魔法?
朝起きてテレビを付けると、台風が来ると報道していた。窓の外はそれが信じられないくらいの快晴だったが、テレビの中の日本のどこかは大荒れの天気だった。返信していないコウジくんとのLINEに変化はなかった。彼からもう一通のメッセージがきたらいいのに、と思っていた期待は叶わなかった。だからこそ今日は喫茶店に行かなくちゃいけない。濃いアイメイクの彼女に会えると信じて、いや、会ってこの後どうしたらいいのか聞かなくちゃいけない。
午後になるとだんだん雲行きが怪しくなってきた。台風は本当に来るのだろう。濃いアイメイクの彼女に会えなきゃ意味ないのだが、さっさと喫茶店へ向かうことにした。マスターに借りた傘と自分の傘を持って行った。二本の傘を持ち歩くのはなんとなく違和感があったものの仕方なかった。
カランとドアベルを鳴らし店内へ入ると、いつもの席に長い黒髪が見えた。私はマスターに傘を返して、紅茶を頼み、彼女の向かいに座った。
「こんにちは」
と言うと、濃いアイメイクがこっちを向いた。
「今日は来ると思った」
と言って彼女はコーヒーを飲んだ。私は彼女になんの前置きもなく言った。
「既読無視しちゃったよ」
「楽しかったんだ。よかったね」
拍子抜けだ。そんな言葉が聞きたいんじゃない。私は続ける。
「この後、どうすればいいの?」
濃いアイメイクがカップから目線を動かしてこちらを向く。私もその目を見つめた。
「大丈夫、そのままにしてればうまくいく」
嘘だ。そんなわけない。私は反論しようとした。その時、スマホの音が静かな喫茶店に鳴り響いた。私のスマホだった。
「見ていいよ」
彼女に促され、私はスマホを取り出す。コウジくんだ。
『昨日は夜に長時間のLINEごめんね』
『今度、会って話そうか。金曜の夜、空いてる?』
私はスマホから顔を上げた。わかっているといった顔をした彼女がいた。
「言った通りでしょう」
「どうして、わかるの?」
紅茶が置かれた。マスターに黙ったまま軽く会釈して彼女の答えを待った。
「どうしてかなぁ」
はぐらかされた。私は紅茶にミルクと砂糖を入れた。そして、やっと聞きたかったことを聞こうとした。
「私と同じ大学の、同じ学科だよね」
「うん、そう」
「名前、なんて言うの?」
彼女はため息をついた。コーヒーを一気に喉に流し込んだ。そしていつものように五百円硬貨をテーブルに置いて立ち上がった。外を見ると台風の影響だろうか。木々が揺れ、歩く人のスカートがはばたき、ネクタイが風になびいていた。強い雨も降っていた。こんな日でも、濃いアイメイクの彼女はいつもの赤い傘をさしていた。土砂降りの中に消えて行った。