三度目の会話
夏のど真ん中であるにもかかわらず、その喫茶店はやっぱり肌寒くて、汗をかいた身体は徐々に冷えていった。夏休みだから、濃いアイメイクの彼女には会えないかもしれないけれど、喫茶店の席に座っただけで少し気持ちが落ち着いた。例のごとく、紅茶を頼む。特にやることもなく手持ち無沙汰で紅茶を待った。
「お待たせ致しました」
マスターが紅茶をテーブルに置いた。私は迷わずミルクと砂糖を入れてかき混ぜた。静かな喫茶店にカラカラとカップとティースプーンが当たる音が鳴り響く。その音と重なり合うようにカランカランとドアベルの音が聞こえた。はっと顔を上げると、濃いアイメイクと黒髪が目に飛び込んできた。
「あれ、また来てたのね」
彼女はそういうと、マスターにコーヒーとだけ言って、二度目と同じように私の向かいの席に座った。
「あの…この前、スマホは連絡ツールだって言ってたよね?」
「それが、どうかした?」
私はもう必死だった。彼女ならコウジくんとLINEしてデートに行けるんじゃないかと思った。
「数日前に会った男の子にお礼のLINEをもらったから返信したんだけど既読無視されたの。どうすればいい?連絡ツールだけど、連絡も取れないんだよ、これじゃ対面でって言われても会えないよ」
私は息を吸う間もなく一気に話した。そんな私を見て呆れるように彼女は落ち着いた声で言った。
「そのLINEを見せて」
私は一人で必死だったことが恥ずかしくなり、顔が熱くなった。それでも平静を装っているようにみせてスマホを取り出した。ロック画面を解除して、緑のアイコンを押す。スクロールしてあるトークルームを開く。
「はいっ」
そして彼女にスマホを差し出した。
「あり得ない。全然ダメ」
いきなりダメと言われ唖然とした。何がダメなのよ、と思った私を見透かしたように彼女は言葉を続けた。
「こんな社交辞令LINEに社交辞令で返したって意味ない」
「なっ…社交辞令LINEって…」
「夏休みは時間があるんだから、気になる相手なら具体的に誘ってくるはずよ」
「じゃあどう返せば…」
「もう、あなたからLINEを送るのは1ヶ月後にしなさい。1ヶ月に、名前を聞くLINEを送るの。なんとかくんだよね?って。わかった?」
なぜ1ヶ月後なのか。私のLINEの何がダメなのか。さっぱりわからなかった。けれど、彼女は濃いアイメイクが施された目を私に向け、反論は聞かないとでも言うような強い眼つきでこっちをみる。マスターがコーヒーを持ってきた。「ありがとう」と彼女は呟いて一口口に含んだ。
「教えてあげる」
彼女はそう言って、LINEのテクニックを話し始めた。
要するに、社交辞令LINEには脈はない。そんなときは、こちらから2人、最悪数人で会う約束を具体的に取り付ける。それでも成功しなかったまたは社交辞令に社交辞令で返してしまった場合、十分な期間を置いてから返信しやすくて面白い内容のLINEを送るべき。ということらしい。そしてそのLINEに返信が来たら相手と同じくらいのペースで、友達とのLINEみたいにテンポ良くラリーをしなさい。と続けて言った。
よくわからなかったが、彼女の言うことはなぜか信頼できた。コーヒーを飲み終えた彼女が席を立つ。私も席を立った。すると
「ついてこないで」
と拒絶された。五百円硬貨をテーブルに置いてそそくさと出て行った。夕立だ。気づかなかったが外は土砂降り。彼女は今日も赤い傘を持っていた。梅雨じゃなくても持っているのか。私はどうやって帰ろうか。その場で暫く立っていた。マスターがビニール傘を差し出した。
「ありがとうございます。また来たとき、持ってきます」
マスターが貸してくれた傘をさして家へ向かった。ギラギラの太陽、うるさいセミ、明るい色彩、公園に居た人々の全てが消え、暗い夕立が私の心を相対的に明るくさせた。1ヶ月後にコウジくんにLINEする。何故かそれでいいと思えた。私は恋を急ぎすぎていたのかもしれない。そして何故かどうにかなる気がした。