が冷めてしまいます。」
アンリの作ったのは料理はどれもシンプルながらおいしく、特に野菜のスープは口いっぱいいに野菜の旨みが広がる絶品だった。
「おいしい……。」
正直期待していなかっただけ、思わず感嘆の声を上げるリン。
その言葉を聞いてアンリはほほ笑んだ。
「ありがとうございます。あ、学校には一緒に行きますからね。」
「え?が、学校に来るの?それは……ちょっと遠慮します。」
「私はリンのそばに居たいのです。」
「そもそもなんでアンリは私に構うの?母の子供だから?それとも何か理由があるの?」
「それは……昨日も言いましたが私は貴女の剣。貴女と共にいる存在。それが全てであり、契約です。」
「その契約覚えてません。」
「でもたぶん近いうちに思い出すことになると思います。大丈夫です。私は十年待ちました。あと数日なんてあっという間ですよ。」
「十年……私が五歳の時ですよね。……私その頃の記憶が曖昧で。」
リンは五歳以前の記憶が曖昧だ。
アンリは昔に会っていると言っていたがまったくもってその記憶がないのだ。
気づくとアンリは紅茶を入れてくれていた。
「はい、紅茶です。私が王都から持ってきた最高級品ですよ。きっとリンの眠気も吹き飛びます。」
そう言われて出された紅茶を一口飲む。
砂糖も入れていないのに、茶葉の甘みが引き出され、心なしか先ほどの眠気も吹き飛ぶような気さえしてくる。
「リン、そろそろ学校行かないと。カティスが待っている。」
ついつい料理も紅茶もおいしくて寛いでしまったが、今日は平日。学校に行かねば。
「アンリ、ご馳走様。」
「学校には入りません。ただ、この村を散策する次いでですからリンの学校まで案内してください。」
「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ道すがら村を案内するね。でも学校に来るのはダメ。」
「仕方ありませんね。今日は我慢します。さっ、準備を。」
こうしてリンとサイソルフィンはアンリに促されえて、学校へと向かうことになった。
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