短編の5、言葉の間口その3
サアテさてさて、前回は言葉の間口が広がる原因を話して書いて述べたよね。「述べる」なんて高尚な動詞、私に使っていいかわかんないけど、じゃあ「述べる」以外何があるのって言われると知らんがなって話になるのよネ。まァそういうわけで致し方なし。原因なんていっても妄想にすぎないんだけど。
じゃあその3のお話は……えー、原因の次だから結果?というよりかは作用って感じがする。「作用」っていうと「副作用」とかそういうものをイメージしてね。「言葉の間口が広がること」によって現れる影響っていうか効果っていうか、そういう類。
まあ、とにかく、そんな感じのことをイメージしてくれればいい。んーでも結果の方が原因の次としてはしっくりくるけどなぁ……。
如何せん何もかもすっきりはまるというわけではないが故にこれは悩ましくゆゆしき件なり?
というわけで「ようし、じゃあ二つともタイトルにしちゃうぞ!」って思ったけどこれそもそもそういうタイトルの付け方してないじゃんね!あっはっは。
はい?「ふざけすぎではあるまいか」?今まで散々はっちゃけていたつもりだったけど度が過ぎちゃったかな?私、振れ幅大きいしそういうこともあるワーナ。でもあまりにも不適切だとかそう言われるのならこちらにも言い分の一つや二つや三つは御座いますよ?
世の中は広くそれは私のような者を許容するのなんてわけないぐらい広いんです。
彼の偉大なる哲学者、カントは物それ自体をありのまま認識することなど不可能だと仰いました。
そして数多おはすラインハルトの中でも今アニメがリメイクされてるラインハルトは現実現実を正しく見ないから矛盾が生じるのだと仰いました。
お二方の持説を合わせるならば、それはつまり、我々が人である以上現実をありのまま認識することなどできず、この世が矛盾にあふれるのは至極当然なり。
まあ曲解にもほどがあるんですけどね。今少しでも「ほぉーん」って納得しかけた者はもっとリテラシーの向上に励みなさい。
この理屈の出鱈目でっちあげデッドリーなところはともかく、この世が正解だけで構成・構築されているわけではない、というのは誰しもどこかで実感したことがあるでしょう?─いまはこの方面に話を深く掘り下げるわけにはいかないから適当な表現ではなくとも勘弁してね。不適切なのは承知しているから。
そう。世界は間違いや曖昧を許容できる。だからこんなのやこんな文章が在ったとしても消すに値するほど大きなことには絶対にならない。なってたまるか。私程度を許せない世界なんてこっちから消えてやる。
そんなこんなでこんなのもこの文章もどれだけ度が過ぎようがいいのです。どうせたいしたことになるほど振り切れやしないし。
さあ、雑な持論を落としどころに投げ入れたところで本題へと戻りましょうか。
言葉の間口が広がることの作用……だったよね?うんうん、よかったよかった。
今回の例は「支離滅裂」だったよね。ほとんどいい意味でいい意味で使われることのない言葉だと思います。そしてここが今回のポイントです。
前述したとおり流行の言葉はは意味の適用範囲が広がっていて、さらにいえば安易に使うことが出来て/使われやすくて、パワーがある。
パワーがあるっていうのはその言葉でその会話を片付けられるっていうイメージかな。例えば微妙とかなるほど、とかも片のつく言葉だと思って。けれど微妙とかにはそのパワーによって片をつけるというより受け流して会話を終わらせている感じ。受動的だね。逆に、パワーがある言葉は能動的で主張を押し通して結論づけて終わらせる感じ。
大富豪でいうなら受動的な言葉が8切り、能動的でパワーがあるのは2って感じ。
さて、言葉の意味が広くなり、安易に使えてパワーを持つようになるとどういう問題が起こると思う?
「ボキャブラの貧困化」っていうのも……あるか…な?あるかもね。
安易に使える、適用範囲が広い、ということは今まで使えなかった/使ってこなかった場面でも使う可能性がうまれ、そして使用頻度が上がる。一つの語の使用頻度が上がれば相対的に他のものは下がる。この状況もしくはこれがさらに深まったもの、それがボキャブラの貧困化なんだろうね。たぶん。
さてここからは私のオリジナル、きっと二番煎じだろうけど。
安易に使えるってことは思考停止しやすいってことでもあるのよ。手ぇ抜かなきゃやってらんないのは当然のことなんだけど。思考停止すると思考停止することの危うさについても考えられなくなる。意識できる対象の範囲から外れちゃうのね、きっと。
じゃあ、思考停止することの危うさとはなにか。
まず思考停止それ自体ね。危険を危険と感じられなくなるようなものだからそりゃそうだってことではあるんだけど。さっきも言ったけど手抜きってするのが当たり前だし。
それでボキャブラの貧困化とかそういった問題が後ろにたくさんくっついてるイメージを私は持ってるよ。その中で気をつけてほしいのが、本当は支離滅裂じゃないことにも支離滅裂というレッテルを貼ってしまうことね。実際にそういった実例を見たことがないからこれはまだ私の杞憂みたいな危惧。でもあると思うんだよね。人間そんなに賢くなんかないでしょう。
じっくり考えれば筋道を見つけられるのに、安易で力のある言葉に頼って思考放棄。そして相互不理解。
まあ本当にこんなことが起きるかどうか、起きてるかどうかは私も知りませんし私のあずかり知るところではありませんのでね!みなみなさま、どうぞお気をつけ、という話でした!以上で御座います!
ばっはは~い。
これにて終了也。
3を書き始める前にはじめから読み直してみたのですが口調の統一のされてなさに後悔したり、雑な改行に後悔したり、これだから全部を完成させてから投稿したかった連載型はこれだからなどと思いましたが、これも成長の糧にしていけたらいいのにな。
3だけ少し長くなりましたがここまでおつきあいいただき感謝の念があふれて止まらない的な感じです。