家族④
※ ※ ※ ※
ふと、カティスは目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまったようだ。部屋は真っ暗で月明かりが窓からさしている。
といっても、深夜ではない。家に帰ってきて30分程度寝ていたようだ。
時計は7時をさしていた。
「あ、そういえば宿題のノート、リンに貸してたんだった。」
あのノートがないと宿題ができない。
まだそんなに遅い時間でもないので、リンの家に行くことにした。
道すがら、さっきまで考えていたサイソルフィンのことを思い出して、変に意識してしまう。
(扉をたたいたら、サイソルフィンが出てきたどうしよう。)
そんな不安を抱えながら考えを巡らせていると村はずれのリンの家まであっという間についてしまった。
扉を叩こうとしたその時だった。
「私はただリンが愛しいのだ。自分の子では無くとも……」
リンの母であるリコの声が聞こえた。
「えっ……」
誰のことを言っているのだろうか。
リンが……?
まさか?
じゃあ、リンとサイソルフィンは兄妹ではないの?
あんなに仲がいいのに?まるで恋人みたいだというほど、仲がいいのに?
サイは、リンは、その事実を知っているのか?
動揺のあまり、カティスは扉から後ずさった。なんという会話を聞いてしまったのだろうか。
その時、思わず足を滑らせて、転んでしまう。
どすんという小さな音が立った。本当に小さな音だった。だが、部屋の中にいるのは使い手として腕の立つ人間だった。
「誰だ!?」
小さな音を立てたカティスにリコの厳しい声が降りかかる。
そして勢いよく扉が開かれ、中からはケガをしたリコが現れた。
「あ……お、おば様……」
「カティス……」
今まで見たことのないほど形相で、リコはカティスを見つめた。
「今の話……聞いていたのか?」
答えを口にしようとしても、動揺と緊張のあまり、言葉が紡げず、カティスは小さくうなずくのが精いっぱいだった。
それを認めると、リコははぁと小さく息をついた。
「お嬢さん。大丈夫ですか?」
陶器のような白い素肌に、アメジストの瞳を持つ不思議な雰囲気の青年が、戸惑うカティスに手を差し伸べる。
カティスはそれをおずおずと握り、立たせてもらう形となった。
「この話は、ここだけにしておいてくださいませんか?」
「え……。」
「他言無用ということですよ。何しろデリケートな話ですから。」
青年は優しい口調だったが、有無を言わさない強い口調だった。
だから、助けを求めるように、カティスはリコに向き直って言った。
「あの……リコおばさま。このこと、リンは知っているんですか?」
カティスは乾いた口から何とか声を絞り出した。微かに語尾が震える。
「いや。時が来たら、話すつもりだ。カティス。こいつのいう通り、このことは誰にも言わないでくれないか?特に、リンには、私の口から話したい。」
「……わ、わかりました。」
状況が呑み込めないまま、カティスは小さくうなずいた。
その時を図ったかのように、2階からリンがバタバタと降りてきた。
「母さん、もう話終わった?って、カティス!!」
「あ、あぁ。もう話は終わったよ。」
「そうよかった。カティス、ちょうど家に行こうと思ってたの。ノート、間違えて持ってきてしまったみたいで……」
「う、うん。私もそのことで来たのよ。」
「そっか。ごめんね。手間をとらせちゃって。あ、お夕飯食べていくでしょ?さっきからお腹がすいてたまらなかったんだよね!」
「ってか、まだご飯の準備もできてないだろ?」
リンに続いて奥からサイソルフィンも現れる。
「今からだとカレーくらいしか作れないけど、カティスも一緒にどう?」
「あぁ、サイ。そうね。……じゃあ、いただいていくね。」
がやがやとキッチンに向かう3人を後目に、リコは鋭い眼光をアンリに向けていた。
「……気づいていたのだろう?」
「ふっ……なんのことでしょうか?」
「とぼける気か?カティスのことだ。お前のほうが扉に近かったし、聖騎士ならば人の気配くらい察することも出来たはずだろ?」
リコの言葉にあいまいな微笑みを浮かべるだけのアンリ。
「認めるんだな。」
「まぁ、そういうことにしておきましょう。」
「……なぁ、アンリ。お前もリンが大切だろう?どうか、あの子に過酷な運命を背負わせないでくれ。」
「……すべては女神ラーダの意思です。それは揺るがない事実です。」
「分かった。もうお前には何も言うまい。」
「まずは、貴女の身の振り方も考えてくださいね。今回この村を訪れた目的は貴女なのですから。」
「聖騎士の話か?それは断る。」
「まぁまぁ、そう言わずに。しばらくはこの村に滞在しますので。あ、宿は大丈夫です。村の宿を抑えているので。」
「はぁ……用意周到だな。」
「ま、こういうことは予想できていましたが。本当は、この家でリンと共に過ごしたかったのですが、まぁ、今はいいでしょう。」
奥からは材料を刻む小気味よい音がなっている。どうやら夕飯作りが始まったようだ。
「で、カレーは食べていくのか?」
「もちろん。」
飄々とした様子に、リコは半分呆れて笑ってしまった。
大丈夫。
リコは心の中で思った。リンを守るのは自分だと言い聞かせ、その不安を打ち消すように……。




