43話-1「姫宮杏子」
無事に31階層を突破し、モンスターが落としたドロップアイテムも拾った。30階層までと比べて攻略の時間はかかったけど、思っているより早く終わったと思う。
それにしてもさっきの魔法の威力は思ってる以上だった。あの威力は難しいけど、自分一人で似たような魔法ができればいいな。いや、できなくはないか。
そう思ってると、小百合さんが確認を取り始める。
「それじゃあ、戻るけどいい?」
「はい。大丈夫です。思ってるより得るモノありましたし十分です。戻りましょう」
それぞれ小百合さんに返事をし31階層を後にする事が決定する。
そして小百合さん達に続き31階層の帰還ゲートをくぐった。
ゲートをくぐってからギルドに戻るまで32階層の攻略に向けての話ではなく、これから会う予定の『姫宮杏子』について話していた。
やはり、『姫宮杏子』の事が気になってたらしい。
「とにかく、引き抜きだけは断る様にしてくれよ」
「わかってます。さっきも言いましたけど、まだ大樹さん達にはお世話になりますから。と言うか、まだお世話になってから2週間も経ってませんからね」
「そう言えばそうだったな。先週は毎日行動してたからもう数か月は一緒にいるイメージだったわ」
ギルドに付く瞬間までその話をしていた。
ギルドに入ると、いつも通りシルクさんがカウンターにいるのを確認し、小百合さんが声をかけに行く。
「シルクちゃん戻ったわ。俊くんの30階層ボスの攻略と31階層突破の報告ね。あと、換金もお願いできる?」
「みなさん、お疲れ様です。換金はいつも通り大丈夫ですけど……シュンさん、もう30階層攻略できたんですね。思ってたより早く終わりましたね」
そう言ったシルクさんが僕の顔を見て笑う。
思ってたよりとはこの後に姫宮杏子と会うから時間を予測していたのだろう。まあ、僕も少し早く終わったとは思っていたけど。一度攻略した人物が先導してくれれば早くもなる。
「時間は、大丈夫か……わかりました。シュンさんの30階層攻略の報酬と中級冒険者の到達確認をしますね。みなさんはドロップアイテムを出してください。シュンさんはギルドカードの提示もお願いします」
そう言われて僕はギルドカードとドロップアイテムを取り出し、大樹さん達もドロップアイテムをカウンターに置き始める。
「おぉ、大量ですね。えっとサユリさん、いつも通りパーティ人数での均等分配で大丈夫ですか?」
「えっとそうね……今回はボス攻略分は俊くんのみで、他はいつも通り均等分配でお願いするわ」
「わかりました。えっと、やっぱりボスはシュンさんだけで倒したって事ですか?」
「そうよ。ソロで挑んですぐに倒したわ。ギルドカードを確認したら新レコードで登録されてるんじゃない?」
「本当ですか! やっぱりシュンさんすごいですね! すぐ確認します!」
小百合さんが自分の事の様に自慢して、シルクさんが自分の事の様に喜んでる。その光景を見て少しむず痒い。
そしてカウンターに置いたギルドカードとドロップアイテムを持ってシルクさんが奥に消える。
「新レコードになってたらいいわね」
「そうですね。期待はしてます」
このギルドカードは思ってるより有能であり、ボスを倒すとギルドカードに記載される仕組みになっている。時間はボス部屋が閉まった瞬間からボスを倒して消えた瞬間までだ。
ちなみに、各ボス毎の攻略時間が最も早い冒険者の名前がギルドの掲示板に張り出される事になっている。5階層毎のボスと10階層毎のボスで、パーティ攻略時とソロ攻略の両方が記載されている。記載内容は時間と名前だ。パーティの場合はパーティリーダーの名前になる。
そして一応僕の名前も載っている。
先日攻略した25階層のソロの欄にだ。24階層のソロの欄には「ヒメミヤアンズ」と書かれてあり、ギアルタートル攻略は僕の方が遅かったようだ。一応あれでも十分早く倒したと周りから言われていたので期待していたのだけど、姫宮杏子の方が早かったようだ。
そして現在の30階層のソロの欄にも「ヒメミヤアンズ」と書かれている。というか、ほとんどのソロ攻略欄は「ヒメミヤアンズ」になっている。
はっきり気にしていなかったけどここまでとは……。今から会う人物はかなりの大物の様だ。
そう掲示板を遠くから眺めていたら、シルクさんがギルドカードの確認を終えて戻ってきた。ドロップアイテムも換金確認してきたようだ。
「すごいですシュンさん! シュンさんが30階層のレコードホルダーになります! アンズさんよりも数秒ですが早いです。これは私もすごく嬉しいです!」
そう言ってニコニコと笑顔になるシルクさんが自分の事の様に喜んでくれて嬉しい。それだけでもシルクさんが僕の担当でいる価値がある。
しかし、あれでも数秒の差しかなかったのか。内心かなり早いと思っていたけど、姫宮杏子は魔法職でそれ以上というわけだ。どういう方法で魔法を使っているのか知りたいな。
「それと、中級冒険者への昇格おめでとうございます! この昇格もとても速いですよ!」
「ありがとうございます」
その一言で僕が中級冒険者になったのだと再認識した。兼次さん達は25階層から中級冒険者みたいなものだと言っていたけど、こうやってギルド職員に言われる事でより認識できた。
ちなみに、返してもらったギルドカードを見たらカードの色がブロンズからシルバーに変わっていた。
「それで、シュンさん30階層ボスの宝箱の中身はどうでしたか? 前回がよかったので今回も、と思っていたんですけど、確認しても大丈夫ですか?」
「え、ああ、そうですね。大丈夫ですよ。でもはっきり言って微妙でしたので期待しないでくださいね」
そう言って僕は『ポケット』から物を取り出す。
「剣です。今使っている物より長いので、今のところ使うかどうかわからないですけど、一応残しておこうと思ってます」
取り出したのは剣だ。しかも通常より大きくて、今使っている物より50センチ以上は長い。いわゆる両手剣になるのだろう。
「両手剣ですね。なるほど……。30階層の宝箱は25階層と同じように中級冒険者になってから各個人に必要なアイテムが入ってる事が多いんですけど、30階層にしては微妙ですね」
「そうですね、25階層が良かっただけに残念感があるんですけどね」
両手剣なら短剣の方がまだスキルを覚えるために使えるから良かった。両手剣は片手剣と同じ剣スキルになるから旨味が少ない。
「少し鑑定してもいいですか?」
「いいですよ」
机に置いた両手剣をシルクさんが持ち上げる。
「『サークナ』……そうですね、素材は鋼。特に珍しい素材ではないですし、他に何かあるかというと……うーん、簡単に見ただけでは何か付与されているわけではなさそうですね。30階層の宝箱から出たので少し気になるところですが、私ではここまでしか鑑定できないですね。もし気になるなら外の武器屋で鑑定してもらってください」
「わかりました。まあ、いつか必要になるかもしれないので、残しておきますけど後回しですね」
使うなら今使っている片手剣の方が取り扱いやすい。使い道としたら最大威力を出す時の一撃ぐらいだろう。そうなると今の所は使い道が無い。
「少し残念ですけど、こういう時もあるので仕方ないですよね」
「そうですね」
「あれだろ。25階層の宝箱で全ての運を使ったとか?」
「まあ、それぐらいの報酬ではあったわよね」
「いやいや、それ以上だと思いますよ。換金した時の金額が比較できませんから。今回がこれでもトータルで見たら奥山君は十分ラッキーですよ。と言うか、羨ましいです」
と、各自が口を揃えて言うのは25階層の宝箱から出た『スキルオーブ』がそれだけの価値だからだろう。そう比較すれば30階層の宝箱の中身はこれで仕方ないかもしれない。
「えっと、聞いてしまって申し訳ないですね……」
「いやいや、シルクさんが謝ることないですよ。そこまで落ち込んでるわけじゃないですし」
シルクさんが申し訳なさそうにするが、何も悪いことはしてない。残念だけど僕自身もそこまで落ち込んではいないし。
「えっと、じゃあ話を戻しまして……換金の支払いは各自いつも通りで良いですね。ギルドカードをお願いします」
シルクさんの言う通りに各自ギルドカードにお金を入れてもらう。
「シュンさんは30階層攻略の報奨金で金貨5枚とドロップアイテムの換金分です。サユリさん方はドロップアイテムの換金分だけですね」
ギルドカードを確認すると、約67,000ほど増えていた。合計約30万ほど。これで資金はまあまあ貯まってきた。まだ1か月でこの金額なら……うん、稼げているのではないでしょうか?
そう思って少し興奮する。
こうやってお金が貯まる瞬間を見るのは初任給を貰った時みたいだ。
そうまじまじとギルドカードの金額を見ていると、シルクさんの所にシャロンさんが急に来て耳打ちをした。
すると少し真剣な顔になってシルクさんが僕を見る。
「シュンさん、アンズさんが来られたようですので、別室にお願いしてもいいですか」
「はい、わかりました」
とうとう来たようだ。
別室にその『姫宮杏子』が待っている。ギルドまでの帰り道で聞いた河合さんの話ではまだ人物像が掴めてないけど、とにかく魔法が凄くて可愛い人という事はわかった。
それだけの情報でも少し助かる。
それに少なくともギルド側で別室を与えるほどの人物と言う事だ。
すると河合さんが念押しする様にもう一度言う。
「奥山君。杏子さんは初めて見た時はびっくりしたけど、見た目通り可愛い人だからね。失礼な態度とったらダメだよ」
「うん。了解」
「俊くん、また後でどんな話だったか教えてね」
「引き抜きだけは注意してくれよ」
「わかりました」
小百合さん達も声をかけてくれる。
「じゃあ、行ってきます」
そう言ってシルクさんの後をついて行った。
案内されたのは前回ギルドマスターと会った場所の手前の部屋だ。
「こちらにアンズさんがいますのでお願いします。たぶん何もないと思いますが、シュンさんにとって何か不利になる事があれば私が介入しますので、心配しないでください」
手を前で握って頑張るアピールをするシルクさん。
その言い方は心配することがあるのだろうか。まあ、引き抜きの話についてだろうが。
少し緊張してきたかもしれない。
「では、どうぞ」
そう言ってシルクさんがドアを開けた。
そして僕が一歩部屋に入った瞬間――
「こんにちは! 君がしゅんしゅんだねっ! わたし『姫宮杏子』よろしくねっ!」
――そう言った女性というか少女は、聞いていた通り可愛い顔立ちで、少し低めの身長で、可愛らしいフリフリの服を着て、満面の笑みで僕の目の前に立っていた。